第5章 議論と提言
I. 研究のアウトプットからの議論
人口減少を伴う社会における教育 - 価値創生
知識基盤社会においては,第一次産業,第二次産業,第三次産業といった独立して 存在する個々の産業よりも,むしろ,それらと知的財産,情報,研究開発といった知識 を基盤とする産業との融合が加速的に増大していくとされる。そのような大きな過渡期 にある社会(特に,先進諸国や新興国)において,教育の改革がこれまでになく大胆に 進められている。科学教育分野では,教科横断,融合型アプローチであるSTEM(Science,
Technology,Engineering and Mathematics)を主体に,州ごとに産業の関わりを教育
にまで浸透させ,それら有機的連携のもと,次世代の産業を担う人材を養成するアメリ カの試みがある。教育の役割を,経済の原動力として捉え,そこに投資を呼び込み,効 率的に活用し,経済活動に人材をリターンするという,ある種理想系の循環を求めてい る。確かに,教育は,どの国においても,政策ターゲット(中心的話題)になりやすい。
アウトプットが明確でなく経済への貢献度の定量測定が困難であるとともに,「子どもた ちの教育」というある種の社会福祉,慈善的行為に対する莫大な投資に,時として批判 的視点を持ち異を唱える市民が少ないことが,このターゲットになりやすい理由ではな いだろうか。
国際的にみても,PISA,TIMSS,PIAAC 等の学力調査から日本の生徒,成人の学 力が高いことは間違いなく,これは,その投資に見合った学力を生徒が習得し,かつ生 涯にわたりそれを保持するための社会教育,自己学習の取り組みがなされていることを 意味する(少なくとも,教育という1つのステージ上では成り立つ)。一方,産業からの 視点で,教育を考えると,現在,両者の思う人材としての社会的利益は食い違い,相互 接続性が保たれていないように思える。それは,機械的,マニュアル的仕事の需要が減 少し,逆により抽象的で課題解決への手段が定まらない不確定な要素を含む仕事が増加 していることからも,人材と産業とのミスマッチが生じる結果となっている。
OECD先進各国において,現在重要視されている「コンピテンシー教育」や「キー コンピテンシーの獲得」は,これに対処するためにアプローチであると考えられる。本 研究では,まず,次の4つのカテゴリーにコンピテンシーを分類した。それは,「創造性・
イノベーションスキル」「協働性・コミュニケーションスキル」「メディア・情報リテラ
外部支援による実地検証教科横断型の学習展開社会的背景の調査教育リソースの投入と活用議論と提言
シー」「科学的スキル」である。そして,このコンピテンシーの習得を産業的な視点から,
PDCA サイクルを基にした生産性の向上,つまりイノベーションや価値の創生を意識し た学習展開へと発展させ,それを構築した。労働力人口の減少が続く中で,社会経済の 水準を維持するためには,生産性の向上が必須条件となることは自明である。
青森県を例にすると,過去10年間で約9 %の労働力人口が失われ,農林漁業を含め 産業の衰退が懸念されている。大都市圏への人口の流出,県外資本や海外製品の流入と いった外的要因による影響は大きいものの,すべての産業の基幹となりうる第一次産業 の分野ではすぐれた産業特化係数を保持し,複雑性が増しながらも,高次産業化の流れ の中で成長を見込める分野は多い。このような地域の持続可能な開発・発展のために,
域内の新規学校卒業者に求められる知識,技能,能力は,前述のコンピテンシーを主体 としたものになることは,本稿で描写された社会的背景と同期するであろう。
社会的文脈と教科横断性 - メディアの利用
学習展開はステートメントに記載された,社会的,科学的文脈を含む「21世紀の課 題」の認識から始まる。グローバル課題のローカル化,つまり,昨今の国際社会,環境,
エネルギー,食料等に関わる動向,情勢が,一般市民の社会生活に直接的にも間接的に も影響をもたらす状況において,コミュニティの中だけでは解決が困難であることを意 識付ける。すなわち,ここでいう科学は,学校教育の理科という「自然科学の探求」と しての学問で学習が完結するのではなく,むしろ,それぞれのトピックが社会的な文脈 の中で,その役割を果たしていることも,同時に捉えられるような展開が望ましい。現 代の生徒が特に馴染みのある情報端末は,メディアを通じた,知識の獲得や多様性の認 識,良否判断といった観点から,意図的に学習内にその利用を取り込むこととした。
また,分断されがちな知識や教科ごとのトピックを有機的に連結するため,生徒の ナレッジウェブを構築することの必要性を示唆した。理科,社会,技術,家政で学習す るトピックには連携を組みやすいものが多い。例えば,バーチャルウォーター(仮想水)
や遺伝子組み換え食物というトピックを学習するのであれば,理科の視点からは,気象
(気温,湿度,降雨,水サイクル),動植物の生育と環境要因等に関連付けられる。社会 の視点では,乾燥地帯での食物生産と日本の食料需給,貿易,輸出国の経済情勢,食物 価格等,また技術や家政では,水の浄化システム,飲料水の純度,硬度,食料生産のた
