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ユーザーをオープン・イノベーションに組み込む手法

1 節 はじめに

ユーザーは単に消費者ではなく,価値創造活動の一部であり,これらの活動において,

製品とサービスの価値を高めることができる.しかし,従来のユーザーが起こしたイノベ ーションの事例では,研究者はユーザーによってもたらされた直接的な価値に焦点を当て ることが多い.既存の研究から見れば,企業はユーザーのイノベーションに参加するので はなく,ユーザーが作り出した新価値,あるいはアイデアの提供を期待している傾向があ る.例えば,Christensen ら(2005)によれば,大企業は知識供給よりもむしろ「自由な」知 識交換を受け入れる意欲がある.本章では,この結論と異なる現象を提示し,ユーザーが 主体となるオープン・イノベーションにおける企業の役割というまだ研究の少ない視点で 議論を展開していく.

イノベーションとオープン・イノベーションの定義に基づき,オープン・イノベーショ ンの視点でユーザー・イノベーションを論じる際,ユーザー・イノベーションとは,企業 内部の知識とユーザーの知識を融合することによって,経済的効果がある新しい価値を創 造するプロセスであると考えられる.ただし,注意すべきなのは,①「知識」は研究開発 の技術であるとは限らない.言い換えれば,あらゆる経営活動には知識が存在する.②「経 済的効果」は直接的及び間接的な経済的効果という意味で捉えるべきである.

具体的に言えば,本章はユーザー・イノベーションの再定義を含め,次の内容から構成 されている.

① ユーザー・イノベーションの実態を把握する.

② ユーザーをオープン・イノベーションに取り組み手法についての諸論説を取り上げ,

主な文献の概要をまとめる.

③ ユーザー・イノベーションの成果について分析する.

また,上述した内容を考察することによって,ユーザーをオープン・イノベーションに 組み込む場合,ユーザーの位置付けや必要とするほかの要素間の関係について議論する.

ユーザーをオープン・イノベーションに取り組む手法について詳細に説明するために,リ ードユーザー,ユーザーコミュニティ,ユーザー・イノベーションのためのツールキット などの要素間の関係と,これらの視点で行われた研究が理論上の位置付けについての検討 を行う.

2 節 ユーザー・イノベーションについて

第二章で説明したように,オープン・イノベーションに関する研究の中では,技術の向 上を前提にした事例が多く取り上げられているが,技術以外の面でのオープン・イノベー ションはまだ充分に論じられていない.その1つの理由として,オープン・イノベーショ

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ンにおける外部の知識提供先は企業や研究機関のような組織が多いが,個人レベルの知識 所有者を参加者としてオープン・イノベーションのプロセスに取り組むことが少なかった.

つまり,オープン・イノベーションに関する初期の研究と実施は主にR&Dに注目をして いた.

2013年,欧州委員会(European Commission)は,イノベーションの変遷について,次のよ うに主張している.つまり,従来のイノベーション(筆者:つまりクローズド・イノベーシ ョン)は限界に達した背景の下で,オープン・イノベーションの段階に転換してきたが,今 後,オープン・イノベーション 2.0という新しいパラダムの方向に向かって移転していく と主張している50.オープン・イノベーション2.0では,ユーザーによって提供されたイノ ベーションアイデアやユーザーからのフィードバックの重要性が強調されている.この主 張によって,オープン・イノベーションの進化モデルが作成された(図13).

図 13 イノベーションの進化モデル

出所:European Commission (2013)により筆者が翻訳した51

実は,現在,欧州委員会が提唱したユーザーを重要視するというイノベーションの考え 方は,Chesbrough のオープン・イノベーション概念より 30 年ほど前,すでに von

Hippel(1986)によって提示された.さらに,Gassmann ら(2010)によれば,ユーザー・イノ

ベーションに関する研究は,オープン・イノベーションにおいて一番研究が進んでいる領 域の一つである52.ユーザー・イノベーションという概念が提唱された以来,多くの分野 における研究は,ユーザーが頻繁に新製品の開発に重要な役割を果たすことを示している

50 European Commission (2013) Open Innovation and Smart Cities, Publications Office of the European Union

51 同上,P.14

52 Gassmann, O., Enkel, E., & Chesbrough, H. (2010). The future of open innovation. R & D Management, 40(3): 214

クローズド・

イノベーション

オープン・

イノベーション

オープン・イノベーシ ョンのネットワーク 一元化されている内向き

のイノベーション

Centralised inwardlooking innovation)

外部に焦点を当て,共同 イノベーション

Externally focused, collaborative innovation)

エコシステムを中心,組 織の境界を超えるイノベ

ーション

Ecosystem centric, cross- organisational

innovation

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(Biemans 1991).現在,多数の研究者は,ユーザーをオープン・イノベーションに取り組む ことが効果的であると論じている(Laursen and Salter 2006; Ogawa & Pongtanalert, 2011; von Hippel et al., 2012).その一方,オープン・イノベーションに参加したユーザーたちは,自 分の需要と意見をもとに作られた製品やサービスから便宜を得ることができ(von Hippel 1982),ほかのユーザーから感謝と承認のような象徴資本(symbolic capital:Berthon et al., 2007)を得る場合もあるので,イノベーションを創出するモチベーションを持っている.

