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英語の句動詞/動詞句とロシア語の接頭辞付き派生動詞の対応

5.2. 概念・語彙素の形成における英露の分析的・統合的な度合い

5.2.3. 英語の句動詞/動詞句とロシア語の接頭辞付き派生動詞の対応

ドイツ語のessen「食べる」と,これに接頭辞が付加されたaufessen「食べ尽くす」の英訳は,

それぞれeateat upが対応するが (cf. Comrie 1976: 46),このような対応例(複合的な動作を 英語では句動詞,ドイツ語では派生語で表す)は英露間にも頻繁に見受けられる.

英語は基本的な動作の多様化を図る際に,動詞と不変化詞の組み合わせである句動詞156が用 いられ得る.go in「入る」, go out「出る」, go across「渡る」といった句動詞を例にとると,

動詞go「行く」にin, out, acrossといった不変化詞が加わることで新しい語彙素が形成されて

いる.一方,ロシア語は,接頭辞の付加によって動詞の表す動作の多様化を図る.例えば,動 詞идти/idti「進む」に接頭辞が付加されると,войти/vojti「入る」, выйти/vyjti「出る」, перейти/

perejti「渡る」157といった,新しい語彙素の派生動詞が形成される.

以下で,Oxford Russian Dictionary (Wheeler et al. (eds.) 2007)におけるидти/idtiの接頭辞付き派生 動詞とその英訳を比較する.

156 句動詞には,構成要素からその意味を推測できない慣用的なものと,推測の可能な自由表現的なものが あるが (嶋田 1985: 3; 亀井他() 2001: 310),前者しか句動詞として認めない姿勢もある.本稿では,句 動詞の定義の議論には深入りせず,両方とも句動詞として扱う.

157 идти/idtiは接頭辞が付くと形態が-йти/-jtiに変化する.ここでは,идти/idtiに接頭辞в-/v- (во-/vo-は異 形態)вы-/vy-, пере-/pere-が付加されている.

表48. идти/idti「進む」の接頭辞付き派生動詞とその英訳

接頭辞(括弧内は異形態) 接頭辞付き派生動詞 意味 対応する英訳

в- (во-) войти 入る enter / go in

вы- выйти 出る go out / come out

за- зайти 寄る look in / drop in

о- (об-, обо-) обойти 回る go round

от- (ото-) отойти 離れる move away / move off

пере- перейти 渡る cross / get across

под- (подо-) подойти 近寄る approach / come up

при- прийти 来る,着く come / arrive

про- пройти 通る pass / go through

с- (со-) сойти 下りる go down / come down

у- уйти 去る go away / go off

表右端の列が示す通り,ロシア語の接頭辞付き派生動詞は,英語では句動詞として実現している 場合が多い.なお,идти/idtiのような極めて高頻度に生起する基本動詞以外に関しても,上述の ような英露の対応は頻繁に起こり得る.

表49. ロシア語の接頭辞付き派生動詞とその英訳(крутить/krutit'「回す」,лезть/lezt'「這う」, скользнуть/skol'znut'「滑る」を例に)158 接頭辞(括弧内は異形態) 接頭辞付き派生動詞 意味 対応する英訳

на- накрутить 巻きつける twist onto

при- прикрутить 締めつける tie up

вы- выкрутить 絞り出す wring out

c- (со-) слезть 這い下りる climb down

у- ускользнуть 滑り去る slide away

ただし,表48と表49は,実際のテキスト内で確認された接頭辞付き派生動詞と句動詞の対応例 ではなく,あくまで辞書レベルにおける対応を示しているにすぎない.そこで,次に上述の対応 例を実際のテキスト(小説の英露版)で確認する.

(44) a. Почему?.. Почему вы уходите, так ничего и не сказав?!

Počemu?.. Počemu vy uhodite, tak ničego i ne skazav?!

why why you go_off-IPFV.PRS. so nothing even not say-PFV.PTCP.

b. Why? Why do you go off like that without saying a word?

158 表は,Timberlake (2011: 403-405)の記述を著者がまとめたものである.

「どうして?どうしてあなたは何も言わずに去ろうとするの!?」

(『砂の女』より引用)

a.のロシア語では「去る」という意味が,ходить/hodit'159「進む」に接頭辞у-/u-の付いた派生動詞

уходить/uhodit'によって,つまり統合的な形で表されている.一方,b.の英語では,「去る」はgo

offという分析的な形によって表現されている.

(45) a. Это хорошо, что я уезжаю, — говорила она Гурову.

Èto horošo, čto â uezžaû, — govorila ona Gurovu.

it good that-CONJN. I leave-IPFV.PRS. say-IPFV.3.SG.PST. she Gurov-NAME.DAT.

b. "It's a good thing I am going away," she said to Gurov.

