けないことを示す一例である.
2.3.4.2. ワードファミリーの問題点
WFの利用には,どの語をWFに含めてどの語を含めないのか,といった線引きの問題が存在 する (Nation 2001: 8).以下の語は,形容詞белый/belyj「白い」の派生語群であるが,WFにその すべてを含めていいかどうかは疑問である.
(24) белый「白い」の派生語群
a. беловатый b. белеть c. белок d. бельё
belobatyj belet' belok bel'ё
whitish-ADJ. grow_white-V. albumen-N. linen-N.
「白っぽい」 「白くなる」 「白味」 「下着」
質の弱化を意味するa.の接尾辞-оват-/-ovat-は,派生元の語であるбелый/belyj「白い」に対して追 加的なニュアンス「っぽい」を付加している (Караулов (ред.) 1997: 548).また,動詞を形成する 接尾辞-е-/-e-は,「派生元の語である形容詞の意味になっていく」(Ефремова 1996: 115)ことを表し,
b.のбелеть/belet'は「白くなる」を意味する.a.とb.に関しては派生元の語と派生接辞に明るけれ
ば,その意味を推測することは可能であるし,暗記の際の学習負荷も減少するであろう.
ただ,c.とd.は事情が異なる.接尾辞-ок/-ok は,派生元の形容詞が意味する特性をもった男性 名詞を形成するが (Ефремова 1996: 333-334),派生元の語と接尾辞の意味からбелок/belok「白味」
の意味を予測することはできないであろう.d.の бельё/bel'ё と派生元の語の間には,現代ロシア 語では派生の意味的相関の喪失が起きており (Земская 1973: 14-15),その構成要素から「下着」
という意味は導けない.そのため,Тихонов (1985)の語形成辞典では,бельё/bel'ё は белый/belyj のWFにはまとめられておらず,бельё/bel'ёとしての見出し語が存在している.
a., b., c.はбелый/belyj のWFに含まれるであろうが,学習者の習熟度によってどれを含めて,
逆に,どれを含めないのかを議論しなければならない.その際,Bauer, Nation (1993)のように,い くつかの条件を設定して,WFの定義を段階的に設定することが望まれる(これに関しては6.2.1.
で詳細に論じる).他にも,WFの問題点として,外国人学習者とってこの概念は接辞の知識がな い状態では導入しづらいということが挙げられる (石川 2012: 142).
析に使用する単位によって得られる結果に大きな差が生じることを考察した.本章では,英露で 書かれた文学作品を比較したが,それにより,両者の言語的な特徴が確認された:トークン単位 の元では,英語はロシア語よりも語数が多くなるが,タイプとレマ単位では数値が逆転する.ロ シア語のタイプ数の多さは複雑な屈折のパラダイムに起因する.また,レマに関しては,英語が 分析的な形を用いて概念・語彙素を増やす傾向にあるのに対し,ロシア語は同様のことをするの に統合的な手法に依存するため,テキストに含まれる語の数が多くなったと考えられる.続く2.3.
では,4 つの単位が言語研究や語彙学習においてどのように応用されているのかを概観した.ト ークンはコーパスの総語数を示す際に,タイプは特定の語形を分析する際に用いることができる.
そして,レマとWFは,語彙リストに含まれる語数や覚えるべき語数を議論する際などに用いら れる.
なお,ここまでの考察で,ロシア語には多くの派生語が含まれており,WF という概念を語彙 学習に導入する価値は高いということが予想される(その言語学的・数量的な分析は5章で行う).
次章では,これら4つの語の単位を踏まえて,現在までに作成されたロシア語のコーパスにつ いて言及する.
3章. 外国語教育とロシア語コーパス
言語の分析は,主にテキストや音声などの言語資料に基づいている.例えば,新聞記事,小説,
学習者の作文といった書き言葉のテキストや,音声を書き起こした話し言葉のテキストは,言語 研究において重要な役割を果たしている.
