第 2 章 消費者の行動 22
2.11 不確実性と期待効用 ∗
p1
∂x1
∂p1
+p2
∂x2
∂p1
+· · ·+pn
∂xn
∂p1
=−x1
を得る。またmで予算制約式を微分すると p1∂x1
∂m +p2∂x2
∂m +· · ·+p2∂x2
∂m = 1 となる。これらの式と 限界代替率=相対価格 の条件 uu1
2 =pp1
2,uu1
3 =pp1
3 などから
− (∂v
∂p1
) /
(∂v
∂m )
=x1 が導かれる。同様にして他の財についても(iで表して)
− (∂v
∂pi
) /
(∂v
∂m )
=xi
を得る。
2.11 不確実性と期待効用
∗この節では不確実性下の人々の行動に関する経済学的理論のごく基礎的な部分を紹介す る。不確実性とは将来どうなるかわからないということであるが,まったくわからないの ではなく,どのようになる可能性があるかはわかっており,またそれらが起きる確率につ いて何らかの推測を人々が抱いているものとする。そうでなければ意思決定はできない。
■確率と期待値 確率とはある事柄(事象)が起きるか起きないかがはっきりしないとき にどの程度起きやすいかを表す数である。起きる可能性のあるすべての事柄の確率を合わ せて1になっていなければいけない。確率には客観的な確率と主観的な確率がある。客観 的な確率とはその事象のメカニズムや過去のデータなどから多くの人々が同意している確 率であるが,主観的な確率は個人的に知っている事実などにもとづいて決まる。いずれに しても人々が持っている情報にもとづいて確率は決められる。たとえばサイコロを1つこ ろがして1から6まで各々の目が出る確率は,そのサイコロが正しく作られていれば1/6 である。一方2つのサイコロをころがして出た目の和が4になる確率は,全体で36通り あるそれぞれの場合が起きる確率が等しい(「同様に確からしい」と言う)という前提で 考えると,和が4になるのは3通り(1と3,2と2,3と1)であるからその確率は1/12 になる。これらは客観的な確率である。
「期待値(expected value)」とは平均値とよく似た意味であるが,平均値が過去に起き
た事柄について計算されるのに対して,期待値はこれから起きる事柄についてそれらが起 きる確率にもとづいて計算される。2つのサイコロをころがして出る目の和の期待値は次
のようにして求められる。
2 + 3×2 + 4×3 + 5×4 + 6×5 + 7×6 + 8×5 + 9×4 + 10×3 + 11×2 + 12
36 = 7
次のような籤(くじ)あるいは証券を考える。
翌日確率12 で2000円が受け取れ,確率 12で0円になる
このくじが800円で売られているとして買うだろうか? このくじの平均的な収益は1000 円であるが,2000円になることがある一方で0円になってしまうこともある。このよう な場合リスク(危険)があると言う。これをどのような価格で買うか買わないかはその人 がリスクに対してどのように考えるかにより,900円では買わないが800円なら買う人,
1000円で買う(1000円を越えると買わない)人,中には1200円でも買う人がいるかもし れない。最初のタイプの人を「危険回避的」,2番目の人を「危険中立的」,最後のタイプ の人を「危険愛好的」と言う。危険中立的とは平均の収益だけで判断しリスクを気にしな いことを意味する。危険回避的,危険愛好的はそれぞれリスクを嫌うこと,リスクを好む ことを意味する。一般的に人々は危険回避的であると考えられるがその程度は人によって 異なるであろう。すなわち上記のくじを800円以下なら買う人もいれば,500円以下でな ければ買わない人もいるだろう。このような不確実性のもとでの人々の行動を効用関数を 使って分析することを考える。人々のくじに対する選好が次の条件を満たすものとする。
1.『(連続性)3つのくじL1,L2,L3があり,ある個人がL3よりL1を,L2より L3を好むとき,L1とL2をある比(1より小さい正の数)で組み合わせたくじで L3と無差別になるようなものがある。』
ここで2つのくじを組み合わせるとは以下のようなことを意味する。
L1:翌日確率 12 で2000円が受け取れ,確率 12で0円になる L2:翌日確率 1
2 で1500円が受け取れ,確率 1
2で300円が受け取れる
