第 4 章 日本の市民参加の内実
第 4 節 市民立法各論
第1項 「直接請求型」市民立法
高橋(2002,2005)17は、市民立法をさらに 2 つに類型化している。「直接請求型」市民立法 と「協働型」市民立法である(図表14)。
「直接請求型」市民立法とは、条例制定改廃の直接請求(地方自治法第 74 条)によるもの である。そこでは、市民自らが条例案を起草し、有権者の50分の1以上の署名を集めて首 長に提出し、首長が賛成ないし反対の意見を添えて地方議会に提出し、地方議会で可決され てはじめて条例として制定される。
しかし、高橋(2002,2005)は、直接請求制度の問題点について、以下の3点を指摘する。第 1点目は、市民は自らの手で条例案を作成し、市町村では1ヶ月間、都道府県では2ヶ月間 の期間内に有権者の50分の1以上の署名を収集しなければならないという点で、条例制定 を請求する市民にとっての負担が極めて重いということである。
図表 14:地方レベルでの市民立法の類型
条例づくりを発案したのはどちらか
市民が発案 行政が発案
協働の存在 協働型市民立法 行政先行型市民参加 協
働 の 有
無 協働の不在 直接請求型市民立法 行政主導型立法
(出典)高橋(2002)、20頁をもとに筆者作成。
第2点目は、地方自治体の条例の発案権が首長や地方議会に加え、市民にも保障されてい るものの、市民からの発案は首長経由で提案されるという制度矛盾があるということである。
第3点目は、直接請求は、市民運動を行う市民側にとって負担が重い割には成功例が極めて 少ないということである。苦労して署名を集めても地方議会で否決されれば徒労に終る可能 性がある。実際、自治立法研究会(2003)の調査結果によると、条例制定または改廃の直接請 求は、1947年5月の制度発足以後、1999年3月までの約半世紀の間に1,352件もの請求が なされた。しかしながら、総数1,352件(100%)のうち、原案可決されたものはわずか50件(約
3.7%)、修正可決されたものは77件(約5.7%)で、合計127件(約9.4%)に過ぎない。そのほか、
1,062件(約78.6%)が否決されている18。このデータをみてわかるように、地方議会で可決ま
たは修正可決されたものはごく少数であり、極めて高いハードルといわざるをえない。
第2項 「協働型」市民立法
高橋(2002,2005)によると、「協働型」市民立法とは、請願(地方自治法第 124 条)や陳情に よるものであり、さらに、行政ルートと地方議会ルートに分かれる。「協働型」市民立法で は、市民主導により条例案を作成しながら、地方自治体や地方議会との協働で条例案を完成 させ、完成した条例案を直接請求するのではなく、首長提案あるいは議員立法として実現す る手法であるため、立法化への実現可能性は確実に高まる。特に、「協働型」市民立法の地 方議会ルートについて、高橋(2005)は、さらに3つの類型化を行っている。(1)市民の提案に より、市民とそれに賛同した地方議員有志が条例作成作業を行い、議員提案(議員立法)とし て上程されるパターン、(2)条例に盛り込みたい項目や場合によっては条例案を添え、それ を参考にして条例を検討・制定してほしい旨の請願ないし陳情を地方議会に対して行うパタ ーン、(3)インフォーマルではあるが、議長ないし地方議会の各会派に対して市民がつくっ た条例案をもちこんで、それをふまえた条例制定を要請するパターンである19。
高橋(2005)の「直接請求型」市民立法の概念に対して、田口(2004)20は、もともと成立が厳
しい市民提案条例であるが、成功するものも存在すると指摘する。単純な場合は、条例制定・
改廃の直接請求の署名数が議会の解散投票を請求できる有権者の3分の1(同法第76条)を超 えているときである。条例制定請求の賛成者が有権者の3分の1を超えると、条例案を否決 した後、解散請求に移行する可能性が強い。この場合、投票者の過半数の同意で解散となる から、投票率が3分の2を超えなければ、計算上解散は成立する。そこで、地方議員全員の 失職を避けるため、条例制定の直接請求が、地方議会に認容されるのである。もう1つは、
地方議会が多数派の結集軸を欠いて、決定が困難となっているときである。
また、田口(2004)は、「協働型」市民立法についても、請願は、最も簡単に市民が条例案 を提案する法的手段であり、地方議会への請願は議案として議決の対象となるが、その内容 は自由であり、条例案の要綱や案文そのものも請願することができるとする。請願には、紹 介議員が必要であるが、提出者は1人でよく、自然人であれば国籍も問われない。だが、請 願が採択(可決)される率は、決して高くない。請願は市民から提案する制度であるため、そ こには地方議員があえて取り上げない事項も含まれるからである。そこで、請願の採択を目 指して賛成者の署名を多数収集することや多くの会派から紹介を得ようとする働きかけが 行われると指摘する21。
第3項 事例:鎌倉市みんなでごみの散乱のない美しいまちをつくる条例
先述した「協働型」市民立法の行政ルートの事例としては、2001年3月8日に成立した
「鎌倉市みんなでごみの散乱のない美しいまちをつくる条例」があげられる。
