第 2 章 満洲国における官吏の養成
3 満洲国における官吏の養成・教育
3.3 大同学院による官吏の養成・教育
3.3.2 大同学院の講習会による教育
大同学院は高等官試補またはそれに準ずる資格を有する官吏の養成、及び高等官登格試 験合格者またはそれと同等の学力を有する現職中堅官吏の再教育を行ったほか、1938 年よ り政府、協和会、特殊会社の中堅職員を対象とする講習会も開いた。講習期間は 1、2 ヶ月 で、講習科目は「建国論、国家の重要政策、国際事情79」を中心とするもので、合宿の形式 で行われた。1939 年第三回目の講習の開催まで、官吏 84 名、協和会職員 38 名、特殊会社 員 22 名、計 144 名が受講した80。
表 2-14 講習会教科科目(1939 第四回予定)
建国科 国政科 国情科 興亜科
建国論:
(建国本義、建国経営論) 国防論、吏道論
国策論:
(施政方針、思想対策、産業開発、開拓 政策、北辺振興、民生振興、財政経済、
予算問題、興安振興、防疫問題) 協和会論、特殊会社論
文化論:(満洲文化史)
資源論:
(農業問題、鉱業問題、
電力問題、食糧問題、
燃料問題)
国際現勢:
(蘇連事情、近邦事情、
欧米事情)、
戦地行政論
(大阪商科大学興亜経済研究室(1943:60-61)より、引用者作成)
講習の目的は「地方勤務ノ国家中堅幹部ヲ簡抜シテ現下ノ複雑微妙ナル国際情勢特ニ東 亜新体制ノ樹立ノ實相ヲ確認セシメ帝国国策ノ真義ヲ確把シ且之ガ進展状況ヲ體認セシメ 以テ中堅指導者トシテモ熱烈ナル同志意識ヲ涵養セシムルト共ニ高邁ナル人格識見並ニ特 ニ之ガ実践力ヲ長養練磨セシムル81」ことであるが、受講資格は「主トシテ地方各種機関ノ 日系中堅分子ヲ簡抜スルコト(省理事官、県長、副県長級)82」と限定されていた。つまり日 本人在職中堅官吏のみを対象とした講習である。教育内容は主に一般講義、演習、教科と
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訓練からなる。一般講義では各方面の首脳または権威者を招聘して講演を行い、演習では 受講者に課題を与え、他の受講者と共同で課題研究を行う。訓練は防空訓練、乗馬訓練を 基本とし、武道及び他の内容は随意に設けるとされた。教科科目は表 2-14 の通りである。
表2-14より、講習会は大同学院で実施された高等官官吏の養成、教育とは同じ学科構成 を有し、また、学科科目の中に、建国論、官吏道、国策論の中の施政方針、思想対策、ま た協和会論、文化論の設置は高等官官吏向けの科目と一致している。つまり、満洲国の官 吏として、基本的に建国精神、官吏道、協和論、満洲文化に関する知識を有することが求 められたとみられる。それと同時に、北辺振興、興安振興、また資源論と国際現勢の科目 の設置は特徴的である。講習会の受講者は特殊会社または地方の中堅幹部であるため、満 洲国の資源に関する知識を与え、また、ソ連事情及び近邦事情の教授により、北辺及び興 安のような辺境地域の振興の重要さを認識させ、また、講習会を通じて満洲国政府による 地方の管理・統治の向上を図っていたことも窺える。
3.3.3 大同学院による一般職員養成機関の統制
前述したように、1943 年大同学院官制の改正にしたがい、大同学院はこれまでの正規官 吏及び中堅職員の養成・教育を行うと同時に、全国の思想意識の統一を図るために、地方 一般職員訓練所においての一般訓育の統制・指導を担うことになった。具体的に、①中央 においては毎月一回各訓練機関の主任者会議を開催する、②全国を三つの地区に分け、各 地区に訓育統制会議を開く、③4 つの中心地域を選び、この 4 つの中心地域によって各訓練 所の状況を査閲し、指示を与えるという 3 つの方式の何れかをとる形である83。一般訓育に あたって、教育すべき項目としては以下のような項目が挙げられている84。
1.建国精神即チ日満一徳一心、民族協和、王道楽土、道義世界ノ認識 2.建国思想ノ実現ニ献身殉国ヲ惜マザル熱烈ナル気魄及実践力ノ陶冶鍛錬 3.文官令ニ示サレタル官紀ヲ恪守シ其ノ職分ニ忠実ナル徳性ノ陶冶 4.官吏ノ服務ニ必要ナル規律節制ヲ体得セシムベキ訓練
以上の項目を高等官官吏、または講習会による一般官吏の養成・教育の教授科目に当て はめると、1.建国精神などの内容を含める建国論、2.行政論、施政方策などの国策論、3.