が2つのくじであるとしてこれらをp: 1−p(0≦p≦1)の比で組み合わせると次 のようなくじになる。
pL1+ (1−p)L2:翌日確率 12pで2000円が,確率 12(1−p)で1500円が,確 率 12(1−p)で300円が受け取れ,確率 12pで0円になる
この条件は好きなくじと嫌いなくじ,およびその中間的なくじがあったとき,好き なくじと嫌いなくじを適当に組み合わせたもので中間的なものと無差別(効用が等 しい)になるものがあるということである。pを大きくすれば組み合わせたくじは L1に近づき,小さくすればL2に近づくので妥当な条件だと思われる。
2.『(独立性) 上記の条件におけるL1とL2を組み合わせたくじとL3はそれらにつ いて無差別な個人にとっては同等のものであると見なし,さらに別のくじとの組み
2.11 不確実性と期待効用∗ 107 合わせにおいてこれらを置き換えても個人の選好に変化はない。』
この条件はいくつかのくじを組み合わせたくじにおいてその中の1つ(それ自体が 複数のくじを組み合わせたものである場合も含めて)をそれと無差別な別のくじと 置き換えたものはもとの組み合わせと無差別であることを求めるものであり,くじ に関する人々の選好の合理性を要求する条件である。
これらの条件のもとで人々の効用を比較的簡単な形で表すことができる。なお以前に説 明した推移性はここでも仮定する(すでに第1の条件においてL1,L2,L3に関する選好 の部分で推移性を用いている)。
定理2.11.1 (期待効用定理). 上の条件のもとで L:確率pでx円,確率1−pでy円受け取れる
というくじLに対するある個人の効用は,u(x),u(y)をそれぞれ確実にx,yが得られる ときの効用の適当な表現として,それらの期待値
u(L) =pu(x) + (1−p)u(y) で表される。
このとき効用関数uをu′ =au+b(a(>0),bは定数)で置き換えると
u′(L) =pu′(x) + (1−p)u′(y) =pau(x) +pb+ (1−p)au(y) + (1−p)b=au(L) +b となり,2つのくじL1とL2についてu(L1)≧u(L2)のときにはu′(L1)≧u′(L2)が成 り立つのでuとu′とは同一の選好を表す。
証明. x > yと仮定する。実現可能な最大の収益,最小の収益をそれぞれh,lで表す。条 件1(連続性)によりある確率rxでh,1−rxでlが実現するというくじと,確実にxが 得られるというくじ(くじではないが一応これもくじに含める)とが無差別になるような rx(0< rx<1)が存在する。ただしx=hのときはrx = 1,x=lのときはrx = 0で ある。同様にある確率ryでh,1−ryでlが実現するというくじと,確実にyが得られ るというくじとが無差別になるようなryが存在する。そこでx,yの効用をu(x) =rx, u(y) =ryで表すことにする。したがってu(h) = 1,u(l) = 0である。a,bを定数とし てu(x) =arx+b,u(y) =ary+bと表してもよい。
x,yをそれぞれ上記のくじと同等のものと見なせば,条件2(独立性)によりくじLは 確率prx+ (1−p)ryでh円,確率p(1−rx) + (1−p)(1−ry)でl円受け取れる というくじと同等のもであると見なすことができる。したがってくじLの効用はprx+ (1−p)ry で表されるが,これはpu(x) + (1−p)u(y)に等しい。x,yの効用をu(x) =
arx+b,u(y) =ary+bと表す場合にはLの効用はa[prx+ (1−p)ry] +b =p(arx+ b) + (1−p)(ary+b)と表され,やはりpu(x) + (1−p)u(y)に等しい。
この定理は,あるくじに対する人々の効用はそのくじに含まれるそれぞれの場合の効用 の期待値に等しくなるように表すことができるということを意味する。このようにして表 現された効用は期待効用(expected utility)と呼ばれ,Lの期待効用をE(L)と表すこと もある(EはExpected valueのE)。1つ例を考えてみよう。くじの結果得られる収益を xとして2人の人,個人1および2の効用関数が次のようであるとする。
u1(x) = 6800x−x2 u2(x) = 8200x−2x2
