6.3. 分析結果の考察
6.3.1. 分析結果の考察:接頭辞
ロシア語の接頭辞は,基本形に付加される際に派生語の品詞を変えない (Земская 1973: 33).そ して,接頭辞は必ずしも特定の品詞と密接な関係にあるというわけではなく,名詞,形容詞,動 詞,副詞,代名詞など様々な品詞と結び付く (cf. АН СССР 1980).Земская (1973: 35)は,ロシア 語の接頭辞は,主に動作を表す動詞,特徴を表す形容詞や副詞と結び付きが強く,一方で名詞と の結合はあまり典型的ではない,としている.
また,Земская (2007: 77)によると,新語の形成に関しては,過去数十年から現在まで名詞や形 容詞に付加される接頭辞(例:「否定」を意味するне-/ne-,「超過」を意味する сверх-/sverh-,「反」
を意味するпротиво-/protivo-,「超」を意味するсупер-/super-)が活発に用いられている201. ただ,表56と表57の結果からわかるように,RNC-MとRNC-Sにおける高頻度5,000語内で 確認される接頭辞は動詞に付くものが大半を占めており,名詞,形容詞,副詞,代名詞に付く接 頭辞の生起頻度と実質的生産性はいくつかの例外を除けば極めて低い.生起頻度の高低に基づい て,表56と表57の順位を入れ替えると,以下のような結果が得られる(表には上位25の接頭辞 を記載した).
200 6.3.では,ここまでに得られた分析結果を考察するが,生起頻度と実質的生産性に基づいて,客観的に 言えることだけでなく,若干ではあるが,主観的に言えることも合わせて記述する.当然,後者の意 見は,教育経験や実証研究を経て醸成されるべきであるが,これは今後の課題としたい.
201 Земская (2007)の研究は,現代ロシア語で新しく生まれてくる語を分析対象とし,潜在的な生産性,つ
まり,新語を形成する能力を考察しており,例えば,以下の動詞接頭辞は新語の形成において活動的で あるとしている:
a. за-/za- (動作の開始):закуковать/zakukovat'「(かっこうが)鳴き始める」
b. по-/po- (軽度・短時間で終わる動作):поослабнуть/pooslabnut'「徐々に,少し弱まる」
c. под-/pod- (軽度の動作):подустать/podustat'「少し疲れる」
d. пере-/pere- (再び):перепрописать/perepropisat'「再登記する」
e. от-/ot- (過程の終了):отголубеть/otgolubet'「水色ではなくなる」
f. на-/na- (強度の動作):накрутить/nakrutit'「しっかりと締める」
g. раз-/raz- (廃止):размонтировать/razmontirovat'「分解する」
表63. RNC-MとRNC-Sの高頻度5,000語内における接頭辞の生起頻度と実質的生産性(頻度順)
順
位 接頭辞202 基本形 の品詞
RNC-M
順
位 接頭辞 基本形 の品詞
RNC-S
生起頻度 (ipm)
実質的 生産性
生起頻度 (ipm)
実質的 生産性
1 по- 動詞 7,498.3 108 1 по- 動詞 9,694.5 140
2 с- (со-) 動詞 5,468.8 70 2 с- (со-) 動詞 5,794.4 79
3 у- 動詞 4,658.3 62 3 при- 動詞 4,388.3 37
4 вы- 動詞 3,750.5 54 4 ни- 代名詞 3,957.4 9
5 при- 動詞 3,012.4 42 5 у- 動詞 3,431.0 56
6 за- 動詞 2,987.0 67 6 за- 動詞 3,257.4 81
7 на- 動詞 2,487.6 30 7 вы- 動詞 3,148.7 72
8 ни- 代名詞 2,484.4 7 8 на- 動詞 2,224.7 40
9 раз- (разо-, рас-) 動詞 2,400.5 43 9 раз- (разо-, рас-) 動詞 1,868.4 38
10 от- (ото-) 動詞 2,141.1 33 10 от- (ото-) 動詞 1,734.0 41
11 про- 動詞 1,942.4 29 11 про- 動詞 1,615.3 40
12 о- (об-, обо-) 動詞 1,742.2 39 12 под- (подо-) 動詞 1,244.9 28
13 не- 形容詞 1,473.6 27 13 не- 副詞 1,223.2 22
14 под- (подо-) 動詞 1,462.0 24 14 пере- 動詞 1,034.4 33
15 не- 副詞 1,000.8 20 15 не- 形容詞 845.6 24
16 вз- (взо-, вс-) 動詞 981.1 10 16 о- (об-, обо-) 動詞 589.7 33
17 пере- 動詞 973.7 19 17 до- 動詞 567.0 17
18 не- 代名詞 918.8 6 18 от- (ото-) 副詞 492.6 4
19 в- (во-) 動詞 871.2 14 19 в- (во-) 動詞 486.5 16
20 из- (изо-, ис-) 動詞 666.5 17 20 из- (изо-, ис-) 動詞 375.4 12
21 до- 動詞 412.6 8 21 вз- (взо-, вс-) 動詞 330.0 7
22 воз- (возо-, вос-) 動詞 378.1 10 22 не- 代名詞 312.5 6
23 от- (ото-) 副詞 336.9 4 23 на- 副詞 93.2 3
24 пред- (предо-) 動詞 256.8 5 24 за- 副詞 55.5 2
25 без- (бес-) 形容詞 161.1 2 25 кое- 代名詞 54.2 2
202 ( )内は異形態を意味する.