テキストの集合体であるコーパスは,ある言語現象に対してなんらかの証拠を提示してくれる が (Копотев, Мустайоки 2008: 10),コーパス言語学とは「言語研究を行うための一連の分析手順・
手段に焦点を当てた領域である」(McEnery, Hardie 2012: 1)と言えよう.コーパス言語学の独自性 を強調する研究者もいるが,現在,コーパスはある特定の専門家が使用する特殊なツールである という敷居は消えつつある.McEnery et al. (2006: 7)が述べているように,「コーパス言語学は,音 声学,統語論,意味論,語用論と同じ意味での独立した言語学の分野というよりも方法論」的な 側面を持ち,言語研究のあらゆる調査に用いられ得る.つまり「コーパス言語学はそれ自身で完 結する閉じた学問体系というよりも,様々な言語研究分野とゆるやかに連関する学際的な研究分 野」(石川 2012: 3)なのである.実際,コーパス言語学は,言語使用を強調する機能主義と研究 上の親和性が高い(心理言語学,機能言語学,認知言語学など)(cf. Deignan 2005; 中本, 李(編) 2011;
McEnery, Hardie 2012).他にも,McEnery, O’Keeffe (2010: 7)によると,言語教育・言語学習,談話 分析,文学文体論,法言語学,語用論,音声工学,社会言語学,健康コミュニケーション学など といった分野でコーパスが分析ツールとして用いられている.
したがって,コーパス言語学は言語学全体に資源を提供する分野として大きな役割を果たして いるのである.1 章で言及したが,本稿は,コーパスが提示する頻度情報を判断材料として以下 に挙げる4つの研究設問に取り組む.
(25)(再掲)本稿の研究設問
a. 派生接辞学習による語彙力増加の数量的確認 b. 学習価値の高い派生接辞の選定
c. 学習価値の高い意味の選定 – 動詞接頭辞про-/pro-を例に –
d. イメージ・スキーマと放射状カテゴリーの記述整備 – 動詞接頭辞про-/pro-を例に –
上記a.〜d.の分析は,コーパスが提示する語彙の頻度データ (Ляшевская, Шаров 2009)に基づく,
もしくは関係しており,本稿はその分析結果に基づいて派生接辞を用いた効率的なロシア語の語 彙学習法を検討する.この点において本稿はコーパスをツールとして活用している「コーパス検
証型(corpus-based)の研究」80 (cf. McEnery, Hardie 2012) であると言える.
本稿では主に語彙の頻度分析にコーパスを用いるが,その選定には細心の注意を払わなければ ならない.論拠となる分析の源が正しく設計されていなければ,導かれた結果に効力や説得力は 生まれない,もしくは結果の信頼性は低くなってしまうからである.つまり,頻度や分布といっ た語彙統計(3.1.2.参照)の元となるコーパスの構 は,自らの研究において大きな意味を持つの である (投野 2015b: 9).ロシア語の言語研究の場合,分析対象とするコーパスの選定にはよりい っそうの議論と検討が必要である.Ляшевская (2016: 7)が述べているように,そもそもコーパス 言語学自体が言語の学問領域においてまだ若い潮流であり,ロシア語の RNC ですら完成してか らまだ10数年しか経過していない.そのため,自らの研究目的に合致したロシア語のコーパスを 選ぶ,または作成する際には熟考が求められる.
3 章ではコーパスの外国語教育への利用,コーパスの構築に関する諸相,そしてロシア語のコ ーパス(とそれに基づく頻度辞書)について言及する:まず 3.1.では,これまでに作成された英 露の(頻度)辞書と学習用語彙リストについて俯瞰し,語彙学習の分野でコーパス,またはコー パスから抽出された情報がどのように活用されているのかを確認する.続く 3.2.では,後述のロ シア語コーパスの構 を理解するのに必要な概念,用語に触れる.そして,3.3.では作成年代順に ロシア語のコーパスを紹介するが,その際,コーパス規模,テキストサンプリング(標本抽出), 語彙リストを中心にそれらの概要を説明する.最後に,3.4.にて本章を総括し,4章に論を繋げる.