上記のくじL1から得られる期待効用はそれぞれE1(L1) = 12(6800×2000−20002+ 0) = 4800000,E2(L1) =12(8200×2000−2×20002+ 0) = 4200000となるが,個人1はこ のくじと確実に800円が得られるくじについて無差別となるのに対して,個人2はこのく じと確実に600円が得られるくじについて無差別であるから,個人2の方がより危険回避 的であると言える。a,bを定数としてu1を
u′1=a(6800x−x2) +b
のように書き直しても今の計算には変化がない(u2についても同様)。序数的な効用の場 合にはある効用関数uに対してu′=au+bとするだけではなくu′=u2やu′ =u3とし ても同じ選好すなわち同じ無差別曲線を表すことになるが,期待効用の場合はu′=au+b のときだけ同一の効用関数と見なされ,u′=u2やu′=u3の場合はuとu′は異なる効 用関数と考えなければならない。
この期待効用理論にもとづいて保険や金融など不確実性に直面する人々の様々な行 動が分析される。また,後の章で解説するゲーム理論では人々(プレイヤーと呼ぶ)の 効用はこの期待効用の意味で表されている。「期待効用定理」の条件を満たす効用関数 を,最初にその研究をした人々の名をとってフォン・ノイマン-モルゲンシュテルン(von Neumann-Morgenstern)型効用関数と呼ぶ。
われわれが保険会社の人件費その他の経費支払いや株主への利益分配に回される保険料 を支払ってでも火災保険や地震保険,自動車の任意保険などに入るのは,災害に会ったり 事故を起こしたりして大きな負担を背負うリスクがあるからであり,株式投資においてい くつかの企業の株に分散投資するのもやはりリスクに対応するためである。また犯罪に対 する刑罰を重くするのは,罪を犯して逮捕されたときのリスクを高めることによって(合 理的判断にもとづく)犯罪を犯す誘因(インセンティブ)を小さくしようとするものであ ると考えることができる*33。
*33しかし同じわれわれが(筆者は買わないが)宝くじを買ったり,馬券を買うのはなぜであろ
2.11 不確実性と期待効用∗ 109
■保険の例 利益や損失など金額で表される結果についてのある人の効用関数が次のよう であるとする。
u(x) = 300 + 140x−x2
xは金額を表す。地震保険に入るかどうかを考える。地震が起きないときの経済的な利益 をx= 30(たとえば100万円を1単位とすると3000万円),地震が起きたときはx= 0 であるとする(地震の損害は30である)。この地震が起きたときにその損害を完全に埋め 合わせてくれる保険があるとしていくらまでなら保険料を支払ってもよいだろうか。ある 期間に地震が起きる確率は101 であるとする(保険料もその期間の保険料である)。期待効 用は次のように計算される。
E(u) = 3600× 9
10+ 300× 1
10 = 3270
保険料を払えば地震が起きても損害を被らないので不確実性はなくこの人の効用は保険料 をyとすれば
u(30−y) = 300 + 140(30−y)−(30−y)2= 3600−80y−y2 と表される。3600−80y−y2= 3270よりy2+ 80y−330 = 0が得られ
y=−40 +√
1930≈3.9
が求まる。地震による損害そのものの期待値は−3であるから危険中立的ならば3の保険 料しか払わないはずであるが危険回避的な行動により3.9までの保険料を支払う可能性が ある。
■危険回避度一定の効用関数について
1. 絶対的危険回避度一定の効用関数
X 万円の資産を持つ人がその一部Y 万円をリスクのある資産に投資する。投資は 確率pで2Y になって返って来るが確率1−pで1円も返って来ない。したがって 資産は確率p(> 12)でX+Y に,確率1−pでX−Y になる。資産をxとして効 用関数を
u=−e−ρx
うか(競馬はスポーツでもあるが)。これについては,危険回避的な人も生活に響かない程度 のちょっとしたリスクに対しては正の効用を感じると考えるべきであろう。中にはギャンブ ルや株式投資にはまって身を持ち崩す人もいる。そのような人は危険愛好的になっていると 考えられるが,危険愛好的というのは人間として正常ではなく病的な状態であると思われる。
詳しくは心理学が対象とすべき問題である。