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先行研究 (Bauer, Nation 1993)の概要

6.2. 学習価値の高い派生接辞

6.2.1. 先行研究 (Bauer, Nation 1993)の概要

sacrilege + -ous = sacrilegious → 規則性が低い).

2) 基本形の発音形態の規則性: 接辞が付加された際,どの程度発音が変化するか.接辞 を除去した際,残った形態が自由形態素(free form)であるかどうか(例:-ifyの付加 は,quantifyのように,語幹の前の音節の脱落をもたらすため,規則的ではない). 3) 接辞の綴り形態の規則性: 初期レベルに配される接辞は極めて正書法に忠実である.

例えば,pre-は綴りの形態が1つしかない.一方,ネガティヴな内容を表すin-には,im-,

il-, ir-といった異形態が存在する.これらは,一見関係しているようには見えない.

4) 接辞の発音形態の規則性:初期レベルの接辞は,予測可能な音声形態を有しており,

比較的理解が簡単である(例:レベルの設定に際して,屈折接辞の-sと-edには3つの 形態があることを考慮する).

5) 機能の規則性: 接辞がどの品詞に付いて,派生語の品詞は何になるのかといった規則 性を指す(例:-essは常に名詞に付いて名詞を形成する).

このような基準を設定した上で,Bauer, Nation (1993)は書き言葉に焦点を当てて英語の接辞を 7 つにレベル分けしていった.以下に7つのうち6つのレベルを挙げる181

表54. 英語接辞のレベル分けの例 (Bauer, Nation 1993: 254)(著者が一部改変)

181 Bauer, Nation (1993)は,レベル7に属す接辞を表に含めて記載していないが,そこには古典的な語根や

接辞(classical roots and affixes)が含まれる(例:Franco-ab-

182 このレベルの語の単位は,事実上,2.1.1.で扱ったトークンと同じであるが,Bauer, Nation (1993: 258)自 らが述べているように,書き言葉に関してこのレベルに属する学習者はいないであろう.

183 このレベルの語の単位は,事実上,2.1.3.で扱ったレマと同じである.Bauer, Nation (1993: 271)が述べて いるように,このレベルには,どこまでを屈折接辞として扱うかなどの問題が残る(例えば,-ing形は 屈折接辞としてだけでなく,派生接辞としても機能し得る).ロシア語に関して言うと,英語と比べて屈 折のパラダイムが複雑であるため,レベル2の幅が広く,学習負荷はかなり重い.

Lv.

レベルの概要

develop wood bright

1 各語形はすべて異なる語182

2

develop develops developed developing

wood wood’s

woods

bright brighter brightest

【屈折接辞】183

複数形,3人称単数現在,過去形,過去分詞,-ing形,

比較級,最上級,所有格

3

developable undevelopable

developer undeveloped

woody woodiness

brightly brightish brightness

【最も頻度が高く,規則的な派生接辞】

接尾辞: -able, -er, -ish, -less, -ly, -ness, -th, -y 接頭辞: non-, un-

・全ての基準がここでは適用されている.

なお,上記派生接辞の中には,複数のレベルに重複して含まれているものがあるが,これらは意 味が異なる.

Bauer, Nation (1993: 257)が述べているように,各レベルは「実用的な理由から定められており,

理論的な価値を有してはいない.<...> レベル間の区分は恣意的であり,単に連続体の間に簡単に 認識できるステップをつくることを目的としている」.表 54 からはレベル分けの指標として,

Bauer, Nation (1993)で言うところの頻度が特に重要視されていることがわかる.学習者が出会う機 会を考えれば,これは妥当な判断であろう.

本章では,まず派生接辞の生起頻度(当該の派生接辞が含まれる派生語の生起頻度の合算)と 実質的生産性(当該の派生接辞が含まれる派生語の個数)を計測する.この2つの基準が,効率 的にロシア語の語彙力を伸ばすという観点からは最も重要であると考えた:派生語を分析する力 を養うには,当該の派生接辞を伴った数多くの派生語に触れる必要があり,かつ,それらが高頻 度に生起していることが望ましい.例えば,後述の分析から,形容詞を形成する-ан-/-an- (例:

кожаный/kožanyj「肌の」)という接尾辞は,RNC-Mにおいて生起頻度が約240(ipm換算),実質

的生産性が6であることがわかる.それに対して,副詞を形成する接尾辞-о/-o(例:сильно/sil'no

「強く」)は生起頻度が約1万5,000,実質的生産性が約200である.前者は,派生接辞の生起頻 度の点では高い部類に入るが,少数の派生語の中でしか確認されない.一方,後者は生起頻度が 高く,かつ,数多くの派生語に含まれている.そのため,接尾辞-о/-oの方が学習優先度は高いと 言える.