めの灌がい等,多岐にわたり関連付けることが可能となる。現在は教科ごとに異なる教 員が別々のカリキュラムのもと教えているため,他の教科との連携がとられず,生徒が 学習する時期もまた同期しないことが文理融合といった横断的な取り組みが進まない原 因であると思われる。これを解決に導くために提案された学習展開は,科学領域に限ら ない多様な興味を持つ生徒を引き付けるために有効であり,「現代社会と理科は密接な繋 がりがあるのだと知った」という生徒の感想からも,学習の動機付けにつながることを 確認することができたといえる。
学習展開においては,開発教育等で用いられているファシリテーションとアイデア の視覚化を用いることで,グループ内での知識創造が活性化するよう試みた。メディア から得られた知識,情報をグループ内でカードに書き出し,意見を出し合いながら,視 覚化し,課題から生じる現象,もたらされる影響や結果,社会がとるべき行動といった 順序で系統的に分析していく。その後,実験課題が与えられ,生徒は,実験手順(シナ リオ)の構築に取り掛かる。すなわち,生徒が単なる知識,情報の受容者ではなく,能 動的な生産者としての役割を果たす環境を設定し,改善に結びつけることで,付加価値 の創生につながったと考えられる。
従来から,学校における実験では,1限という限られた時間内で効率的に作業を終え るように,実験手順はあらかじめ教員によって作成され,記載された通りに実験を進め ることが一般化されている。これに加え,仮説や予想を実験に取り入れることもなされ てきているが,アプローチとしては,やはり生徒主体,能動的というよりも,むしろ,
設定された軌道上を生徒が「横並び」を基本に実験が進められ,教員によって「コント ロール」されているように捉えることができる。
日本の学校では,未だ40人学級が常態化している中,PISAやTIMSSでの高いス コアを維持している背景には,教員の教授力,学級マネージメント力,知識力等すべて 備わっているからこそ成し得ていることは,間違いない。しかしながら,中等教育の段 階から,そこから輩出される人材が,はたして産業界のニーズを満たしているかという,
次の次元にまで洞察力を高めていくためには,上記学習展開にあるような,自己決定を 取り入れた新たな提案が求められる。
外部支援による実地検証教科横断型の学習展開社会的背景の調査教育リソースの投入と活用議論と提言
若者の雇用,産業界のニーズへの教育的配慮
統計から明らかなように,高等学校から大学まで一貫して,新規卒業者の離職率は 全国的に例年3割前後という高い比率を維持している。また,青森県においては,毎年,
高等学校卒業の新規就職者全体の約半数にあたる人材が,他県での就職に進路を見い出 している。学校の維持管理,教材,教具関連費用,教員給与,行政事務費用等は,地方 税,地方交付税交付金等を含む県の予算から配分され,教育向けに投資がなされている ことを考慮すれば,人材の早期離職や県外流出に伴う損失は計りしれない。したがって,
教育と地域産業が一体になって,両者の連携を図り,カリキュラムを構築していくこと を視野に入れていかなければならなく,そのためにも,現行の教科ごとのカリキュラム 編成や教員養成課程を見直しすることや,県や広域連携自治体単位で責任を持ち実施で きる体制を組めることが望ましいといえる。
特に,産業界(製造,非製造業ともに)の多くが今後取り組むべきこととして挙げ ている,新規需要の掘り起こしや,既存事業の高付加価値化といった,やや漠然とした 大きな課題に挑戦することが,次世代の産業を担う生徒には求められ,そのために有用 となるキーコンピテンシーを養う教育への転換が急務である。科学技術コミュニケーシ ョン推進事業において実施されたコンピテンシーチェック(事前アンケート)において は,自身の考えを他人に伝達し説得させること(1. persuasion)や,聞く人に分かりや すいように質問する(2. clarification)といった,受益者間,グループ間でのアイデアの 共有や創造に欠かせないコミュニケーションスキルの向上を図る必要があることが分か った。また,学校の実験では,自己決定を伴う手順の構築といった,創造的活動の少な さからか,新しい独創的なアイデアを提案(3. creativity)することに難を示す生徒が多 かった。
提案された学習展開は,生徒が持つと思われた上記 3 つのスキル獲得につながる要 素を取り入れ,それを実行した。それとともに,情報端末やデジタルセンサの利用とい った先進的な教材の活用も含めたパッケージとしての提案を行い,有用性や効果等につ いて,教育現場の教員から賛同する声を多く受けた。事実,生徒や教員の感想から,学 びや実験を行うことに対する動機付け,現象観察力の向上につながることも確認された。
特にハード面の理由から,現状のカリキュラムに取り込むことの難しさを指摘する意見 が挙げられたものの,今後,行政や地域の中核となる大学が先導する形で,学校教育と