第 6 章 敬語
6.2 各ジャンルにおける敬語表現の集計結果およびその分析
6.2.4 テレビニュース
表6-2における「テレビニュース」のデータを見ると、その少なさと偏りにすぐ気づく ことであろう。敬語は3例しかなく、しかもすべて(ラ)レル形式となっている。数が少 なすぎるため、表で示すことは省略するが、「敬語対象」による統計データも偏っており、
3例の(ラ)レル敬語はすべてⅢ人称敬語である。既に述べたように、本論文はテレビニ ュースにおけるアナウンサーの発話のみを考察対象にしており、もっぱら報道文章となっ ているので、データが極端的に偏っているのも当然の結果であろう。視聴者に呼び掛ける ような発話もたまに耳に入るという印象だが、今回の資料には出てきていない。
そしてもう一つ極端的なのは、この3つの用例はいずれも日本の皇族に対して使う、い わゆる皇室敬語である。(228)において、主語は「皇后さま」が2例で、「秋篠宮妃紀 子さま」が1例である。
(228)皇后さまは日本赤十字社の名誉総裁を務めていて、功績のあった13人に章 を贈られました。秋篠宮妃紀子さまも出席されました。レバノンに3カ月派遣 された看護師がシリア難民のための医療機関立ち上げに関わった経験を発表 すると、皇后さまは「たくさんレバノンに入っているんですね」と話し、労を ねぎらわれたということです。(ANNニュース、2015/5/13)
皇室敬語の特徴をより端的に示すため、2016年7月5日~2017年1月23日のニュー ス報道から皇室に関わるものを任意に選び、集計してみた。その結果は表6-6のとおりで ある。「オ/ゴ~ニナル」と「~テイタダク」形式も少し現れてはいるが、(ラ)レル形 式が依然として主流となっている。
表6-6 「テレビニュース」における皇室敬語の補充データ
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皇室に対する敬語使用は、いくつかの段階を経て変化してきた。浅田(2014:309)によ ると、「日本における敬語使用は上代より始まるが、最古の文献である記紀においてはほ とんど神とその子孫である天皇に対してのみ用いられ、神・天皇に対する言葉遣いとして スタートしたことは疑いない」。しかし、戦後の「人間宣言」を境目に、「戦前には「神」
であった天皇は戦後「人間」として生まれ変わ」り、言語上の待遇もそれに応じて根本的 に変化し、特殊の用語を使った絶対敬語(例(229))から一般敬語(例(230))になっ た。
(229)聖上陛下には十日正午前後より多数市民の帝国議会附近に参集せし実況を 始め午後三時過日比谷公園側に於ける群衆の激昂及火災等の起こりし状況を 聞召され深く御軫念相成り近侍に対し種々の御下問を賜ひたるやに拝承す
(1913/2/11、東京朝日新聞、国文学編集部編(1977:134)より、下線は原作 者、日付の表記に変更あり)
(230)天皇陛下は二十九日、満七十五歳の誕生日を迎えられた。最近は、外交国 はじめ海外からの客も多く、公務多忙で、お好きな生物ご研究も、予定をくず されがち。だが、忙しいのを楽しんでおられるようだ、という。侍従の話では、
陛下のご研究の成果と、このあといつごろ次のご本を出されるのかをお聞きし たら……(1976/4/29、朝日新聞、国文学編集部編(1977:135)より、下線は 原作者、日付の表記に変更あり)
1952年に第1期国語審議会によって建議された「これからの敬語」では、「11 皇室 用語」という箇条において、皇室に対する敬語使用について次のように記述している。し かし、浅田(2014:311)の指摘のとおり、「普通のことばの範囲内で最上級の敬語を使う」
という了解と、敬度の低い「(ラ)レル」型敬語の使用を勧めるのとは、明らかに矛盾し ている。
これまで、皇室に関する敬語として、特別にむずかしい漢語が多く使われてきたが、
これからは、普通のことばの範囲内で最上級の敬語を使うということに、昭和22年8 月、当時の宮内当局と報道関係との間に基本的了解が成り立っていた。(中略)これ を今日の報道上の用例について見ても、すでに第6項で述べた「れる・られる」の型
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または「お――になる」「ご――になる」の型をとって、平明・簡素なこれからの敬 語の目標を示している。(「これからの敬語」、下線は筆者)
こうした矛盾がある一方、実際の使用面ではかなり統一した様相を呈している。今回の 資料で集めた例文を見ると、勧められた「オ/ゴ~ニナル」形式は3例しかなく、ほかは すべて(ラ)レル敬語である112。その3例のうち、2例は「ご覧になる」であり、もう1 例は(231)における「お生まれになる」である。ただ、同じ内容を報道したFNNのニ ュース(例(232))では、それが「誕生される」となり、用語上の違いを見せている。
ただ、日本における皇室の地位から考えると、(ラ)レル形式に集中しているのは敬度 の問題ではなく、ニュース報道の中立性、客観性および簡潔さを求める性格によるところ が大きいと考えられる。さらには、現今の皇室自身の要望、つまりはあまり特別扱いされ たくないという考えもあるのではないだろうか。
(231)武道大会は、天皇陛下がお生まれになった1933年に建てられた皇宮警察の 武道場で開かれました。(TBSニュース、2017/1/20)
(232)済寧館は、天皇陛下が誕生された年に建てられ、これまでにも、陛下の還 暦や傘寿などの節目に、天覧の武道大会が開催されています。(FNNニュー ス、2017/1/20)
もう一つの特徴は、「敬語の重複使用を避けようとするための敬語の脱落」(国文学編
