第 4 章 可能
4.3 各ジャンルにおける可能表現の集計結果およびその分析
4.3.1 新聞記事
『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(BCCWJ)から抽出した「新聞記事」における 4形式の可能表現についての統計データは、表4-5のとおりである(括弧( )、[ ]の中は 用例数で、その外はパーセンテージ。「小計」に示されているパーセンテージは可能形式 ごとの総用例数に対するものであり、また「合計」に示されているそれは4形式を合算し た総用例数に対するものである。以下同)。
61
表4-5 「新聞記事」における四種類の可能表現形式の「可能の意味」による統計データ
まずこの表の構成について説明しておく。横の構成として、まずは四つの表現形式の統 計データおよびその小計をそれぞれ示し、最後に四形式の合計を示す。そして縦の構成は、
Ⅰ「潜在可能・実現可能」、Ⅱ「非過去・過去」、Ⅲ「肯定・否定」という三つのグルー プからなっている。Ⅰは各表現形式をまず潜在可能か実現可能かに大別したうえで、テン スの面、そして肯定・否定の面からさらに下位分類したデータを示している。これは、表 4-1と表4-2からみられる潜在・実現可能とテンスや肯定・否定の間の相関性を考慮した 結果である。また、他の統計項目との関わりを排除し、それ自体の状況を把握するために、
ⅡとⅢでは単独にテンスや肯定・否定の面から集計したデータを示している。
次に分析に入る。表4-5の(ラ)レル形式のデータをみると、いくつか大きな傾向が見 て取れる。潜在可能vs.実現可能、非過去vs.過去、肯定vs.否定の3つのグループにおい て、いずれも片方が完全たる優位に立っている。潜在可能は約8割と高い比率を占めてお り、非過去も肯定もそれぞれ9割、7割以上と割合が非常に高い。
潜在可能が多いのは、まず実現可能自体の性質が関係していると考えられる。4.1.1節 で定義しているように、実現可能は普通動作主の意図や期待のもとで行われた動作や行為 を表すため、自然と動作主の意図や期待といった主観的なものが前面に出てしまう。この 性質は新聞記事の客観性に向かず、用例数の少なさにつながっていると思われる。このほ か、「見ラレル」「考エラレル」などの多用も大きく影響している。動詞の出現頻度でい
62
うと、「見ル」が23回で最も高く、それに次いで「考エル」も6回現れ、あわせて全用
例の38%(29/77)も占めている。これらの可能文がすべて潜在可能・非過去テンス・肯
定形であり、この3つのグループにおける顕著な偏りをもたらす一因となっていると考え られる。
また、肯定表現が否定表現を大いに上回っているのも、「見ラレル」「考エラレル」な どの肯定表現の多用のほかにも、新しい科学研究(例(78))や技術(例(79))、サー ビス(例(80))の出現によって、これまでできなかったことができるようになったこと を示す社会報道が肯定の可能表現を多く使っていることに、その一因があると考えられる
(可能動詞(例(81))とデキル形式(例(82))も一例ずつ挙げておく)。
(78)人類の最高齢記録は百二十二歳だが、「遺伝子操作で百五十歳まで生きられ る」など、一線の研究者が最先端の研究をわかりやすく語っている。(読売新 聞、2001/5/20)
(79)PLCが実用化されれば(中略)電力自由化に伴い料金引き下げなど競争が 激化している電力会社にとっても、既存の電灯線を利用でき、新規投資なく通 信事業を進められる。(毎日新聞、2005/1/7)
(80)ネットベンチャーの「カカクコム」(本社・東京)は二十三日から通話区分 別の料金比較をネット上で開始。市内、県内市外、県外、国際の通話4区分ご とに、同社が調べた「最も安い電話会社と料金を無料で調べられる」というの が売りだ。(毎日新聞、2001/8/24)
(81)利用する電話会社を選べる「マイライン」は、各社の料金体系が複雑で、ど こが得か分からない、という不満が根強い。#そこで、条件に応じて「お得な 会社を教えましょう」というサービスがインターネット上で盛んになってきた。
(毎日新聞、2001/8/24)
(82)ヤマハは、世界で初めてHDD(ハードディスクドライブ)を搭載したオー ディオCDレコーダーを9月二十五日発売する。音楽CDのデータをHDDに 録音し、自由に曲を選んで編集できる。#編集後、そのデータをCD‐R/R Wに書き込むことができる。#HDDには最大三十時間録音できる。(読売新 聞、2001/8/24)
63
テンスの面では、「非過去」が91%を占めているのに対し、「過去」は9%しか現れて いない。「新聞記事」では、(ラ)レル可能表現は過去のテンスでの使用が少ないことは 一目瞭然であろう。これには、前述した「~ト見ラレル」「考エラレル」の多用、新しい 科学研究や技術などについての社会報道のほか、(83)(84)のように事実について分析 するときに使われる例も多く見られる。それに、過去テンスの可能表現は全て実現可能で あり、非過去テンスの可能表現の9割(64/70)も潜在可能であることから、テンスと潜 在・実現可能との強い相関性を示唆していると言えよう。
(83)東京ビルはこのうち二万二千平方メートルを譲り受け、所有地の容積率(敷地 面積に対する建物の延べ床面積の割合)に上乗せした。容積率が高いほど大規模 なビルが建てられるからだ。(読売新聞、2004/12/22)
(84)彼女がなぜあんなに自由なのか。それは「嫁」でなく実の両親と同居する「娘」
だからです。気兼ねなく生きられる。嫁として生きねばならない現実の女性たち の生活はあんなに自由ではなかった。(毎日新聞、2005/5/20)
