6.3 第3段階:これまでと 3.11 をふまえた展開個店からの情報発信と地域の
6.3.3 第3段階の進め方と役割分担、体制について
プロジェクトのための会議は、引き続き役員会議の場を活用して開催した。
メンバーは、オズ通り商店街から柳沢理事長、安生副理事長、中野副理事長、
斎藤副理事長、中小企業診断士為崎氏、慶應義塾大学商学部牛島教授、株式会 社キーライフ大川氏、慶應義塾大学メディアデザイン研究科鈴木である。
常時ではないが、慶應義塾大学商学部総合教育セミナー「地域との対話」受 講生が、企画案を持って適宜参加するようになった。プロジェクトのプランや 会議の内容により、地元町内会や消防団なども参加している。
6.3.3.2 第3段階の役割分担について
2011(平成 23)年度からは、会議の進行は為崎氏が行っている。慶應義塾 大学の鈴木はいろいろ企画案を出しながらも必ずしも中心になって全てを実施 することにはならなかった。
商店街ツイッターの開設に際しては、柳沢理事長が中心となり、中野副理事 長とともに運営をしている。個店の参加促進も理事長自ら行った。
◎ オ ズ 通 り 商 店 街 【 全 体 統 括 、 企 画 、 調 整 】 柳 沢 正 高 理 事 長 ( 1 ) 会 議 出 席
安 生 誠 彦 副 理 事 長 ( 2 ) 商 店 街 内 連 絡 調 整
中 野 勝 久 副 理 事 長 ( 3 ) 広 報 ( オ ズ フ ァ ミ リ ー ク ラ ブ 、 マ ス コ ミ 対 応 ) 斎 藤 副 理 事 長 ( 4 ) 事 業 経 費 負 担 ( 印 刷 製 本 費 、 謝 礼 等 )
( 5 ) 取 材 撮 影 協 力 ・ 調 整
( 6 ) 事 業 実 施 ( 防 災 訓 練 、 店 頭 ラ ジ オ 設 置 等 ) 慶 應 義 塾 大 学 大 学 院
メ デ ィ ア デ ザ イ ン 研 究 科
【 研 究 】
( 1 ) 会 議 出 席
表6.9:第3段階プロジェクト(ツイッターと「安全・安心」プロジェクト)
参加メンバーとそれぞれの役割
鈴 木 健 大 ( 2 ) 事 業 企 画
( 3 ) オ ズ 記 者 ク ラ ブ と り ま と め 、 レ イ ア ウ ト 編 集
( 4 ) デ ジ タ ル メ デ ィ ア の 利 活 用 の 企 画 ・ 実 施
◯ 中 小 企 業 診 断 士 為 崎 緑
【 助 成 金 申 請 手 続 】
( 1 ) 会 議 出 席 ( 企 画 、 ア ド バ イ ス 等 )
( 2 ) 助 成 金 申 請 手 続
【 商 店 街 サ ポ ー ト ・ 研 究 】 慶 應 義 塾 大 学 商 学 部
牛 島 利 明 教 授 ( 1 ) 会 議 出 席 ( 企 画 、 ア ド バ イ ス 等 )
( 2 ) 放 映 ・ イ ベ ン ト 時 の 運 営 協 力
( 3 ) 「 地 域 と の 対 話 」 に よ る 事 業 参 加 株 式 会 社 キ ー ラ イ フ
大 川 雄 司
【 サ イ ネ ー ジ 設 置 】
( 1 ) 会 議 出 席 ( 企 画 、 ア ド バ イ ス 等 )
( 2 ) フ リ ー ペ ー パ ー 制 作
( 3 ) サ イ ネ ー ジ コ ン テ ン ツ ア ッ プ ロ ー ド
( 4 ) ホ ー ム ペ ー ジ 更 新
△ 慶 應 義 塾 大 学 商 学 部
「 地 域 と の 対 話 」 受 講 生
【 大 学 授 業 】
( 1 ) 事 業 企 画 ・ 実 施 オ ズ 記 者 ク ラ ブ ( 6 人 )
※ 公 募 ボ ラ ン テ ィ ア
【 コ ン テ ン ツ 制 作 】
( 1 ) デ ジ タ ル サ イ ネ ー ジ 動 画 コ ン テ ン ツ 制 作 の た め の 取 材
( 2 ) フ リ ー ペ ー パ ー 制 作 の た め の 取 材 、 編 集
図6.23:第3段階プロジェクト参加メンバー役割分担図
◎ : プ ロ ジ ェ ク ト の 中 心 ◯ : プ ロ ジ ェ ク ト 会 議 の と り ま と め △ プ ロ ジ ェ ク ト 会 議 に 適 宜 出 席 ※ : 分 科 会 の み
6.3.3.3 情報発信の「自立」及び「安全・安心」の取組を実施する理由及び経 緯について
「安全・安心」の取組を行うこととなった理由は次の通りである。
一つは、震災時において、地域における情報ネットワークを持つことの有効 性や重要性を東日本大震災で実感したことにある。震災当日の状況を振り返り、
また「オズ記者クラブ」による地域ママたちからのヒアリングによると、震災 当日、オズ通り商店街エリアは停電となった。テレビが映らず、携帯電話のメ ールも電話も混雑状態となり深夜までつながらなかった。地域に住む人たちは 心配になってマンションの管理人のラジオを聞いたり、商店街に出て情報を求 めたりしたと言う。当時、川崎市職員だった私のもとへは、ツイッター経由で 数件、元住吉近隣の避難所について尋ねる問い合わせが届いた。テレビや You tube、ラジオ等マスメディアによる情報だけでなく、自分たちの住む町の状況 や避難場所についての情報が必要とされていたといえるだろう。さらに、震災 後数日はいわゆる買い占めが起こり、食料品やティシュなど生活用品の品不足 がしばらく続いた。そんな折、オズ通り商店街のある店舗では、商店街メルマ ガ(オズファミリークラブ)で乾電池の入荷状況について発信を始めたのであ る。売り方等課題はあるが、誰もが欲していた情報ではなかっただろうか。こ のことから、地域の状況について、オズ通り商店街がこれまで導入を進めてい た、メルマガ、ツイッター、デジタルサイネージ、ホームページ、フリーペー パー等によるクロスメディアの展開は、有事の際に地域の情報インフラとして 活用できるのではないかと考えたのである。
二つ目は、有事の際に地域の商店街だからこそ地域に貢献できることが多く あることがわかったことである。震災当日、喫茶店「いーはとーぶ」では電車 が不通となり帰宅困難となった人々を深夜まで預かった。ある工務店では炊き 出しをして道を行く帰宅困難者に配ったという。停電の中、総菜屋は店頭で夕 飯を作ることができない家庭向けに販売を続けた。葬儀屋はろうそくを個店に 配って回った。これに反して、全国チェーン展開する、コンビニ、居酒屋、コ ーヒーショップ、ドラッグストアなどはすぐに閉店してしまった。地元に根ざ した個店だからこそできた対応だったのだろう。震災の記憶が強く刻まれた今 だからこそ、商店街における有事の際や有事に備えての取組を強化して、「安 全・安心」面で地域に貢献し訴えることで、地域と地域の商店街の結びつきが 強まるのではないかと考えたのである。
つまり、商店街には「人」「物」「情報」という「安全・安心」の資源がある のではないかと考えたのである。