れる」.この連接辞-о-/-o-は合成語の連結部分として機能し (Тихонов 1985: 23),連接辞の中で最 も潜在的な生産性が高い (АН СССР 1980: 253).また,分析対象の高頻度語内においても,合成 語の形成に際しては-о-/-o- (-е-/-e-)が最も頻繁に用いられており,かつ,実質的生産性が高いこと がわかった233.
(81) -о- (-е-)による合成語の形成の例
a. язык + знание → языкознание b. пеший + ход → пешеход âzyk znanie âzykoznanie pešij hod pešehod
language-N. knowledge-N. linguistics-N. pedestrian-ADJ. going-N. pedestrian-N.
「言語」 「知識」 「言語学」 「歩行用の」 「進行」 「歩行者」
-о-/-o- (-е-/-e-)が語と語のつなぎ目に現れる接辞であるという知識は,合成語の理解を促進するで あろう.したがって,この連接辞の学習優先度は高いと言える.
a.の変容の語形成的意味をもった語は,全体の意味の中に,基本形の意味の他に追加的な意味を 含んでいる (Улуханов 1996: 149).以下に変容の例を挙げる.
(83) 変容の例
a. за-: 1) петь → 2) запеть b. -оват-: 1) белый → 2) беловатый
pet' zapet' belyj belovatyj
sing-V. begin_to_sing-V. white-ADJ. whitish-ADJ.
「歌う」 「歌い始める」 「白い」 「白っぽい」
a.の2) запеть/zapet'「歌い始める」では,1) петь/pet'「歌う」に動作の開始を意味する接頭辞 за-/za-が付加されている.つまり,全体の意味の中に,基本形である「歌う」に加えて接頭辞の意味「し 始める」が追加的に含まれている.b.の接尾辞-оват-/-ovat-は,「っぽい」という質の弱化を表す.
2)の形容詞беловатый/belovatyj「白っぽい」には,1) 基本形белый/belyjの「白い」という意味の 他に,接尾辞の意味「っぽい」が含まれている.つまり,ここでの接尾辞は追加的なニュアンス を表現している (cf. Караулов 1997: 548).
b.の転換の語形成的意味とは,品詞の違いを除いて基本形と派生語の意味が同一であることを 指す (Улуханов 1996: 149).以下に,転換の例を挙げる.
(84) 転換の例
a. 1) смелый → 2) смелость b. 1) ремонт → 2) ремонтировать smelyj smelost' remont remontirovat'
brave-ADJ. bravery-N. repair-N. repair-V.
「勇敢な」 「勇敢さ」 「修理」 「修理する」
接尾辞-ост’/-ost'は,6.3.2.で触れたように,形容詞や動詞を基本形として抽象的な特徴や状態な どを表す名詞を形成する.a.の 2) 派生名詞 смелость/smelost'「勇敢さ」は,基本形である1) 形
容詞смелый/smelyj「勇敢な」と品詞以外の語彙的な意味が同じである.b.の「修理」–「修理する」
でも同様に,基本形と派生語の意味が,接辞付加によってもたらされる品詞の違いを除いて同一 である.他の例として,красный/krasnyj「赤い」とкраснота/krasnota「赤さ」が挙げられる.красный
と краснота の意味は,前者が形容詞,後者が名詞に属しているという文法的意味(品詞)以外
において同じであるため,この例も転換に分類される (АН СССР 1980: 267).
c.の変異とは,чай/čaj「ティー」– чайник/čajnik「ティーポット」のように,派生語が基本形と
まったく異なる本質,特徴,動作を示している意味関係を表す (Улуханов 1996: 149).つまり,「基 本形と比べて,まったく新しい概念を意味する語を作り出す」(Караулов (ред.) 1997: 548)ことが,
語形成的変異の意味である.
(85) 変異の例
a. чай → чайник b. старый → старик
čaj čajnik staryj starik
tea-N. teapot-N. old-ADJ. old_man-N.
「ティー」 「ティーポット」 「古い」 「老人」
a.と b.の例では基本形と派生語の間に意味的な関連性はあるものの,転換や変容とは異なり,派
生の後に新しい概念が生まれている.
d.の語形成的複合は,хлеб/hleb「パン」とзавод/zavod「工場」の結合によるхлебозавод/hlebozavod
「パン工場」のように,基本形の複数の語幹が1つにまとまった意味関係を表す (Улуханов 1996:
149).他にも,западносибирский/zapadnosibirskij「西シベリアの」(западный/zapadnyj「西の」 + сибирский/sibirskij「シベリアの」)といった語もd.の複合に含まれる (Караулов (ред.) 1997: 502).
