第 6 章 地方自治体シンクタンクの課題と展望
第 3 節 地方自治体シンクタンクの動向
第1項 地方自治体による政策研究の類型化
地方自治体の政策研究について、政策研究それ自体が、極めて曖昧な概念であり、その 定義も極めて多様である。そこで、地方自治体の政策研究の概念に関する先行研究を概観 しその概念を整理すると、大森(1994)によれば、その関心の所在に応じて、次のように5つ の類型が考えられるとする。具体的には、①現状分析型(既に行われている政策に何らかの 問題があり、それに関する諸事実を調べ、どうしてそうなっているのかをつきとめる研究)、
②問題提起型(現状分析型の政策研究の成果を踏まえて、また、国内外の公共政策の現実動 向を観察して、例えば、地方自治体ではどのような問題が先駆的に政策化しはじめている か、それは今までとどこがどう違うか、それはいかなる意味で重要かといったように、政 策問題の動向を幅広く概観し、これに関する資料・情報を整理・概説し、関係者に積極的 な取り組みを促す研究)、③理論検討型(政策を分析する上で用いる基礎概念とか枠組みとか アプローチを内外の研究を概観して抽出・整理し、その特色、射程、偏り、弱点、改善策 等について考察を行う研究)、④解決方策開発型(地方自治体が直面している問題を取り上げ、
それを解決していくためにはどのような具体的で実行可能な方策[政策]が考えられるかを 提言する研究)、⑤制度分析・改善型(どのような政策領域に関しても、地方自治体が地域に 根差した「人びと志向」的な課題に取り組み、その解決を図っていこうとするとき、国の 現行の政策[法令等]と行政制度がいかに制約となり障害となっているかを明らかにし、その 改善、改革を求めていく研究)である6。
加えて、大森(1987)は「自治体職員による『政策研究』とは、要約的に言えば、自治体が 責任をもって解決(取り組む)すべき課題とその解決方法を、自治体職員が調査研究すること を意味している」7とし、佐々木(1996)は「自治体の政策研究は、行政のプロとして、行政 実務の観点から自治体の政策形成に実際役立つかどうかの可能性を探る実践研究にその核 心があり、また特徴がある」8と分析する。さらに、日高(1995)は、実際の地方自治体の政 策形成過程は、多元的かつ弾力的であり、政策形成過程に参画する潜在的な機会は、公式 の決定権者に限らず、中級管理者や監督者、さらに、一般職員層にまで、極めて幅広く拡 散しているとする。地方自治体の行政組織内部にとりわけ特有の、この拡散的性質故に、
我が国の地方自治体組織における「政策研究」の主体は、組織に幅広く拡散した政策形成 機能の分担者である一般職員の階層にまで、いわば「下降」せざるをえない必然性がある と分析する9。
これらの先行研究においては、地方自治体職員自身という当事者の視点から、政策課題 の解決策への模索が強調されている。我が国の地方自治体における政策研究の主体を一般 行政職員の階層に下降しているとして地方自治体内に限定して議論している。だが、今日、
地方自治体外部の主体にまで政策研究の主体が下降し、地方自治体の政策研究への取り組 みは、多様性を有するのが実態である。後述の事例で示されるように、地方自治体シンク
タンクの組織体制においても、地方自治体職員をはじめ、それを支援する学識経験者や市 民社会などの多様な利害関係者が多元的に参加している。したがって、これからは、地域 社会の構成員である市民、NPO、地方自治体、地方議会、地域の大学等を視野に入れた形 で、多元的な枠組みで改めて捉え直す必要がある。
第2項 地方自治体シンクタンクの類型と定義
牧瀬(2005,2006a,2006b,2006c)によると、地方自治体シンクタンクは、その組織形態により 大きく 5 類型に分類できる。①研修所型、②企画部門型、③地方自治体内設置型、④財団 法人型、⑤第3セクター型の5つである10(図表21)。これらの類型のうち、最近よく採用さ れる形態としては、③地方自治体内設置型11である。これは、原則として、1つの「部」や
「課」として、地方自治体の内部に設置される形態をとる。②企画部門型が分離・独立し、
地方自治体内設置型シンクタンクを形成する場合が多い。また、③地方自治体内設置型で は、地方自治体職員を研究員として配置することが多い。
図表 21:非営利型シンクタンクの類型
研修所型シンクタンク
