6.3. 分析結果の考察
6.3.2. 分析結果の考察:接尾辞
Земская (1973: 33)が述べているように,接尾辞の付加は,派生語を他の品詞に変え得る点で接 頭辞のそれとは異なる.接尾辞は接頭辞に比べて数が多く (cf. Ефремова 1996),また,1つの派 生語に複数の接尾辞が含まれている場合があるため,RNC-MとRNC-Sの高頻度5,000語内にお いても,接尾辞は接頭辞よりも多く確認される(例えば,本章の分析対象の中で2つの接頭辞が 含まれる派生語は数例しか確認されない.これに対し,1つの派生語に含まれる接尾辞の数は1
〜4つまで幅がある.ただ,6.2.2.2.で言及したように,生起頻度と実質的生産性をカウントする のは,語形成の過程において最後に付加された接尾辞だけである).
ここでは,実質的生産性が5を超えていて,生起頻度が高い25の接尾辞を取り上げる(全体を
通してRNC-Mの接尾辞の生起頻度と実質的生産性は,RNC-Sのそれよりも高い).
213 АН СССР (1980)が挙げていて,本章の分析対象内で確認されなかった接頭辞の一覧は,以下の通りで
ある:а-, анти-, архи-, вдоль-, вице, вне-, внутри-, гипер-, де-, дез-, дис-, им-, интер-, ир-, испод-, к-, кой-, контр-, меж-, между-, небез-, недо-, низ-, обез-, обер-, около-, па-, перед-, пост-, преди-, прото-, ре-, сверх-, среди-, су-, суб-, супер-, сыз-, транс-, ультра-, через-, чрез-, экс-, экстра-.
表64. RNC-MとRNC-Sの高頻度5,000語内における接尾辞の生起頻度と実質的生産性(頻度順)
順
位 接尾辞214 付加後 の品詞215
RNC-N
順
位 接尾辞 付加後
の品詞
RNC-S 生起頻度
(ipm)
実質的 生産性
生起頻度 (ipm)
実質的 生産性 1 ゼロ接尾辞 名詞 16,498.6 169 1 -о 副詞 20,621.3 185
2 -о 副詞 14,711.6 197 2 -а- 動詞 10,581.8 207
3 -а- 動詞 11,994.3 194 3 ゼロ接尾辞 名詞 7,650.3 135
4 -ениj- 名詞 10,161.4 164 4 -и- 動詞 4,868.4 94
5 -н- 形容詞 9,548.5 183 5 -к- [-ка] 名詞 4,780.4 158
6 -ск- 形容詞 4,953.6 68 6 -н- 形容詞 4,412.8 132
7 -ниj- 名詞 4,824.7 72 7 -ва- 動詞 3,447.2 50
8 -ост’ 名詞 3,977.0 66 8 -ива- 動詞 3,069.2 72
9 -к- [-ка] 名詞 3,872.4 81 9 -ениj- 名詞 1,547.4 49
10 -и- 動詞 3,781.8 69 10 -ск- 形容詞 1,449.1 51
11 -ва- 動詞 2,674.9 40 11 ゼロ接尾辞 形容詞 1,347.1 21
12 -ива- 動詞 2,451.2 49 12 -еньк- 形容詞 919.8 18
13 -енн- 形容詞 2,260.1 35 13 -ниj- 名詞 918.5 35
14 -тел’ 名詞 1,968.0 28 14 -ок 名詞 900.8 35
15 -ациj- 名詞 1,725.5 22 15 -ое 名詞 786.2 17
16 -иj- [-ие] 名詞 1,688.7 21 16 -ова- 動詞 778.8 21
17 -ств- 名詞 1,599.6 23 17 -ик 名詞 706.9 35
18 -ова- 動詞 1,408.2 22 18 -надцать 数詞 686.7 9
19 -ну- 動詞 1,179.9 24 19 -альн- 形容詞 679.1 10
20 -ов- 形容詞 1,165.6 21 20 -ну- 動詞 619.9 21
21 -альн- 形容詞 1,165.2 20 21 -тел’ 名詞 617.3 13
22 -тиj- 名詞 1,100.4 8 22 -ост’ 名詞 607.1 29
23 -ок 名詞 1,094.4 23 23 -н’- 形容詞 427.2 11
24 -н’- 形容詞 922.0 14 24 -е- 動詞 415.8 7
25 -ое 名詞 885.8 12 25 -ов- 形容詞 389.4 22
214 異形態が表に入り切らない場合があるため,ここには代表的な形態 (cf. Ефремова 1996)を記載する.
215 Земская (1973: 33)によると,-ива-/-iva- (-ыва-/-yva-)は必ず動詞を,-ец/-ecは必ず名詞を形成するように,
ロシア語の接尾辞には異なる品詞にまたがった派生語を形成するものは存在しない.
