第二章 先行研究
第 2 節 オープン・イノベーションの提示
イノベーション論が提唱されて以来,プロダクト・イノベーション(Danneels, 2002;
Kathleen et al., 1995),プロセス・イノベーション(Adner & Levinthal, 2001),サービス・イノ
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ベーション(Dörner et al. 2011),組織イノベーション(Damanpour & Schneider, 2006; Evan, 1984)からの捉え方が一般的になっているが,このような研究はいずれも「クローズド」を 前提としたものである.つまり,従来は企業内部だけの活動がイノベーションの主体であ った.このようなイノベーションのパラダイムは,クローズド・イノベーションと呼ばれ,
内部知識が外部に漏れることを防ぐ必要がある (Herzog & Leker, 2010).図8は,クローズ ド・イノベーションのモデルにおけるイノベーションプロセスを表したものである.クロ ーズド・イノベーションのパラダイムでは,企画から商品化までのプロセスを公開せずに 会社内で行われている.しかも,技術プロジェクトが市場に向かう方法は,ただ一つのル ートしか存在していない.
図 8 クローズド・イノベーションのモデル
出所:Chesbrough(2003, p.xxii)により
しかし,グローバル化につれて,経営環境がより速く変化し,イノベーションも企業に とって深刻な問題になっている.このような背景の下で,Gassman(2006)は,イノベーショ ン・マネジメントにおける「自分自身で行われる(do-it-yourself)」の考え方は時代遅れにな ったと主張している.その一方,ビジネス市場における協力関係は,企業の競争優位性を 生み出し,成功を収めるための重要な条件の一つとなっている(Hewitt et al. 2002; Jap, 1999;
Lyons et al.1990).Chesbrough(2003)は,こうしたクローズド・イノベーションの限界につ いて,①優秀な熟練技術者の流動性の高まり(特に大企業からベンチャーへの流出が多い),
②大学や大学院で訓練を受けた優秀な就業者が増え,大企業から中小企業まで知識レベル が向上したこと,③ベンチャー・キャピタルの存在が社会的に大きくなり,企業内で商品 化できなかった技術も,外部で起業することによって商品化できるという選択肢を提供し たという3点の要因があると述べている.
こうしたクローズド・イノベーションの限界はオープン・イノベーションの背景にもな っている.それゆえ,Chesbrough(2003)は,企業は自力でイノベーションを起こそうとす るより,外部の知識をも活用するほうが効果的であると主張し,従来のイノベーション理 論と異なる視点でオープン・イノベーションのパラダイムを提示している.図 3(p.8)で示
研究プロジェクト 市場
企業の境界線
研究 開発
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しているように,従来のクローズド・イノベーションとは異なり,オープン・イノベーシ ョンのモデルでは,知識の流入と流出はあらゆるステージで発生しており,知識の流入ル ートと市場に進出するルートも複数ある.こ う し て ,チ ェ ス ブ ロ ウ は ,か つ て イ ノ ベ ー シ ョ ン の プ ロ セ ス に お け る 見 落 と さ れ た 外 部 知 識 の 重 要 性 を 指 摘 し , オ ー プ ン ・ イ ノ ベ ー シ ョ ン を 理 論 化 し た .
表 7 「クローズド・イノベーション」と「オープン・イノベーション」の区別 クローズド・イノベーションの原理 オープン・イノベーションの原理
優れた人材は自社のために働く. 優れた人材がすべて自社のために働くわけではない ので,社内外の人材を活用しなければならない.
R&D から利益を得るために,研究,開発,輸送ま
で自社で行う必要がある.
外部R&Dは重要な価値を生み出すことができる.
その価値の一部を獲得するために社内のR&Dが必 要である.
自社で製品を開発するならば,いち早く商品化する ことができる.
利益を得るために,社内での研究を行わなくてもい い.
イノベーションを最初に商品化した企業が競争に 勝つ.
最初に商品化することより,よりよいビジネスモデ ルを構築することのほうが重要である.
業界で最も優れたアイデアを最も多く生み出すこ とができれば,競争に勝つ.
社内外のアイデアを最大限に活用すれば競争に勝 つ.
競合他社が自社のアイデアから利益を得られない
ようにIP(知的財産)を管理すべきである.
自社の IP を他社に利用させることによって利益を 得る.それと同時にビジネスモデルを進歩させるた めに,他社のIPを購入すべきである.
出所:Chesbrough(2003)により筆者が翻訳35
また,クローズド・イノベーションの原理とオープン・イノベーションの原理について,
チェスブロウ(2003)は,6つの違いがあると論じている(表7).その後,チェスブロウ(2008) は,また従来のクローズド・イノベーションとオープン・イノベーションについての説明 を詳しく展開し,この二つのパラダイムには8つの区別があると改めて主張した.彼の主 張を参照し,筆者はこれらの違いを次のように要約してまとめる36.
① 従来のイノベーション理論では,社外の知識を補完的なものとして捉えていたが,
オープン・イノベーションパラダイムでは,外部の知識を内部の知識と同様に重視 されている.
② 従来のイノベーションパラダイムでは,才能のある人材の確保することを重視され ているのに対して,オープン・イノベーションでは,企業はビジネスモデルを活性 化するために,社外にある有能な人物を探し求める.また,オープン・イノベーシ ョンは,既存のビジネスモデルに制約されず,柔軟にビジネスモデルを会社内外で 展開する.
③ 従来のイノベーション理論では,R&Dプロジェクトの評価においてミスが起きない
35 Chesbrough, H.W., (2003) “Open Innovation: The new imperative for creating and profiting from technology”, Boston, MA: Harvard Business School Press. p.xxvi
36 ヘンリー・チェスブロウ編・PRTM監訳・長尾高弘訳 (2008)『オープン・イノベーション-
組織を越えたネットワークが成長を加速する』英知出版, pp.25-30
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ことを前提としていた.その一方,オープン・イノベーションでは,ビジネスモデ ル を 社 内 で の R&D プ ロ ジ ェ ク ト 評 価 の 認 知 装 置 と 位 置 づ け(Chesbrough &
Rosenbloom 2002),ビジネスモデルに適合したプロジェクトを拾い出し,適合しない ものを捨てる.
④ 従来のイノベーションは,自社の知識や技術の流出を認めることがほとんどなかっ た.それに対し,オープン・イノベーションでは,技術の流出を認め,社内では市 場にたどり着くための明確な道筋が見えないような技術に外部チャネルを与える.
⑤ 知識に対する認識が違う.従来の考え方では,役に立つ知識が希少なので,外部に 頼ることは危険だと考えられている.それに対して,オープン・イノベーションで は,役に立つ知識は広く分散しており,一般に高品質だと考えられている.
⑥ 従来のイノベーション理論では知的財産をイノベーションの副産物と捉え,主とし て防衛的に使ってきた.それに対して,オープン・イノベーションでは,企業は知 的財産管理において,先取り的な知財管理を取り組んでいる.
⑦ オープン・イノベーションでは,イノベーション市場の仲介者の役割が重視されて いる.
⑧ イノベーションプロセスに対する評価の仕方が異なる.従来の基準と違って,オー プン・イノベーションでは,企業のサプライチェーン全体の中でR&Dがどの程度実 施されているか,イノベーション活動の中で社外に起源をもつものがどれくらいの 割合になっているかなどのような新しい評価指標も重視する.