表4-6 「新聞記事」における四種類の可能表現形式の「可能の条件」による統計データ
「可能の条件」による統計データである表4-6をみると、(ラ)レル形式においては、
状況可能が多いことが一目で分かろう。さらにその用例に出てくる動詞を調べると、「見 ラレル」文のほとんど(22例、状況可能の39%)、それに「考エラレル」文のすべて(6 例、状況可能の11%)が状況可能となっている。そしてもう一つ注目に値するのは、「見 ラレル」の22文は全て「~ト見ラレル」構文をとっており、しかも2文以外は全部主文 末をとっていることである。
(85)保守票の流動化は全国規模の現象とみられ、秋田の結果は、自民党員にも組
64
織離れが進んでいる兆候ととらえることも可能だ。(毎日新聞、2001/4/16)
(86)給油中に引火した事故と見られるが、元大統領の拘束が発表された後だけに、
「テロか」との見方が広がり、米軍が一帯を封鎖した。(読売新聞、2003/12/15)
(87)政党や政治団体が昨年集めた政治資金の総額は千三百五十億円で、前年より 十三.四%減少した。千百六十七億円だった千九百八十四年以来の低水準。景 気低迷や大型選挙がなかったことが要因とみられる。(読売新聞、2003/9/15)
一方、「考エル」は6文あるが、そのうち5文が「~ガ/モ考エラレル」構文をとって おり、「~ト考エラレル」は1文しかない。
(88)うかつに個人情報を送ると、ある日突然、ネットショッピングによる高額の請 求が舞い込むといったことが考えられる。(毎日新聞、2004/6/9)
(89)この頃は細密描写による洋画に近い表現のものだったと考えられる。(産経新 聞、2003/3/12)
また、可能動詞においては、「言エル」がこれと似たような特徴を持っている。状況可 能が56文あるうち、その3割(17/56)が「言エル」文であり、しかも2文以外はすべて
「~ト言エル」構文をとっている。
(90)海山町の住民投票の結果には直前に発生した中部電力浜岡原子力発電所の配 管破断事故という予想外の事態の影響があったとされるが、再び原子力への信頼 が大きく揺らいだことは間違いない。#今後の原子力開発は自由化問題との絡み からも一段と厳しさを増したと言えよう。(読売新聞、2001/12/28)
(91)一方、民主党は改選数を上回る三十議席を勝敗ラインに置いたが、「与野党逆 転」をうたっていたことを考えると、目標を下方修正したとも言える。(毎日新 聞、2001/7/11)
これらの「見ラレル、考エラレル、言エル」可能文69は、一定の根拠により、その引用 節に述べられている認識や判断を導き出すことができるという意味を表す。そうした「根
69 「~ト見ラレル」「~ト考エラレル」構文については、「第5章 自発」の部分で再び検討する。
65
拠」は勿論のこと、認識主体の外部にあるものであるため、可能の条件の面では、すべて
「状況可能」にあたることになる。なお、これらの「見ラレル、考エラレル、言エル」は 単に一種の認識・判断の可能性を述べており、行為の実現には関係ないため、「潜在可能」
にあてはまる。
その一方で、こうした「~ト見ラレル」文を「推定的判断」を表す文とみなし、それが
「「話し手の証拠に基づく推論」というモダリティ表現」であるとしている研究もある(志
波2013:122)。確かにそのように考えたほうがより適切であろう。これらの文において、
「動作の実現の可能性」というニュアンスが極めて薄れており、もはや「可能」の範疇か らはみ出していると言える。志波(2009:9)はさらにこうした「~ト見ラレル」文は、報 道文テキスト70で多く用いられると指摘している。また小矢野(1980:23)では、「考エル、
感ジル、認メル、見ル」など思考や感覚に関する動詞の(ラ)レル形について、「対象格 が「~と」という引用の形式となって表現される際には」、それが「話手や書手が自分の 判断や感じを断定することを避け、判断や感じの内容を一つの可能性として婉曲的に示す ことによって、判断や感じに対する話手や書手の責任を回避する表現法」であり、「思考 動詞や知覚動詞に特有の用法として位置づけることができる」という意見もある71。妥当 性の高い意見であると思う。
各形式のデータを比べてみれば、上述した傾向は、(ラ)レル形式に限らず、各可能形 式72共通のものと言えよう73。現代日本語において、各活用型の動詞の可能形式がほぼ定着 している74ことを考え合わせると、これも当然の帰結と言ってよかろう。即ち、使用する 動詞が決まれば、その可能形式もほぼ決定されてしまい、あるジャンルにおける各形式の 割合は、主に動詞の選択に左右されており、可能形式自体の性質に大きく影響されている
70 志波(2009:1)は、「報道文テキスト」とは特に「実際に起きた(起きる)出来事を事実として 伝える文体」であると述べている。
71 「~ト言エル」についても、「論説文などの論理的文章で多用され」(山岡2003:26)、判断表 現としては「ト考エラレル」や「ト思ワレル」よりも根拠提示率が高く、客観性が求められる(佐
藤・仁科1997:66)との指摘がある。
72 各ジャンルでウル・エル形式の数は少なすぎるため、統計データは出すが、分析はすべて最後の 部分で触れる程度にとどめることにする。
73 可能動詞で否定形が多いことについては、複合動詞「-切レル」のようなほとんど否定形で使わ れる動詞の存在を除けば、特に目立った原因はない。
74 小木曽(2009)が行った活用型別の可能表現形式調査には、「カ変・上一・下一はラレル、サ 変はデキル、五段活用は可能動詞が、それぞれ、ほぼ80%以上を占めている。現代語においては、
複数の可能表現形式をとりうるとはいっても、一つの標準的形式が圧倒的な位置を占めているこ とがわかる」という報告がある。