目次
第 1 章 序論... 1
I. 研究の背景 ... 1
II. 研究目的 ... 2
III. 研究の意義 ... 3
IV. 用語の定義 ... 3
第 2 章 文献検討 ... 6
I. 自主対応型産業安全保健の国際動向と日本の現状と課題 ... 6
1. 法規準拠型産業安全保健から自主対応型産業安全保健への変遷 ... 6
2. 産業安全保健の国際的な動向 ... 7
3. 日本における自主対応型産業安全保健活動の現状と課題 ... 8
4. 自主対応型産業安全保健の国際動向と日本の現状・課題に関する文献検討のまとめ .... 10
II. 参加型職場環境改善の現状と課題 ... 11
1. 参加型職場環境改善の歴史と参加型アプローチ ... 11
2. 職域で行われている様々な職場環境改善活動 ... 15
3. 参加型職場環境改善のアウトカム ... 16
4. 参加型職場環境改善の現状と課題に関する文献検討のまとめ ... 18
III. 地域保健における住民参加型プログラムのアウトカム ... 19
1. CBPR の概要とアウトカム評価の視点 ... 19
2. 地域保健における住民参加型プログラムの特徴とアウトカムに対する考え方 ... 20
IV. プログラム評価におけるアウトカム ... 20
1. プログラム評価とは ... 21
2. プログラム評価におけるアウトカム ... 21
3. プログラムのインパクト理論 ... 22
4. プログラム評価におけるアウトカムに関する文献検討のまとめ ... 23
V. 研究への示唆 ... 23
第 3 章 予備研究 ... 25
I. 研究方法 ... 25
1. 研究デザイン ... 25
2. データ収集期間 ... 25
3. 研究協力者およびリクルート方法 ... 25
4. データ収集方法 ... 27
5. 分析方法 ... 27
6. 倫理的配慮 ... 27
II. 結果 ... 28
1. 労働者個人のアウトカム ... 28
2. 推進者のアウトカム ... 32
3. 職場組織全体のアウトカム ... 38
III. 考察 ... 41
1. 労働者のアウトカムの特徴... 42
2. 推進者のアウトカムの特徴... 42
3. 職場組織全体のアウトカムの特徴... 43
IV. 本研究への示唆 ... 44
第 4 章 研究方法 ... 49
I. 本研究における概念と測定用具 ... 49
1. 先行要因 ... 49
2. プログラム要因 ... 51
3. アウトカム ... 51
4. 内容妥当性および表面妥当性の検討 ... 54
II. 方法 ... 57
1. 対象 ... 57
2. 参加型職場環境改善プログラムの概要 ... 57
3. データ収集期間 ... 59
4. 調査時期 ... 59
5. 必要標本数 ... 59
6. 対象者のリクルート ... 60
7. 分析方法 ... 61
8. 倫理的配慮 ... 62
第 5 章 結果 ... 64
I. 対象 ... 66
1. 研究対象職場 ... 66
2. 研究対象者 ... 68
II. 参加型アプローチを用いたことによる労働者個人、推進者個人、職場組織全体のアウトカム に関する項目の信頼性と妥当性の検討 ... 71
1. 労働者個人のアウトカムの分析 ... 71
2. 推進者個人のアウトカムの分析 ... 77
3. 職場組織全体のアウトカムの分析... 85
III. 推進者個人のアウトカムに関連する要因の分析... 89
1. <皆で進める継続的な仕組みづくりを目指した戦略的な方法の獲得>と関連する要因 ... 89
2. <自身の成長と自信の獲得>と先行要因との関連 ... 90
3. <安全や健康リスクに対する感度の向上>と先行要因との関連 ... 91
4. <労働者との関係性構築による成果の実感>と先行要因との関連 ... 92
III. マルチレベル分析による労働者個人、職場組織全体のアウトカムに関連する要因の検討 93 1. 集団内類似性の評価 ... 93
2. 労働者個人のアウトカムの下位概念と関連する要因の検討 ... 95
3. 職場組織全体のアウトカムの下位概念と関連する要因の検討 ... 99
第 6 章 考察 ... 104
I. 本研究の対象者の特徴 ... 104
II. 参加型アプローチを用いたことによるアウトカムの構成要素について ... 105
1. 労働者個人のアウトカムの特徴 ... 105
2. 推進者個人のアウトカムの特徴 ... 107
3. 職場組織全体のアウトカムの特徴... 109
III. 推進者個人のアウトカムに関連する要因について ... 110
IV. 労働者個人ならびに職場組織全体のアウトカムに関連する要因について ... 112
V. 個人と組織全体の健康にはたらきかける参加型職場環境改善に対する示唆 ... 115
VI. 本研究の限界と今後の課題 ... 117
第 7 章 結論 ... 119
文献
図目次・表目次
図 1.産業安全保健における参加型アプローチの概念分析 ... 14
図 2.参加型職場環境改善による労働者・推進者・職場組織全体のアウトカム ... 41
図 3.本研究における参加型職場環境改善活動のアウトカムの枠組み ... 48
図 4.本研究における概念と測定用具 ... 56
図 5.参加型職場環境改善の年間スケジュール例... 59
図 6.労働者個人アウトカムの確認的因子分析 ... 76
図 7.推進者個人のアウトカムの確認的因子分析... 84
図 8. 職場組織全体のアウトカムの確認的因子分析 ... 88
表 1.研究協力者・事業場の一覧 ... 26
表 2.労働者のアウトカムの項目 ... 29
表 3.推進者のアウトカムの項目 ... 34
表 4.職場組織全体のアウトカムの項目 ... 39
表 5.文献検討より得られた参加型職場環境改善によるアウトカム... 47
表 6.参加型アプローチを用いたことによるアウトカム質問項目一覧 ... 53
表 7.職場の労働者に占める研究協力者の割合 ... 65
表 8.研究対象職場の属性 ... 67
表 9.労働者個人のアウトカムに関する項目の記述統計量 ... 72
表 10.労働者個人のアウトカムの探索的因子分析(最尤法・プロマックス回転) ... 74
表 11.推進者個人のアウトカムに関する項目の記述統計量 ... 78
表 12.推進者個人のアウトカムの探索的因子分析(最尤法・プロマックス回転) ... 80
表 13.職場組織全体のアウトカムに関する項目の記述統計量 ... 85
表 14.職場組織全体のアウトカムの探索的因子分析(最尤法・プロマックス回転) ... 86
表 15.皆で進める継続的な仕組みづくりを目指した戦略的な方法の獲得を従属変数とする階層 的重回帰分析 ... 90
表 16.自身の成長と自信の獲得を従属変数とする階層的重回帰分析 ... 91
表 17.安全や健康リスクに対する感度の向上を従属変数とする階層的重回帰分析 ... 92
表 18.労働者との関係性構築による成果の実感を従属変数とする階層的重回帰分析 ... 93
表 19.情緒的な結びつきの深まりによる職場メンバーとの関係性の促進のマルチレベル分
析結果 ... 97
表 20.安全衛生に対する意識の向上と行動する力の獲得のマルチレベル分析 ... 98
表 21.参加型職場環境改善の必要性の認識のマルチレベル分析 ... 99
表 22.職場全体の良い雰囲気によるコミュニケーションと相互理解の促進のマルチレベル分析 ... 101
表 23.職場全体としての取り組みの浸透と拡大のマルチレベル分析 ... 102
表 24.職場全体の一体感と結束力の強化のマルチレベル分析 ... 103
資料目次
資料 1 質問紙調査の依頼用紙(責任者用)……… (1)資料 2 質問紙調査の依頼用紙(担当者用)……… (2)
資料 3 質問紙調査の依頼用紙(労働者用・推進者用)……… (3)
資料 4 労働者用質問紙……… (4)
資料 5 推進者用質問紙……… (10)
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第 1 章 序論
I. 研究の背景
