者が完了体動詞,後者が不完了体動詞に変化する237.
(88) 接頭辞の付加による移動動詞の体の変化
a. 定動詞:1) идти → 2) прийти b. 不定動詞: 1) ходить → 2) приходить
idti prijti hodit' prihodit'
go-DTV.IPFV. arrive-PFV. go-IDTV.IPFV. arrive-IPFV.
「進む」 「着く」 「進む」 「着く」
「到着」を意味する接頭辞при-/pri-が,a.の1) идти/idti(定動詞)に付いた2) прийти/prijtiは完 了体動詞,b. 1) ходить/hodit'(不定動詞)に付いた2) приходить/prihodit'は不完了体動詞となる.
また,接頭辞の付加によって派生語と基本形の自他が異なる場合がある.以下の例では,基本 形である自動詞は,接頭辞が付くと他動詞に変化する.自動詞работать/rabotat'「働く」とжить/
žit'「生きる」に接頭辞 пере-/pere-が付いたпереработать/pererabotat'「加工する」とпережить/
perežit'「体験する」は他動詞である.
(89) 接頭辞の付加後に自他が変化する例
a. переработать нефть b. пережить кризис pererabotat' neft' perežit' krizis
process-V. oil-N.ACC. experience-V. crisis-N.ACC.
「石油を加工する.」 「危機を体験する.」 (on the web)
a.とb.における接頭辞付き派生動詞は他動詞であり,対格の目的語をとることができる.
派生接辞を用いた語彙学習を検討する場合,6.4.1.で言及した語形成的意味以外にも,このよう な項目が学習へどう影響するかを考慮しなければならない.
ら派生接辞をすべて抽出し,それらの生起頻度と実質的生産性を計測した.それにより,派生接 辞は,生起頻度と実質的生産性が高いもの,中程度のもの,低いものが連続体を成して存在して いることがわかった(6.2.).その分析結果に基づいて,(恣意的ではあるが)学習優先度の高い派 生接辞を選定し,個別にいくつかの派生接辞を考察した (6.3.).ここで,6章冒頭で言及した研究 設問の答えを検討する.
(90)(再掲)6章の研究設問
数ある派生接辞の中から,具体的にどれを覚えることで効率的に語彙力を伸ばせるのかを確認 する.
接頭辞に関して言うと,動詞に付加されるものの生起頻度と実質的生産性が圧倒的に高かった.
ここには,по-/po-やс-/s-, そしてв-/v-, вы-/vy-, при-/pri-, про-/pro-, у-/u-といった移動動詞に付加さ れる接頭辞が含まれる.この結果は,効率的に語彙力を伸ばすにはまず動詞接頭辞を学習すべき であることを示している.なお,動詞接頭辞以外には,形容詞・副詞に付加されるне-/не-が生起 頻度と実質的生産性が高く,学習価値が高いと言える(6.3.1.).
接尾辞に関して言うと,副詞を形成する-о/-o,名詞を形成するゼロ接尾辞,動詞を形成する -а-/-a-, -ва-/-va-, -ива-/-iva-, 名詞を形成する-ениj-/-enij-, -ниj-/-nij-, -иj-/ij, -ост’/-ost', 形容詞を形成 する-н-/-n-, -ск-/-sk-, -ов-/-ov-, -енн-/-enn-, -альн-/-al'n-などが高頻度に生起し,かつ,実質的生産性 が高かった(6.3.2.).
後接辞の-нибудь/-nibud', -то/-toは,実質的生産性こそ低いものの,生起頻度は高い(これらの 後接辞は言語を運用する上で非常に重要な不定代名詞の形成に用いられるため,その学習は語彙 力増加以外の目的でも重要である).後接辞-ся/-sâは非常に生起頻度が高く,数多くの動詞に含ま れていた.この後接辞は多義的であるが,重要な意味に絞ってそれらを学習者に提示することで,
効率的な語彙力増加が見込めるであろう.接周辞に関しては,RNC-MとRNC-Sに共通して実質 的生産性が5を超えるものは,по-...-ому/po-...-omu,с-...-а/s-... -aの2つしか確認されなかった.
したがって,接周辞という単位をあえて導入する必要はないのかもしれない.連接辞は,合成語 を形成する際に用いられる-о-/-o-の生起頻度と実質的生産性が高かった(6.3.3.).
上記の分析結果はRNC-MとRNC-S,つまり,書き言葉と話し言葉の両方に当てはまる(ただ し,接尾辞の生起頻度と実質的生産性は,全体としてRNC-Mの方が,RNC-Sよりも高かった). したがって,書き言葉用と話し言葉用に別々の派生接辞リストは用意しなくても良いと言える238.
238 書き言葉や話し言葉といった区別の他に,テキストのジャンル毎にどのような派生接辞が高頻度に用い
また,潜在的な生産性と本稿の実質的生産性の高さは,必ずしも一致しないという分析結果も 重要である.Земская (2007)の研究では,Котелова (ред.) (1986)の辞書において記載されている約
3,000語の新語を分析し,どの語形成の型(接頭辞化,接尾辞化など)が新語の形成において活動
的かを確認している.この分析により活動性が高いとされる派生接辞,つまり,新語の形成に頻 繁に用いられている派生接辞は,必ずしも本章の分析で高い数値を出した派生接辞とは一致して いなかった.また,高頻度語の中に含まれる新語の数は少ないため,語彙力を増やすには,まず 既存の語を覚えることの方がより重要である.そのため,学習価値の高い派生接辞の選定には,
潜在的な生産性よりも実質的な個数としての生産性を用いるべきであると考える.