地方自治体内設置型シンクタンク 地方自治体シンクタンク 企画部門型シンクタンク
財団法人型シンクタンク 第3セクター型シンクタンク
非営利型シンクタンク
NPO型シンクタンク 地域シンクタンク
大学型シンクタンク
学会シンクタンク 学会型シンクタンク
政党シンクタンク 政党型シンクタンク
(出典)牧瀬(2006b)、51頁をもとに筆者作成。
本稿では、地方自治体シンクタンクを、「地方自治体政策の価値創出において調査・研 究を行い、地域の公共的問題を解決するための政策提案あるいは政策提言を行う組織」と 定義付ける。鈴木(1997)は、シンクタンクについて、「シンクタンクは、『民主主義社会のな
かで、科学的な政策形成を促進するための公共政策研究機関』の1つであり、『知(学問、科 学)』と『治(政治、統治)』を結ぶ装置、仲介機関(intermediary)である。また、シンクタンク は、『民主主義社会において、政策の執行者ではないが、アカデミックな理論や方法論を用 い、適正なデータに基づく科学的な政策形成のための実効性ある政策的な助言や提案、政 策の評価や監視等を行い、それらを通じて政策形成過程に多元性と競争を生み、市民の政 治参加を促進し、政府の独占の抑制を図る』組織である」12と定義付けている。本稿におい ても、シンクタンクについては、この定義にもとづく。ここで重要な点は、シンクタンク が、政策提言や市民論議の喚起を行うことで、政策形成過程を民主的に活性化できるかと いう点である。つまり、シンクタンクは、参加民主主義を発展させ民主的で多角的交渉に よる政策形成過程を根付かせるための試金石として可能性をもつ。
中村(2005)が指摘するように、シンクタンクが隆盛なアメリカをみてもわかるように、多 くのシンクタンクは、財政面では個人や企業からの寄付や財団からの研究助成が多く、支 援元を数多くもつことで研究の自主性と財政の安定性が確保される仕組みになっている13。 いかなる独立したシンクタンクといえども財政的な支援元が存在する限りその意向に制約 され、真に客観的で中立的な研究は行えない14。これを地方自治体シンクタンクにあてはめ ると、独立性という観点でみれば、地方自治体の内部機関であるため独立しているとは言 い難い。
しかし、実態に即すると、1つの地方自治体と密接に関係を有しているが、非営利で、か つ、公益の実現を図って活動しているため、シンクタンク活動の多様性という観点で、地 方自治体シンクタンクを非営利型シンクタンクの 1 つの類型として捉える。そもそも、シ ンクタンクとは、民主主義の表れとしての多様性や多元的価値の尊重、批判的精神、ボラ ンティアの伝統など、米国社会の特質が強く反映されているという意味で米国的といえる。
少なくとも、非政府部門で、独立・非営利の研究組織が米国で発展しやすい。日本では、
地方自治体シンクタンクは一種の揺籃期にある。あるいは過渡期と表現すべきかもしれな い。地方分権の進展にともない、企業や官庁の一部あるいは関係組織としての政策研究機 関が数多く誕生し、現在は非営利・独立の、日本では新しい類型のシンクタンクが続々と 創設されている。規模は小さく、資金的にもゆとりの乏しいシンクタンクが多いが、一部 は現実の政策に影響を与えつつある。
第3項 地方自治体シンクタンクの設立経緯
地方分権一括法の施行と併行して、全国的な動向として、特に市町村レベルでの地方自 治体が、政策研究能力を向上させるために政策研究組織を設立する動きがみられる。言い 換えれば、地方自治体のもつ自己決定権が拡大するなかで、シンクタンクを自前で設立す る新たな潮流である。地方自治体シンクタンクの設立背景として、これまで地方自治体に おける企画担当部門の機能的限界を克服し、政策立案能力を涵養するための方策として地 方自治体シンクタンクが設立されるに至ったといえる。政策に関する調査・研究を行い、
政策提言しているかというシンクタンクとしての観点で、③地方自治体内設置型の地方自 治体シンクタンクを歴史的にみると、1995 年頃から次第に増加しはじめ、地方分権一括法 施行後の2000年以降は急増傾向にある(図表22)。
図表 22:地方自治体内設置型のシンクタンク一覧(抜粋)
地方自治体内設置型シンクタンク 設置主体 創設年 いわき未来づくりセンター 福島県いわき市 1995年 仙台都市総合研究機構 宮城県仙台市 1995年 宝塚まちづくり研究所 兵庫県宝塚市 1995年
