第 3 章 予備研究
III. 考察
41 4) 職場全体への取り組みの浸透と拡大
【職場全体への取り組みの浸透と拡大】とは、職場全体で参加型職場環境改善活動が定着し、
職場で実施された改善が良好実践として他の職場に水平展開されていることである。
ここでは 2 つの変化がみられた。<職場全体に参加型職場環境改善の取り組みが定着>し、取 り組みが否定されるのではなく、受け入れられ、さらに職場が自発的に積極的に取り組む姿がみら れるようになっていった。このような中で取り組んだ改善事例は、<職場全体に良好事例として広が り、水平展開され>、取り組みが拡大していった。
「以前は「今度パトロール嫌だな」というような感じだったが、最近は「こういったところが危ない箇 所があるので見に来てくれ」とか、職場のほうから逆に言っていただいて、そこを見てみんなで対応 を考える、というような形を取るように変わってきています。」(K さん)
「改善事例が水平展開したというか、結構みんなにワーッと広がった」(C さん)
42 1. 労働者のアウトカムの特徴
労働者や推進者は、参加型職場環境改善における各々の役割に応じて、意識や行動の変化 が生じており、相互の関係性を進展させていた。
労働者は、その職場で働く当事者として参加型職場環境改善に参加しており、安全や健康に 対して関心のなかった状態から、当事者としてその取り組みに参加することを通じて、知識を得て、
その重要性を認識し、安全や健康に対する認識や取り組みへの意欲が向上し、実際に積極的に 行動がとれるようになっていた。取り組みによる知識や態度の改善は、これまでの参加型職場環境 改善の研究(Pekonen, et al, 2009; Manothum&Rukijkanpanich, 2010)でも指摘されている点であ り、自らの職場の安全や健康課題を話し合い、解決策を立案、実施するプロセスに参加することで、
労働者の安全や健康に対する意識や行動力が向上したと考えられる。
また、情緒的な結びつきを深めていくことについては、参加型のプロセスが影響していることに注 目したい。参加型職場環境改善では、そのプロセスにおいて、グループ討議でその職場の強みや 働きやすくするための改善計画を話し合い、成果発表会でそれぞれの職場で取り組んだ改善の成 果を発表する。これらのプロセスの中で、労働者は仕事上での困りごとや工夫点を共有しあうことと なる。日頃思っていてもなかなか口に出して言うことのできなかったちょっとした困りごとや工夫点を 皆で共有することで、互いの思いを共感することができていたことが考えられる。長町 (2002)は、メン バー全員が討議することや経験を共有することで問題意識や価値観の共有化が生まれ、「参加す ること」自体のプロセスが価値観形成に大きく影響することを指摘している。参加型職場環境改善 を通じて、グループ討議や改善を一緒に進めていき、その成果を共有しあうことで、労働者の情緒 的な結びつきを深めるような共感のプロセスが生じていたことが示唆された。
労働者は、参加型職場環境改善を通じて、安全や健康に対する意 識の向上や参加型アプロー チに対する肯定的な理解、自主的に行動する力の獲得という意識や行動レベルでの変化を生じ、
一方で、問題意識や価値観の共有化に基づく、情緒的な結びつきや職場への愛着の形成という 労働者同士、職場との関係性の進展が生じていたと考えられる。また、参加型職場環境改善の成 果を実感し、自信と達成感が強化されていた。労働者は、参加型職場環境改善を通じて、意識や 関係性といった認識の変化や、自分たちの手で改善が「できる」という自信や、「できた」という達成 感を得ていたと考えられる。
2. 推進者のアウトカムの特徴
推進者は、参加型職場環境改善において取り組みを推進する役割を持ち、労働者を巻き込み
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取り組みを浸透・拡大する役割を担っていた。その点では、労働者より安全や健康に対して意識が 高い状態から取り組みに参加している場合が多く、基本的な知識を得たり、意識が向上したりする といったアウトカムよりも、職場のリスクを常日頃から把握し、適切な対策をとることの重要性といった 意識・行動面のアウトカムが生じていたと考える。そして、取り組みを通じて労働者とのコミュニケー ションが促進され、取り組みを推進するためには労働者の主体的な姿勢が重要であると気づき、労 働者との信頼感を強めるような関係性が進展していった。