近年の産業構造の変化と就労形態の多様化、社会経済活動のグローバル化の中で、産業社 会は大きな変革期が訪れ、経済不況や労働に対する価値観の多様化に伴う労働者のストレスおよ び健康障害も深刻化・複雑化している (厚生労働省, 2008)。このため、職域における安全・健康 リスクの低減と、すべての労働者が安全で健康な労働生活を営む方法を支える産業安全保健の 実践のあり方が改めて問われている(小木, 2010)。
国際労働機関(International Labour Organization: ILO)の国際労働基準条約は、法規準拠型 (rules-based)から自主対応型(enabling)の産業安全保健活動に転換しており、法規で定めた最低 限度の対策実施から、事業者が労働者と協力しながら事業場のニーズに応じた産業安全保健活 動を展開することが推奨されている。この動きに応じて、労働安全衛生マネジメントシステムの自主 導入が世界的に広がってきている(厚生労働省,1999; Machida et al., 2001; Kogi, 2002; 川上,
2004)。労働安全衛生マネジメントシステムは、職場における包括的な安全・健康リスクマネジメント の実施と、事業者・労働者の主体的 参加に軸足をおいた職場環境改善とを目標にしており、ILO による労働安全衛生ガイドラインが国際標準として広く認識されている(Machida, 2005)。わが国で も厚生労働省が「労働安全衛生マネジメントシステムの指針」(厚生労働省, 1999)を告示し、その 普及を進めている。しかし、わが国の労働安全衛生マネジメントシステムの導入率は 7.0%と依然低 く、従業員数が少なくなるとともに実施率が低くなる傾向にある(厚生労働省, 2011)。人的・物的資 源に一定の制約のある中小企業では、大企業に比べ労働災害や職業性疾病発生率も高く(労働 安全衛生重点研究推進協議会, 2010)、中小企業も含むすべての働く人々が安全で健康に働くこ とができるような仕組みを提言することは喫緊の課題といえる。
こうした動きの中で注目されているのが、参加型アプローチを用いた職場環境改善(以下、参加 型職場環境改善)活動の進展である。参加型職場環境改善とは、労働者が自主的・主体的に産 業安全保健活動に参加し、各職場ですでに実践されている良好実践をベースに、企業や職場単 位で改善計画を作成し、労働者自身が職場のリスクを評価し、リスク低減や職場環境改善の取り 組みを行うこと(吉川徹, 2009a)であり、わが国でも、様々な事業場、職種における健康課題解決 のために参加型アプローチの手法が適用されている(池田,中田,2012)。
産業安全 保健領域における参加型アプローチは、労働や労働環境に起因したリスク低減を労
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働者自身が進めていく上で有効で実践的な方法論として提唱されているが(Egan et al., 2007;池 田,中田,2012;吉川悦,2013a)、参加型職場環境改善のアウトカムに関する記述は、職場環境 改 善 の 実 施 率 や そ の 内 容 に 関 す る も の ( Itani et al., 2006; Kawakami, 2006; Kogi, 2006;
Krungkraiwong et al., 2006; Kawakami et al., 2008; L ee et al., 2009)、取り組みによる安全健康 課題の改善度(Koda et al., 1999; Udo et al., 2004; 吉川他,2007; Kobayashi et al., 2008;
Rivilis et al., 2008; Pehkonen et al., 2009; 佐々木他,2010; 新村他,2011)など、参加型職場 環境改善によって安全で健康的な職場環境に改善されたことや、職場環境改善により職場の安全 健康課題が解決されたといったアウトカムのみに焦点をあてたものがほとんどである。参加型職場 環境改善は、単に職場環境を改善することだけを目的としているのでなく、そのプロセスにおいて、
労働者が直接その活動に関与し、PDCA サイクルに沿って職場の問題を自主的に解決していくこ とを通じて、労働者自身の自己啓発や職場で働く人々との相互啓発が図られ、参加者全員の意 識や能力が高まり、明るく活力に満ちた職場づくりへと導かれていくものであると考える。そのため、
単に職場環境が改善されたことや職場環境が改善されたことにより職場の安全健康課題が解決さ れたといったアウトカムだけでなく、参加型職場環境改善に関与したメンバーの意識や行動、関係 性の変化や、職場組織全体の変化といった参加型アプローチを用いたことによるアウトカム評価の 視点や構造にも焦点をあてることにより、体系的なアウトカムの構成要素を明らかにすることが可能 になると考える。
一方、地域保健領域では、Community-Based Participatory Research(以下、CBPR)をはじめ、
コミュニティの健康課題解決のための効果的な活動方法に関する知見が蓄積されており、評価体 系も具体的に示されている(Israel et al, 2005; CBPR 研究会,2010)。CBPR では、解決された健 康課題だけではなく、地域全体や地域住民の能 力開発にも焦点があてられ、地域全体に波及す るダイナミックなアウトカムが描かれている(大森他, 2009)。これらの地域保健領域で蓄積された知 見を活用し、産業安全保健領域での効果的で持続的な自主対応型の産業安全保健活動を促進 し、働く人々の安全と健康を向上するための取り組みとして参加型 職場環境改善の評価体系を構 築することは重要な課題であるといえる。
II. 研究目的
本研究では、参加型職場環境改善によって改善された安全で健康的な職場環境や、職場環 境が改善されることで解決 した職場の安全健康課題といったアウトカム以外にもたらされた、参加 型アプローチを用いたことによるアウトカム、すなわち参加型職場環境改善に関与したメンバー(労
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働者、推進者)の意識や行動、関係性の変化、ならびに職場組織全体のアウトカムの構成要素を 明らかにする。そして、これらのアウトカムに関連する要因を検討することを目的とする。
1. 質的記述的研究により、参加型職場環境改善によってもたらされた安全で健康的な職場環 境や、職場環境が改善されることで解決した職場の安全健康課題といったアウトカム以外に、
労働者と推進者に起きた意識や行動の変化、相互の関係性の変化、職場組織全体に起こ った変化を記述し、参加型職場環境改善のアウトカムを概念化する。
2. 質問紙を用いた量的研究により、参加型職場環境改善を通じた労働者個人、推進者個人、
ならびに職場組織全体のアウトカムを測定するための調査を実施する。統計学的手法を用 いて、(1)参加型職場環境改善による労働者個人、推進者個人の意識や行動、関係性の変 化、職場組織全体の変化のアウトカムの構成要素を明らかにする。(2)そして、これらのアウト カムに関連する要因を検討する。
III. 研究の意義
参加型職場環境改善は、自主対応型の産業安全保健活動を提供する仕組みとして ILO 等の 国際機関により全世界で普及・提供されている方法であるが、このプログラムを通じて職場環境が 改善されたことによるアウトカムは様々な文献で示されているものの、参加型アプローチを用いたこ とによるアウトカムを含む、体系的な評価の方法やアウトカムの視点や構成要素は明らかになって いない。参加型アプローチを用いたことによるアウトカムと職場環境改善による直接的なアウトカム の視点を含めた体系的なアウトカム評価の視点と構成要素が明らかになることで、参加型アプロー チをより効果的に提供するための仕組みづくりや労働者個人または職場全体へのアプローチ方法 を具体的に提示することができ、これにより安全で健康的な職場環境の形成に貢献できると考え る。また、事業者・労働者の自主的な産業安全保健活動を促進するための産業保健専門職の支 援の視点を示すことになり、質の高い産業安全保健活動の実現に資すると考える。
IV. 用語の定義
本研究で使用する用語について以下のように定義する。
1. 参加型アプローチ
自主対応型産業安全保健活動の促進を目指し、労働や労働環境に起因したリスク低減のため