高橋(2002,2005)22によると、同条例の成立の経緯としては、1996年2月に「鎌倉市民同窓 会」が「鎌倉市環境美化条例(仮称)の制定について」の陳情書を市議会に提出して、継続審 議となり、その後廃案となった。同年6月に「鎌倉を美しくする会」がシンポジウムを開催 し、10 月に鎌倉市資源再生部が「鎌倉市民同窓会」と「鎌倉を美しくする会」に話し合い を申し出て、11月に合同会議を開催した。行政担当者が市民グループの動向に着目し、「鎌 倉市民同窓会」、「鎌倉を美しくする会」、「COP」(Clean Ocean Persons)の3つの市民グルー プの代表をまじえ、12月18日に小委員会を設置した。1997年1月には、小委員会を「鎌倉 美化ワーキンググループ」と改称し、鎌倉市資源再生部が事務局を担当することとなり、鎌 倉市のまち美化条例制定に向けた様々な調査・研究が行われることとなった。1998年4月 15日には、「鎌倉美化ワーキンググループ」が竹内謙鎌倉市長(当時)に「鎌倉市環境美化条 例(仮称)の制定について」の要望書と「鎌倉市環境美化条例案」(仮称)が提出された。
「鎌倉美化ワーキンググループ」では、条例制定を急がず、条例案をたたき台にして、市 民全体の意見を集約させるために、全市的なキャンペーンを実施できる態勢をつくる見通し を立てた上で条例を制定した方が効果的であると考え、1998年8月に「第1回市民フォー ラム呼びかけ人会議」を開催し、10月には「第1回クリーン鎌倉ひとマス運動」を、1999 年1月には「第2回クリーン鎌倉ひとマス運動」を、それぞれ実施した。同年3月には「キ ープ鎌倉クリーン市民フォーラム実行委員会」を設置し、6月には「キープ鎌倉クリーン市
民フォーラム」を開催した。そして、「鎌倉市民同窓会」、「鎌倉を美しくする会」、「COP」
などの市民活動団体が、呼びかけ人会議を母体にして、市民フォーラムに参加したそのほか の市民活動団体や個人に呼びかけ、1999年7月26日に、「キープ鎌倉クリーン推進会議」(通 称はKKCと呼ばれるため、以下、KKCと称する)を発足した。
以後、KKC として広がりをみせたネットワークにより市民案の検討が再開された。鎌倉 市も担当者をネットワークに派遣して、技術的に支援した。市民案の作成作業は、市民側と 市の担当者の認識に相違があり紆余曲折を経るものの、市の担当者の交替や当時の市長の支 援などもあり完成した。KKC は、完成した市民案を市長に提出し、市は市民案を総合的か つ技術的な観点から検討して、条例として完成させた23。そして、2001年2月27日に首長 提案で条例が提出され、3月8日に成立した。
第 5 節 まとめ
我が国において、政策提案の主体となる市民社会組織の創設をめぐって、地域別に現在 様々な取り組みが行われている24。市民参加の自立支援と市民参加の権利保障の取り組みが 同時併行して行われてこそ「政策の市民化」が可能となる。とりわけ、市の総合計画などの 策定や市政への政策提言の場として、市民をはじめとする利害関係者が参加する事例として、
東京都三鷹市の「みたか市民プラン21会議」、埼玉県志木市の「市民委員会」、長野県上田 市の「上田百勇士委員会」、北海道白老町の「元気まち100人会議」などは有名である。
「良い社会をつくる公共サービスを考える研究会」(2006)は、地域において、近年急速に 市民活動やNPOが増加しているものの、市民活動がさらに発展するためには、市民社会そ のものの強化が必要であるとする。その場合、行政による市民活動の指導・育成は市民社会 の健全育成という観点でふさわしくはないことを認識し、市民自らによる市民活動促進が重 要であると指摘する25。言い換えれば、国家財政と地方財政の双方が逼迫している不安定な 状況のなかで、地域にとって不可欠な重点政策を市民が「選択と集中」し、自ら決定してい くためにも、地方行政・政治への参加の仕組みを創出していくことが必要である。具体的に は、市民ニーズを地域再生の政策形成に生かすために、東京都千代田区などが実施している ような政策提案制度26を創設するなどして、「地域からの提案による政策形成」のシステム27 を根付かせることが重要となる。そのような「政策提案制度」が、高橋(2005)の「協働型」
市民立法の行政ルートの範域に属するわけである。
他方、忘れてはならないのが、二元代表制の下では、地方自治体のみならず、地方議会改 革を進めることにより、地方議会に市民からの政策提案を政策に反映させるよう、「協働型」
市民立法の地方議会ルートを充実させていくことである。「協働型」市民立法の地方議会ル ートの3つのパターンの事例は第5章で取り扱う。我が国の地方自治制度においては、地方 議会が参加と合意形成を重視する民主的に開かれた場となり、地方議会を「民主主義の学校」
として位置付け実践していくことが求められる。
脚注
1 森脇(2008)、9頁。
2 平塚市では、社団法人「平塚青年会議所」が中心となって、大蔵律子平塚市長(2008年9 月現在)のローカル・マニフェストを検証するための意見交換会を開催するなどして、市 民主導でローカル・マニフェストのサイクルを根付かせようと試みている。社団法人平塚 青年会議所(2008)「平塚市長ローカルマニフェストを検証するための意見交換会」におけ る提供資料(開催日:2008年9月27日)。
