第 2 章 事例研究①:ストップ・フロン全国連絡会・事例研究②:動物の法律を考える連絡
第 2 節 「ストップ・フロン全国連絡会」の政策事業家としての側面
フロン回収・破壊法の政策形成過程で最も重要な点は、市民主導で議論を進め、たとえ 一部分とはいえ、市民提案が政策に反映されたという点である7。その成功要因として考え られるのは、JASONの政策事業家(policy entrepreneur)としての役割である。そこで、JASON が政策事業家であったと仮定した場合、フロン回収・破壊法の制定プロセスのなかで NPO が果たした役割を、以下、キングダン(1984)の「政策の窓」(policy window)モデルを適用し ながら分析する8。
キングダン(1984)のいう政策事業家の役割としては、(1)問題に対する関心を高め、(2)自
らの得意な政策案を推し進め、(3)窓の開放を利用して流れを合流させるというものである9。
まず、JASONが、1993年からオゾン層保護運動を行い、国会議員へ「問題意識の刷り込み」
を行ったことで、(1)問題に対する関心を高めた。そして、1994年の法律制定を求める署名 運動からはじまり、1995年には国会議員と法案づくりを行った。JASONを中心にフロンネ ットを形成し、ネットワーク化することで NPO の能力を高め、自民党と組むことで、(2) 自らの得意な政策案を推し進めることができた。JASONは、NPOが政策決定者に問題を認 識させることができれば、新たな政策を検討するきっかけをつくることになるため、それ だけでも環境政策の形成にとって重要な役割を果たしているとし、その問題意識を広めた のである。そして、フロン問題に興味をもち、フロン関連の政策を考えていた自民党政務 調査会の環境担当者と連携することで、そこに「政策の窓」が開放され、(3)「各部会で 1 つ議員立法をつくる」という政治の流れと「法律で規制する」という政策案の流れが結び 付いたのである。
フロンネットの政策形成過程への参加は、アジェンダ設定後の過程で 3 つの重要な役割 を果たした。第1点目は、監視役としてのNPOの役割である。自民党環境部会では、2000 年以前にも、フロン問題小委員会を発足し、フロン回収の義務化を検討しようとした経緯 があったが、抵抗勢力が強力過ぎたため、一度会合が開かれただけで自然消滅した。環境 部会が途中で投げ出されることがないように、NPO が監視することも重要な役割である。
第2点目は、情報源としてのNPOの役割である。JASONの前身である「ストップ・フロン の会」は、先述の通り、これまで東北から九州まで全国各地で地域に根差した活動を展開 してきたため、現場の声を多く収集することができ、その情報は、政策形成過程において、
国会議員が現場の実態を把握する上で貴重なものとなった。第 3 点目は、環境省や環境部 会を補佐する役割である。NPO は、省庁や国会議員よりも「身軽である」という特質を活 かし、自動車業界に対して反対勢力に正面から対峙したように、対立する主体の勢力を抑 える役割をNPOが担うことができたため、環境政策の形成が進んだ。
このようにして、NPO という政策事業家の存在は、たとえ一部分であろうとも、市民提 案を法案のなかに反映するために重要な役割を果たしたというわけである。フロン回収・
破壊法の政策形成過程において、NPO は政治とのパートナーシップを図り、独自に政策提 言し、シンクタンク機能を果たした。朝井(2002)が指摘するように、フロンの問題における 主体相互の距離の保ち方は、今後の政治や行政とNPOとの関係において重要な示唆を与え るものである10。
フロンネットは、2000年9月16日に、「フロン放出禁止のための法律制定に関する法律」
(市民案)を発表した。フロンネットでは、目的達成のため、①法案作成・政策提言チーム、
②協議・勉強会チーム、③ネットワーク拡大チームのそれぞれ 3 つに専門分化し、活動を 展開してきた(図表5)。桃井(2001b)11によると、市民案は、「生産・使用の削減」、「プラント や機器からの漏洩」、「回収・破壊」の 3 つの大きな柱からなるフロン対策を実施する仕組 みを提案したものである。
図表 5:フロンネットの活動
(出典)「フロンネットの活動」『フロンガス回収・放出禁止の法制化を目指す市民のネットワー ク(フロンネット)』http://www4.plala.or.jp/JASON/fnet/about/mokuteki.html#katudo
(最終閲覧日:2006年11月15日)をもとに筆者作成。