集部編1977:135)が多く見られることである。(233)から(235)はいずれも主文末だ
けが敬語を用い、接続節が無敬語となっている。これは「敬語の連続的な使用は、文章を 弛緩させるだけで、敬語は最後で、文末で包み込むように、まとめるのがよい」(国文学
編集部編1977:135)という表現上の考慮からきた現象だと考えられる。
(233)韓国の仏像は日本より100年ほど古く、6世紀に作られたという説明を受 けると、皇后さまは「よく保存されていましたね」と話されていました。(ANN ニュース、2016/7/5)
(234)天皇皇后両陛下は、新年にあたり、皇太子ご夫妻や、秋篠宮ご夫妻といっ
112 表6-6における「直接引用文中のⅡ人称」に対する敬語の5例は皇室敬語ではない。
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た皇族方とともに、皇居・宮殿のベランダに立ち、訪れた人たちに笑顔で手を 振られました。(FNNニュース、2017/1/2)
(235)両陛下は、柔道と剣道、弓道の試合をそれぞれ観戦し、選手たちの熱のこ もった試合ぶりに、にこやかに拍手を送られました。(TBSニュース、2017/1/20)
なお、日本皇室と同等な地位をもつ外国の王族に対する言語上の待遇法も変化を見せて いるようである。奥山(1976:256)によると、かつて「外国の王族に対しても、皇室より やや低い程度の敬語を使」っていた(例(236))が、現在は日本皇室に敬語を用いる一 方、外国王族を無敬語で待遇するようになっている(例(237)(238))。敬語使用の理 論からすれば、ソト領域に属する外国王族に尊敬語を使い、それに対し、ウチ領域に属す る日本皇室に謙譲語を使うはずだが、まったくそれに反する現状である。この問題につい て、滝浦(2005:255)は久野暲の「共感度」概念を援用し、その大小を表す不等式で「ウ チ・ソト」を分け、解釈を求めている。即ち、E(x)が指示対象xに対する話し手の共感 度(Eは「共感(Empathy)」の頭文字)を表す(236頁)とすれば、日本国民が外国の 王族および日本皇室に対する共感度の不等式は、E(日本国民)=E(外国王族)>E(日 本皇室)113となり、それで外国王族をより近い「ウチ」の存在として扱い、日本皇室を「ソ ト」として扱う結果になる。そしてこうした扱いの前提は、「天皇は国家を超越している」
ことにある。納得できる解釈である。
(236)(エリザベス女王の記事)沿道の人びとは、日英両国旗の小旗を振り、歓 声をあげて歓迎した。ご夫妻は、ほほえみを絶やさず、手を振って歓迎におこ たえになった。国立劇場にお着きになったご夫妻は両陛下とともに、中村歌右 衛門ら出演の歌舞伎『本朝廿四孝奥庭狐火の場』など、伝統芸能をご鑑賞にな った。(1975/5/10、朝日新聞、奥山(1976:256)より、下線は筆者、日付の 表記に変更あり)
(237)天皇皇后両陛下は、国賓として来日しているベルギーのフィリップ国王夫 妻に日本の伝統文化に触れてもらうため、一緒に茨城県結城市を訪問されまし た。(ANNニュース、2016/10/13)
113 滝浦(2005:255)が問題にしているのは外国首脳であるが、外国王族の場合も理屈は同じであ る。
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(238)(両陛下の)滞在は1泊程度で、王宮に安置されている前国王のひつぎに 供花・記帳し、王妃や、先月即位した、ワチラロンコン新国王などと面会し、
弔意を示される見通しです。(FNNニュース、2017/1/11)
最後に表6-6における「直接引用文中のⅡ人称」に対する敬語について触れておく。こ の5例はいずれも天皇・皇后陛下の発話からの直接引用で、一般国民に対して使われてい るものである。浅田(2014:315-316)によると、「前近代の天皇は、世話・連絡係の侍従 や女房、その他庶民に対して話すときは無敬語であ」り、「戦前までは天皇が宮内庁の役 人や政府の高官に話すときも無敬語であったと思われる」。ところが戦後「人間天皇」を 演出するために、同じ無敬語でもきつい男性語ではなく、「やわらかく響く「折れるの?」
「あっ、そう」という女性語を使」うようになった。さらに今上天皇の場合、(239)と
(240)に示されているように、一般国民に対しても敬語を用いるようになっている。し かし、天皇という特殊な立場を考えると、これは相手との関係を考慮した結果ではなく、
自身の品位を示すためのいわゆる「自己品位語」(浅田2014:221)とみてよかろう。
(239)両陛下と国王夫妻は、ユネスコの無形文化財に登録されている結城紬(つ むぎ)の地機織りを見て「足はどう操っておられるんですか」「完成までどれ くらいかかるんですか」などと熱心に質問されました。(ANNニュース、
2016/10/13)
(240)両陛下は、選手の健闘に拍手を送り、「大変良い試合を見せていただいて ありがとう」と話されたということです。(FNNニュース、2017/ 1/20)
以上のデータと分析から、「テレビニュース」については次のことが結論として言えよ う。①事実の客観的報道という特殊な「場」の性質に制限され、敬語の使用は非常に少な い。②Ⅱ人称敬語は皆無であり、Ⅲ人称敬語は皇室敬語に限られている。③補充データも 含めて言うと、皇室敬語はほとんど(ラ)レル形式をとっており、「テレビニュース」に おける敬語表現には単一化が起きていると思われる。ただ、これは敬度の問題ではなく、
ニュース報道の中立性、客観性および簡潔さを求める性格によるところが大きいと考えら れる。④皇族の発話からの直接引用で、一般国民に対して使われる「自己品位語」型の敬 語も観察されている。