第5章 議論と提言
II. 研究,アウトリーチ活動等の省察と課題
提案された学習展開とその実施
本研究のアウトリーチ活動として実施した一連の実験講座ならびに研修会では,21 世紀のグローバルな課題を大きな概念とし,理科,社会,技術,家政といった複数の教 科を横断し,生徒のナレッジウェブ構築を促すことを参加者に意識付けた。またデジタ ルセンサを用いることで,将来の科学的労働者として産業の生産性向上に寄与するため のキーコンピテンシーを身につける学習展開を提案した。特に,生徒自身が,課題解決 のための実験の手順を組み上げ,独創的なアイデアを生み出すといったアプローチは,
これまで学校における一般的な実験手法とは,異なるものであったといえる。
しかしながら,学習展開はその特性から,必然的に取り扱う範囲が広く,また複合 的なスキルを要するために,一度の講座や研修会で伝達することは困難が伴った。特に 2013年度の教員向け研修会では,中学校教育研究会や部会会合の比較的短い時間(2~5 時間程度)を頂戴し実施したことから,ICT 機器の操作方法の習得から始まり,学習展 開のコンセプトを紹介するといった導入部をこなすために,その後の実践部に十分な時
間を割けない状況が見受けられた。したがって,単純に情報端末とセンサを科学実験に 取り入れることが研修の中心になる傾向にあり,学習展開における調査,探求やファシ リテーションを主体としたグループワーク(社会的文脈をその後の科学的文脈に接続す る役割)は,紹介のみにとどまり,ほぼ実行はできなかった。
一方で,そのような概略的な研修であったにも関わらず,「キャリア教育につながる 内容で,とても良かった」「幅広い視点で,動機づけしていくことは今の理科教育では不 可欠なこと」といった感想を受けた。このことからも,生徒が将来活躍するであろう社 会や産業の視点,そしてそこで使われるコミュニケーションを生むための技術を学習展 開に取り込む試みは,方向性としては正しいものであったと確信している。これを裏付 けするものとして,文部科学省のグローバル・ハイスクール構想では,「急速にグローバ ル化が加速する現状を踏まえ,社会課題に対する関心と深い教養に加え,コミュニケー ション能力,問題解決力等の国際的素養を身に付けること」目的化している [文部科学省,
2013b]。今後このような行政主導の取り組みが進められていく中で,提案された学習展
開の認識もより高まっていくものと考える。
多様な背景を持つ教科教員への対応
2013年度の研修会では,理科,技術,数学教員のみならず,社会,英語教員等の参 加もあったことから,いくつかの論点が挙げられた。主に「どのように自分の授業に生 かせるのか分からない」「専門的で内容が理解しにくい」「理科以外で活用できる実践例 を示して欲しい」といった内容であった。研修会の冒頭,科学コミュニケーションの意 味について触れるようにし,ここで取り扱われる科学は,市民が持つべき汎用性の高い 知識,素養を意味し,深い科学的知識を求めているわけではないことを説明した。特に,
教育で有用な「双方性コミュニケーション」という理念は,市民の言語活動にも通じる ところがある。例えば,多国間での社会的背景の相違から,グローバルな課題が解決で きない,もしくは新たに生じてしまう事例がある。生物資源,水資源といった自然環境 に関わること,遺伝子組み換え技術といった人類の食料供給に関わること,化石燃料の 消費といったエネルギー供給や越境汚染に関わることが挙げられる。いずれも生徒がメ ディアを通じて日常的に入手可能なトピックであり,これらをきっかけに,自身の見方,
考え方を表現し,共有するという活動を行うことは,学校の理科に限ったことではなく,
他の教科や総合的な学習においても今後よりその重要性が増すものと思われる。
外部支援による実地検証教科横断型の学習展開社会的背景の調査教育リソースの投入と活用議論と提言
このような言語活動といった場で外国語が利用できることの大きな目的は,異なる 文化,思想を持つ他国の市民とコミュニケーションをとり,対話に基づいて解決に導く ことであると考える。習得した言語を活用するという意味において,諸外国の情報源(政 府機関,文化・観光機関,企業,科学館,博物館,NGO等,中には子ども向けに制作さ れたものもある)のホームページを開き,日本との比較をすることは,科学に関わる多 面的なものの見方を養うことにもつながる。例えば次のような活動を学習展開に取り入 れることができるであろう。いずれも21世紀の課題につながるテーマである。