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に、事業者と労働者が主体的に職場の安全や健康に関する改善を進める取り組みのこと。具体的 には、合同職場巡視やグループ討議、成果発表会などの方法やアクションチェックリストや良好事 例写真集などのツールを用いて、事業者・労働者の経験やアイデアを交流しながらその職場の当 事者自らの行動力や改善力の強化を図り、継続的で自主的な取り組みにつなげるプロセス。
1980 年代に ILO の現地支援プロジェクトメンバーが開発し、現在では世界各国の労働現場で 自主的な産業安全保健活動の一環として実施されている。
2. 職場環境
人間が労働生活を営む場であり、労働者の就業に際し、労働者を取り囲み、労働者と相互作用 する空間・要因の事で、物理的・化学的・生物学的・社会心理学的な環境をすべて含む。
3. 参加型職場環境改善
参加型アプローチを用いて職場の環境改善を実施すること。
4. 労働者
職業の種類を問わず事業場で労働契約により雇用されている者で賃金が支払われている者。
正規・非正規労働者いずれも含む。
5. 推進者
参加型職場環境改善活動では、ファシリテーターやリーダー、担当者などとも呼ばれる。職場で 働く労働者の中から選ばれ、参加型職場環境改善においては、実施職場の中でこの取り組みを 推進するキーパーソンとして機能し、改善計画の立案、改善の実施、アウトカム評価に中心的に関 わる者。
6. 産業保健専門職
産業保健活動に従事する産業医(医師)、産業看護職(保健師・看護師)、衛生管理者、作業 環境測定士、心理職(臨床心理士)の総称。
7. 職場
人間が労働生活を営む場であり、本研究で示す職場とは、参加型職場環境改善を実施する
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一つのまとまりのある単位であり、具体的には部あるいは課単位のまとまりを指す。
8. アウトカム
プログラムによって変化をもたらされた対象(個人・集団含む)あるいは社会状況の状態であり、
個人や集団がプログラムにより得る利益や変化のことを指す。
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第 2 章 文献検討
本章では、参加型職場環境改善が職場・労働者もたらすアウトカムに関する本研究の示唆を得 るため、自主対応型産業安全保健の国際動向と日本の現状と課題、参加型職場環境改善の現 状と課題、地域保健における住民参加型プログラムについて、既存の知見を整理し、以下に文献 の検討としてまとめる。
I. 自主対応型産業安全保健の国際動向と日本の現状と課題
産業安全保健分野における法規準拠型から自主対応型への変遷、産業安全保健の国際的な 動向、日本における自主対応型産業 安全保健活動の現状について概観し、自主対応型産業 安 全保健における現状と課題を明らかにする。
1. 法規準拠型産業安全保健から自主対応型産業安全保健への変遷
従来の産業安全保健は、危険有害要因別の対策が法律で定められ、事業者がこの法規に基 づいて各事業場での対応を実施する形態で取り組まれてきた。これを法規準拠型産業安全保健と いい、1802 年に英国で世界初の労働者保護法である工場法が制定されて以降、産業安全保健 の伝統的な考え方として位置づけられている。この法規準拠型アプローチによって労働者の保護 が進み、過酷な労働環境や深刻な安全・健康課題が解決されてきた(中野,1998)。しかし、技術 革新が進み、多種多様な産業や業種、職種が存在してくると、職業関連性の安全・健康リスクはよ り複雑化・複合化し、そのすべてを法律で規制することが困難になり、産業安全保健は停滞し、労 働災害発生率の減少が鈍化傾向となることが指摘された(小木他,2002)。
この法規準拠型産業安全保健に一大転機が訪れるのは、1972 年に英国雇用省に提出された ローベンスレポートと呼ばれる報告書(小木他,2002)である。この報告書は、これまで産業安全保 健における中核的な考え方であった法規準拠型アプローチに加え、自主対応型アプローチによる 産業安全保健の重要性を示し、英国のみならず各国の産業安全保健の改革の方向を決定づける ものとなった(川上,2007)。ローベンスレポート(1972)では、当時の産業安全保健の問題点として、
3 つの点を指摘している。一点目は、法律が多く、また詳細すぎるため、多忙な経営者には全体の 理解が困難となり、現場での改善に取り組むうえで不便であること。二点目は、限られた数の監督 官がすべての事業場に法規を徹底させるのは物理的に不可能なこと、三点目として、規制的な要
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素が強すぎるため、産業安全保健が外部機関によって改善されるものだという受動的な態度が職 場に広がり、現場に即した具体的な改善が進みにくいこと、である。そのため、ローベンスレポート では、法規による規制と自主対応のバランスをとりつつ、従来の法規準拠型アプローチを脱却した 自主対応型アプローチを提案し(中野,1998,p8)、法規の簡素化と明瞭化、産業安全保健に関 わる行政組織の一本化、産業界の自主基準、自主管理促進、職場における責任 と役割分担の明 瞭化など、画期的な制度改善の提言を行った(小木他,2002)。これを受けて、英国では 1974 年 に労働安全衛生法が制定され、統合された産業安全保健の監督のための行政機関である英国安 全衛生庁(Health and Safety Executive, 以下 HSE)が発足した。そして、このローベンスレポート に示された産業安全保健の新たな流れが、その後の自主対応を基盤とする労働安全衛生マネジ メントシステムや ILO による国際条約づくりにも大きな影響を与え、アジアにおける自主対応型の産 業安全保健の広がりにもつながっていくのである(川上,小木,2004)。
2. 産業安全保健の国際的な動向
産業安全保健の国際的な動向として、ILOによる国際労働基準と労働安全衛生マネジメントシ ステムの動向について概観する。
1) ILOによる国際労働基準
ILO は 1919 年に国際連盟とともに設立され、1946 年に国際連合の専門機関となり、世界にお ける労働問題、社会問題に関連した事項を討議し、労働分野全般における国際条約(ILO 条約)
や勧告をはじめとする国際労働基準を策定している(井谷,2010)。 ILO が策定する産業安全保 健分野の ILO 条約は、世界の労働者の安全と健康の向上に大きな役割を果たしており、英国に 端を発した自主対応型産業安全保健の潮流を反映する形で発展してきた。初期の ILO 条約は特 定業務ごとの保護規定や危険有害要因別の規制を目的としたものが多かったが、1981 年の第 155 条約(労働安全衛生条約)が政府・労働者・事業者 の役割の明確化や包括責任を取り上げて以 来、包括的な自主責任の遵守に基づく基本的な産業安全保健の体制や活動などの枠組み を示 す国際基準づくりが続いている(小木他,2002,p28)。日本は 2006 年に ILO 総会で採択された職 業上の安全及び健康を促進するための枠組みに関する条約(第 187 号条約)の最初の批准国で あり、この条約に基づいた産業安全保健活動が展開されることが期待されている(村上,2010)。
2) 労働安全衛生マネジメントシステムの動向
労 働 安 全 衛 生 マネジメン トシステム は、産 業 安 全 保 健 管 理 の「 計 画 ( Plan)- 実 施 ( Do)- 評 価
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(Check)-改善(Act)」の PDCA サイクルを連続的かつ継続的に推進して、事業者の責任において 労働者の安全と健康を確保する仕組みである(近藤,2004,p369)。労働安全衛生マネジメントシ ステムは職場における包括的な安全・健康リスクマネジメントの実施と、事業者・労働者の参加に軸 足をおいた職場環境改善とを目標にしており、現在は、ILO によるガイドラインが国際標準として広 く認識されている(Machida, 2005)。
世界で最初の労働安全衛生マネジメントシステム規格の提案は、ローベンスレポートにより自主 対応型産業安全保健に舵を切った英国の BS (British Standard) 8800(1996 年)である。その後、