官吏道、4.訓練の四つにまとめられることができる。この内容は中央政府、地方を問わず 官吏養成・教育の基本を成していると考えられる。
なお、大同学院により統制・指導される一般訓練機関は表 2-15 の通りである。表 2-15 より、大同学院は満洲国全域の県公署、警察、財務、郵政、師道などの機関の一般職員教 育の統制・指導を行ったことが分かる。大同学院の管轄範囲が広くて、国家発展にかかわ る行政、治安、経済、教育のあらゆる面に行き渡っているとみられる。もし満洲国の統治 を一台の機械に喩えるなら、大同学院はこの機械のエンジンに相当し、継続的な官吏の育 成を通じて機械に運作のためのパワーを提供し、それと同時に他の部位を制御しながら、
80 全体の統一性を保たせたといえる。
表 2-15 一般訓育統制訓練機関表
(大阪商科大学興亜経済研究室(1943:68)『満洲国に於ける指導者の養成』より転載)
3.3.4 大同学院による官吏養成・教育の特徴と機能
以上、大同学院の歴史にそって、大同学院による官吏の養成・教育についてみてきた。
大同学院は満洲国成立以前の地方指導員を養成する指導部訓練所から由来し、満洲国成立 後、資政局の隷属を経て、1932 年 7 月に満洲国総務庁の管轄に入り、大同学院へと改称し、
1938 年より満洲国総理大臣の直轄下に入った、満洲国の官吏の養成・教育を司る教育機関 である。大同学院による官吏の養成・教育は大きく内部訓育と外部指導、そして高等官と 委任官の 2 つに分けることができる。まず、内部訓育は大同学院内で実施された訓育で、
対象者は高等官またはそれに準じる者である。次に、外部指導は主に 1943 年より実施し始 めた地方一般訓育への指導をさし、その対象者は委任官を中心とする。この内・外、また は高等官と委任官の訓育を併せてみれば、大同学院による官吏の養成・教育には以下の特 徴があると考える。
第一、訓育対象の構成及びその範囲は変更しながら、拡大していった。
表 2-16 は大同学院による訓育の対象者を示す表である。大同学院は 1932 年 7 月に成立 してから 1933 年 12 月まで、資政局訓練所時代の教育方式をそのまま踏襲し、各民族の大 学・専門学校の卒業生を同一のクラスで訓育していた。1933 年 12 月より、第二部を開設し、
専ら漢人現職官吏に教育を行い、1937 年まで継続させた。一見、漢人官吏が優遇されたよ
所 在 地
機 関 名
大 同 学 院
地 政 職 員 訓 練 所
中 央 警 察 学 校
新 京 地 方 警 察 学 校
中 央 師 道 訓 練 所
中 央 農 事 訓 練 所
財 務 職 員 訓 練 所
中 央 郵 便 職 員 訓 練 所
留 学 生 予 備 校
中 央 司 法 職 員 訓 練 所
中 央 刑 務 官 訓 練 所
馬 事 技 術 員 養 成 所
安 東 省 地 方 警 察 学 校
安 東 地 方 職 員 訓 練 所
鳳 城 地 方 師 道 訓 練 所
奉 天 省 地 方 警 察 学 校
奉 天 省 地 方 師 道 訓 練 所 奉 天 分 所
同 女 子 部
同 四 平 街 分 所
同 海 城 分 所
奉 天 地 方 郵 便 職 員 訓 練 所
奉 天 省 地 方 職 員 訓 練 所
奉 天 税 関 官 吏 訓 練 所
中 央 農 事 訓 練 所 奉 天 分 所
海 上 警 察 隊 訓 練 所
奉 天 財 務 職 員 訓 練 所
錦 州 省 地 方 警 察 学 校
錦 州 省 地 方 師 道 訓 練 所
錦 州 省 地 方 職 員 訓 練 所
熱 河 省 地 方 警 察 学 校
熱 河 省 地 方 職 員 訓 練 所
承 徳 地 方 師 道 訓 練 所
吉 林 省 地 方 警 察 学 校
吉 林 省 地 方 職 員 訓 練 所
吉 林 省 地 方 師 道 訓 練 所
龍 江 省 地 方 警 察 学 校
斉 斉 哈 爾 地 方 指 導 訓 練 所
龍 江 省 地 方 職 員 訓 練 所
所 在 地
黒 河
牡 丹 江
北 安
東 安
機 関 名
黒 河 省 地 方 警 察 学 校
牡 丹 江 省 地 方 警 察 学 校
間 島 省 地 方 警 察 学 校
延 吉 地 方 師 道 訓 練 所
間 島 省 地 方 職 員 訓 練 所
濱 江 省 地 方 警 察 学 校
同 阿 城 分 校
同 蘭 西 分 校
濱 江 省 地 方 職 員 訓 練 所
哈 爾 浜 地 方 師 道 訓 練 所
哈 爾 浜 地 方 郵 政 職 員 訓 練 所
濱 江 省 地 方 財 務 職 員 訓 練 所