3 節 ユーザー・イノベーションの定義

1960 年代前半にイノベーターとなるユーザーに関する事例がすでに挙げられた(Enos, 1962. Hollander, 1965; Freeman, 1968).Enos(1962)は,石油精製におけるイノベーションは ほとんどユーザー企業(中間ユーザー)によって開発されたことを発見した .また,

Hollander(1965)デュポン社のレーヨン工場の効率向上の要因を調査し,ユーザー企業によ って行われたわずかな技術的変更が工場に大きな利益を与えたことを明らかにした . Freeman,(1968)は,同じ現象が,化学業界でも起きていると発表した.当時の化学業界にお ける主要なプロセス・イノベーションの約70%はもともとユーザー企業から創出されたこ とであると結論付けている.これらの研究から,ユーザーがイノベーションの主体のなる 事例は従来存在していたが,多数の事例を取り上げられたにも関わらず,これらの研究で は,ユーザー・イノベーションという概念は明確なものとされていなかったことが明らか になった.

この状況は,20 年間も続いた.1970年代後半になると,MIT スローンスクールのエリ ック・フォン・ヒッペル教授を中心にユーザー・イノベーションに関する研究が本格的に 行われ始めたが,同様に,用語を完全に確立していなかった.例えば,von Hippel(1976) は,核磁気共鳴分光器におけるイノベーションに関する研究によって,大学の研究者がそ のイノベーションの担い手であることを発見した.このようなユーザーによるイノベーシ ョンの現象を「ユーザーが支配する(user dominated)もの」と称した.その後,von Hippel は,ユーザーによるイノベーションとイノベーションを起こすユーザーの特徴について感 心を持ち,リードユーザー・イノベーションとユーザー・イノベーションというキーワー ドを使い始めた.いずれにせよ,これらの用語は,ユーザーによるイノベーションを表現 している.

最初のユーザー・イノベーションに関する研究を発表した20年後,von Hippel(1988)は,

ユーザーイノベーターを革新のもたらす,直接利益を得るものとして定義している.ただ し,ここで述べている利益は,必ずしも経済的効果であるとは言えない.第一章で論じた ように,経営学におけるイノベーションを論じる場合,経済的効果がしばしば強調され,

イ ノ ベ ー シ ョ ン を 構 成 す る 要 素 と 見 な さ れ て い る . ま た ,Chesbrough(2003;2006,

Chesbrough et al. 2006)によるオープン・イノベーション概念を振りかえてみれば,「知識の

流入と流出を活用することによって,社内イノベーションを加速するとともに,イノベー ションの外部活用市場を拡大することである」から,市場の拡大を強調していることが明 らかになった.このことから,Chesbroughは間接的に経済的効果を強調していると考えら れる.その一方,ユーザー・イノベーションの場合は直接的な経済的効果のみならず,間

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接的にユーザーあるいは企業に経済的効果をもたらすケースが稀でない.例えば,小川 (2013)は,魔法瓶で煮豆を作る,掃除機で昆虫採集を行う,電動歯ブラシで金属の研磨を 行う,野菜の皮むき器を使って,かかとの角質をとる,といった事例を取り上げ,ユーザ ー・イノベーションにおける用途革新についての説明を行った53.その外にも,ユーザー による製品改良と用途開発に関する研究が多数ある(小川他, 2011;堀口, 2015;于, 2017).

つまり,現在,ユーザー・イノベーションは,製品の使い手自身が製品開発,製品改良あ るいは用途開発を行うことであると幅広く定義されている(von Hippel, 2005).

本論文では,オープン・イノベーションの視点でユーザー・イノベーションのケースを 論じるので,第二章で提示したオープン・イノベーションの定義をもとに,ユーザー・イ ノベーションとは,企業内部とユーザーの知識を融合することによって,経済的効果があ る新しい価値を創造するプロセスであると定義する.ここで注意すべきなのは,①「知識」

は研究開発の技術であるとは限らない.言い換えれば,あらゆる経営活動には知識が存在 する.②「経済的効果」は直接的及び間接的な経済的効果という意味で捉えるべきである.