BS8800 は、英国規格協会を中心に数か国の機関が共同で作成した認証制度による国際規格とし ての OHSAS(Occupational Health and Safety Assessment Series)18000 シリーズへと発展し、1999 年に OHSAS18001 が、2000 年に OHSAS 18002 が制定され、多くの国々で認証制度を前提とした 労働安全衛生マネジメントシステムの導入が推進された(吉澤,2000)。わが国においても 1990 年 代 後 半 よ り こ の 規 格 に よ る 認 証 を 取 得 し た 企 業 が み ら れ は じ め た ( 小 畑 , 2001 ) 。 ま た 、 OHSAS18001 とほぼ同時期に労働省(現在の厚生労働省)から「労働安全マネジメントシステムに 関する指針」(厚生労働省,1999)が出され、国内での労働安全衛生マネジメントシステムの導入 が推進され始めた。
一方、ILO も国及び企業レベルにおける労働安全衛生マネジメントシステム構築の指針として、
2001 年に労 働 安 全 衛 生 マネジメントシステムに関 するガイドライン( ILO-OSH2001)を策 定 した
(ILO, 2001; Machida,2001)。この ILO-OSH2001 により労働安全衛生マネジメントシステムの国 際的な共通の取り組み体制が整備され、労働者の積極的な参加やリスクアセスメントおよびリスクマ ネジメントの仕組みが強調されるようになり、これらの一連のステップが産業安全保健の基盤として 必須のものであることが確認された(川上,2007)。ILO-OSH2001 により、すでに労働安全衛生マ ネジメントシステムを導入していた欧米のみならず、日本、韓国、タイ、シンガポール、インドネシア、
オーストラリア、ニュージーランドなど、アジア・オセアニア諸国でも労働安全衛生マネジメントシステ ムが国の規格ないしは法基準として導入され、急速に普及されるようになった(小木他,2002)。
3. 日本における自主対応型産業安全保健活動の現状と課題
わが国の労働災害による死傷者数は、高度成長期の 1960 年代をピークに長期的には減少して いるものの、今なお年間 48 万人に達している(厚生労働統計協会,2012)。2011 年の労働災害に よる死亡者数は、東日本大震災による直接原因分を除くと 1,024 人で、2010 年と比較し 171 人の 減少となり、漸減傾向にある。一方、休業 4 日以上の死傷者数については、11 万 4,176 人(震災
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直接原因分を除く)と 2 年連続で増加している(厚生労働省,2012)。また、仕事や職業生活に強 い不安、悩み、ストレスを感じている労働者の割合は約 6 割となっており(厚生労働省,2009)、過 重労働などを原因として脳・心臓疾患を発症し、死亡する、いわゆる「過労死」等や、仕事による強 いストレスを原因として精神障害を発症し、自殺したとして労災認定される人は、合わせて 200 人近 くに上っている(厚生労働省,2013)。これらのことから、働く人々の職場環境は引き続き厳しい状 況にあるといえる。
人の生命と健康はかけがえのないものであり、どのような社会であっても、働くことで生命が脅かさ れたり、健康が損なわれたりするようなことは本来あってはならない、という基本的な方針のもとに、
日本では 1958 年から「労働災害防止計画」を策定するとともに、1972 年には労働災害の防止を目 的とする労働安全衛生法を制定し、関係業界、専門家などと協力しながら、対策に取り組んできた。
労働災害防止計画は、労働災害を減少させるために国が重点的に取り組む事項を定めた中期計 画であり、産業構造の変化等、労働者を取り巻く社会経済の変化に対応し、労働者の安全と健康 を確保するため、現在は 2013 年 4 月~2018 年 3 月までの 5 年間を計画期間とする第 12 次労働 災害防止計画が 2013 年 3 月に公示されている(厚生労働省,2013)。第 12 次労働災害防止計 画の中では、近年の労働災害の発生や防止対策の変化について、第二次産業から第三次産業 へのシフトによる産業構造の変化と関連して、以下の二点を指摘している。一点目として、従来、労 働災害防止対策の重点産業であった製造業従事者の減少によって死亡災害が減少傾向にある にもかかわらず、労働者の第三次産業へのシフトによる、卸売・小売業、飲食店、保健衛生業など の第三次産業における労働災害数が増加していること。二点目として、従来の職域での安全・健 康課題は、製造現場で使われる様々な化学物質による急性中毒や職業がんなどの健康障害防止 に主眼が置かれてきたが、近年では、これらに加えて職場の様々なストレスによるメンタルヘルス不 調や、過重労働による健康障害など複合的なリスクへの対策が重要性を増している点である(厚生 労働省,2013)。このような、多様化、複合化した産業安全保健における課題を解決するためにも、
職種や業種、職場ごとのリスクを低減し、その職場にあった対策を事業者・労働者自身が選択し、
主体的に実施できるような自主対応型アプローチによる取り組みの推進が喫緊の課題である(小木 他,2002)。
1999 年に厚生労働省が公表した「労働安全衛生マネジメントシステムの指針」以降、日本鉱業 協会、建設業労働災害防止協会、日本化学工業協会などの業界団体を中心に 労働安全衛生マ ネジメントシステムに関する指針が公表されてきた(近藤,2004)。しかし、わが国の労働安全衛生 マネジメントシステムの導入率は 7.0%と依然低く、従業員が 1,000 人以上で 46.6%の事業場が導入
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しているものの、従業員が 50 人以下となると導入している事業場は約 6%程度となり、従業員数が 少なくなるとともに実施率が低くなる傾向にある。導入しない理由としては、「十分な知識を持った 人材がいないため」(50.6%)が最も多く、次いで「内容がわからないため」が 37.9%となっている(厚 生労働省, 2011)。人的・物的資源に一定の制約のある中小企業では、大企業に比べ労働災害や 職業性疾病の発生率が高い傾向が指摘されており(労働安全衛生重点研究推進協議会, 2010)、
第 12 次労働災害防止計画においても、中小規模事業場へのリスクアセスメントと労働安全衛生マ ネジメントシステムの導入促進が重点施策として組み込まれ、労働安全衛生マネジメントシステム導 入促進のために、外部専門機関・外部専門家による導入支援や中小企業の現状に即した マネジ メントシステム導入マニュアルの整備が必要であると述べられている(厚生労働省,2013)。また、池 田友他(2007)は、労働安全衛生マネジメントシステムを導入している企業においても、マネジメント システムが展開されている分野は安全分野が主で、保健分野の要素が含まれにくい点を指摘して いる。
4. 自主対応型産業安全保健の国際動向と日本の現状・課題に関する文献検討のまとめ 従来、産業安全保健は危険有害 要因別の対策が法規で定められ、事業者がこの法規に基づ いて各事業場での対応を実施する法規準拠型アプローチで取り組まれてきたが、この取り組みで は労働災害の減少など一定の成果が上がる一方、複雑な法体系への対応困難や外的規制への 依存など、法規制による弊害も出てくるようになっていった。そのため、職場ごとに異なる安全・健康 リスクを低減するための事業者・労働者の包括的な自助努力を推進する自主対応型アプローチの 産業安全保健の必要性が指摘されるようになった。1972 年のローベンスレポートにより、法規によ る規制と自主対応のバランスをとりつつ、従来の法規準拠型アプローチを脱却した自主対応型産 業安全保健が提唱され、この動きを受けて、労働安全衛生マネジメントシステムの自主導入が世界 的に広がった。現在、欧米諸国をはじめとしてアジア・オセアニア地域でも各国の規格や法体系に 労働安全衛生マネジメントシステムを導入する国が増加している。わが国においても 1999 年に厚 生労働省が労働安全衛生マネジメントシステムの指針を公表し、法的な強制力はないものの 労働 安全衛生マネジメントシステム導入を積極的に推進している。しかし、指針公表後 十数年たった現 在でも、労働安全衛生マネジメントシステム導入率は 1 割にも満たず、大企業での導入率が上がっ ている一方、50 人以下の中小企業においては導入率が約 6%と減少傾向にある。また、導入されて いる企業においても、安全分野に焦点があたり、保健分野の取り組みが進まない点も指摘されてい る。