三 江 省 地 方 警 察 学 校
同 富 錦 分 校
佳 木 斯 地 方 師 道 訓 練 所
三 江 省 地 方 職 員 訓 練 所
通 化 省 地 方 警 察 学 校
通 化 省 地 方 師 道 訓 練 所
通 化 省 地 方 職 員 訓 練 所
興 安 東 省 地 方 警 察 学 校
札 蘭 屯 地 方 師 道 学 校
興 安 東 省 地 方 職 員 訓 練 所
興 安 西 省 地 方 警 察 学 校
興 安 西 省 地 方 職 員 訓 練 所
興 安 南 省 地 方 警 察 学 校
同 職 員 訓 練 所
王 爺 廟 地 方 師 道 訓 練 所
興 安 北 省 地 方 警 察 学 校
同 満 洲 里 分 校
興 安 北 省 地 方 職 員 訓 練 所
北 安 省 地 方 警 察 学 校
東 安 省 地 方 警 察 学 校 興 安 北
吉 林
龍 江
間 島
濱 江
三 江
通 化
興 安 東
興 安 西
興 安 南 新
京
安 東
奉 天
錦 州
熱 河 省
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うにみられるが、前述した政府組織における日満の構成から見れば、主位に占められてい るのはほとんど関東軍の任命より就任した日本人である。さらに、当時の教授科目から、
建国精神及び政府組織論、政治、歴史などの科目が中心であるため、ここより、満洲国の 漢人在職官吏の思想を改め、満洲国に相応しい官吏として育成しようとした意図が窺える。
表 2-16 大同学院による訓育の対象
第1期 第2期 第3期 第4期
1933~1935 1936~1937 1938~1939 1940~1942 1943~1945
内
部
第一部 (第一錬 成部)
日本人 卒業生
①日本人卒 業生
②現職官吏
卒業者で高等文官採 用試験合格者
①卒業者で高等文官採用 試験の合格者
②①に準じる特殊職員
①卒業者で高等文官採用 試験の合格者
②①に準じた特殊職員 第二部
(第二錬 成部)
漢人 現職官吏
漢人 現職官吏
①高等官登格試験合 格した現職官吏
②特殊職員
③薦任技術官
①高等官登格試験合格者 or選抜した現職官吏
②①に準じる特殊職員
①高等官登格試験合格者 or選抜した現職官吏
②①に準じる特殊職員
第三部 ①薦任官(3年以上)
②①に準じる特殊職員 外
部
講習会 地方日本人中堅幹部 地方日本人中堅幹部 地方日本人中堅幹部
地方一般官吏訓練所 注:Ⅰ卒業生:大学・専門学校の卒業生
Ⅱ特殊職員:協和会、公共団体及び特殊会社の職員
Ⅲ第一錬成部と第二錬成部という名称はともに 1943 年より使用された名称である。
日本人現職官吏の選抜は 1936 年から実施されたが、1938 年文官制の実施により、民族を 問わず、すべての官吏の選抜が文官試験を基準とするようになった。それと同時に、協和 会及び他の団体の職員の委託訓育、また、薦任官の選抜者に対する訓育が同年より一斉に 始まった。この体制は 1942 年まで継続し、1943 年より、薦任官が訓育対象から外された。
また、1938 年より地方日本人中堅官吏のみを対象とした講習会が開催され、教授科目とし て課された内容が地方に合わせたものとなった。これは中央と地方の官吏の思想及び素質 の一致を保とうという意図によるものと考える。
1943 年より、大同学院は満洲国全域の各種一般職員訓練機関を統制・指導するようにな り、訓育対象の範囲はさらに拡大した。一般職員訓練機関は財政、教育、治安など、国家 建設と密接にかかわるあらゆる業種にわたっている。また、師道訓練所を例としてみると、
地方訓練所で行われるのは現職教員の再教育であるため、ここから類推すれば、大同学院 は満洲国全域の現職官吏の再教育を掌ったと考えられる。
第二、大同学院による訓育の内容は、建国精神、満洲国の行政、文化と時勢、語学及び 訓練を中心とする。この訓育内容は建国大学による官吏養成の内容とほぼ一致しているが、
建国大学による官吏養成の内容は法律、経営などの国家経営に関する高度な専門知識に重 点を置いたというなら、大同学院による訓育の内容はより一層満洲国の「現在」、満洲国の 現状に焦点を当てているように思われる。特に、東亜政治、戦争時勢に関する内容の増設 が 1940 年以後の訓育の特徴となっている。その背景には日本の大東亜共栄圏建設の目標が 立てられたため、満洲国を拠点とした日本の対外侵略には、同盟者として官吏の力が必要 とされたからと推測できる。また、語学教育は大同学院が実施した訓育の重要な一部であ