金沢市政策研究所 石川県金沢市 1996年
きしわだ都市政策研究所 大阪府岸和田市 1997年
豊中市政研究所 大阪府豊中市 1997年
十日町まちづくりシンクタンク 新潟県十日町市 1999年 小田原市政策総合研究所 神奈川県小田原市 2000年 上越市創造行政研究所 新潟県上越市 2000年
町田市政策審議室 東京都町田市 2000年
青森市雪国学研究センター 青森県青森市 2001年 八尾市民自治研究所 大阪府八尾市 2001年 中央区都心再生会議 東京都中央区 2002年 三鷹市まちづくり研究所 東京都三鷹市 2002年
やお未来創造会議 大阪府八尾市 2002年
横須賀市都市政策研究所 神奈川県横須賀市 2002年
元気ななお仕事塾 石川県七尾市 2003年
さがみはら都市みらい研究所 神奈川県相模原市 2003年
志木市教育研究会 埼玉県志木市 2003年
高崎市都市戦略研究所 群馬県高崎市 2003年
なは未来室 沖縄県那覇市 2003年
みうら政策研究所 神奈川県三浦市 2003年 八王子市都市政策研究会議 東京都八王子市 2003年 宇都宮市政研究センター 栃木県宇都宮市 2004年 京都・まいづる立命館地域創造機構 京都府舞鶴市 2004年 向日市コラボレーション研究所 京都府向日市 2004年 藤沢市政策研究室 神奈川県藤沢市 2005年 宗像市人づくり・まちづくり研究所 福岡県宗像市 2005年 中野区政策研究機構 東京都中野区 2007年
(注1)設置年代につき、降順に表記している。
(注2)2008年7月19日現在で、ホームページ等で明らかになった地方自治体内設置型シンクタ
ンクである。
(注3)「金沢市政策研究所」は、2003年に設置された「金沢まちづくり市民研究機構」と都市政
策部企画調整課の協働関係にある。
(注4)「元気ななお仕事塾」は、TMO(Town Management Organization)のなかに設置されている。
(注5)「三鷹市まちづくり研究所」は、2002年に外郭団体から三鷹市の直接運営に体制を変更し
ている。
(出典)牧瀬(2005)、467頁及び牧瀬(2006b)、52頁をもとに筆者作成。
地域においては、地域情報化などへの対応にみられるように、市民の要求が多様化し、
地域課題が山積するなかで、企画担当部門という縦割り組織だけでは十分に地域の問題に 対応できない状況にある。しかも、肝要の企画担当部門は、庁内の人手不足から、部門横 断的な課題対応に追われていたり、庁内調整に日々追われていたりするのが実情である15。 結果として、中長期的な視野で、政策形成や研究に取り組むことができない。そこで、本 来ならば企画担当部門が有するはずの政策研究機能を分離し、それを政策研究組織に付与 することで、地方自治体シンクタンクとして政策研究能力を高めようとした試みが、③地 方自治体内設置型による地方自治体シンクタンクの設立である。地方自治体の自前による 設立の理由として、コスト削減のため、④財団法人型ではなく、③地方自治体内設置型を 採用している。
第4項 地方自治体シンクタンク展望
牧瀬(2006c)によると、④財団法人型や⑤第 3 セクター型のシンクタンクは、外部組織と して地方自治体外部に設置される。人材及び財政、許認可等の面で地方自治体と接点があ るため、県政改革の対象になりやすい。例えば、財団法人型シンクタンクをみれば、都道 府県単位では、「高知県政策総合研究所」(高知県)、「福岡県市町村研究所」(福岡県)は廃 止されている。また、市町村単位では、冒頭でもふれたように、「尼崎地域・産業活性化 機構」は統合された事例である。厳しい財政状況下のなか、「とっとり政策総合研究セン ター」(鳥取県)や「ながさき地域政策研究所」(長崎県)などは健闘しているが、財団法人型 シンクタンクは全体的にみて整理・縮小される傾向にあるといってよい。
第 3 セクター型シンクタンクについていえば、株式会社「シンクタンク宮崎」(宮崎県) が 2004 年に解散し、現在活動しているのは、株式会社「鹿児島総合研究所」(鹿児島県)な ど減少しているのが現状である。従来は、財団法人として別組織でシンクタンクを発足さ せていたが、最近では、財団法人の新設数の著しい減少や調査・研究を外部のシンクタン クに委託する財政的余裕が地方自治体側になくなったことが考えられる。
このように、③地方自治体内設置型シンクタンクを除いて、ほかの類型のシンクタンク