表64から,接頭辞と同様に,高頻度域で使われている接尾辞の大半はRNC-MとRNC-Sにおい て共通していることが窺える.RNC-Mの上位25の接尾辞のうち,20がRNC-S側の上位25の接 尾辞の中にも含まれている.この分析結果は,頻繁に用いられる接尾辞自体には話し言葉と書き 言葉でそれほど違いがないことを示している(ただし,全体として,RNC-Mの生起頻度と実質 的生産性の値の方が高い.つまり,書き言葉で使われる語彙の方が,より多く派生接辞を含んで いるようである).また,RNC-MとRNC-Sに共通する接尾辞の順位相関係数は十分に高いが(r
= .664, p < 0.1),接頭辞のそれよりも劣る(6.3.1.参照). 以下で,特に重要な接尾辞を個別に考察する.
⚫ 副詞を形成する-о (-е)216
この接尾辞は基本形である形容詞に付いて副詞を形成する.Borras, Christian (1971: 240)が言う ように,「ロシア語で最も数の多い副詞は,形容詞短語尾の中性形と同じ形態のもの」,すなわち,
この-о/-o (-е/-e)によるものであるが217,分析対象の高頻度語内にも数多く含まれていた.また,
既存の語だけでなく,新語の形成における潜在的な生産性も高く,「過去数十年と同様に,-о/-o で終わる副詞のタイプが最も活動的である」(Земская 2007: 75).
この接尾辞は書き言葉,話し言葉に関係なく高頻度に生起し,実質的生産性も高い.また,-о/-o
(-е/-e)による派生は,「強い」→「強く」,「極端な」→「極端に」といったように派生後の意味の
予測がしやすく(ここでの語形成的意味は転換218である),かつ,形態的にも規則的である.
(68) -о (-e)による副詞の形成の例
a. -о: сильный → сильно b. -е: крайний → кра йне
sil'nyj sil'no krajnij krajne
strong-ADJ. strongly-ADV. extreme-ADJ. extremely-ADV.
「強い」 「強く」 「極端な」 「極端に」
教科書によっては学習の早い段階から-о/-o (-е/-e)を導入しているものもあるが (cf 沼野他 2012:
216 この接尾辞の生起頻度と実質的生産性は以下の通りである:
RNC-M/RNC-S – 生起頻度 14,711.6 / 20,621.3 実質的生産性 197 / 185
217 本章では便宜的ではあるが,以下の点を考慮して-о/-о (-е/-e)を屈折接辞ではなく,派生接辞として扱 う:1) Ефремова (1996: 311)はこの接辞を語形成要素(словообразовательная единица)として捉えてい る.2) 品詞が形容詞から副詞へと変わっている.3) 多くの辞書がこの接尾辞をもった語に副詞として の見出しを与えている.
218 転換という語形成的意味は,派生語の意味が品詞の違いを除いて基本形の意味と同じことを表す.例 えば,смелый/smelyj「勇敢な」– смелость/smelost'「勇敢さ」の関係が転換に当たる (Улуханов 1996: 149).
転換については6.4.にて論じる.
122),この接尾辞は生起頻度・実質的生産性の高さだけでなく,意味の予測性や形態的な規則性 の高さの観点からして,最も学習価値が高い派生接辞の1つである219.
⚫ 名詞を形成するゼロ接尾辞220
Земская (1973: 176)によると,「ゼロ接尾辞化とは,ゼロ接尾辞を用いて派生語における派生の
意味を表現するものである」.そして,基本形には動詞と形容詞があり得る (cf. Земская 1973: 176;
АН СССР 1980: 219-226).
(69) ゼロ接尾辞による名詞の形成の例
a. 動詞から:1) приходить → приход 2) вздохнуть → вздох prihodit' prihod vzdohnut' vzdoh
arrive-V. arrival-N. sigh-V. sigh-N.
「着く」 「到着」 「ため息をつく」 「ため息」
b. 形容詞から:1) синий → синь 2) глубокий → глубь sinij sin' glubokij glub'
blue-ADJ. blue-N. deep-ADJ. depth-N.
「青い」 「青」 「深い」 「深さ」
分析対象の高頻度語内においては,a.のゼロ接尾辞化の名詞(動詞が基本形)が大半を占める(例:
пустить/pustit'「放つ」→ пуск/pusk「放つこと」;заказать/zakazat'「予約する」→ заказ/zakaz「予 約」;вызвать/vyzvat'「呼び出す」→ вызов/vyzov「呼び出し」;потерять/poterât'「失う」→
потеря/poterâ「損失」).形容詞から形成されるb.の例は合計4例しか確認されなかった(RNC-M:
зелёный/zelënyj「緑の」→ зелень/zelen'「緑」 / RNC-S:дальний/dal'nij「遠い」→ даль/dal'「遠方」;
жуткий/žutkij「不気味な」→ жуть/žut'「不気味さ」;мутный/mutnyj「濁った」→ муть/mut'「沈 殿」).
