第 5 章 自発
5.2 各ジャンルにおける自発表現の集計結果およびその分析
5.2.1 新聞記事
『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(BCCWJ)から抽出した「新聞記事」における 両形式の自発表現についての統計データは、表5-2のとおりである(括弧( )、[ ]の中は 用例数で、その外はパーセンテージ。「小計」に示されているパーセンテージは自発形式 ごとの総用例数に対するもので、また「合計」に示されているそれは二形式を合算した総 用例数に対するものである。以下同)。
表5-2 「新聞記事」における二種類の自発表現形式の統計データ
表5-2の(ラ)レル形式のデータをみると、いずれの項目も明らかに偏りを呈している ことが分かる。「接続節」「三人称」「過去テンス」「否定形」に対して、「主節」「一 人称」「非過去テンス」「肯定」のほうが優位に立っている。これは従来指摘されている 自発の特徴と一致した結果である。既述したように、自発の研究で出される例文は、大体 自発表現が主文末に来るものが多い。「新聞記事」の実例も、確かに主文末をとるものが 大多数を占めている。が、接続節に現れるもの(例(144))も一定の量で出現し、その うち連体修飾節となっているもの(例(145))もある。
(144)国内向けが自動車生産増で伸びるほか、生産集約、人員削減などの効果が 見込まれて、経常利益で三.五倍増益の見通し。(産経新聞、2002/6/7)
(145)国民の健康増進に明らかに寄与すると思われる健康診断やワクチン接種は 保険から給付されない。その一方、治療とは関連の薄い病院給食などが保険財 政から支出されている。(読売新聞、2001/6/8)
そしてテンスや人称の面でも既述の主流傾向に合致しており、非過去テンスと一人称動 作主の文がほとんどである。唯一の三人称自発文(例(146)、①~④の番号は筆者によ
97
る)を分析してみると、これがすこし特殊な例であることが分かる。文脈から、判断を述 べる文②だけでなく、その理由を説明する文③④も西岡清院長の言葉の引用であると判断 できる。前文との重複を避けるために、引用であることを表明する「と西岡清院長はいう」
をくりかえし明示しないようにしたと捉えられる。つまり本当は西岡院長が一人称で述べ た文が、引用表現の省略によって、外見上は三人称にみえてきたというわけである。
(146)①これまでは、検査から診断・治療・回復まで、ずっと入院したままの例 も珍しくなかった。②しかし、今回の制度は「入院文化の変革」と東京医科歯 科大病院の西岡清院長はいう。③検査が終われば退院。④治療方針が決まった ら再入院し、治療が終わればまたすぐ退院、となることが想定されるからだ。
(朝日新聞、2003/3/13)
「新聞記事」における自発表現に、どういった動作主マーカーが共起しているかという と、表5-3のとおりである(数字は用例数、以下同)。両形式をあわせてみても、動作主 がマーカーを伴って文に現れているのは1例しかない。「主体の意志に関係なく自然に出 来事が発生する」という意味を表す自発表現において、動作主は単なる出来事の発生の場 としての役割しか果たしていないため、必要度が低く、このようにほとんど明示されない のもごく当たり前のことであろう。
表5-3 「新聞記事」における動作主マーカーと各種構文の出現状況
自発形式
統計項目 (ラ)レル 可能動詞
動作主マーカー 無 28 無 5
Xニハ 1
構文 Yガ(モ) V-(r)areru 15 Yト V-eru 5
Yト V-(r)areru 13 Yヨウニ V-eru 2
表5-3に示されているもう一つの項目「構文」の内訳を見てみよう。「X〔動作主〕ニ
(ハ) Y〔対象〕ガ V〔動詞〕(rar)eru」は典型的な自発構文とされているが、ここの