動詞接頭辞の項目は灰色に塗ってあるが,上位25の接頭辞の内そのほとんどがこれに該当する.
また,順位は若干上下するが,ほぼ同じ接頭辞がRNC-MとRNC-Sの両方に共通して高頻度に生 起しており,かつ,これらの実質的生産性も高い.例えば,RNC-Mの20位以内には 16の動詞 接頭辞が含まれているが,その内вз-/vz-を除いた15の接頭辞はRNC-Sの20位以内にも入ってい る.また,両者に共通する接頭辞の順位相関係数はかなり強い値を示している(r = .933, p < 0.1). 分析結果から,動詞接頭辞は数多くの派生動詞の形成に用いられており,ロシア語における語彙 の拡充の役を担っていることがわかる (cf. Исаченко 1960: 152-153; Wade 2011: 283).
また,RNC-M(書き言葉)とRNC-S(話し言葉)の間で,使用されている接頭辞の種類に関し
て大きな差異がないこともわかった.したがって,書き言葉と話し言葉で分けた個別の学習用接 頭辞リストは必要ないと思われる203.以下で,重要な接頭辞を個別に考察する.
⚫ 動詞接頭辞по-/po-204
動詞接頭辞по-/po-は群を抜いて生起頻度と実質的生産性が高い.研究によって呼び名や分類は 様々であるが,по-/po-は「結果に及ぶ動作」,「短時間に行われる動作」,「開始を表す動作」など を表す (cf. АН СССР 1980; Ефремова 1996; Janda et al. 2013).Janda et al. (2013: 93)の用語を借りる のであれば,上記3つの意味はそれぞれRESULT, SOME, STARTとなり,RESULTとSOMEは動
詞接頭辞по-/po-の主要な意味であるとされる205.
(63) 動詞接頭辞по-の意味の例
a. RESULT: благодарить → поблагодарить blagodarit' poblagodarit'
thank-IPFV. thank-PFV.
「感謝する」 「感謝する」
b. SOME: читать → почитать čitat' počitat'
read-IPFV. read_for_a_while-PFV.
「読む」 「少しの間読む」
203 ただし,RNC-MとRNC-Sで高頻度に使用されている語彙自体は異なっている.そのため,書き言葉と
話し言葉で頻繁に使われている語彙を個別に考慮する必要があれば(例えば,接頭辞の意味・用法を理 解するための例文作成),書き言葉用と話し言葉用で分けた記述が望まれる.また,RNC-Sのコーパス 規模は100万語に満たないため,今後,より大きなコーパスでの再調査が必要である.
204 この動詞接頭辞の生起頻度と実質的生産性は以下の通りである:
RNC-M/RNC-S – 生起頻度7,498.3 / 9,694.5 実質的生産性 108 / 140
205 АН СССР (1980)は,他にも「軽度に行われる動作」(попортить/poportit'「少し損傷する」)や「全て または多数の対象に及ぶ多回・順々の動作」(поглотать/poglotat'「多数を幾度にも飲み込む」)といっ た意味を挙げている.
c. START: ехать → поехать
ehat' poehat'
go-IPFV. depart-PFV.
「(乗り物で)進む」 「出発する」
接頭辞は複数の意味で基本形に付加され得るので厳密な数値は挙げられないが206,本章の分析対 象の中ではこれら3つの意味でпо-/po-は基本形に付加されていることが多いと推測される.Janda et al. (2013)で言うところのRESULT,АН CCCР (1980: 367)で言うところの「結果に及ぶ動作」の
意味での по-/po-は,体のペアとなる完了体動詞を形成する際に最も用いられる接頭辞である
(Janda et al. 2013: 15)207.このような理由から,動詞接頭辞по-/po-は語彙力を増やすだけでなく,
文法カテゴリーである体を理解するという目的でも学ぶ意義は大きい.