ゼロ接尾辞化による語形成的意味は転換が多く,上述の例が示すように,派生後の意味が予測 しやすい.ただ,基本形である動詞や形容詞の語幹などの要素によって名詞の作り方が異なるた め (cf. АН СССР 1980),形態的な規則性は低い言える.いずれにしてもゼロ接尾辞の生起頻度と
219 Borras, Christian (1971: 240-241)は,この接尾辞の他に-и/-iによる副詞の数も膨大であると述べている.だ が,本章の分析対象内ではこの接尾辞による副詞はほどんど確認されなかった:
a. RNC-M: 生起頻度 – 225.4 / 実質的生産性 – 3(例:фактически/faktičeski「事実上」) b. RNC-S: 生起頻度 – 133.5 / 実質的生産性 – 3(例:практически/praktičeski「実際的に」)
220 この接尾辞の生起頻度と実質的生産性は以下の通りである:
RNC-M/RNC-S – 生起頻度 16,498.6 / 7,650.3 実質的生産性 169 / 135
実質的生産性は極めて高いため,受容的な理解を目的として,(動詞を基本形とする)ゼロ接尾辞 化は導入すべきであろう.
⚫ 動詞を形成する-а- (-я-), -ва-, -ива- (-ыва-)221
接尾辞-а-/-a- (-я-/-â-), -ва-/-va-, -ива-/-iva- (-ыва-/-yva-)は,主に完了体動詞に動機づけされた不完 了体動詞を形成する (АН СССР 1980: 350).
(70) -а- (-я-), -ва-, -ива- (-ыва-)による不完了体動詞の形成の例
a. -а- (-я-): обидеть → обижать b. -ва-: забыть → забывать
obidet' obižat' zabyt' zabyvat'
hurt-PFV. hurt-IPFV. forget-PFV. forget-IPFV.
「傷つける」 「傷つける」 「忘れる」 「忘れる」
c. -ива- (-ыва-): закончить → заканчивать
zakončit' zakančivat'
finish-PFV. finish-IPFV.
「終える」 「終える」
Ремчукова (2004: 66)によると,ロシア語の動詞は全体の75%が不完了体と完了体がペアを成して
存在しているという222.現代ロシア語における体のペア形成のタイプは,接頭辞による完了化,
接尾辞による不完了化,そして補充法の3つで (АН СССР 1980: 586),アクセントの違いによる ペア (Wade 2011: 268)を仮に含めれば4つから成るが223,上記接尾辞は体のペア形成において大 きな役割を果たしている.
ロシア語の動詞はすべて体のカテゴリーに関係しており,必ず完了体・不完了体のどちらかに 属しているため,語彙力増加の目的に限らずとも,これらの接尾辞を学ぶ意義は大きい.なお,
実際の教材において,これらの接尾辞に関する記述はまれに見受けられるが,その内容は体系的 であるとは言えず,断片的である.これらは学習価値が高いため記述の改善が求められよう.
221 これらの接尾辞の生起頻度と実質的生産性は以下の通りである:
a. -а- (-я-): RNC-M/RNC-S – 生起頻度 11,994.3 / 10,581.8 実質的生産性 194 / 207 b. -ва-: RNC-M/RNC-S – 生起頻度 2,674.9 / 3,447.2 実質的生産性 40 / 50 c. -ива- (-ыва-): RNC-M/RNC-S – 生起頻度 2,451.2 / 3,069.2 実質的生産性 49 / 72
222 Ремчукова (2004: 66)によると,残りの5-6%は両体動詞(完了体・不完了体の双方で用いられる動詞),
20%は単体動詞(ペアとなる完了体・不完了体を持たない動詞)であるという.
223 例えば,不完了体насыпа́ть/nasypа́t' – 完了体насы́пать/nasу́pat'「振りかける」のようなペアを指す.
⚫ 動詞を形成する-ова- (-ева-), -и-, -ну-224
接尾辞-ова-/-ova- (-ева-/-eva-)は主に名詞に付いて動詞を形成し,基本形によって表されること に関係した動作を示す (АН СССР 1989: 337-338; Ефремова 1996: 316-317).
(71) -ова- (-ева-)による動詞の形成の例
a. -ова-: 1) голос → голосовать 2) аренда → арендовать golos golosovat' arenda arendovat'
vote-N. vote-V. lease-N. lease-V.
「票」 「投票する」 「賃借料」 「賃借する」
c. -ева-: 1) ночь → ночевать 2) танец → танцевать noč' nočevat' tanec → tancevat'
night-N. stay-V. dance-N. dance-V.