数字から、「Y〔対象〕ト V〔動詞〕(rar)eru」構文もたくさん使われていることが分か る。これは、自発表現に使用されている動詞に関わっていると考えられる。
(ラ)レル形式の自発に用いられている動詞は、使用頻度上位のものとして「思ウ」(9
98
例)、「予想スル」(7例)、「期待スル」(5例)が挙げられる。この3つの動詞の自 発構文がそれぞれ異なった様相を呈しているのも、興味あるものである。「思ウ」がすべ
て「Yト V-(r)areru」構文をとっており、「予想スル」は逆にほとんど「Yガ(モ)
V-(r)areru」構文をとっている(6例)。「期待スル」は中間的であり、「Yガ(モ) V-(r)areru」
構文と「Yト V-(r)areru」構文はそれぞれ3例と2例ある。動詞によって、構文上偏り をもっていると捉えられる。「思ウ」「期待スル」のような引用節を受けて判断や予測の 内容を表す動詞の多用は、「Yト V-(r)areru」構文の高出現率をもたらした一方、判断 型自発の頻用にもつながっている。
堀川(1992:180)の言う「判断型」の自発は、「「判断する」「予想する」など判断を 表わす動詞において、ある事態に対する判断が可能になることを表わす」自発表現のこと を指し、ほかに「想像スル・推定スル・見込ム・見ル・考エル・思ウ」などの動詞も挙げ られている。堀川は「可能形と置き換えられる」と「テイルをつけることが可能である」
86という二つの理由により、判断型自発は可能と受身の両方につながっていると述べてい る。前掲の(144)における「見コマレテ」に受身の意味が若干読みとれるのは、判断型 自発のこうした性質からきたものであろう。
一方、同じ判断型自発である(147)に、あまり受身の意味は出てこない。これは、使 われる動詞の性質に影響されていると推察できる。
(147)タイガースの長期にわたる低迷が、こういった数の少なさにつながってい ると思われるのだが、今年のタイガースは、ご存知のとおり、去年とはまるっ きり違う。社会現象といわれるほどの快進撃である。(産経新聞、2002/5/8)
内田(2002:35)は「思考動詞「考える」が、動作を始めるときに行動の意志を必ず必 要とするのに対し(動作開始時の自己制御可能)、「思う」は動作を始めるときに行動の 意志を必要としない」という両動詞の性質の違いを指摘している。また富阪(1999:137)
は、「考エル」と「思ウ」の違いは「筋道を立てて」の思考であるか否かにあり、「考エ ル」のほうが「より知的レベルが進ん」でいると述べている。「見込ム」や「推定スル」
「予想スル」なども「考エル」と同様、主体の意志と知性を必要とする動詞であり、「思 ウ」と性質が異なっているといえる。
86 ただし「判断型にテイルをつけた形は自発ではなく受身である」(堀川1992:181)。
99
堀川(1992:181)は、判断型は「一人称」ではなく「不特定多数」の人々の感情になる 場合があるのと、「ヒトリデニ」ではなく何らかの判断のもととなる外的情報を必要とす る」との二点から、それを一括して自発のプロトタイプ87から最もずれていると位置付け ている。しかし上述の(144)と(147)のニュアンスの違いから、この判断型の内部にも 段階性があり、動作を始める時点で主体の行動意志や知性を必要とする動詞ほど、自発の プロトタイプから離れてしまうと指摘することはできよう。もう一歩進んで言えば、もと もと自発に向かない判断動詞88に自発形が使われているのは、自発のもつ「自然とそうな る」という必然性の意味合いを利用して、「自然にそういう結論になる」(庵ほか2000:124)、
「これは必然的な判断である」というニュアンスを帯びさせ、判断の客観性を高めるとい う書き手の意図の結果であると言ってよかろう。