6.4.では派生接辞を用いた語彙学習の課題を考察した.語形成的意味にはいくつか種類があり,
それによって派生語の意味の予測可能性や暗記負荷の程度は異なる(6.4.1.).他にも,基本形と 派生語の文法的な特徴が異なるなどの問題に言及した(6.4.2.).ただ,ここでは深く触れていな いが,派生接辞を用いた語彙学習における最大の問題点として接辞の多義性が挙げられる.ロシ ア語の派生接辞,特に動詞接頭辞は多義的であり,実際のテキストにおいてはそれぞれの意味で 基本形に付加され得る.現在,日本の教材で導入されているのは,動詞接頭辞の中心的・空間的 な意味のみであり,接辞を用いた語彙学習の観点からすると,その内容は不十分である.
そのため,真に効率的な語彙学習を検討するには,学習価値の高い派生接辞だけではなく,そ の意味も選定しなければならないのである.特に,動詞接頭辞の学習を検討するにあたっては,
学習価値の高い意味の選定が大きな意味をもつ:接頭辞は多義的であり,Янко-Триницкая (2001:
250)が言うように,接尾辞よりも語彙的であるため,どの意味で基本形に付加されているのかと いう情報は,派生語を理解する上で非常に重要な役割を果たす.また,5章の(35)が示すように,
語形成の過程の観点からすると,ロシア語の派生語はまず基本形に動詞接頭辞が付いて(брать/
brat'「取る」→ выбрать/vybrat'「選択する」),さらにその接頭辞付き派生動詞に接尾辞が付加さ
れることによって他の品詞の派生語が形成される(выбрать/vybrat' → выбор/vybor「選択」→
выборы/vybory「選挙」,выборный/vybornyj「選挙の」)傾向が強い (cf. Тихонов 1985).つまり語 形成の過程を追って派生語を理解しようとする場合,まず動詞接頭辞の知識が求められるのであ る(RNC-MとRNC-Sにおける接頭辞の順位相関係数は極めて高かったが,特定の接頭辞が安定 して語形成に用いられていることがわかる).
7章では,動詞接頭辞про-/pro-を対象として学習価値の高い意味の選定という問題に取り組む.
られているかも調べる必要がある.
また,6章の分析で得られた学習価値の高い派生接辞が,RNC-MとRNC-S以外のテキスト(例:ロ シア語の教材を集めたコーパスなど / cf. Coxhead 2000)においてどの程度のカバー率を実現できるのか という効果検証を行う必要がある.これらは今後の課題としたい.
7章. 学習価値の高い意味の選定
− 動詞接頭辞про-/pro-を例に –
Ефремова (1996)の研究によると,ロシア語には約1,900の接辞が存在しているが,Ляшевская,
Шаров (2009)の頻度データを用いた6章の分析によって,派生接辞は,生起頻度と実質的生産性
が高いものから低いものまで連続体を成して存在していることが確認された.両方の値が高い派 生接辞は出会う頻度が高く,かつ,多くの派生語の中に含まれているため,学習価値は高いと言 える.6 章の分析で得られたこのデータは,派生接辞を用いた語彙学習法を検討する上で(導入 項目の選定,学習上の優先度の決定など)大きな意義を持つと考える.日本のようにロシア語の 学習時間が確保しづらい環境においてはなおさらである.
ただ,派生接辞の多義性を考慮した場合,生起頻度と実質的生産性の高いものをリスト化した だけでは効率的な語彙学習法の基盤を整備したとは言えない:ロシア語の派生接辞,特に動詞接 頭辞は多義的である.現在,日本の教材において動詞接頭辞は,移動動詞の学習項目としてその 中心的・空間的な意味が言及されるだけにとどまる.だが,実際の言語使用において,接頭辞は それ以外の意味でも頻繁に動詞に付加されている(6.3.1.参照).
例えば,АН СССР (1980)によると,動詞接頭辞по-/po-は5,вы-/vy-は5,пере-/pere-は10,
про-/pro-は8,у-/u-は8の意味を有している.以下に,RNC-MとRNC-Sで最も生起頻度・実質的生産性
が高かった動詞接頭辞по-/po-の意味を挙げる.
(91) 動詞接頭辞по-の意味 (cf. АН СССР 1980: 366-367)
a.「軽度に行われる動作」:попортить「少し損傷する」
b.「全てまたは多数の対象に及ぶ多回・順々の動作」:поглотать「多数を幾度にも飲み込む」
c.「短時間に行われる動作」:покурить「しばらく喫煙する」
d.「開始を表す動作」:подуть「吹き始める」
e.「結果に及ぶ動作」239:послушать「聴く」
АН СССР (1980)の分類によると,по-/po-は上記5つの意味で基本形に付加され得るが,本稿の分
析対象であるRNC-MとRNC-Sの高頻度5,000語内では,この接頭辞はc.〜e.の意味で頻繁に用
239 e.のпо-/po-は,ある不完了体動詞のペアとなる完了体動詞を形成する際に用いられる接頭辞(いわゆる
空の接頭辞)として動詞に付加されている.ここには,他に, поблагодарить/poblagodarit'「感謝する」, построить/postroit'「建てる」などが含まれる (АН СССР 1980: 367).