第 2 章 満洲国における官吏の養成
2 満洲国の官吏制度
2.2 官吏の任用
前節でみたように、文官令の制定の目的は満洲国に適合した優秀な官吏の登用とされた が、ここで述べている「適合」とはいかなる意味合いを持ち、いかなる能力が期待されて いたのであろうか。本節では官吏の任用、文官試験の種類、受験資格、試験方法及び科目 などの面から、文官令によって選抜された満洲国に適合した官吏の内実を解明する。
2.2.1 文官令実施以前(1932 年 3 月-1938 年 10 月)の官吏の任用
満洲国成立初期、官吏の官等や任免などについて確定的な制度は存在していなかった。
1932 年 3 月に制定された「政府組織法」より、「執政ハ官制ヲ定メ官吏ヲ任免シ其ノ俸給ヲ 定ム16」と明記されている。1932 年 3 月に応急的な暫定制度として『官吏服務規程』と『暫 行文官官等俸給令』が頒布され、中央政府機関における一部の文官につき、最初の正式任 命が行われた。「当時に於ける官吏の任命は、専ら施政の重点に従ひ、政府中枢機関におけ る基幹要員の充足配置を主眼としたのであって、(1932 年)8 月に省公署関係文官を、又同 年 10 月には各県派遣の参事官及び属官の任命を見るに至ったが、他の一般官署の官吏に就 ては、主脳者を除き、依然舊政権時代の制度組織を援用しつつ、官署機構の整備と考科資 料の調査を俟って、逐次任命の手続きが進められたのである17」。日本人官吏の任命は「関 東軍司令官に一任する形をとっていた18」。1932 年 10 月に正式に任命された文官は 882 名に 過ぎず、そのうち、中央政府にいる日本人官吏の人数は 100 人であった。その後、日本人 官吏の人数が飛躍的に増加し、1935 年は 3000 人にのぼり、ほぼ総人数の半分以上を占める ようになった19。
一方、官吏の思想を統一し、また、その資質を高めるために、1932 年 10 月に官吏の養成 訓練機関である大同学院が創設された。大同学院に関しては、第 3 節で詳しく論述する。
2.2.2 文官試験制度(1938 年 10 月-1945 年 8 月)による官吏の任用
1938 年、文官令の発布により、満洲国での文官の任用は、原則的に考試(試験)20採用とな った。その他、少数ではあるが、自由任用と詮衡任用も任用方法として用いられた。例え ば、「特任官、秘書官及び特に指定する文官は、任用の資格に制限なく、自由に任用するこ
54
とを得る21」、また、技術官及び学校教官、国務総理大臣の指定する地方官署長に当たる簡 任と薦任官、日本人官吏および在職概ね 7 年以上の委任官の薦任官への登用などは詮衡任 用が採られた。本研究では、主に試験による官吏の任用に注目する。先ず、官吏の任用試 験の種類を確認しよう。
1938 年に公布された文官令により、官吏の任用試験は主に特別試験と図 2-5 に示されて いる普通試験からなる。普通試験は①採用試験、②適格試験と③登格試験の 3 種がある。
以下、普通試験と特別試験についてそれぞれ説明する。
①採用考試 採用試験は初めて文官に任用するために行われる試験である。高等官採用 試験と委任官採用試験の 2 つがあるが、そのうち、委任官採用試験はさらに等級によって 甲種、乙種と丙種に分けられている。試験の合格者はそれぞれ高等官試補と委任官試補と して任用される。
②適格考試 適格試験は「文官採用考試に合格して高等官試補、または委任官試補にあ る者を、本官たる高等官又は委任官に任用するために行われる試験である22」。高等官適格 考試と委任官適格考試の 2 種があるが、委任官適格考試の方はさらに甲種、乙種と丙種の 3 等級に分けられている。適格試験に合格する者は本官として採用される。