なお,Земская (1973)は,派生の相関関係を統語的派生(синтактическая деривация)と語彙的 派生(лексическая деривация)に二分している.
(86) Земская (1973)による語形成的意味の分類
a. 統語的派生(синтактическая деривация)
b. 語彙的派生(лексическая деривация)
a.の統語的派生は,派生語の語彙的意味がその基本形と等しく,派生語と基本形はどの品詞に帰 属するかの点(つまり,統語的機能)においてのみ異なる関係を表し,b.の語彙的派生は,派生 語の語彙的意味が基本形の意味と等しくはない関係を表す (Земская 1973: 184-185).
統語的派生の例として,весёлый/vesëlyj「楽しい」– весёлость/vesëlost'「楽しさ」,белый/belyj
「白い」– белизна/belizna「白さ」などが挙げられるが,品詞の帰属を除けば派生語とその基本形 の語彙的意味は等しい (Земская 1973: 185).一方,белый/belyj「白い」– белок/belok「卵白」のよ
うな,b.の語彙的派生は,a.の統語的派生と比べた場合,意味的にまったく異なる関係を表してい
る (Земская 1973: 186).三浦 (1999: 67)は,Улуханов (1996)とЗемская (1973)の分類は似通ってお り,前者の語形成的転換は後者の統語的派生,また,前者の語形成的変容・変異は,後者の語彙
的派生に対応しているように見える,と述べている235.
教育的観点からすれば,Земская (1973)の統語的派生,つまり,Улуханов (1996)で言うところの 語形成的転換による派生語に関しては,接辞と基本形の知識があればその意味は推測しやすいで あろう.抽象的な特徴をもった名詞を形成する派生接辞-ост’/-ost'とсмелый/smelyj「勇敢な」を知 っていれば,смелость/smelost'「勇敢さ」の理解は容易い.
語彙的派生,すなわち,Улуханов (1996)の変容に分類される派生語の意味も,基本形と派生接 辞の知識があれば,暗記はしやすいであろうし,意味の予想が成功する場合も考えられる.例え ば,英語の不変化詞 out「外へ」に相当する動詞接頭辞 вы-/vy-がходить/hodit'「進む」に付加さ
れたвыходить/vyhodit'はその意味が「出る」であるが,基本形と接頭辞の意味に明るければ,そ
の意味は予測可能であろう.また,語彙的派生のうち,Улуханов (1999)で言うところの語形成的 変異による意味をもった派生語に関しても,派生接辞の知識は語彙学習に際して有効であると思 われる.例えば,учитель/učitel'「教師」は,基本形であるучить/učit'「教える」と接尾辞-тел’/-tel' の知識があれば,暗記の負荷が減ると思われる.
ただ,派生接辞と基本形の知識がもたらす意味の予測可能性と暗記の負荷の軽減は,程度の問 題である:基本形と派生接辞の知識だけでは派生語の意味にたどり着けない場合もある.例えば,
下記のпридумать/pridumat'「考えつく」とвеснушка/vesnuška「そばかす」は,基本形と接頭辞の 意味が既知であっても,その意味の予測は難しいと考えられる.
(87) 意味の予測可能性が低い派生語の例
a. 変容: 1) думать → 2) придумать b. 変異: 1) весна → 2) веснушка dumat' pridumat' vesna vesnuška
think-V. think_of-V. spring-N. freckle-N.
「考える」 「考えつく」 「春」 「そばかす」
a.の2) придумать/pridumat'「考えつく」は,1) думать/dumat'「考える」に「到着」を意味する при-/pri-が付加されてできた派生動詞である.ただ,ここでの接頭辞при-/pri-は,прибежать/pribežat'「走 って来る」(基本形:бежать/bežat'「走る」)における空間的な「到着」ではなく,メタファー的 な「到着」として解釈される(考えが到着する → 考えつく)(cf. Janda et al. 2013: 52).このメタ ファー的な「到着」は,空間的な「到着」よりも理解が難しいと思われる236.b.の2) веснушка/vesnuška
235 また,(82)のa.〜d.とは異なる用語が用いられているものの,Караулов (ред.) (1997)やАН СССР (1980) においてもУлуханов (1996)と類似の分類が採用されている.
