第二章 先行研究
第 5 節 オープン・イノベーションの分類
以上,技術提携とオープン・イノベーションの関係と相違点について説明した.外部知 識を必要とする点から見れば,技術提携はオープン・イノベーションの一種類となるが,
知識の流動性からオープン・イノベーションのタイプを分けることもできる.知識の流入 と流出の方向から,オープン・イノベーションは,①インバウンド型オープン・イノベー ション(inbound open innovation: Chesbrough & Crowther, 2006; Chesbrough & Garman, 2009),
②アウトバウンド型オープン・イノベーション(outbound open innovation: Chesbrough &
Crowther, 2006; Chesbrough & Garman, 2009),③カップルド型オープン・イノベーション
(coupled open innovation: Enkel, 2009)の3タイプがあると考えられる.その中では,インバ
ウンド型はアウトサイド・イン型,アウトバウンド型はインサイド・アウト型とも呼ばれ る39.また,日本語で表現する場合,インバウンド型を「技術探索型」,アウトバウンド型 を「技術提供型」と表記することもある(星野,2015).本論文では,用語を統一するため に,以下「インバウンド型」,「アウトバウンド型」,「カップルド型」を用いて,それぞれ
39 Chesbrough (2006) は,知識の流れる方向によって,オープン・イノベーションをアウトサ
イド・イン型とインサイド・アウト型に分類できると述べている.
- 33 - の説明を行う.
5-1 インバウンド型オープン・イノベーションについて
現在,インバウンド型オープン・イノベーションに関する研究は,アウトバウンド型オ ープン・イノベーションに関する研究より多い(Gassman et al., 2010).このタイプのオープ ン・イノベーションでは,サプライヤー,ユーザーなどの外部知識の統合を通じて,自社 の知識ベースを構築し,企業のイノベーションを高めることができると認識されている (Enkel et al., 2009, Laursen and Salter, 2006; Lettl et al., 2006; Piller and Walcher, 2006).つまり,
インバウンド型オープン・イノベーションは,知識の流れから言えば,社外知識が社内へ 流入するタイプのオープン・イノベーションである.言い換えれば,このタイプのイノベ ーションは,社外の知識を社内に取り込むことが特徴である.以上の定義を踏まえて例を 挙げると,大企業とベンチャー企業の連携によるオープン・イノベーションはこのタイプ に当てはまる.また,企業は大学などの研究機関と協力関係を構築する産学官連携もこの タイプのオープン・イノベーションであると考えられる.また,Chesbrough(2003,2006,
2007)が取り上げたP&Gの事例もこのタイプのオープン・イノベーションである.P&Gは,
「つなげる+開発する(Connect & Development)」を打ち出しており,早くからオープン・
イノベーションに取り組んできた企業として有名である.現在,P&G は,社外で開発さ れた要素を含む新製品が半分以上を占めている40.
ここでは,注意すべきなのは,単純の技術購買やライセンス・インなどの手法によって 外部の知識や技術を獲得することはインバウンド型オープン・イノベーションではない.
企業は,インバウンド型オープン・イノベーションを通して,自社のイノベーションを促 進する効果があることが重要な前提となっている.それゆえ,第6節で詳しく説明するが,
本研究では,知識の融合を用いて,オープン・イノベーションをこれらの用語と区別する.
5-2 アウトバウンド型オープン・イノベーションについて
上述したインバウンド型オープン・イノベーションと対照して,社内の知識を外部への 提供はアウトバウンド型オープン・イノベーションである.チェスブロウ(2006,pp.33-34) は,社内の活用できていないアイデアやテクノロジーを社外に提供すべきであると主張し,
未活用のアイデアに注目すべき理由は次のように述べている.
① 未活用のアイデアは企業の経営資源の浪費である.
② それを考案した従業員の士気を低下させる.
③ 自社のイノベーション・システムを複雑化させ,開発スピードを鈍化させてしまう.
④ 未活用のアイデアを社外に解放することで,従来は決して明らかにならなかった新 しい市場やテクノロジー上の機会が明らかになる.
⑤ アイデアが長期的に死蔵されてしまうと,予期せぬ形で流出することがある.
具体的に言えば,従来のライセンス・アウト,特許開放などがこのタイプのオープン・
イノベーションに該当すると考えられている(特許庁,2009;米山他,2016).ただし,注
40 P&Gのホームページを参照https://us.pg.com/
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意しなければならないのは,オープン・イノベーションにおけるライセンス・アウトは,
社内の知識や技術などを販売することを目的にするのではなく,会社の将来性にかかわる 戦略であることである.例えば,トヨタとアメリカのテスラモーターズ(Tesla Motors)の特 許公開の事例を挙げて説明できる.一般社団法人次世代自動車振興センターによって統計
された FCV(燃料電池自動車)の保有台数 (日本国内)から見れば,2016 年 FCV の台数が
1,807台と経済産業省が 20年までの普及目標とする 4 万台に対し,約4.5%にとどまって
いる41.トヨタのMIRAI(2014年に販売し始めたFCV)の累計世界販売台数も5600台と20 年に年間販売台数3万台以上とする目標との隔たりは大きい42.
