第 4 章 関節可動域の測定
6. 考察
6.2 測定点設定の問題点
6.2.1 視診による測定点の設定
測定点とその周りの性状との関係を明確にしておく必要がある.その重要性をHellebrandtらは,
皮膚からの感受性に注目して,「測定器の信頼性についての評価は,個々の関節から受ける異な る感受性に因る.」と述べた(Hellebrandt et al.,1949).
測定点と解剖学的形状の個人的差異について分類する.
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
①測定点の解剖学的相対位置に個人差がある場合
測定点間の相対位置が通常とはかなり異なる場合で,これには猫背・前かがみ姿勢や反り 姿勢等が考えられる.これらの姿勢は,本測定で行った「頭頂」,「第7頸椎棘突起」,「外耳 道」に関するROM角度に影響を与える.Strimpakosは,頸部姿勢が極端に異なる場合の頸 部ROMを報告した(Strimpakos,2011).
②測定点が設定される筋肉部の形状に個人差がある場合
例えば,本測定で使用した測定点の「耳輪」が,標準的な大きさに比べてかなり大きい場合 である.また,頸部の屈曲・伸展測定の別法として,「あご」と「胸部」の空中直線距離を測 定する方法もあるが,「あご」の大きさや形状に個人差があると,ROMを角度の代わりに距 離で評価する測定の妥当性に疑問が出てしまう.
③髪や髪型に個人差がある場合
そのような場合には,本測定で行った頸部の前後屈・左右屈において,規定点の「頭頂」よ り代替点の「耳輪」や「外耳道」のほうが有効である.また被験者は測定時に帽子をかぶる必 要が無くなるという利点もある.
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
これらの一般的な解剖学的特徴をもつ場合においては,どこに測定点を設定するかの判断が重 要になってくる.それには,より多くの解剖学的特徴の種類とその ROMデータを必要とする.
しかしながら,同一被験者のリハビリテーション効果(=訓練の前後効果)を知る目的だけであれ ば,規定測定点に縛られること無く,視覚測定点を使ってROM の具体的な目印として活用する ことができると考える.
視覚測定点の工業規格への応用を述べる.静的作業姿勢を人間工学的に評価する項目の一つに,
体幹や首の回転・傾斜の角度を測定する場合がある(ISO 11226:2000),そこでは,必ずしも解剖 学的測定点を必要としないため,基準点として視覚測定点を使うことが効果的だと考えられる.
ワークステーションの設計(ISO 14738:2002)においては,視野の測定や頭部の可動範囲の測定に,
ーザ角度計のレーザスポットを視覚目標物として,目で追うことができるため,作業者の視線位 置が測定者によって観測できる.このように測定と測定支援が一緒にできるのは,便利である.
視覚測定点の活用の場面はまだまだ有ると思われる.
注:一般に規格類は,数値で様々な条件を規定するが,測定の技術やノウハウは提供し ない.
ROM測定における視覚評価について述べる.視覚評価(Visual estimation)は,ROMを肉眼で判 断する方法だが,これには否定的な見方が多い.しかし,根強い支持や関心も高い.Lea らは,
「2本アーム角度計の使用では,回転の中心・四肢の長軸・真の垂直・水平位置は,視覚的にのみ 評価される.」と主張した(Lea et al.,1995).Brutonらは,中手指節関節を視覚評価と器具を用い た角度測定の測定者間信頼性を報告した(Bruton et al.,1999).Williamsらは,「高い技能をもつ 療法士に対しては,視覚評価はより有効な技術になる,一方,器具を用いた角度測定は冗長にな る.」と述べた(Williams et al.,1990).
6.2.2 設定測定点と設定測定軸の移動
視診による測定点の設定について,角度の形成という観点から述べる.可動範囲の角度は,1 本の測定軸が始点から終点へ移動する際に形成される角度(動的角度と呼ぶ)と,静止した2本の 測定軸によって形成される角度(静的角度と呼ぶ)に分けられる.この分類によれば,骨格モデル とマネキンは静的角度,生体は動的角度を測定したことになる.動的角度の長所は部位可動時の 軌跡が認識できること,短所は移動領域全体が変動するため再現性が低いことである.静的角度 の長所は測定の再現性が高いこと,短所は角度の静止保持が必要であることである.
動的角度の非接触測定における問題点は,それが測定点の探知に影響を与えることにある.そ の場面を列挙すると,次のようになる.
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
①始点時の中心点が,部位の可動中に動き,終点時には異なった位置になる場合
例えば,「肩関節の屈曲」の場合である.これは肩甲骨が挙上して,中心点が上方に移動す る.AROM測定中に測定点が移動する場合を,レーザ角度計で測定するためには,3点測 定法を用いることである.その理由は,AROM運動は中心が動きやすいため,2点測定法 のように中心が明確で固定されていることが必須である方法より,測定しやすいからであ る.
注:PROM運動は測定者が部位を把持することによって,必要以上の動きを抑制してい るから動きにくい.
②測定軸が描く軌跡面が,部位ごとに異なり,完全な水平面・垂直面にならない場合
例えば,仰臥位での「股関節の回旋や内転」の場合である.測定軸の位置について,
Hellebrandt らは,「動作を行っている軸の位置は,回転移動における問題の核心である.軸
の始点と終点位置は必ずしも理想的ではないため,患者と測定器の位置決めは,信頼性の 研究に関わって発展する角度測定技術の中で,抜きん出た重要性があると確信される.」
と指摘した(Hellebrandt et al.,1949).Robsonは,角度計アームを部位の軸に当てるときの 変位誤差について,三角関数の数式を使って解析し,「股関節の屈曲」では可動アーム型の 角度計より,アームを必要としない重り付き角度計の方が優れていると示唆した(Robson, 1966).
③始点時の測定点が,可動後の終点時には見えなくなる場合
6.1.5節で既述したように,仰臥位での「股関節の外転や内転」を被験者の下方から観察して
いるときに,腓骨外果や脛骨内果が足底に隠れてしまう場合である.
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
レーザ角度計を用いた場合の①と②の対策は,始点時と終点時の3次元距離差を奥行き測定法 によって求め,データ補正を行うこと.③の対策は6.1.5節で既述した.