③登格考試 登格試験は「すでに本官たる者に、上等級の本官たり得る資格を與えて登 用するために行われる試験である23」。高等官登格考試と委任官登格考試の 2 種がある。委 任官登格考試はさらに甲種と乙種の 2 等級に分けられる。
④特別考試 特別試験は文官令が頒布される時点で在職し、上述の試験対象に対応し難 い者を対象とする試験である。高等官特別考試と委任官特別考試の 2 種に分けられ、それ ぞれ特別適格試験と特別登格試験が設けられている。委任官特別適格考試にはさらに甲種、
乙種と丙種の 3 等級が設けられ、登格考試の方は甲種と乙種の 2 等級が設けられた。
文官令の公布により、上記の試験制度が実施されはじめたが、その後、数回に渡って改 正が行われた。そのうち、1940 年の改正は試験の形式に大きな変更が見られる。1940 年 10 月 15 日勅令第 245 号「文官令中改正の件」により、文官試験制度に関して以下の 2 点の改 正が行われた。①高等官資格試験の増設。高等官資格試験は高等官採用試験の前の段階に
文官考試
高等官
委任官
登格考試 適格考試 採用考試 登格考試 適格考試 採用考試
→上等級本官
→高等官本官
→高等官試補
→上等級本官
→委任官本官
→委任官試補 図 2-5 文官普通試験
(長谷鎮廣『満洲帝国文官試験制度解説』清水書店 1940 年 9-30 頁に基づき、引用者作成)
55
位置し、その実質は元の採用試験の基礎的学術の部分を独立させ、単独の試験にしたもの である。②委任官試験種類の変更。もとの委任官試験では等級によって甲種、乙種、丙種 の 3 種が設けられたが、改正後の試験では、第一種と第二種の 2 つのみが設けられるよう になった。
次に、満洲国の文官試験の受験資格についてみてみよう。高等官資格試験の受験資格に ついては、文官令によると、年齢が 16 歳以上 26 歳以下の男子に限定され、また、「一、大 学卒業程度以上ノ学力アリト国家ニ於テ認定又ハ検定セラレタル者 二、国務総理大臣ノ 指定スル機関ヨリ推薦セラレタル者24」の何れかに該当するものと定められている。そのう ち、国務総理大臣により指定される機関とは「協和会」を指しており、国家の認定する大 学については 1938 年 9 月 22 日院令第 311 号「文官令による指定認定等に関する件」の規 定によると、下記の項目の何れかに該当する者が学力あるものと認定された25。
一 建国大学、大学若ハ師道高等学校ノ卒業者又ハ任用迄ニ卒業ノ見込アル者 二 建国大学ノ前期ノ修了者又ハ任用迄ニ修了ノ見込アル者
三 日本ノ高等専門学校以上ノ学校ノ卒業者又ハ任用迄ニ卒業ノ見込アル者 四 日本ノ高等試験ノ本試験又ハ予備試験ノ合格者
五 日本ニ於テ高等専門学校卒業程度以上ノ学力アリト検定セラレタル者
上記の規定から、満洲国の建国大学、または他の大学の卒業生と、日本の大学・専門学 校の卒業生、及び日本の官吏試験の合格者が高等官採用試験の受験資格を持っていたとみ られる。しかし、建国大学は 1938 年に開設され、学制は前期 3 年、後期 3 年と定められて おり、卒業までは長い年月がかかるため、1938 年第一回目及び 1939 年第二回目の試験での 受験資格を有する大学は、満洲国の大学令によって「高等師範学校、高等農林学校、高等 工業学校、新京医学校、哈爾浜医学専門学校、奉天医科専門学校、哈爾浜法学院、聖烏拉 吉米爾専門学校、俄文師範専科学校26」が挙げられた。1940 年より高等官採用試験の学術を 考査する部分は独立して高等官資格考試となったため、上記の受験資格は資格試験の受験 条件となった。
一方、委任官試験には資格試験は設けられておらず、委任官採用試験は委任官になるた めの最初の段階の試験である。1938 年の試験制度によると、委任官は官吏の等級によって 甲種、乙種、丙種の 3 種類に分けられたため、採用試験の受験資格には相違が現われてき た。たとえば、乙種と丙種委任官には受験資格は設けられておらず、甲種委任官には以下 の項目の何れかに該当する者に限定されたのである27。