フロンネットは、そのフロン対策の現状として、(1)フロンを包括的に取り締まる放出禁 止の法律がない、(2)対策は全て業界の自主的取り組みに委ねられ、その計画は不十分であ る上に、目標も達成できていない、(3)フロンの生産から廃棄されるまでの漏洩について把 握できる仕組みがない、(4)回収・破壊を確実に行うための経済的なインセンティブが働い ていない、(5)政府は強力な温室効果ガスである代替フロンの生産を推進している、という5 つの問題点を指摘していた。そこで、それらの問題点を解決するために、フロン放出禁止 の法制化に向けた市民案の次の5つのポイントを市民案のなかで示している。
具体的には、CFCをはじめ、HCFC、HFC、PFC等も、その化学構造はもともと地球にあ ったものではないために、地球環境の生態系の中で難分解性であり、循環せず温暖化を引 き起こす等、地球環境を汚染するものであるとして、(1)環境に影響を及ぼすすべてのフロ ン(CFC、HCFC、HFC、PFC、SF₆[六フッ化硫黄]、その他政令で定める物質)を対象とし、
①法案作成・政策提言チーム
これまでに環境 NPO の政策提言等をもとに、
フロンの大気放出を止める法的措置として、
「フロンガス放出禁止法」(仮称)を提案する。
②協議・勉強会チーム
各地のネットワークや国会議員との協力 の下、フロン問題に関して専門家や各種 団体との協議や勉強会、現場視察などを 行い、法制化の実現を目指す。
③ネットワーク拡大チーム
フロンガス放出の実態を多くの市民に知 ってもらうとともに、環境NPOだけでは なく、様々な分野で活躍する団体・個人 の賛同、参加を求め、フロンネットの活 動を拡大する。
フロンガスの大気放出を禁止し、回収を 義務付けるための法制化を目指す。
そのフロンを使用するすべての製品及び機器等からフロンの放出を禁止し、回収・破壊を 行うこと、(2)国は製造・使用・回収・破壊等における基本的な方針、排出にかかわる規制 値、排出防止基準を策定し、フロン製造業者及び機器メーカー等は、その生産・使用等の 削減計画を策定し、その基本的な方針規制値、基準及び計画に沿ってそれぞれの事業を行 うこと、(3)フロン製造業者は、国が定める規制値・基準にもとづき、フロン製造時におけ る漏洩を防止しなければならない。また、製品・機器メーカー、販売店・建築業者及び消 費者などは、運搬・使用時等での漏洩を防止しなければならないこと、(4)フロン製造業者 及び製品・機器メーカー等から、すでに使用されているフロンの回収・破壊のための協力 金制度と今後製造・使用されるフロンの回収・破壊を促進するための「デポジット類似方 式」による負担金制度を制定し、「フロン回収・破壊基金」(仮称)を設立すること、(5)国は、
フロンの削減に向けた基本的な方針を策定し、フロン製造業者及び機器メーカー等は、フ ロン削減計画を策定し、その基本的な方針及び計画に沿ってそれぞれの事業を行う。将来 的には、環境に影響を及ぼすフロンに依存しない社会の構築を目指すことである。法律の 市民案骨子は、以下のようになっている(図表6)。
図表 6:フロン放出禁止のための法律制定に関する提案
フロン放出禁止のための法律案の概要 フロン放出禁止のための法律と他の法律との関係
■生産・使用等の削減
・国の総合政策
・事業者の計画策定
■生産・使用等の削減
・オゾン層保護法
(生産削減では特になし)
■漏洩防止
・フロン放出の禁止
・工場や機器ごとの基準策定
■漏洩防止
・廃棄物処理法
(フロンの義務を上乗せ)
・高圧ガス保安法 (目的が異なる)
■回収・破壊の促進
・回収・破壊の義務化
・デポジット制の導入
・回収・破壊業者を認定
・回収・破壊量に応じコストを回収・破壊 事業者に支払い
■回収・破壊の促進
・家電リサイクル法
(回収、破壊義務の上乗せ)
・その他各種リサイクル法 (回収破壊義務の上乗せ)
・漏洩防止や回収・破壊などの技術基準な どを広範に定めた「フロンは移出防止基 準」の策定
・マニフェストの導入
・生産量や排出量の報告と公表、情報公開
・PRTR法
(排出目録など上乗せ)
・オゾン層保護法 (生産目録など上乗せ)
・廃棄物処理法
・政策策定や進捗の評価への国民参加 (フロンに特化したマニフェストなど上乗せ)
↓ ↓
◇効果的で効率的なオゾン層保護、地球温 暖化防止システムの構築
◇市場原理を活用した環境保全型社会経 済、企業活動の促進
◇物質・分野を限定せず、他の法律に上乗せ・横 出しをする「横断的個別法」で総合的で実効的 なフロン放出防止システムを構築
(出典)「法律の市民案骨子(条文)」『フロンガス回収・放出禁止の法制化を目指す市民のネットワ ーク(フロンネット)』http://www4.plala.or.jp/JASON/fnet/proposal/joubub.html(最終閲覧日:
2006年11月15日)をもとに筆者作成。