・ CO2排出量削減についての日本政府の立場と,他先進国の立場,そして途上国の立場には どのような違いがあるのだろうか。排出量取引といった取り組みは,途上国では推進され ているのだろうか。
・ 先進国で大量に消費されるファストフードのために使われるヤシ油の生産国では,市民の 収入はどれくらいであるのだろうか。どれほどの熱帯雨林がこの生産のために伐採された ことになるのだろうか。
・ 日本のロボット技術(ヒューマノイド)は,海外ではどのように捉えられているのだろう か。そこに宗教的思想の影響はあるのだろうか。今後先進国が迎える超高齢化社会を支え る技術として,果たして機能するのだろうか。等
提案された学習展開は,いくつも存在する21世紀の課題の一部を導入したに過ぎな いが,エネルギー,環境教育,産業教育,キャリア教育,ものづくり教育といった,横 断的な取り組みを行う上で,中学校,高等学校における総合的な学習に適しているとい う意見を多々受けた。したがって,最終的には科学実験を「ツール」として位置付け課 題解決に取り組むものの,そこにいたるまでのプロセスは,言語活動やナレッジウェブ の構築を含む多様な教科の複合体であることから,理科教員のみが責任を有するのでは なく,各々の教員が教科横断を意識した授業展開やカリキュラムの構築ができるように,
互いに連携を深める必要がある。また,教員養成段階での意識付けが欠かせないとの考 えは,前述の免許制度,教員養成の項で述べた通りである。
学習実施後の評価と学校への導入
その他,工学的アプローチとは異なる,この提案された学習展開の実地検証から,
生徒の学習への動機付けにつながるというその有効性や効果を確認することはできたも
のの,個々の専門的知識を与えられたか,また能力向上に寄与したか,という問いに対 しては今後議論を要するであろう。2012年度の中学・高校生向け実験講座では,キーコ ンピテンシーを評価するための事前アンケートの実施とともに,学習状況に応じた能力 の確認ができるようなルーブリック評価表を作成し,活用を試みた。しかしながら,「創 造性とイノベーションスキル」「協働性とコミュニケーションスキル」「メディア・情報 リテラシー」「科学的スキル」といった項目は,初対面の生徒であること,時間が限られ ていること,また,活動を進めることに注力し,評価にまで手をつけられないこと等,
いくつかの問題点が挙がった。このルーブリックによる評価手法を確実に実施するには,
実験講座のような単発の授業ではなく,学校のカリキュラムに継続的に活動を取り入れ,
生徒の能力変化を追跡することが望ましい。それによって,学習展開の実施・未実施の クラスにおける差異を見い出すことができると考える。
学校への導入の際,学習展開の性質から時間割についても考慮しなければならない。
一般的な配分は,基本的に時限単位(40~50分)であり,その中で1つの小単元(もし くはトピック)を完結させ,次の授業へとつなげる。通常それは,「導入」から始まり,
「展開(実験)」そして「まとめ」という単調な流れになっているが,提案された学習展 開はこのような流れにはそぐわない。ナレッジウェブの構築のための事前調査(連結を 図る個々の単語の意味を調べる)は,教員による知識の伝達ではなく,貸与された情報 端末を用いて生徒はメディアにアクセスし,生徒自身が前もって準備をしてくることが 必要となる(これを促すことは家庭における保護者の役割)。そこで得た知識を1限目の 授業でグループ単位で持ち寄り,アイデアの視覚化によって知識を共有し文章としてま とめ上げる,いわゆる言語,創作活動となる。教員はファシリテータに徹し,活動の円 滑さを保つために適宜,助言を行う。2限目は,ナレッジウェブに接続する科学的文脈を 示し,そこに関連する実験課題について,グループ内で手順を構築し,実行に移す。こ こでは,満足いく結果が得られるまで,可能な限り手順を見直し,改善を施す。3限目は,
得られた結果を用いた,数理,計算問題を解き,その活用を促すことで,学習のまとめ につなげる。
地方都市,青森県の文脈において
高度情報化社会の中で,メディアを介し,国内外の動向や異なる文化,背景を持つ 市民の考え方までも,比較的容易に入手することができるようになった。社会的地位や