⚫ 移動動詞に付加される接頭辞
上位を占める動詞接頭辞は移動動詞に付加されるものである.Земская (1973: 35)が述べている ように,「語への接頭辞の付加は,ふつう語の意味を根本的には変えず,いくらかの意味的なニュ アンスを追加するにとどまる.例えば,улететь/uletet'『飛び去る』, прилететь/priletet' 『飛んで 着く』<...> はлететь/letet'『飛ぶ』と同様の動作を表す.接頭辞は,その意味に動作の方向性へ の表示を追加しただけである」が,この特徴は移動動詞と接頭辞の関係に顕著に現れている.動 詞を基本形として接頭辞が付加される場合の語形成的意味は,主に変容208であるが (cf. АН СССР 1980: 395-397),宇多 (2009: 235)が言うように,移動動詞と接頭辞の関係は,他の動詞と接頭辞の それよりも(意味的な)規則性が高いため語彙力を増やす上で重要である.以下で,移動動詞
ходить/hodit'「進む」,нести/nest'「運ぶ」への接頭辞の付加の例を挙げる.
206 例えば,послушать/poslušat'「聴く」において,動詞接頭辞по-/po-は(63)のa.とb.の意味(「(完了体の)
聴く」と「しばらく聴く」)で基本形に付加され得る (cf. Ожегов 2010).そのため,どの意味がどの程度 用いられているかを厳密に計測するには,実際のテキスト内で文脈を確認するしかない.なお,本稿 7章では,このような分析を動詞接頭辞про-/pro-に対して行う.
207 Janda et al. (2013)は,いわゆる空の接頭辞が付いた約2,000の完了体動詞(例:написать/napisat'「書く」) を認知言語学の観点から分析した研究である.これらの動詞は3つの辞書に共通して記載され,かつ,
ネイティヴスピーカーの判断を経て抽出された.分析の結果,全体の20%にあたる約400語が, по-/po-の付加された完了体動詞であることがわかった(つまり,по-/po-は完了体を形成する際の空の接頭辞と して最もよく用いられる).
208 変容は6.4.にて詳細に扱う.この語形成的意味をもった派生語には,基本形の意味にくわえて,追加的
な意味が含まれている (Улуханов 1996: 149).例えば,形容詞белый/belyj「白い」に質の弱化を表す
-оват-/-ovat-が付いた беловатый/belovatyjは「白っぽい」を意味するが,この際の語形成的意味が変容 であ
る.
(64) 移動動詞への接頭辞の付加の例
a. при-: 1) ходить → приходить. 2) нести → принести hodit' prihodit' nesti prinesti
go-V. arrive-V. carry-V. bring-V.
「進む」 「着く」 「運ぶ」 「持ってくる」
b. от-: 1) ходить → отходить. 2) нести → отнести
hodit' othodit' nesti otnesti
go-V. move_away-V. carry-V. carry_away-V.
「進む」 「離れる」 「運ぶ」 「持ち去る」
c. за-: 1) ходить → заходить 2) нести → занести hodit' zahodit' nesti zanesti
go-V. call_on-V. carry-V. drop_off-V.
「進む」 「立ち寄る」 「運ぶ」 「ついでに届ける」
a.のпри-/pri-は「到着」を意味するが (АН СССР 1980: 368; Ефремова 1996: 408),基本形の移動動 詞に付いてприходить/prihodit'「着く」,принести/prinest'「持ってくる」が形成される.b.の от-/ot-はある距離を「遠ざかる動作」を意味し (АН СССР 1980: 364; Ефремова 1996: 347),基本形に付 いてотходить/othodit'「離れる」,отнести/otnesti「持ち去る」が作られる.c.の接頭辞 за-/za-は
「本筋から外れた動作」を意味し (АН СССР 1980: 360; Ефремова 1996: 153),ходить/hodit'「進む」, нести/nesti「運ぶ」に付加されると,それぞれзаходить/zahodit'「立ち寄る」,занести/zanesti「つ いでに届ける」が形成される.これらの例における基本形と派生語の規則的な対応からわかるよ うに,移動動詞への接頭辞の付加は,派生後の意味の予測がしやすい.