「私が行ってしまうのはいいことだわ」と彼女はグーロフに言った.

(『犬を連れた奥さん』)

a.のロシア語では,「出発する」がехать/ehat'「(乗り物で)進む」に 接頭辞 у-/u-と接尾辞-а-/-a-が付いた派生動詞 уезжать/uezžat'によって表現されている.一方,b.の英語では,それが goawayの語連続によって表されている.

なお,5.2.1.,5.2.2.,5.2.3.では,英露の対応例をいくつかの異なる出典から引用した.だが,1 つの作品に範囲を絞っても上記3つの分析項目は確認される.例えば,『アンナ・カレーニナ』に

おいて делать/delat'「する,行う」と do に関する完了体,受動態,句動詞/動詞句の現れ方を確

認すると,ロシア語は統合的,英語は分析的な形でそれらに対応している.

(46) 完了体の対応例

a. <…> он сделал что-то нехорошее.

on sdelal čto-to nehorošee.

he do-PFV.PST. something bad

b. <…> he had done something wrong.

「彼は何か悪いことをした.」

159 ここまでに「進む」を意味する動詞としてидти/idtiходить/hodit'が出てきた.両者とも不完了体動詞 であるが,前者は定動詞(determinate verb),後者は不定動詞(indeterminate verb)であるという違いが ある.定動詞は一定方向への移動を表し,不定動詞は,不定の様々な方向への移動を表す.

ただし,定動詞と不定動詞に接頭辞が付くと,前者は完了体動詞に,後者は不完了体動詞になると いった特徴がある.

(47) 受動態の対応例

a. И дворянское дело наше делается не здесь, I dvorânskoe delo naše delaetsâ ne zdes',

and aristocratic-ADJ.NOM. work-N.NOM. our-PRN.NOM. be_done-IPFV.PASS.PRS. not here

на выборах, а там, в своём углу.

na vyborah, a tam, v svoёm uglu.

in election, but there in our corner

b. And our work as noblemen isn’t done here at the elections, but yonder, each in our corner.

そして,われわれ貴族の仕事はこちらの選挙ではなく,あちらの我々の隠れ家で行われている.

(48) ロシア語の接頭辞付き派生動詞と英語の動詞句160の対応例

a. <…> если б161 она была мужчиною, она бы наделала за Esli b ona byla mužčinoû, ona by nadelala za

if (PART) she be-IPFV.PST. man ona (PART) do_all_sorts_of-PFV.PST. for

вас тысячу глупостей.

vas tycâču. glupostej.

you thousand -NUM.ACC. stupid_thing-N.GEN.

b. <…> if she were a man she would do all sorts of mad things for your sake.

「<...>もし彼女が男だったら,あなたのためにバカなことをたくさんしでかしたでしょう.」 (『アンナ・カレーニナ』より引用)

(46)のa.では,完了の「してしまう」がделать/delat'「する」に接頭辞c-/s-の付いたсделать/sdelat' (> сделал/sdelal)という統合的な形で表されている(なお,делать/delat'は不完了体動詞である). それに対応するb.の英語の例では,have+doの過去分詞という分析的な形が用いられている.(47) の「される,行われる」は,ロシア語では делать/delat'「する」に後接辞-ся/-sâ が付加された делаться/delat'sâ (> делается/delaetsâ)(統合的な形)で,英語ではbe+過去分詞のbe done(分析 的な形)で表されている.(48)の「たくさんする」は,ロシア語ではделать/delat'に接頭辞 на-/na-の付いたнаделать/nadelat' (> наделала/nadelala)という統合的な形,英語ではdoall sorts ofを組 み合わせた分析的な形となって現れている.

160 наделать/nadelat'に対応するdo all sorts ofは句動詞ではなく動詞句である.ロシア語ではделать/delat'

に接頭辞на-/na-の付いた派生語が,英語では語連続do all sorts ofとして現れており,本章では,これを

5.2.3.の例として挙げている.

なお,動詞接頭辞на-/na-は多数/大量のものに及ぶ動作を表す (東郷他(編) 1988; Ефремова 1996).例 えば,сказать/skazat'「言う」にна-/na-の付いたнасказать/naskazat'「たくさん言う」は,英語では say a lot ofが対応する (cf. Wheeler et al. (eds.) 2007).

161 бы/by (б/b)は,動詞の過去形と用いて仮定法を表す助詞である.

なお,ロシア語でも分析的な形が用いられる場合がある.例えば,пустить/pustit'「放す,通す」

からは,впустить/vpustit'「入れる」, выпустить/vypustit'「出す」, отпустить/otpustit'「解放する」

といった接頭辞付き派生動詞が形成されるが,それぞれ以下のように分析的に言うこともできる.