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わが国の労働災害による死傷者数は、死亡者は漸減傾向にあるものの、休業 4 日以上の死傷 者数は増加傾向にあり、労働者の不安やストレス、過重労働など、働く人々を取り巻く環境は依然 厳しい状況にあるといえる。このような状況の中で、人的・物的資源に一定の制約のある中小企業 でも導入が可能であり、かつ安全と保健の両側面を含めた包括的な自主対応型産業安全保健が 推進できるような方策を講じる必要があると考える。
II. 参加型職場環境改善の現状と課題
自主対応型産業安全保健を推進するための参加型アプローチを用いた職場環境改善の変遷を 概観し、参加型職場環境改善の課題について文献を用いて検討する。
1. 参加型職場環境改善の歴史と参加型アプローチ
自主対応型産業安全保健の進展に伴い、各職場ですでに実践されている良好 実践(グッドプラ クティス)をベースに、企業や職場単位で改善計画を作成し、労働者が事業者と協力しながら主体 的にリスク評価を行い、リスク低減や職場環境の改善に取り組む参加型アプローチを用いた職場 環境改善が広まってきた(吉川徹, 2009a; 小木, 2010)。
参加型職場環境改善は、1980 年代に ILO の現地支援プロジェクト「労働条件・環境改善のた めの国際プログラム」(Thurman et al., 1988)のプロジェクトメンバーが開発し、これまでに全世界で 様々な産業や健康課題に対して広く活用されている (Kawakami et al., 2004; Itani et al., 2006;
Kogi, 2007; Henning et al., 2009)。例えば、ILO が全世界で展開している中小企業向け職場環 境改善プログラムであるワイズ(WISE:Work Improvement in Small Enterprises,小企業における労 働改善)プログラム(International Labour Organization, 2004)は、その代表的な例である。これ以 外にも、農業労働生活分野における仕事と家庭生活環境の改善を目指したウィンド(WIND:Work Improvement in Neighbourhood Development,近隣開発における労働改善)プログラム(Kawakami et al., 2005)や、小規模建設業における職場環境改善ウィスコン(WISCON: Work Improvement in Small Construction Site, 小 規 模 建 設 現 場 にお け る作 業 改 善 ) プ ログラ ム ( Kawakami et al., 2003)、廃棄物収集者の産業安全保健向上と廃棄物マネジメントシステムを地域住民と共同で改 善することを目的としたウォーム(WARM: Work Adjustment for Recycling and Managing Waste,リ サイクルと廃棄物管理のための作業調整)プログラム(Kawakami & Khai, 2010)等は、参加型アプ ローチの方法論に基づきプログラムが構築されている。ILO はこれら各プログラムに対応したマニュ アルを作成し、公開しているが、これらのマニュアルは、プログラムを進める手順、プログラムで活用
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するアクションチェックリストや良好事例写真の紹介、改善を実施する領域についての解説や具体 的な改善の進め方に関する記述で構成されており、職場環境改善の評価の視点やその方法につ いては提示していない。
ILO 以外にも、国際労働財団がアジア各国で展開している労働組合主導の参加型実践重視労 働 安 全 衛 生 改 善 ト レ ー ニ ン グ プ ロ グ ラ ム で あ る ポ ジ テ ィ ブ ( POSITIVE : Participation-Oriented Safety Improvements by Trade union Initiative,労働組合主導による参加型安全改善)プログラム は、ILO のワイズ方式と呼ばれる労働者参加型の基本原則にのっとったものである(Kogi et al., 2002)。ポジティブプログラムでは、そのマニュアルの中で、ファシリテーターを育成するトレーニング プログラムにおけるプロセス評価の視点を提示しているものの、取り組み全体のアウトカム評価の視 点や方法については提示していない。
そのほか、国際標準化機構(ISO)の筋骨格系障害予防に関する技術仕様書( ISO/TS20646)
(Ebara et al., 2007)や、欧州共通の職業性ストレス対策である職場の心理社会的リスク管理のた めの欧州枠組み PRIMA-EF (European Framework for Psychosocial Risk Management)(Leka &
Cox, 2008)においても、労働者参加を基本とした自主的な産業安全保健を推進するための基本 原則が強調されたプログラムが開発されている。これらのプログラムの中では、アウトカム評価として、
改善の実施率や内容、ターゲットとする健康課題の改善度(筋骨格系障害の有訴率や有病率、心 理社会的リスクの変化)の評価指標が提示されているが、参加型アプローチを用いたことによる労 働者個人の意識や行動の変化や職場組織全体の変化など幅広い視点でのアウトカムについては 検討されていない。
わが国では、中小企業における職場環境改善(Ito et al., 2006)や自治体での労働衛生マネジ メントシステム導入 (渡辺他, 2010)、病院職場でのメンタルヘルス一次予防対策(坂田 他, 2006)
等で参加型アプローチの手法が適応され、労働者参加型で実効性のある産業 安全保健活動が展 開され、メンタルヘルスアクションチェックリスト(吉川 徹 他,2007)や職場ドックマニュアル(杉原,
2013)など、参加型職場環境改善を職場で展開する際の実用的なツール開発(吉川 悦,2012)が 進んでいる。これらいずれの取り組みにも共通する方法は、労働者自らが参加するグループ討議 (堤他,2006; Kobayashi et al., 2008) を通じて、職場環境改善のためのアクションチェックリスト
(吉川徹他,2007; 吉川悦,2012)を用いて自らの職場のリスクを評価し、職場の改善対策の提案、
実施、評価を PDCA サイクルに沿って進める、という点である。しかし、一方で、これらの参加型職 場環境改善の取り組みの中で共通用語として使われている「参加型アプローチ」の用語の持つ意 味は幅広く多様であり、産業安全保健分野においても明確に定義されないまま使用されている場
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合が多い。そこで、Rodgers の概念分析の手法(Rodgers, 2000)に基づき、参加型アプローチに関 して記述されている国内外の 39 文献を用いて産業安全保健分野における参加型アプローチの概 念について検討を行った結果(吉川悦,2013a)、概念の属性として、【事業者と労働者が主体的に 関与】、【良好実践を基盤にした対策指向で低コストの多領域改善に焦点をあてる】、【合意形成を 重視するプロセス】、【ネットワークの活用】が抽出された。先行要件は、【職場に存在するリスク】、
【産業安全保健活動の困難性】、【職場や労働者の特性】、【職場のニーズ】の 4 つであり、帰結と して、【産業安全保健活動の促進】、【自主管理の強化】、【安全・健康な職場の実現】、【生産性や QOL向上への貢献】が導かれた(図 1)。これらの分析結果から、産業安全保健における参加型ア プローチとは、『産業安全保健活動の促進や自主的な職場環境改善の継続を目指し、事業者と 労働者が主体的に関与して、既存のネットワークを活用しながら行う、良好実践を基盤にした対策 指向の低コストで多領域改善に焦点をあてた、労働者の合意形成を重視するプロセスである。』と 定義した。