この背景の下で,トヨタとテスラモーターズは,市場の形成と標準化一部の自社技術を オープン化にして,FCVの特許を無償に提供している(日本経済新聞,2015).その目的は,
特許権の無償開放によって,新エネルギー車の早期普及を促すと推測されている.実は,
自動車産業ではこの2社のみならず,アメリカのフォード社(Ford Motor Company)は同じ ような行動を行っている43.この事例からわかるように,オープン・イノベーションにお けるライセンス・アウトは自社のイノベーションを促進することを前提にすべきである.
5-3 カップルド型オープン・イノベーションについて
インバウンド型とアウトバウンド型の両方がみられるオープン・イノベーションは,カ ップルド型オープン・イノベーションと呼ばれる.カップルド型オープン・イノベーショ ンとは,成功するために互いに助け合う(give and take)ことが不可欠なアライアンスや協調,
合弁を通じた(主に)補完的パートナーとの共創(co-creation)と定義されている44.つまり,
知識の流入と流出の両方があって初めて,カップルド型オープン・イノベーションが成立 することができる.上述した定義を踏まえて,このタイプのオープン・イノベーションに は,オープン・ソースの開発や,コミュニティの構築,ユーザー・イノベーションの活用,
大学および他産業のパートナーとのピアプロダクション(peer production)などの方法が含 まれると考えられる.
Enkelら(2009)は,カップルド型オープン・イノベーションが存在すると主張した後,そ
れをオープン・イノベーション一つの分類として受け入れる研究が複数存在している(米関 根,2013;山他,2016).また,WestとBogers(2013)は,165のオープン・イノベーション に関する出版物をレビューしたところ,カップルド型オープン・イノベーションに関連し て分類される記事は70件(42%)があると確認した(表8)45.つまり,カップルド型オープン・
41 一般社団法人次世代自動車振興センターのホームページ http://www.cev-pc.or.jp/tokei/hanbai.html
42 「水素ステーション トヨタなど11社が新会社 整備加速へ」『毎日新聞』,2018年3月5日,
電子版 (https://mainichi.jp/articles/20180306/k00/00m/020/103000c)
43 「フォード,電動車関連の特許を他メーカーに公開」『日本経済新聞』2015年6月2日,電 子版 (https://www.nikkei.com/article/DGXMZO87543260R00C15A6000000/)
44 Enkel, E., O. Gassmann & H. Chesbrough (2009) Open R&D and Open Innovation: Exploring the Phenomenon. R&D Management, 39(4): 311
45 WestとBogers (2013) は294件サンプルを確認した上,その中では165件がオープン・イノ
ベーション研究に関連していると判断した.
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イノベーションは多く応用されているが,理論化した研究はまだ少ない.
表 8 オープン・イノベーションに関する出版物
オープン・イノベーションのモデル アウトバウンド アウトバウンドなし 合計 備考
インバウンド型のみ 24 57 81
インバウンド型とカップルド型 11 26 37 インバウンド型:118 カップルド型のみ 1 32 33 カップルド型:70
どちらでもない 14 0 14
合計 50 115 165
West&Bogers(2013)により筆者が作成
5-4 他の分類し方
上述したように,オープン・イノベーションは,インバウンド型オープン・イノベーシ ョン,②アウトバウンド型オープン・イノベーション,③カップルド型オープン・イノベ ーションの3タイプがある.しかし,③を①と②のいずれかに該当するという分類方法も 用いられている.この分類方法を踏まえて,DahlanderとGann(2010)は,知識の有償提供か 無償提供かによって,インバウンド型オープン・イノベーションを調達(無償)と獲得(有償) に分け,アウトバウンド型を公開(無償)と販売(有償)に区分している.この論点を踏まえて,
真鍋・安本(2010)は,上述したオープン・イノベーションの類型に「価値の創造」と「価 値の獲得」というオープン・イノベーションの主たる目的をさらに加えて,オープン・イ ノベーションの戦略オプションを分類するフレームワークを提示している(図10).また,
図 10 オープン・イノベーションの戦略類型
アウトバウンド型 価値創造戦略
アウトバウンド型 価値獲得戦略
インバウンド型 価値創造戦略
インバウンド型 価値獲得戦略
出所:真鍋・安本(2010,p.17)により ア
ウ トバ ウ ン ド イ ン バウ ン ド 知 識の 方 向
価値の創造 価値の獲得 目的
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彼ら(2010)は,価値の創造と価値の獲得について,「価値の創造とは優れた技術・商品を開 発・製造することであり,価値の獲得はそれを経済的価値に結び付けることを意味する」
とまとめている46.
図10と図11で示しているように,真鍋・安本(2010)は,開発コミュニティ,ユーザー・
イノベーション,パートナーシップ,コンソーシアム,ジョイント・ベンチャー,提携戦 略(企業/大学/公的機関),研究開発ネットワークのようなカップルド型オープン・イノベー ションをインバウンド型とアウトバウンド型のいずれかに分けられるとしている.
図 11 オープン・イノベーションの戦略マップ
<アウトバウンド型価値創造戦略> <アウトバウンド型価値獲得戦略>
<インバウンド型価値創造戦略>
<インバウンド型価値創造戦略> <インバウンド型価値獲得戦略>
出所:真鍋・安本(2010,p.27.)一部により