(1)国民高等学校卒業程度以上の学力ありと国家に於て認定又は検定せられたる者 (2)国務総理大臣の指定する機関より推薦せられたる者
(3)而して、尚、国務総理大臣に於て必要ありと認むるときは、受験者の年齢に制限を附す ことを得ることとなっている
委任官試験では性別の制限が設けられておらず、男女とも受験できるが、年齢は 16 歳以 上 26 歳以下と決められている。また、「文官令に依る指定認定等に関する件」により、上
56
記の項目(2)に述べている国務総理大臣の指定する機関は協和会を指し、協和会より推薦さ れたものには学歴を問わなかった。
1940 年改正後の文官試験制度では、委任官の試験は第一種と第二種の 2 つに分けられる ようになった。また採用試験では受験資格に関する規定はなくなったが、試験の程度につ いては第一種試験では国民高等学校卒業程度で、第二種試験は国民優級学校程度28と決めら れ、つまり、委任官の採用試験では受験者に国民優級学校以上の学歴を有することが期待 されたことが窺える。適格試験の受験資格について、高等官と委任官にはそれぞれ在職一 年以上 3 年 6 ヶ月以内に限定されたが、1940 年の改正により、3 年 6 ヶ月の上限がなくな った。
さらに、文官試験の試験方法を確認しよう。文官令第 69 条に文官試験の方法につき、以 下のように規定している29。
高等官資格考試ニ於テハ基礎的学術ニ付考査ス
高等官採用考試ニ於テハ人物及識見ニ関スル考査並ニ身體検査ヲ行フ
委任官採用考試ニ於テハ人物、識見及基礎的学術ニ関スル考査並ニ身體的検査ヲ行フ 適格考試ニ於テハ既往ノ勤務成績ヲ審査シ且識見、執務能力及語学ニ付考査ス
登格考試ニ於テハ既往ノ勤務成績ヲ審査シ且識見、基礎的学術、執務能力及語学ニ付考査 ス
上記の規定より、試験の種類によって考査の方法は異なるものの、大きく分ければ基礎 的学術考査、人物と識見の考査、身体考査、及び勤務成績と執務能力の考査の 4 つが数え られる。基礎的学術考査は筆記試験によって実施され、人物及び識見の考査は口述試験で 測定され、執務能力の調査は口頭または筆記試験の何れかによって行われる。それに、筆 記試験に合格しなければ口述試験の資格が与えられないとされた。表 2-1 は高等官採用試 験と高等官登格試験の筆記試験の科目表である。
表 2-1 高等官試験科目(1938 年) (( )内は主な参考・出題範囲)
高等官採用考試 高等官登格考試
必須 科目
基本法(組織法、帝位継承法、人権保障法など。又は
日本憲法)、行政法又は民法(民法総則、物権、債権)、
経済学(経済原論)、東洋史(日本史又は満洲支那史)、
語学、常識
基本法、行政法、経済学、東洋史、常識
選択 科目
哲学概論、世界地理、社会学、財政学、経済学、
外交学、商法、刑法、行政法又は民法、民事訴 訟法、刑事訴訟法、国際公法、国際私法
哲学概論、世界地理、社会学、財政学、経済学、
外交学、商法、刑法、民法、刑法、国際公法
(双川(1941:182-183)『満洲国文官令逐条解説』、長谷(1940:64-78)『満洲帝国文官試験制度解説』に基づき、筆者作成)
表 2-1 に示されているように、高等官採用試験の学術考査は必須科目と選択科目の 2 種 からなる。必須科目には 6 科目が設けられ、内容には法律に関するものが多く、経済、歴 史、語学などの知識も問われている。そのうち、基本法と民法の科目は日本憲法、日本民 法で回答してもよいとされた。語学については、漢語、日語、蒙古語、英語、ドイツ語、
フランス語及びロシア語の中から受験者の常用語以外の言語を 1 つ選んで受験し、試験問