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図 1. 産業安全保健における参加型アプローチの概念分析
15 2. 職域で行われている様々な職場環境改善活動
わが国では製造現場を中心にさまざまな職場環境改善の取り組みが行われてきた。ここでは、
経営工学分野から発生した職場環境改善として、QC(Quality Control)サークル活動、5S 活動に ついて述べる。
QC サークル活動は、第一線の職場で働く人々が継続的に製品・サービス・仕事などの質の管 理・改善を行うために QC サークルと呼ばれる小グループを作って、グループ単位で品質管理に関 連する職場の問題を自主的に解決していくことにより、自己啓発・相互啓発をはかり、サークルメン バー全員の能力を高め、明るく活力に満ちた職場づくりをしようとするものである( QC サークル本 部,1996,p2-16)。QC サークル本部(1996)は、QC サークル活動の基本理念は、「人間の能力を発 揮し、無限の可能性を引き出す」、「人間性を尊重して、生きがいのある明るい職場をつくる」、「企 業の体質改善・発展に寄与する」ことであると述べている。この活動は、第二次世界大戦後に米国 で発展した統計的品質管理を受けて、1962 年にわが国で職場での QC サークル活動として開始 された(QC サークル本部, 1996,p69-70)。当初は製造業の製造部門を中心に展開されていた QC サークル活動も、事務部門や営業・サービス部門などの全社展開、さらには電力、通信、運輸、
銀行、ホテル、小売業などのサービス産業へと広がっていき、病院職場での QC サークル活動(広 川,1984; 栗山,大江,1987)や導入による効果評価研究(恵下他, 2008)も報告されている。一方 で、QC サークル活動で定義する「品質」の曖昧化や長年の取り組みに伴うマンネリ化、非製造業・
ホワイトカラー層では QC サークル活動が生産性向上には結び付かないなどの問題点や限界が指 摘され、1990 年代以降は QC サークル活動を中断する事業場も出てきている(鐘, 2006)。しかし、
日本の産業界が生み出したトヨタ生産方式や全社的品質管理は、全世界の製造業での生産方式 に大きな影響を与え(長町,2002)、これらの現場改善、職場改善の考え方や手法は日本語の「改 善」をそのままローマ字にした「KAIZEN」とよばれる包括概念として、国際的にも浸透した用語とな っており、QC サークル活動も KAIZEN で用いられる手法の一つとして今なお活用されている(今井,
2010)。
5S 活動は、整理(Seiri)、整頓(Seiton)、清掃(Seisou)、清潔(Seiketsu)、躾(Sitsuke) を ローマ字にした際の頭文字 をとって命名されており、仕事のムリ・ムラ・ムダを排除するための職場 づくりを通して、仕事の効率化・能率化を図ることであり、これにより生産に関連したコストダウンに 寄与するものである。日本に品質管理の考えが導入された 1950 年代頃に職場の環境を改善する スローガンとして 3S(整理・整頓・清掃)が提唱され、これに清潔や躾が加わり 5S としてその範囲が 広がり、単なるスローガンではなく、職場の整理・整頓・清潔・清掃の重要性を認識させ、これらを徹
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底させる啓発活動として普及した。そして、5S 活動は職場をより快適かつより安全なものにし、生産 やサービスの効率化や品質向上を図る際の基本的な手法として、その手順が整理された。現在 5S 活動は、製造業など現業を中心として展開されているが、職種や企業規模を問わず様々な事業場 で導入され、浸透している。病院職場においても医療事故防止や作業効率の改善を図る手法とし て導入されており(渡部他,2008; 松本他,2012)、JICA によりアフリカ諸国における病院職場の環 境改善と医療の質向上を目的として活動が展開されている(アマレ他,2012)
経営工学分野から発生したこれらの職場環境改善手法は、品質管理を主目的としたものであっ たが、現在、品質管理自体は ISO や JIS など認証制度を前提とした規格によって運用されているこ とが多く、QC サークルや5S 活動は、品質管理というよりも職場での事故防止など安全面を向上す るための活動として発展している側面もある。しかし、産業安全保健の視点からみると、QC サーク ルや5S 活動は安全のみに焦点があたり、健康の視点が欠けている取り組みとなってしまう傾向に あり、包括的な産業安全保健活動の促進のためには、安全・健康の両側面にフォーカスをあてた 職場環境改善の取り組みが必要と考える。
3. 参加型職場環境改善のアウトカム
参加型職場環境改善のアウトカムを整理するために、PubMed, CHINAL, 医中誌 Web 版 ver.5
(以下、医中誌)を用いて、1990 年から 2012 年の間に発表された日本語、英語の文献を検討した。
検索キーワードは、医中誌では“参加型” and “産業保健(or 労働衛生)”、PubMed, CHINAL で は、“participatory approach”and“occupational health or workplace”とし、ヒットした原著論文のう ち、実際に参加型アプローチを用いた介入を実践し、アウトカムが記載されているもので、互いの 検索リソースでの重複論文を除いた 18 件に、ランドマークとなる 4 件の論文を加えた 22 文献を分 析対象とした。
これらの文献に基づき、参加型職場環境改善のアウトカムについて、定量的評価と定性的評価 に分類して記述する。定量的な評価指標として、改善の内容や改善事例数、改善実施率、改善に かかる費用を指標とした文献 (Itani et al., 2006; Kawakami, 2006; Kogi, 2006; Krungkraiwong et al., 2006; Kawakami et al., 2008; Lee et al., 2009)や、ターゲットとする健康課題に関連した健康 指標の改善度(Koda et al., 1999; Udo et al., 2004; 吉川他,2007; Kobayashi et al., 2008;
Rivilis et al., 2008; Pehkonen et al., 2009; 佐々木他,2010; 新村他,2011)を指標とした文献が 多かった。これらの視点は、参加型職場環境改善によって改善された安全で健康的な職場環境や、
職場環境が改善されることで解決した職場の安全健康課題といった職場環境改善自体の評価に
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あたり、参加型職場環境改善がそもそも目的としていた直接的なアウトカム評価の視点といえる。こ れ以外に、労働災害の変化(Koda et al., 1999; Krungkraiwong et al., 2006; 吉川他,2006)や欠 勤率の変化(Rivilis et al., 2008)、作業関連疾患の変化(Rivilis et al., 2008; Pehkonen et al., 2009)などがアウトカム評価の指標として挙げられていた文献もあった。これらの視点は、職場環境 改善により職場の安全や健康に関するリスクが低減したことで安全・健康の指標 が改善したことを 示すアウトカムの視点といえる。
参加型職場環境改善によって改善された安全で健康的な職場環境や、職場環境が改善される ことで解決した職場の安全健康課題といったアウトカム、職場における安全健康指標の改善のアウ トカム以外にも、参加者の安全と健康に対する知識と態度の変化(Pehkonen et al., 2009; 渡辺他,
2010; Manothum&Rukijkanpanich,, 2010; Driessen et al., 2011)、や職務満足感 (Kobayashi et al.,2008)、仕事の生産性の変化(Tsutusmi et al., 2009)など、労働者の意識や行動の変化がアウ トカムの視点として述べられている文献もあったが、これらのアウトカムと個人の特性や職場の特性 との関連性は検討されておらず、職場集団の影響を考慮したアウトカムの構成要素は明らかになっ ていない。