「夜」 「宿泊する」 「踊り」 「踊る」
なお,-ова-/-ova- (-ева-/-eva-)には類似の意味・用法をもった接尾辞(-изова-/-izova-, -ирова-/-irova-, -изирова-/ -izirova-, -ствова-/-stvova-)が数多く存在する (cf. Ефремова 1996).
-и-/-i-は主に名詞,形容詞を基本形として不完了体動詞を形成し,基本形によって示される物事 と関係した動作や特徴を表す (АН СССР 1980: 333-337, 353-354; Ефремова 1996: 158-159).-ну-/
-nu-は主に接頭辞無しの不完了体動詞に付いて,瞬間性や一回性を意味する完了体動詞を形成す る (АН СССР 1980: 347-348; Ефремова 1996: 300).
(72) -и-と-ну-による動詞の形成の例
a. -и-: 1) друг → дружить 2) гладкий → гладить
drug družit' gladkij gladit'
friend-N. be_friend-IPFV. smooth-ADJ. iron-IPFV.
「友達」 「親交がある」 「滑らかな」 「アイロンをかける」
b. -ну-: 1) толкать → толкнуть 2) рисковать → рискнуть
tolkat' tolknut' riskovat' risknut'
push-IPFV. push-PFV. take_the_risk-IPFV. take_the_risk-PFV.
「押す」 「(一回)押す」 「リスクを冒す」 「(一回)リスクを冒す」
224 これらの接尾辞の生起頻度と実質的生産性は以下の通りである:
a. -ова- (-ева-): RNC-M/RNC-S – 生起頻度 1,408.2 / 778.8 実質的生産性 22 / 21 b. -и-: RNC-M/RNC-S – 生起頻度 3,781.8 / 4,868.4 実質的生産性 69 / 94 c. -ну-: RNC-M/RNC-S – 生起頻度 1,179.9 / 619.9 実質的生産性 24 / 21
これら3つの接尾辞も書き言葉,話し言葉に関係なく高頻度に生起し,かつ,多くの動詞の中 で確認されているため,学習優先度が高いと言える225.
⚫ 名詞を形成する-ениj- (-ен’j-), -ниj- (-н’j-), -иj- (-j-) / -ост’ (-ест’)226
接尾辞-ениj-/-enij- (-ен’j-/-en'j-), -ниj-/-nij- (-н’j-/-n'j-), -иj-/-ij- (-j-/-j-)は,基本形によって示される 動作に特徴的な物事(その動作の主体,目的語,もしくは結果)を表す (АН СССР 1980: 152).3 つとも動詞に付加される.
(73)-ениj- (-ен’j-), -ниj- (-н’j-), -иj- (-j-)による名詞の形成の例
a. -ениj- (-ен’j-): 1) курить → курение 2) спасать → спасение kurit' kurenie spasat' spasenie
smoke-V. smoking-N. save-V. saving-N.
「タバコを吸う」 「喫煙」 「救う」 「救い」
b. -ниj- (-н’j-): 1) наказать → наказание 2) петь → пение
nakazat' nakazanie pet' penie
panish-V. panishment-N. sing-V. singing-N.
「罰する」 「罰」 「歌う」 「歌うこと」
c. -иj- (-j-): 1) известить → известие 2) пособить → пособие
izvestit' izvestie posobit' posobie
inform-V. news-N. aid-V. benefit-N.
「知らせる」 「知らせ」 「扶助する」 「手当」
機能的・意味的に似ている接尾辞として,-ост’/-ost' (-ест’/-est')が挙げられる.この接尾辞は,
形容詞や動詞を基本形として,抽象的な特徴や状態などを表す名詞を形成する (АН СССР 1980:
164, 177-178; Ефремова 1996: 345-346).
225 生起頻度と実質的生産性がそれほど高くないため本文では扱わないが,他に動詞を形成する接尾辞とし
て-е-/-e-がある.この接尾辞は主に形容詞から不完了体動詞を形成する(例:весёлый/vesëlyj「楽しい」
→ веселеть/veselet'「陽気になる」/ cf. Ефремова (1996: 115)).
226 これらの接尾辞の生起頻度と実質的生産性は以下の通りである:
a. -ениj- (-ен’j-): RNC-M/RNC-S – 生起頻度 10,161.4 / 1,547.4 実質的生産性 164 / 49 b. -ниj- (-н’j-): RNC-M/RNC-S – 生起頻度 4,824.7 / 918.5 実質的生産性 72 / 35 c. -иj- (-j-): RNC-M/RNC-S – 生起頻度 1,688.7 / 102.1 実質的生産性 21 / 6 d. -ост’ (-ест’): RNC-M/RNC-S – 生起頻度 3,977.0 / 607.1 実質的生産性 66 / 29