このような推進者の意識・行動のアウトカ ムと関係性の進展のアウトカムが、相乗効果により推進者の期待を超える成果となり、推進者自身 の成長と自信の獲得へとつながっていったと推察する。そして、推進者はこの取り組みを推進する 役割をもともと持っていたために、この参加型職場環境改善が、労働者全員が参加できる継続的 な取り組みとなるように、戦略的に取り組みを進める方法を獲得するといったアウトカムが生じてい たと考える。推進者のアウトカムは、取り組みを推進・拡大する役割に適応して、単に推進者個人 に起きる意識や行動の変化等のアウトカムだけでなく、最終的には取り組 みを拡大するためのアウ トカムが生じていたことが特徴として挙げられる。
これまでの研究では、その職場で働く労働者や管理監督者の変化(Koda et al., 1999)、職場の 変化(Nilvarangul et al., 2006)について述べられているものが多く、推進者は、現場の経験に基づ く、実際的で有効な改善計画を立案し、実施する上で重要な役割を果たす取り組みのキーパーソ ンである(Kawakami et al. 2008)との指摘があるにも関わらず、推進者に焦点をあてて推進者のア ウトカムをとらえ検討した研 究はほとんどなかった。酒 井他( 2006)は、CBPR のアウトカムとして、
CBPR 参加者の能力向上を指摘しており、CBPR に参加するメンバーとしてコミュニティメンバーの ほかにコミュニティリーダーをあげ、コミュニティリーダーは、委員会や会議におけるアサーションスキ ルやプレゼンテーションスキルなどのリーダーシップスキルが向上したと指摘している。予備研究の 結果からも明らかなように、推進者のアウトカムには労働者のアウトカムとは異なった視点からの意 識や行動の変化、取り組み全体を拡大するアウトカムもみられていたことから、各々の役割に応じた アウトカムが労働者・推進者それぞれにもたらされることが示唆された。
3. 職場組織全体のアウトカムの特徴
参加型職場環境改善では、改善による働きやすい職場環境を目指しており、既存の研究でも環 境改善により職場の安全健康課題が解決される(Koda et al., 1999; Udo et al, 2004; 佐々木他,
2010; 新村他,2011)といったアウトカムが報告されている。しかし、予備研究の結果からは、このよ うなアウトカム以外に、職場全体の雰囲気の変化、相互理解とコミュニケーションの促進、職場 全体
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の一体感と結束力の強化、職場全体への取り組みの浸透と拡大がアウトカムとしてみられた(吉川 悦,2013b)。Kogi(2012)は、参加型アプローチの共通特徴として、対策指向であること、良好実践 に焦点をあてること、段階的なアプローチを採用していることを指摘している。参加型アプローチで は、改善点を検討するために、まず、職場の良い点を確認することから始まる。そして、職場に存在 する様々な問題点を悪い点として挙げるのではなく、どのように改善すれば働きやすい職場になる か、といった改善すべき点として具体的な行動を考えていく。この具体的な行動を考える際のヒント として、他の職場ですでに行われている良好実践を参考にし、実現可能な対策を段階的に実施し ていくことを推奨している。このようなポジティブな取り組み姿勢による段階的な改善事例の積み重 ねが、互いを支え、尊重する職場の雰囲気を作り出すことにつながり、職場の雰囲気が良くなって いったのではないかと考える。
相互理解やコミュニケーションの促進は、参加型職場環境改善によって労働者や推進者のアウト カムにみられた関係性の進展が、職場組織全体に波及した結果であると推察される。既存の研究 では、参加型職場環境改善によるコミュニケーションの向上(杉原,2013)が報告されているが、予 備研究結果から、同じ職場内での相互理解やコミュニケーション促進にとどまらず、他部門、他職 場など、参加型職場環境改善をきっかけとして事業場全体の相互理解とコミュニケーションが促進 されたことが特徴的であった。さらには、職場環境改善という同じ目標に向かって取り組み、小さな 成果を蓄積していくことで達成感を高め、それが職場集団、組織全体の一体感や結束力を強化し、
やがてはこの取り組みが職場組織全体に定着し、良好事例が水平展開され、さらに拡大していくと いう職場組織全体のアウトカムの特徴が明らかになった。