定 性 的 な 評 価 指 標 とし て 、産 業 安 全 保 健 に 対 する 職 場 の 自 主 性 の 形 成 ( Kawakami et al., 2004; Kawakami, 2006; Nilvarangkul et al., 2006; 渡辺,2010)、労働者と事業者の改善に対する 主体的な態度の醸成(Krungkraiwong et al., 2006; Manothum&Rukijkanpanich, 2010)、労働者の 相互理解や職場のコミュニケーションの向上(杉原,2013)、事業者・労働者と専門家や行政、コミ ュニティとのネットワークの構築(Malchaire, 2006; Pehkonen et al., 2009; Kawakami et al., 2008 ) など、参加型アプローチを用いたことによるアウトカムの視点が挙げられているが、研究者による主 観的な指摘によるものであり、客観的なアウトカムの視点としては提示されておらず、集団としての 傾向も明らかになっていない。
組織行動学においては、人間の変容のレベルを 4 つのレベル、すなわち、①知識上の変容、② 態度上の変容、③個人の行動上の変容、④集団行動・組織行動の変容、でとらえており、知識上 の変容が最も容易で短時間で変容可能なものとし、態度、個人行動、集団・組織行動と進むにつ れ困難 性が増し、時 間も必 要となってくる( Hersey, Blanchard & Jonson, 2000 )。また、Robbins
(2009)によると、組織行動学での分析のレベルは、個人のレベル、集団のレベル、組織システムの レベルの 3 つのレベルがあり、個人的なレベルから集団、組織システムのレベルへと移っていくに つれ、組織における行動の理解を深めていくことが可能になると述べている。集団の中の人間の行 動は、単に個々人の勝手な行動を合算したものでなく、集団での行動は一人でいるときの行動とは
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異なる。同様に、集団が単なる個人の集積でないのと同様に、組織は数多くのグループ行動の単 なる集積とは言えない(Robbins, 2009)。
そのため、参加型職場環境改善により職場環境が改善されたことや職場環境が改善されたこと で解決した安全健康課題など職場環境改善による直接的なアウトカム評価の視点以外に、本研 究で焦点をあてようとしている参加型職場環境改善に関与したメンバーの意識や行動、関係性の 変化や、職場組織全体の変化といった参加型アプローチを用いたことによるアウトカム評価の視点 を検討する際に、個人レベル、集団レベル、組織システムレベルでの変化に焦点をあてることは重 要な視点であると考える。
4. 参加型職場環境改善の現状と課題に関する文献検討のまとめ
参加型職場環境改善は、事業者・労働者の主体的な産業安全保健活動への関与 を推進す る有用な手法であることが指摘されており、様々な職種や業種、職場の安全・健康課題解決に寄 与する方法として適用されている。参加型職場環境改善では、労働者自らが、グループ討議を通 じて、職場環境改善アクションチェックリスト等のツールを活用しながら、自らの職場のリスクを評価 し、労働者自身で職場の改善対策の提案、実施、評価を PDCA サイクルに沿って進めるといった 共通のプロセスがあることが指摘されている。参加型職場環境改善は、単に職場環境を改善する だけでなく、そのプロセスにおいて、労働者が直接その活動に関与し、PDCA サイクルに沿って職 場の問題を自主的に解決していくことを通じて、労働者自身の自己啓発や相互啓発が図られ、参 加者全員の能力が高まり、明るく活力に満ちた職場づくりへと導かれていくものであるといえる。参 加型職場環境改善におけるプロセスのうち、グループ討議や PDCA サイクルに沿ったプロセスを活 用する点においては、従来わが国において品質管理を目的とした QC サークルや5S 活動などの 職場環境改善活動のプロセスと一致する点があった。しかし、品質管理を目的とした職場環境改 善活動では、安全面のみに焦点があたり、健康面についての視点が欠けている職場環境改 善とな ることが指摘されているため、職場における安全と健康の両側面を包括した取り組みが必要である。
参加型職場環境改善によるアウトカムに関する文献を整理してみると、職場環境改善の内容や 事例数、実施率など、参加型職場環境改善によって改善された安全で健康的な職場環境や、職 場環境が改善されることで解決した職場の安全健康課題といったアウトカムや、労働災害の減少 や欠勤率の低下など、職場環境改善により安全・健康リスクが低減したことで、安全健康指標が改 善したことを示す職場における安全健康指標の改善のアウトカムを挙げている文献が多かった。こ れらのアウトカム以外に、参加型アプローチを用いたことによるアウトカム評価の視点として、参加者
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の意識や行動の変化がアウトカムの視点として述べられていた文献もあったが、個人特性や職場 特性との関連性は検討されていなかった。これら個人の意識や行動の変化、職場組織全体の変 化としてのアウトカムとそれに関連する要因が明らかになることで、参加型職場環境改善を実施す る際に労働者個々人の意識や関係性を進展させ、職場組織全体の変化を促進するための労働者 や職場への具体的なアプローチ方法を示すことにつながり、効果的な支援を提供する上での基礎 資料になると考える。また、定性的な評価として、産業安全保健に対する職場の自主性の形成や 主体的な態度の醸成、労働者の相互理解やコミュニケーションの向上など参加型アプローチを用 いたことによるアウトカム評価の視点が指摘されていたが、客観的な評価指標として明らかにされて いるものがなかったため、特定の評価指標を用いて集団としての傾向を把握していく必要があると 考える。そのため、本研究では、組織行動学における個人レベル、集団レベル、組織システムレベ ルにおける知識や態度、行動の変化についての考え方を参考にしながら、参加型アプローチを用 いたことによるアウトカム評価の視点に焦点をあてて参加型職場環境改善によるアウトカムの構成 要素を明らかにする必要があると考える。
III. 地域保健における住民参加型プログラムのアウトカム
地域保健領域では、Community-Based Participatory Research(以下、CBPR)をはじめ、地域 住民の主体的な参加により研究者と協働でコミュニティの健康課題解決を目指す研究手法が行わ れている。
1. CBPR の概要とアウトカム評価の視点
CBPR は「コミュニティの健康課題を解決し、コミュニティの健康と生活の質を向上するために、コ ミュニティの人々と専門職/研究者のパートナーシップによって行われる取り組み・活動」と定義され、
地域住民と専門職・研究者が協働して地域の健康課題を解決するプロセスを通して、コミュニティ の健康課題解決、活動に取り組むメンバー自身の向上、コミュニティの資源の充実をめざしている (CBPR 研究会,2010)。酒井他(2006)は、CBPR の 44 文献の統合的文献レビューを行い、CBPR の目的として、①コミュニティの健康課題への対応、②コミュニティの健康の改 善や向上、③コミュニ ティの問題解決能力の向上、④コミュニティのパートナーシップの促進、⑤コミュニティの文化に適 合したサービスの開発・評価・普及、の 5 点を指摘している。CBPR では、地域の健康課題解決の ための効果的な活動方法、地域住民・地域全体の能力開発に関する取り組みや方法論に関する 知見が蓄積されており、評価体系も具体的に示されている( Israel et al, 2005; CBPR 研究会,
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2010)。CBPR のアウトカムとして、死亡率や罹患率の減少、症状や身体機能の測定値の改善など 健康課題の解決だけでなく、CBPR 参加者(コミュニティのメンバー、コミュニティリーダー、研究者)
の能力の向上、協働する相手との関係づくりやネットワークの拡大などコミュニティ・パートナーシッ プの発展、コミュニティの資源の開発と維持、が含まれており、これらのアウトカムが CBPR の明確な 目的に対応して各プロセスにおいて継続的に評価可能なことが述べられていた(酒井他,2006)。