(49) ロシア語における分析的な形の例 (cf. Исаченко 1960: 153).

a. впустить → пустить внутрь b. выпустить → пустить вон vpustit' pustit' vnutr' vypustit' pustit' von

let_in-V. let_go-V. inside-ADV. let_out-V. let_go-V. out-ADV.

「入れる」 「入れる」 「出す」 「出す」

c. отпустить → пустить прочь otpustit' pustit' proč'

let_loose-V. let_go-V. off-ADV.

「解放する」 「解放する」

上記のような分析的な形はロシア語でも可能である.ただ,現行RNC-Mにてこれらのコロケー ションがどれだけ生起しているのかを調べた結果,1 例も確認できなかった(アクセス日:

2017/12/25).したがって,この場合,ロシア語でも分析的な形は存在するが,接頭辞を付加した

派生動詞を用いる方が一般的であると言えよう162

5.2.4. 5.2.のまとめ

英語のhave +過去分詞形,be動詞+過去分詞形は,例えば前出のdo以外の動詞にも生産的に適

用することができる.また,英語は句動詞や動詞句によって,動詞が表す意味の多様化を図るが,

このような語連続による表現方法が,ロシア語では派生という統合的な形で現れ得る.

通常,コーパスに基づく頻度リストにhave +過去分詞形,be動詞+過去分詞形,句動詞/動詞句 の単位は存在しない.例えば,頻度を計算する際,句動詞はその構成要素に分解される.レマ化

に際してgo out「出る」はgo outに分解され,それぞれ別に頻度が計算される.ここに,ロシ

ア語の特定語数によるテキストカバー率の低さの原因が潜んでいると考えられる.英語は,新し く語を形成するのではなく,既存の語の連続で新しい概念・語彙素をつくり出しているのに対し,

ロシア語は同様のことを行う際,派生に依存する.これに連動して,ロシア語内の派生語の数は

162 逆に,英語でも統合的な形で新しい語彙素を作り出す例は数多く観察される.例えば,play「遊ぶ」か らは,接辞付加によってplayer「選手」, playable「競技できる」, replay「リプレイ」といった派生語が 形成される.新しい概念・語彙素を形成する際,英語は分析的な度合いが強いというのは,あくまでロ シア語と比べた場合である.

増えていく.結果,英語は少ない語数で多くの概念・語彙素を表すことができるため,表45が示 すように,ロシア語よりも高いカバー率が実現できるのである.

5.2.の分析・考察は,ロシア語は派生動詞の数が非常に多いことを示唆している.また,ロシア 語は接頭辞付き派生動詞から,他の品詞の派生語も数多く形成されるため (cf. Тихонов 1985),動 詞に限らず各品詞の派生語が多いと考えられる.ロシア語のこの特徴もまた,1,000語や2,000語 といった特定語数によるロシア語のテキストカバー率の低さを説明する.

以下に,体(5.2.1),受動態(5.2.2),英語の句動詞/動詞句とロシア語の接頭辞付き派生動詞(5.2.3.)

の分析を総括する.

(50) 5.2.における言語学的な分析のまとめ

a. 体と受動態に関して,英語はその概念を語連続という分析的な形によって,ロシ ア語はそれを派生という統合的な形によって表す.

b. 英語の句動詞/動詞句は,ロシア語では接頭辞付き派生動詞として現れる場合が多い.

以上のことから,ロシア語は派生動詞の数が多いと推測される.

c. また,接頭辞付き派生動詞を基準にして,さらに様々な品詞の派生語が形成されるため,

ロシア語は動詞に限らず,派生語が多いと推測される.

d. 結果,派生語の多いロシア語は特定語数によるテキストカバー率が低くなる.一方,

英語は新しく語を形成するのではなく,既存の語を用いた語連続で概念・語彙素を作 り出す傾向がロシア語よりも強いため,少ない語数で高いカバー率が実現される.

(50)のイメージを図式化すると,以下のようになる.

(51) 概念・語彙素の形成におけるロシア語の統合的特徴と英語の分析的特徴

(читать「読む」を例に)163 露: читать – прочитать「読む」 a. (完了)体

英: read have read

∟ 露: читаться「読まれる」 a. 受動態 英: be read

163 читать – прочитать「読む」とчитаться「読まれる」の英訳は,前述の分析を踏まえて著者がつけた.

また,начитать「たくさん読む」とперечитать「読み返す」,そして,これらの派生語の英訳は,Oxford

Russian Dictionary (Wheeler et al. (eds.) 2007)で確認した.