表5-2における「自発の型」および「根拠提示の仕方」のデータを考察する。(ラ)レ ル形式が全部で28例あるうち、26例も判断型となっている。そして判断型のうち、19例 も根拠提示を伴うもの(タイプⅠa、Ⅰb、Ⅱ)であり、根拠不提示の用例(タイプⅢ)は 7例しかなく、全体的に根拠提示率はかなり高い。そして、根拠不提示の用例を確認して みると、(147)のように理屈が簡単で自明的な場合、(148)のように専門度が高く詳し い計算過程を示す必要性の薄い場合、それに(149)のように場面性が強くその場の状況 が判断の手掛かりとなっているので説明のしようもない場合などであり、それぞれ根拠を 不提示にする合理性がうかがえる。
(148)イスラエル在留ルーマニア人6万〜7万人のうち、不法労働者は2万〜2 万五千人と推計される。(毎日新聞、2002/7/23)
(149)四回1死からフェルナンデス、カブレラに連打を許して一、三塁。続く和 田は遊ゴロに打ち取って併殺かと思われたが、沖原が後逸。(毎日新聞、
2005/8/27)
一方、根拠提示の用例でも、根拠明示のタイプⅠa、Ⅰbより、根拠示唆のタイプⅡのほ
87 堀川(1992:181, 182)は「一人称者の感情がひとりでに生ずること」を自発のプロトタイプと している。
88 内田(2002:35)は「自発になる動詞は、その意味内容として、動作を始める時点で主体の行動 意志がないものでなければならない」と主張するが、この基準に従うと、ほとんどの判断動詞は 自発になれなくなる。本論文はそこまで極端に捉えることはしない。
100
うがはるかに多い。(150)のように文脈から根拠が読みとれたり、(151)のようにテ形
「~て」で理由が表明されたり、(152)のように連体修飾節の内容が根拠となったり、
根拠示唆には豊富な手段が使われている。新聞記事は客観性が求められるといっても、学 術論文のように「…コトカラ」「シタガッテ」など根拠や判断を強調する接続節や接続詞 を用いて論理性を高める89のではなく、ほかのさまざまな形で根拠を示唆する程度にとど めるほうが好まれているようである。
(150)パキスタンのムシャラフ大統領は二日、就任後初めてアフガニスタンの首 都カブールを訪れ、暫定行政機構のカルザイ議長と会談した。 会談終了後の 記者会見で、ムシャラフ大統領はテロ組織壊滅などの課題についてアフガニス タンを全面的に支援すると表明した。会談は二月のカルザイ議長のパキスタン 訪問に続くもので、両国関係の転機になるものと期待される。(産経新聞、
2002/4/3)
(151)第二に、今後、国際的な支援に助けられて、道路や建物の復旧作業が急ピ ッチで進むと思われるが、これはGDPを押し上げる方向に働く。(毎日新聞、
2005/1/7)
(152)実際には、身体的なリスクの高い卵子提供よりも、余剰胚提供の方が多い ことが予想され、新たな受精卵を作る必要性が薄く、不必要に不妊治療の範囲 を拡大する恐れもあることから、禁止を決めた。(読売新聞、2001/12/22)
上に述べてきた傾向は、可能動詞形式のほうでもほぼ同様であるが、「肯定・否定」の 面からみると、違いは出ている。(ラ)レル形式はすべて肯定形となっているのに対し、
可能動詞形式は否定形も現れている。なお、可能動詞形自発の否定表現は、すべて「思エ ル」に集中しているのも注目に値する。前述したように、自発表現が否定形をとることも あるとの指摘があり、いずれも「思ウ」という動詞の例を挙げている。今回の資料に、「~
ト思ワレナイ」の用例は出現していないが、「~ト思エナイ」の用例は少ないながら現れ ており、前述の指摘の妥当性を立証していると言えよう。「思エル」については、5.2.4 節でさらに詳しく検討する。
89 佐藤・仁科(1997:66)における表3から、工学系学術論文において、「ト考エラレル」を用い て判断を表す場合、根拠明示のタイプⅠの用例数が根拠示唆のタイプⅡの二倍以上となっている ことが分かる。