フロンネットは、市民の地球環境に対する問題意識を高めつつ、(1)フロンの生産・利用 を将来は全廃し、自然物質の転換を進めるとして方向付けるとともに、(2)すでに製造され た、もしくは今後もやむを得ず製造されるフロンの回収・破壊を法的に義務付け、フロン 放出基準を策定し、(3)国・事業者がフロンの回収・破壊、使用抑制、生産削減へ向けた計 画を立て、実行することによって、オゾン層の破壊と地球温暖化を加速させるフロンの大 気放出を防ぐことを目指す法律を早急に策定することを求める(図表7)。
図表 7:フロン放出禁止の3本柱
生産・使用等の削減 漏洩防止義務 回収・破壊義務 (1)生産・使用等の計画的削減
[1]HFC・PFC・SF6の生産量・
輸入量の報告義務づけと生産 削減計画策定
[2]副生HFCの発生量報告義務 付けと発生抑制計画策定
[3]HCFC の段階的生産削減ス
ケジュールの前倒し(オゾン層 保護法の改正で実施する) [4]用途・使用量の報告義務付 けと使用削減計画の策定
(1)プラントからの漏洩防止 [1]フロンの製造プラント等か らの漏洩防止
[2]フロン含有製品等の製造プ ラントからの漏洩防止
[3]半導体製造プラントからの 漏洩防止
(1)フロン製品からの回収 [1]冷媒
・ 冷蔵庫・ルームエアコン (※1)・カーエアコン
・ 業務用冷凍空調機器
・ その他の冷凍空調機器(運 輸・航空・船舶・軍需)(※ 2)
[2]断熱材
・ 家庭用冷蔵庫(断熱材)
・ 冷蔵冷凍倉庫の断熱材(※ 3)
・ 建築材(※4) [3]その他
【注】
(※1)家庭用冷蔵庫・ルームエ アコンについては、本法律の
(2)運用・維持管理上の禁止事 項
[1]フロン使用機器へのCFC補
充禁止
[2]回収CFCの再利用禁止
[3]漏洩または排出を伴う使用 製品の製造・使用を原則禁止
[4]管理不可能な製品(サービ
ス缶など)の製造禁止
[5]含有製品へのラベリング義 務付け
(2)フロン含有製品からの漏洩 防止
[1]フロン含有製品の使用時の 漏洩防止
[2]フロン含有製品の修理時・
移設時等の漏洩防止
【考え方の注釈】
フロン回収率の分母を「回収 可能量」とするのは、フロン の製造段階から廃棄にいたる までの段階での漏洩を認めて い る こ と か ら く る 発 想 で あ る。回収を義務化するのと同 時に、生産から廃棄の過程で の漏洩を防止する規定はセッ トとして必要である。
基準を家電リサイクル法に適 用する
(※2)現状の排出状況などの情 報が不足
(※3・4)現時点で技術的困難を 伴う、という問題を抱えてお り、対象範囲にするためには そ れ ら を 克 服 す る 必 要 が あ る。
(2)回収したフロンの破壊
・ 回収したフロンは原則破 壊
・ 用途と物質の種類によっ ては再利用を認める
(出典)桃井(2001a)、16頁。桃井(2001b)、284頁。
「フロン放出禁止の3本柱」『フロンガス回収・放出禁止の法制化を目指す市民のネット ワーク(フロンネット)』http://www4.plala.or.jp/JASON/fnet/proposal/kinshi.html(最終閲覧 日:2006年11月15日)をもとに筆者作成。
さらに、フロンネットは、フロン製造のメーカーは、フロンの破壊費用を拠出し、フロ ン含有製品のメーカーは、フロンの回収費用を、第三者機関(基金)に拠出する。そして、回 収業者や破壊業者に対して、第三者機関から回収や破壊にかかる費用が支払われるという 仕組みを提案している(図表8)。
図表 8:費用負担のフロー
(出典)桃井(2001a)、17頁。桃井(2001b)、280頁。
「費用負担のフロー」『フロンガス回収・放出禁止の法制化を目指す市民のネットワーク(フ ロンネット)』http://www4.plala.or.jp/JASON/fnet/proposal/flow.html(最終閲覧日:2006年11月 15日)をもとに筆者作成。
フロンネットでは、2000年2月に発足してから2001年6月15日にいたるまでの477日 間、フロン放出の実態、問題の緊急性、そして、実効性のある法律の早期成立を関係各所 に様々な形で訴えてきた。
桃井(2001a)によれば、かねてより目指してきた「法制化」という目標が達成されたとは いえ、フロン回収・破壊法は、規制の対象がカーエアコンと業務用冷凍空調機器の冷媒の 回収、破壊を義務付けるということで非常に限定的で、市民案と比べてみても、「生産・使 用等の削減」、「漏洩防止義務」、「回収・破壊義務」の三本柱のうちの回収と破壊の一 部に網がかかったに過ぎない。対象物質にはCFC、HCFC、HFCと代替フロンまでが盛り込
フロン製造業者
メーカー(自動車・家電・建材等)
販売店・建築業者等
消費者
販売店・解体業者・地方自治体等
フロン回収業者
フロン破壊業者
第三者機関 ( フロン 回 収・破 壊 基金 )
協力金・負担金
協力金・負担金
回収費用
回収費用
破壊費用
フロンの流れ