また、大森他(2009)は、国内で行われた「市民主導型の健康生成をめざす看護形成拠点」におけ る People-Centered Care の活動成果から、解決された健康課題だけに目を向けるのではなく、地 域全体や地域住民の能力開発にも焦点をあてた評価の枠組みを提示しており、健康を生成する ために必要な資源、関係、活動主体の能力の形成などの力量形成のアウトカム、これらの活動に 関わった人々の意欲や認識の変化などの意識変革のアウトカム、地域集団としての自主性の発展、
持続可能な活動としての仕組拡充のアウトカムなど地域全体に波及するダイナミックなアウトカムを 示した。
2. 地域保健における住民参加型プログラムの特徴とアウトカムに対する考え方
地域保健領域では、CBPR をはじめとして、地域住民の主体的な参加により研究者と協働でコミ ュニティの健康課題解決を目指す取り組みや活動が行われている。これらの住民参加型プログラ ムでは、健康課題の解決によっておこる直接的なアウトカムだけでなく、当事者や研究者などプロ グラムに参加した者の意識や能力、行動の変化などもアウトカムの一つとしてとらえている点で特徴 的といえる。CBPR では、参加者個人の能力の向上、協働する相手との関係性やネットワークの拡 大などコミュニティ・パートナーシップの発展、コミュニティの資源の開発と維持など、個人の変化、
相互の関係性の変化、コミュニティ全体に波及するダイナミックなアウトカムなど多面的なアウトカム を網羅した体系的な視点が提示されている。これらの地域保健領域で蓄積された知見を活用し、
産業安全保健領域での効果的で持続的な産業安全保健活動を促進し、働く人々の安全と健康を 向上するための取り組みとして参加型職場改善活動のアウトカムの構成要素を明らかにすることは 重要な課題であるといえる。
IV. プログラム評価におけるアウトカム
本研究におけるアウトカムに関する理論的背景を検討するにあたり、社会科学分野で発展したプ ログラム評価とプログラム評価の中で述べられているアウトカムについて文献を用いてまとめる。
21 1. プログラム評価とは
Rossi, Lipsey & Freeman (2004)は、プログラム評価を、「社会調査法を活用し、社会問題を緩 和する、あるいは社会状況を改善するためにデザインされた組織的、計画的な取り組みである社会 プログラムの介入の効果性を体系的に検討することである。これらのプログラムは、政策的・組織的 な文脈・環境において用いられるものであり、社会状況を改善するための社会活動に有益な知識 や情報を提供することをねらいとしている。」と定義している。対人・コミュニティ支援を目的とした社 会プログラムは、保健・医療・福祉・教育や心理の領域に至るまで、幅広い領域で数多く実施され ており、それらのプログラムをただ単に実施するだけでなく、その内容や実施状況、効果の有無を 体系的な方法論によって検証することが重要視されてきている(安田,2011,)。社会問題や社会 状況を改善するためのプログラムの体系的な評価は、第一次世界大戦前に識字プログラムや職業 訓練プログラムなどの教育学分野や、感染症による死亡率や罹患率の抑制を目指す公衆衛生学 領域において最初に実施され、その後、第二次世界大戦後には社会政策や行政の要請に基づき、
社 会 科 学 者 が、教 育 分 野 、地 域 組 織 化 事 業 、非 行 予 防 プログラム、都 市 開 発 プログラムなど、
様々な先駆的事業の評価を行い、1970 年代に評価研究は社会科学におけるひとつの専門分野 として確立された(Rossi et al., 2004)。今日、プログラム評価は、投入された資源がどのように使用 され、どのような効果があったのかを明確に示すための説明責任を果たすために、また、プログラム の改善や質向上のために、ますますその重要性を増している(安田,2011,p19-38)。Rossi et al.
(2004)によると、通常、プログラム評価には、次の 5 つの領域のうち、1 つ以上に関するアセスメント を含むとされている。5 つの領域とは、①プログラムに対するニーズ(プログラムが改善しようとしてい る社会状況及びそのプログラムに対するニーズに関する評価)、②プログラムの設計(プログラムの 概念化とデザインに関する評価)、③プログラムの実施およびサービス提供(プログラムの運営、実 施、サービス提供に関する評価、プロセス評価ともよばれる)、④プログラムのアウトカム(プログラム のアウトカム(成果)やインパクト(影響)に関する評価)、⑤プログラムの効率性(プログラムの費用 や費用対効果に関する評価)、である。そして、プログラム評価はその対象となるプログラムに合わ せてその具体的な評価項目が設定される。
2. プログラム評価におけるアウトカム
アウトカムには、効果、成果、結果といった意味があるが、プログラム評価におけるアウトカムは、
プログラムによって変化をもたらすことが期待されている対象(個人・集団含む)や社会状況の状態
(Rossi et al., 2004 ) 、あるいは、個 人 や 集 団 が プ ログラ ムにより得 る 利 益 や 変 化 のことを 指 す
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(Weiss, 1998)。そのため、アウトカム評価とは、プログラムの利用者に現れたメリット、そしてその価 値を査定し、プログラムの効果を明らかにするための評価といえる(安田,2011,p175)。アウトカム としてとらえられる具体的な視点として、安田(2011)は、①行動・行為の変化、②意識・意欲の変 化、③認知・態度の変化、④知識・理解の変化、⑤興味・関心の変化、⑥スキルの変化、⑦状態・
立場の変化、を挙げている。また、プログラムの対象が、個人だけでなく、組織やコミュニティなどシ ステムレベルへの介入によってもたらされたアウトカムの場合、これらのアウトカムに加え、⑧サービ ス提供システムの変化、⑨組織特性・関係性・風土の変化、⑩運営・マネジメント手法の変化、など もアウトカムの視点になると述べている。
適切なアウトカムを特定するために、Rossi et al.(2004)は、関連する先行研究についてレビュー することやそのプログラムの目的・目標に基づいて期待されるアウトカムを記述すること以外に、プロ グラムのインパクト理論で特定されるアウトカムについて注意を払う必要性を指摘している。
3. プログラムのインパクト理論
プログラムに効果があるということは、プログラム参加者に何らかの影響を与えた状態を意味する。
プログラムの介入から効果が表れる、つまり、プログラムの目的が達成されるまでには、 何らかの道 筋があり、この道筋を可視化したものをインパクト理論と呼ぶ。具体的には、プログラムが効果をもた らす理由や背景をプログラム参加者の視点から、つまり人の行動変化のプロセスの視点からとらえ ることを目的とし、評価に際して役立てようとするものがインパクト理論 である(安田,2011,p96‐97)。
インパクト理論を具体的に明示するにあたっては、まず、プログラムによりなぜ個人レベルのアウトカ ムの変化が起こるのかという原因を洗い出す。具体的にはプログラムを実施する前と後でプログラム 参加者はどのように違っているのか(変化しているのか)をその原因と結果が何かを考えながら導き 出し可視化することである。Rossi et al.(2004)は、プログラム利用後の効果や影響を時間を追って モデル化した時系列モデルを提示した。このインパクト理論は、近位アウトカムと遠位アウトカムの 2 段構えで構成されている。プログラム実施後に直接生じる出来事は近位アウトカムと呼ばれ、それ よりも後、または最終的に生じるアウトカムを遠位アウトカムと呼ぶ。近位アウトカムは、態度や知識、
認識、技能、動機づけなど、プログラムによる直接的な影響を受けやすいものであり、プログラムの 意図する最終的なアウトカムとは一致することはあまりない。しかし、近位アウトカムはそのプログラム に影響を及ぼす大きな要因となるものであり、そのプログラムが最も即時性があり直接的な近位アウ トカムを生じることがないものであれば、より最終的な遠位アウトカムはもたらされることはないといっ た点からは、体系的なアウトカムを検討するにあたって、インパクト理論の視点からその構造を明ら