3 今井(2004)、14-20頁。
4 平松(2005)によれば、それぞれの目的や手続き上の相違こそあるものの、条例制定改廃の 直接請求は、地方自治体の政策に関する市民の意思を実体化した条例案の実現を迫るとい う点で、ほかの直接請求のように抗議の意思の実現という機能に限られているものとは性 質が異なる。平松(2005)、10頁。
5 全国の地方自治体における常設型の住民投票条例の制定状況は、参考資料6。
6 佐藤(2006)、8-9頁。
7 佐藤(1973)、176-177頁。
8 ペイトマン(1977)は、市民参加の機能について、特にジャン・J・ルソーから①専制・官僚 支配からの防衛的機能を取り上げ、さらに②参加それ自体が政治の主たる市民の能力向上 という教育的機能、③統御機能、④統合的機能等、4点について議論している。以下、具 体的に述べると、①は、専制・官僚体制の対抗的装置としての市民参加の有する対権力防 衛機能であり、②は、「決定作成に参加する結果、個人は自分自身の衝動と願望とを区別 するように教育されるとともに、自分が私的市民から公的市民であることを学ぶ」ことで、
市民としての能力向上につながるとしており、③は、「参加および参加と『自己の主人で ある』ということの関係をとおして可能となる法の(非人格的な)支配」を受け入れやすく するということであり、④は、「個々の市民の間に、彼らが彼らの社会に属しているとい う感情を増大させる」ことであるとしている。これらの機能のうちでも、最も重要なこと は、決定作成に参加する経験であるとし、「この経験は個人を社会に結びつけるうえ、社 会を真の共同体に発展させる用具となる」と主張していることである。ペイトマン(1977)、
43-85頁。
9 「私民」を批判しているものとして、佐伯(1997)、175-176頁。
10 ペイトマン(1977)、47-48頁。
11 高橋(2004)、23-44頁。
12 須田(2001)、22頁。
13 須田(2001)、19頁。
14 Arnstein (1969), pp.216-224.
15 アーンスタイン(1969)は、第8段階までの梯子モデルで構成される「参加の梯子」概念で、
参加とは政治的な問題であり、参加は市民の権力であるとした。我が国のように国民主権 が標榜される社会においては、市民の声をいかにして社会の意思決定に反映させることが できるかが重要な課題となるが、その権力を行使するまでには時間がかかり、何段階もの 梯子にならざるをえない。当時のアメリカでは、今日の日本と同様に、現実的には形式的 参加が多く、議論の結果を意思決定につなげることは困難であった。原科(2005)、11-40 頁。
16 「千葉まちづくりサポートセンター」(BORN CENTER)では、千葉県への博物館提言活動 をきっかけに政策研究会を立ち上げているが、定例総会で政策研究会を「ボーンセンター 市民研究所」とすることを決め、政策提案についての姿勢を鮮明にした。「市民参加と NPOの政策提案」『千葉まちづくりサポートセンター(BORN CENTER) 資料室NPO政策
情報(栗原裕治)』http://www.jca.apc.org/born/siryou/npo/2003-06.html(最終閲覧日:2008年5 月2日)。
17 高橋(2002)、24-28頁。高橋・森(2005)、216-222頁。
18 自治立法研究会編(2003)、39-40頁。
19 高橋(2002)、28-30頁。高橋・森(2005)、216-222頁。
20 田口(2004)、25頁。
21 田口(2004)、24頁。
22 高橋(2002)、33-70頁。高橋・森(2005)、218-219頁。
23 KKCの市民案と成立案の対称性を示したものとして、参考資料7。
24 例えば、「NPO立県ちば」を掲げる千葉県行政では、市民参加の自立支援をつくるため の努力を続けている。2002年度策定した「千葉県NPO活動推進指針」の内容にもそれが 反映されている。千葉県(2003)、12-13頁。
25 良い社会をつくる公共サービスを考える研究会(2006)、45-53頁。
26 千代田区では、市民に身近なところで活動するNPO・ボランティアの視点を政策に取り 入れ、市民ニーズにきめ細かく対応することを目指し、2002年10月に、「NPO・ボラン ティアとの協働に関する政策提案制度」を創設し、区との協働を推進している。この制度 は、提案が出された時点で審査し評価するのではなく、事業化検討プロセスのなかで、
NPO・ボランティアと担当部局とが話し合うことによって協働することを特徴としてい る。また、「NPO・ボランティアとの協働を進めるための基本指針」、「千代田区協働を進 めるためのプログラム」を2003年3月に策定した。「NPO・ボランティアとの協働に関 する政策提案制度」『千代田区』http://www.city.chiyoda.lg.jp/service/00006/d0000602.html(最 終閲覧日:2008年10月22日)。
27 御園(2007)、7-8頁。