また,今回,綴りや発音の規則性の重要度は上記2つほど高くはないと判断した:まず,接頭 辞が付加されることで基本形の形態や発音が変わる語はそれほど多くはない(分析対象の高頻度

語内では идти/idti「進む」などの基本語に限られる).ただし,接尾辞の付加は,語幹との繋ぎ

目に頻繁に子音の交代を引き起こす(例:г/g → ж/ž:книга/kniga「本」→ книжный/knižnyj「本 4 development

developmental developmentally

【頻度が高く,綴りの規則的な派生接辞】

接尾辞: -al, -ation, -ess, -ful, -ism, -ist, -ity, -ize, -ment, -ous 接頭辞: in-

・このレベルでは,8 つの基準に優先順位がつけられ ている(潜在的生産性よりも頻度を重視 / 発音よりも 綴りの基準を重視 これは,話し言葉よりも書き言 葉の理解に焦点が向けられているためである.

5 developmentwise semideveloed

antidevelopment wooden brighten

【規則的だが,頻度の低い派生接辞】

・ここに含まれる派生接辞の数はかなり多い: -wise, -en, -ette, -ian, semi-, anti-など

6 predevelopment redevelop

【頻度は高いが,規則的ではない派生接辞】

接尾辞: -able, -ee, -ic, -ify, -ion, -ist, -ition, -ive, -th, -y 接頭辞: pre-, re-

の」).この現象は動詞の活用や名詞の格変化に際しても頻繁に見受けられるため,語彙学習だけ でなく,文法理解のためにそもそも必要な知識である.Земская (1973: 82)が言うように,ロシア 語の語形成にとって語幹と接尾辞のつなぎ目における子音の交代は最も特徴的な現象である.数 多くの派生接辞においてこの現象は起こり得るため,綴りや発音が派生に際して変化することを 前提として最初から学習者に導入すべきであろう.また,接辞の綴りの規則性に関して言うと,

ロシア語は大幅に形態が変化する派生接辞は少ない.上記内容を考慮して,ロシア語の接辞のレ ベル設定において,今回は規則性という項目を設定しないこととした.

なお,受容的な語彙の学習を検討するにあたり,潜在的な生産性はかなり優先順位が低いと考 える.語彙力増加でまず重要なのは,まず既存の高頻度語・基本語をいかに効率的に覚えるかで ある.くわえて,後述する本章の分析結果からわかることであるが,高頻度5,000 語内で生起頻 度と実質的生産性の値が高い派生接辞は,必ずしも先行研究 (cf. Земская 1973, 2007; Ефремова

1996)において潜在的生産性が高いとされる派生接辞と一致してはいない(6.3.参照).潜在的生産

性が高くとも,高頻度語内で多くの派生接辞に含まれていなければ覚える価値は低い184

一方で,意味の予測性は今後検討していかないければいけない重要な項目である.というのも,

ロシア語の派生接辞,特に動詞接頭辞は多義的であるため,どの意味を学習者に提示すべきかを 議論する必要がある(これに関しては本章の6.4にて言及する).

本章は,生起頻度と実質的生産性の高低に基づいて,学習優先度が高い派生接辞を選定する.

細かな接辞のレベル分けは,本研究のようなリストを作る段階で検討すべきではない.無理にレ ベルを設定しても,Bauer, Nation (1993: 257)が述べているように,そのレベル分けは恣意的なもの になってしまうし,理論的価値を有していない.なにより細かなレベル設定は,実証研究や実際 の教育実践を経てから実現されるべきであると考える.そのため,今回は客観的に重要性が確認 できる生起頻度と実質的生産性を判断基準として用いる.