ただ,本章の分析対象を確認すると,上記の中心的・空間的な意味以外でも接頭辞は基本形に 頻繁に付加されている.例えば,以下の例が本章の分析対象内には含まれている.
(65) при-, от-, за-が付いた派生動詞の例
a. при-: дать → придать b. от-: везти → отвезти
dat' pridat' vezti otvezti
give-V. add-V. convey-V. deliver-V.
「与える」 「足す」 「運ぶ」 「運び届ける」
c. за-: говорить → заговорить govorit' zagovorit'
speak-V. begin_to_speak-V.
「話す」 「話し始める」
при-/pri-は「到着」の他に「追加的な動作」という意味を持つ (АН СССР 1980: 368; Ефремова 1996:
408; Janda et al. 2013: 53).この意味でпри-/pri-がдать/dat'「与える」に付加されてпридать/pridat'
「足す」が形成される.от-/ot-は他に,基本形が表す動作を通して「向かう,届ける動作」を意 味するが (АН СССР 1980: 364; Ефремова 1996: 349),この意味でвезти/vezti「運ぶ」に付くと отвезти/otvezti「運び届ける」が形成される.за-/za-は他に「動作の開始」を表し (АН СССР 1980:
360; Ефремова 1996: 153),この意味で говорить/govorit'「話す」に付加されると,заговорить /zagovorit'「話し始める」が形成される.Исаченко (1960: 152-153)209やWade (2011: 283)210が指摘し ているように,動詞接頭辞は多様な意味をもった動詞を形成し,ロシア語の語彙を豊かにしてい るのである.
このように,接頭辞は複数の意味で基本形である動詞に付加され得るため,この現象は高頻度 語内でも頻繁に確認される.接頭辞の複数の意味を覚えることは,未知の派生語に出会った際に その意味を暗記しやすくする,もしくは予測することを可能にするであろう.
現在,日本の教科書において動詞接頭辞は主に移動動詞の項目で言及されるが,その際,導入 対象とされる意味は(64)のような空間的なものに限られる.当然,接頭辞の中心的・空間的な意 味を学習することは重要であるが,それ以外の(65)のような意味で接頭辞が付加された派生動詞 も,実際のテキストにおいて頻繁に生起している.動詞接頭辞の知識は語彙力増加に極めて効果 的であるため学習優先度が高く,より体系的な意味記述が教材に導入されても良いであろう.
⚫ 形容詞,副詞,代名詞に付加される接頭辞
動詞以外では,形容詞と副詞に付加される接頭辞не-/ne-の生起頻度と実質的生産性が共に高い
211.この接頭辞は基本形と反対の意味をもった形容詞・副詞を形成する (АН СССР 1980: 412;
Ефремова 1996: 283, 289).Земская (2007: 79)によると,не-/ne-は新語を形成する際,関係形容詞や
209 語形成における接頭辞の役割に関して,Исаченко (1960: 152-153)は以下のように述べている(括弧は著 者が加えた):ロシア語は「動詞接頭辞によって,対応する単純動詞(無接頭辞の基本形)の意味とは 異なる意味を有した様々な動詞が形成される.動詞接頭辞は,動詞内語形成の生産的な要素であり,第 一に語彙の拡張に役立つ.生産的な動詞接頭辞を使えば,理論的にはあらゆる単純動詞から18の接頭 辞付き動詞の形成が可能である.多くの接頭辞が複数の意味を有していること,また,接頭辞を用いて 自立した再帰動詞が形成されることを考慮した場合,1つの単純動詞から理論的に可能な接頭辞による 語の形成数は著しく増加する」.その例としてИсаченко (1960)は,単純動詞писать/pisat'「書く」から 23個の派生動詞の形成が可能であることを挙げている.
210 Wade (2011: 283)は,基本形вязать/vâzat'「結ぶ」に対して,「分離」のот-/ot-が付いたотвязать/otvâzat'
「ほどく」,「付着」の意味のпри-/pri-が付いたпривязать/privâzat'「結び付ける」,「覆う動作」の意味
をもったза-/za-が付いたзавязать/zavâzat'「くくる」を例に挙げ,ロシア語の語形成における動詞接頭
辞の重要性に言及している.
211 не-/ne-の生起頻度と実質的生産性は以下の通りである:
a. 形容詞に付加されるне-: RNC-M/RNC-S – 生起頻度1,473.6 / 845.6 実質的生産性 27 / 24 b. 副詞に付加されるне-: RNC-M/RNC-S – 生起頻度1,000.8 / 1,223.2 実質的生産性 20 / 22