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英露における体の表現方法

5.2. 概念・語彙素の形成における英露の分析的・統合的な度合い

5.2.1. 英露における体の表現方法

英語には体系的な完了体・不完了体の対立が存在しないため,動詞単体ではなく迂言的に 体の概念が表される (cf. Comrie 1976).例えば,「完了相(体)149は『have +過去分詞』で表

ない (cf. Lyons 1968; Bauer 1988).ここでは,完了体と受動態の概念が語連続という分析的な形により 表現されている.一方,英語の句動詞は語連続で新しい語彙素を形成している(なお,英語の動詞句も ロシア語では派生語として現れる場合があり,ロシア語の観点からすると,新しい語彙素が生じている と言える)

そして,これらの英語の例は,表が示す通りロシア語では派生語として現れる.厳密には,英語は語 連続で概念(完了体と受動態)・語彙素(句動詞)の数を増やしているのに対し,ロシア語は派生によ り語彙素を増やしていく,と言える.

148 本稿は,派生の順番に関してТихонов (1985)の記述に従う.

149 )内は著者が追加した.なお,1章で言及した通り,本稿はロシア語学の伝統に従ってaspectに対 して「体」という用語を用いる.

わし,進行相(体)は『be +現在分詞』で表わすが,現在・過去の時制変化と合わせること によって,様々な意味を表現し分けることが可能になっている」(馬場 1998: 32).一方,ロ シア語は体の対立が文法カテゴリーとして体系化されており,すべての動詞は体のカテゴリ ーに属している (cf. АН СССР 1980; Зализняк, Шмелёв 2000).基本的にロシア語の完了体・

不完了体は形態的な対立で表現される.

(36) a. Я пил молоко. (37) a. Я выпил молоко.

 pil moloko.  vypil moloko.

I drink-IPFV.PST. milk I drink-PFV.PST. milk

b. I was drinking milk. b. I have drunk the milk.

「私は牛乳を飲んでいた.」 「私は牛乳を飲みほした.」

(Wade 2011: 269)

ロシア語には「飲む」という語彙的な意味に対して,(36) a.の пил/pil (< пить/pit')と(37) a.の выпил/vypil (< выпить/vypit')といった2つの語が対応しており,前者が不完了体,後者が完了体動 詞である.完了体 выпить/vypit'は,不完了体пить/pit'に接頭辞 вы-/vy-が付いた派生動詞である. 一方,英語の(36) b.ではbe動詞+現在分詞,(37) b.ではhave+過去分詞という分析的な形で同じ内 容が表されている.つまり,ロシア語は体の対立を形態的に実現しており,2 語(пить/pit' –

выпить/vypit')で完了体・不完了体の概念を表している.それに対して,英語は1つの語(drink)

と他の超高頻度語(beとhave)を用いて同じ内容を表現している.

以下に,同様の英露の対応例をいくつか挙げる.

(38) a. Он долго уговаривал меня, но не уговорил.

On dolgo ugovarival menâ, no ne ugovoril.

he long-ADV. persuade-IPFV.PST. me but not persuade-PFV.PST.

b. He spent a long time trying to persuade me, but didn’t actually persuade me.

「彼は長いこと僕を説得しようとしていたが,説得できなかった.」

(Comrie 1976: 19)150

a.の不完了体 уговаривал/ugovarival (< уговаривать/ugovarivat')は,b.において(spent)...trying to persuade,また,a.の完了体уговорил/ugovoril (< уговорить/ugovorit')は,b.において(actually) persuade

150 Comrie (1976: 19)によれば,「完了体の形式は,不完了体の形式と明確に対比される場合,しばしば場面

の完成(completion)を示す」が,(38)の例はこれに当たる.

となって現れている.つまり,英語はpersuadeと他の語の組み合わせで,つまり,分析的な形で 完了体・不完了の対立を表現しているが,それに対してロシア語は уговорить/ugovorit'

уговаривать/ugovarivat'という 2 つの語を用いている.なお,語形成の流れとしては,完了体

уговорить の接尾辞-и-/-i-を-ива-/-iva-に交替することで不完了体 уговаривать/ugovarivat'が形成さ れる (cf. Тихонов 1985).

(39) a 1) Анна Сергеевна забыла о нём.

Anna Sergeevna zabyla o nёm.

Anna-NAME. Sergeyevna-NAME. forget-PFV.PST. about him

2) Anna Sergeyevna had forgotten him.

「アンナ・セルゲーエヴナは彼のことを忘れてしまった.」

b 1) <…> когда забываем о высших целях бытия, о kogda zabybaem o vysših celâh bytiâ, o

when-CONJN. forget-IPFV.1.PL.PRS. about supreme aim existence about

своём человеческом достоинстве.

svoёm čelovečeskom dostoinstve.

our human dignity

2) <…> when we forget our human dignity and the higher aims of our existence.

「(私たちが)私たち人間の尊厳,存在の高尚な目的について忘れるとき<…>」

(『犬を連れた奥さん』より引用)

aの1)の完了体забыла/zabyla (< забыть/zabyt')はaの2)においてhad forgottenとして,また,bの 1)の不完了体забываем/zabyvaem (< забывать/zabyvat')はbの2)でforgetとして現れている.英語

は語連続を用いて分析的に完了・不完了の対立を表しているのに対し,ロシア語は接尾辞-ва-/-va-を用いてзабыть/zabyt'からзабывать/zabyvat'を派生し,体の対立を統合的な手法で表している.

(40) a 1) Он вошёл в дом, поднялся по лестнице, открыл дверь, On vošёl v dom, podnâlsâ po lestnice, otkryl dver', he enter-PFV.PST. in house climb-PFV.PST. on stairs open-PFV.PST. door

поставил чемодан <…>.

postavil čemodan <…>.

put_down-PFV.PST. suitcase

2) He went in the house, climbed the stairs, opened the door, put down the suitcase <…>.

「彼は家に入って,階段を上がり,ドアを開け,トランクを置き <…>」

b 1) Он входил в дом, поднимался по лестнице, открывал дверь, On vhodil v dom podnimalsâ po lestnice otkryval dver' he enter-IPFV.PST. into house climb-IPFV.PST. on stairs open-IPFV.PST. door

ставил чемодан <…>.

stavil čemodan <…>.

put_down-IPFV.PST. suitcase

2) He would come into the house, climb the stairs, open the door, put down the suitcase <…>.

「彼は(習慣的に)家に入って,階段を上がり,ドアを開け,トランクを置き…」

(Timberlake 2011: 409-410)151

(40)の例においても同様に,ロシア語の完了体と不完了体の対立は,基本的には統合的な手法で 表現されている.例えば,「置く」を意味するbの1)の不完了体ставил/stavil (< ставить/stavit') は ,a の 1)の 完 了 体 の 例 で は поставил/postavil (< поставить/postavit')と な っ て い る . поставить/postavit'は,ставить/stavit'に接頭辞по-/po-を付加して形成された派生動詞である.つ まり,ロシア語では,2 語によって完了体・不完了体の対立が表されている.一方,英語のa の

2)とbの2)の例では,完了体・不完了体の対立がwouldの有無によって表現されている(ここで

は,would +動詞の原形で過去の反復行動が表されている).

Ремчукова (2004: 66)によると,ロシア語の動詞は全体の75%が,ставить/stavit' – поставить/

postavit', уговаривать/ugovarivat' – уговорить/ugovorit'のように,完了体・不完了体のペアを成して 存在しているという.そのため,ロシア語は体の使い分けに際して,必要となる動詞の数が膨ら んでいく.この言語的特性は,1,000語,2,000語といった特定語数によるカバー率を低くする一 因であると推測される.