236 2014年と2017年8月に東京外国語大学ロシア語サマースクールにて派生接辞に焦点を当てた語彙学習 講座を開講した.その際,при-/pri-を含めた動詞接頭辞を講義で導入したが,メタファー的な意味に関
「そばかす」に関しても同様である.そばかすは春に集中してできる肌のしみであるが,1) 基本
形весна/vesnaの「春」という意味は,その発生時期として派生語の中に追加的に内包されるのみ
である (Янко-Триницкая 2001: 244).基本形と派生接辞-ушк-/-ušk-の知識から「そばかす」という 意味は導けないであろう.
前述の通り,派生接辞が基本形にもたらす語形成的意味はいくつかあり,これによって,派生 後の意味の予想可能性や暗記負荷の軽減の程度に差が生まれる.実際に,派生接辞を用いた語彙 学習を教材や授業に導入する際には,このような問題を検討しなければならない.これらに対す る具体的な対策や方針を定めるには実証研究や教育実践が求められる.
6.4.2. その他の課題
語形成の知識を用いた語彙学習を検討するには,前提として派生語を基本形と派生接辞に分析 する能力が求められる.だが,逆に,この知識が障害となる場合がある.例えば,現代ロシア語
ではзабыть/zabyt'「忘れる」は動詞接頭辞за-/za-とбыть/byt'「いる,ある」に分析することはで
きない.Земская (1973: 10)が述べているように,「共時的な語形成が研究対象としているのは語と
語の間における生きた関係である.現代ロシア語における共時的な語形成の観点から言うと,
быть/byt'とзабыть/zabyt' <...> は派生の関係で結び付いてはいない」.забыть/zabyt'における動詞
接頭辞за-/za-と基本形быть/byt'の間には簡素化(опрощение)が起きており,これらの要素から
「忘れる」という意味になることを共時的には説明ができない (Земская 1973: 10, 14).
他にも,語頭,もしくは語末が派生接辞の形態と重なっている場合,誤った分析をしてしまう 可能性がある.例えば,「известь/izvest'「知らせ」という語には接頭辞из-/iz-は含まれていないし,
потолок/potolok「天井」という語には接頭辞по-/po-と接尾辞-ок/-okは含まれていない」
(Янко-Триницкая 2001: 36)が,そこに派生接辞の存在を見出す可能性は否定できない.他にも,
исчезнуть/isčeznut'「消える」やзастрять/zastrât'「詰まる」といった動詞は,現代語の観点から 言うと,語根と接頭辞を区分できない.母語話者はこれらの接頭辞の存在を感じはするが,どの ような語根に付いているのかがはっきりしないために区分できないのである (Исаченко 1960:
142-143).同様に,現代語にはобнять/obnât'「抱く」,принять/prinât'「受け入れる」に含まれる
*нять/nât'という語根は存在しない (Исаченко 1960: 142-143).
さらに,派生語の文法的な振る舞いが基本形のそれと異なる点にも注意しなければならない.
例えば,動詞接頭辞が付加された後,基本形と派生語が,体の点において同じものと異なるもの が存在する.移動動詞の定動詞と不定動詞は両方とも不完了体動詞であるが,接頭辞が付くと前
してはテストにおける学習者の正答率が低かった.
者が完了体動詞,後者が不完了体動詞に変化する237.
(88) 接頭辞の付加による移動動詞の体の変化
a. 定動詞:1) идти → 2) прийти b. 不定動詞: 1) ходить → 2) приходить
idti prijti hodit' prihodit'
go-DTV.IPFV. arrive-PFV. go-IDTV.IPFV. arrive-IPFV.
「進む」 「着く」 「進む」 「着く」
「到着」を意味する接頭辞при-/pri-が,a.の1) идти/idti(定動詞)に付いた2) прийти/prijtiは完 了体動詞,b. 1) ходить/hodit'(不定動詞)に付いた2) приходить/prihodit'は不完了体動詞となる.
また,接頭辞の付加によって派生語と基本形の自他が異なる場合がある.以下の例では,基本 形である自動詞は,接頭辞が付くと他動詞に変化する.自動詞работать/rabotat'「働く」とжить/
žit'「生きる」に接頭辞 пере-/pere-が付いたпереработать/pererabotat'「加工する」とпережить/
perežit'「体験する」は他動詞である.
(89) 接頭辞の付加後に自他が変化する例
a. переработать нефть b. пережить кризис pererabotat' neft' perežit' krizis
process-V. oil-N.ACC. experience-V. crisis-N.ACC.
「石油を加工する.」 「危機を体験する.」 (on the web)
a.とb.における接頭辞付き派生動詞は他動詞であり,対格の目的語をとることができる.
派生接辞を用いた語彙学習を検討する場合,6.4.1.で言及した語形成的意味以外にも,このよう な項目が学習へどう影響するかを考慮しなければならない.