4 節 ユーザー・イノベーションの分野と現状

ユーザー・イノベーションに関する最初の研究は,産業機械(Foxall&Tierney, 1984),ア プリケーションソフトウェア(Voss, 1985),半導体(von Hippel, 1988),建設(Slaughter, 1993) などの生産財を中心に展開されていた.現在,生産財だけではなく,消費財でも多数の分 野でユーザー・イノベーションが行われていることが明らかにされた.特に,スポーツ関 連の消費財におけるユーザー・イノベーションは多く取り上げられている.例えば,スポ ーツ用品の事例として,エクストリームスポーツ(extreme sports:Franke&Shah,2003),ア ウトドアスポーツ(outdoor sports:Lüthje,2004),カイトサーフィン(kitesurfing:Tietz et al.

2005),マウンテンバイク (mountain bike:Lüthje et al. 2005),ロデオカヤック(rodeo kayak:

Baldwin et al., 2006),セーリング(sailing:Raasch et al., 2008)が挙げられている.また,自動 車(Franz,2005),リテールバンキング(retail banking:Oliveira&von Hippel,2009)など,多 くの産業でユーザー・イノベーションが起きている.さらに,ユーザー・イノベーション が研究対象として捉える領域が単に技術開発に限らず,顧客のサービス・システムにまで 拡張されている(Oliveira & von Hippel, 2009).第二章で論じたように,オープン・イノベー ションの研究は技術の面で展開された研究が多い.こうした現状の中で,このような技術 以外の視点での議論は必要である.

上述したように,現在,ユーザー・イノベーションは多数の分野で発見され,論じられ てきた.von Hippelら(2012)は,こうした多数の分野で起きている現象を把握するために,

イギリスの消費者に対してアンケート調査を実施した.その結果,290万(全体国民の6%

を占めている)のイギリス人が過去 3 年間で商品に対するイノベーションをしたことが明 らかになった.さらに,消費者は製品のイノベーションに投入した費用は,全体イギリス 会社の研究開発費の合計の1.4倍となっている.この調査結果と対照するために,Ogawa &

Pongtanalert(2011)は,日本とアメリカの消費者にもアンケート調査を実施し,表10に消費

53 小川進 (2013)『ユーザーイノベーション』東洋経済新報社,pp.46-47

- 47 - 者イノベーションの分布を要約した.

表 10 消費者イノベーションの分布

製品カテゴリー 日本(N=73) 米国(N=104) 英国(N=104) 工芸・工作道具 8.4% 12.3% 23.0%

スポーツ・趣味 7.2% 14.9% 20.0%

住居関連 45.8% 25.4% 16.0%

造園関連 6.0% 4.4% 110%

子供関連 6.0% 6.1% 10.0%

乗り物関連 9.6% 7.0% 8.0%

ペット関連 2.4% 7.0% 3.0%

医療 2.4% 7.9% 2.0%

その他 12.0% 14.9% 7.0%

出所:Ogawa & Pongtanalert(2011)により筆者が翻訳した54

この表から見れば,イギリス側は「工芸・工作道具」分野のユーザー・イノベーション が一番多いに対して,アメリカ側は「住宅関連」分野のユーザー・イノベーションが最も 多い.その一方,日本の消費者が行っているイノベーションは「住宅関連」に集中し,パ ーセンテージから見れば,その割合はアメリカとイギリスよりはるかに多い.また,総合 的に言えば,「工芸・工作道具」,「スポーツ・趣味」,「住居関連」という 3 つの分野での ユーザー・イノベーションが最も多いが,それ以外の「造園関連」,「子供関連」,「乗り物 関連」「ペット関連」「医療」などの分野でもユーザー・イノベーションが進んでいる.

要するに,von Hippel (1986) はリードユーザーの活用を提案した後,リードユーザーに よるイノベーションが大きく取り上げられるようになってきた.現在,ユーザー・イノベ ーションに関する研究は盛んに行われ,ユーザーはイノベーションの源泉であるとしばし ば論じられている中で,多数の分野でユーザー・イノベーションが行われているというこ とが明らかになった.

5 節 リードユーザーについて

ユーザー・イノベーションに関する研究には,リードユーザーの存在と定義(von Hippel, 1986;Hippel, 1988),リードユーザーの特定方法 (Urban & von Hippel, 1988; Hippel, 1988),

リードユーザーを活用することの有用性(小川, 2000; Olson & Bakke, 2001),ユーザー・イノ ベーションのためのツールキットの有用性(von Hippel,2002),イノベーションプロセスの 民主化(von Hippel, 2005)などの研究分野が含まれている.

上述したように,リードユーザー(Lead Users)の概念は1980年代半ばにvon Hippelによ って導入された.von Hippel (1986,1988) は,リードユーザーとは,次の2つの特徴を持 つユーザーのことと言う.すなわち,リードユーザーは,①他に先んじて,重要な市場ニ

54 Ogawa, S. & K. Pongtanalert (2011) Visualizing Invisible Innovation Continent: Evidence from Global Consumer Innovation Surveys, SSRN Working Paper, 3: 7