Day and Banford(1998)は、外国語習得におけるextensive readingをリーディング指 導の方法の一つとして紹介した。これは、第2言語や外国語習得のためのリーディン グ活動が語彙学習や内容の理解を目的とする精読に偏りがちで、内容の読み取りが軽 視されてきたことを踏まえ、外国語のリーディング指導においても、学習者は自発的 に本を選び、楽しく、沢山読むという読書の要素を持つべきであるという考えを根幹 としている。
この指導法は、長年、英文和訳と文法の知識習得に力を注ぎ、時間をかけて正確に 読解することが重要視されてきた日本の英語教育に対するアンチテーゼとなり、
extensive reading を通じて英語と触れ合うことでインプットの量を増やそうとする実
践が進んできた。例えば、科学研究費助成事業データベースKAKENを使ってextensive readingを検索すると、Day and Banford がExtensive Reading in the Second Language
Classroomを出版する1998年以前に「多読」をキーワードに用いた研究は「外国語読
解力を量質ともに飛躍的に高める教授法の研究」の 1 点のみであった(長谷川 et al, 1996)が、その後の1999年から日本多読学会が設立された2004年の間に完了した研 究では、キーワードに「多読」を用いたものは4件、「E(e)xtensive reading」を用いた ものは4件であった。以下、5年区切りで KAKENにキーワードとして現れる回数を 調べると、2005年から2009年には「多読」15件「E(e)xtensive R(r)eading」8件、2010 年から 2014 年には「多読」29件「E(e)xtensive R(r)eading」10 件、2015年から 2019 年に完了した研究では「多読」5件「E(e)xtensive R(r)eading」5件、2019年現在で継続 中の研究を含めると、2015年から2019年では「多読」16件「E(e)xtensive R(r)eading」 5件である。「多読」というアプローチが、リーディング指導として定着し、研究され ていることがうかがえる。
この間、リーディング以外の技能でも、量に注目した指導の概念に注目が集まり始 め、2006年にはKAKENのキーワードに「多聴」「E(e)xtensive L(l)istning」という言葉 も見られるようになった。2006年以降、2019年までを検索すると、キーワードには「多 聴」9件、「多読・多聴」4件、「E(e)xtensive L(l)istenng」4件が用いられている。しか
し、「E(e)xtensive Writing」あるいは「多書」をキーワードとして行われた研究は、2008
年に1点あるのみである。
KAKEN の検索では、1 つの研究のキーワードに「多読」と「extensive reading」の
ように日本語と英語を重複して用いることがあるため、実際の研究数はこれより少な い。またキーワードとして用いたからと言って、直接的にライティングを扱ったもの とは限らない。「extensive writing」と「extensive reading」の両方をキーワードに含めて
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いる場合、研究の中心がどちらにあるのかは、キーワードだけでは判断がつかず、そ の出現回数が、そのまま研究の内容を示しているとは言えないのであるが、少なくと も、動向として、extensive指導への注目は増してきたと考えられる。しかし、ライテ ィングにおけるextensiveのアプローチは、KAKENでキーワードとしての使用も少な いことから推測できるように、まだ充分に進んでいない。このことは、CiNii(NII 学 術情報ナビゲータ)においても同様の傾向が見られ、タイトルや抄録に「extensive reading」・「ER」・「多読」、また、「extensive listening」・「多聴」などの語は含まれてい るが、「extensive writing」・「多書」の語は見当たらない。
Extensive writingの研究を進めることは、ライティング指導の可能性を探ると共に、
「読むこと」、「聞くこと」のインプットでの研究が進むextensiveアプローチに対して、
「書くこと」というアウトプットでの研究を進めることにもなる。研究されることの 少なかったこの部分を補完していくことにより、extensiveアプローチをどのように指 導に取り入れていけるのか、4 技能のそれぞれで、また技能を統合させて、どのよう な実践的な生徒活動を生み出すのかを研究することにつながると期待できる。
Extensiveアプローチは、教室外で英語に触れる機会の限られるEFL環境での英語学習
者にとって、意識的に取り入れなくてはならない学習手段であると考える。
1.2 Extensive writing の定義
大学入試での出題形式として「自由英作文」の名が使われるようになり、高等学校 の英語教育では「自由」と言いながら、その意味は狭義に捉えられるようになった。
例えば、指導要領では、自由英作文とは、ジャンル、トピック、読み手にふさわしい 表現を学習者に身につけさせるという指導目的を持つもので、それぞれの目的に応じ た適切な指導法を工夫するものとして規定されている。従って、高等学校で自由英作 文というと、決められたトピックに基づいて書かれた英文でのエッセイを指す、と理 解されることが多い。
Extensive writingは、そうした狭義での自由英作文とは異なる。Elbow(1973)は、
Writing without Teachersで、10分ないし20分間、自分の考えを止まることなく書き続 けるというプロセスに注目した作文指導を提唱し、この活動を第2言語のwriting教育 にも応用しようと試みた。Casanave(1993)は、外国語で日記をつけるjournal writing を「自由意思によるライティング活動」であると定義し、 教師は「評価者でなく、読 み手である」ことを心がけるように提言した。Lavin(2003)は、extensive writing を extensive reading と比較しながら、共に量をこなすことが鍵であり、fluencyとenjoyment を目指すoutput活動と定義した。Herder and King(2012)は、fluencyへのアプローチ として、日本人高校生に 10-minute writing を用いた実践を報告した中で、extensive
writingは、日本の英語教育に欠けている fluency を伸ばすアプローチと位置付けた。
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いずれの定義も、プロダクトとしての精度に注目が集まりがちなライティング指導に おいて、プロセスでの量に注目したものである。
一方で、extensive writingは、高等学校で従来行われていた「英作文」に対するアン
チテーゼであると言えるだろう。かつて「英作文」とは和文英訳であり、多くの場合、
1文単位の和文英訳が練習されてきた。これは、教科が「writing」になり、「英語表現」
になった後にも、引き継がれてきた指導法であり、文法定着を一つの目的として行わ れた。「書く」とは、考えをまとめ、深め、情報を伝達する手段である。アカデミック な場でもビジネスの場でも社交においても「書く」ことは重要な技能であり、これは 通信手段が手紙からメールに移り、画像通信が手軽な時代になった現代においても変 わりはない。しかし、高等学校の英語教育の中で扱われてきた「ライティング」は、
その重要性が認識されていながら、実用的な技能の習得に力を入れてきたわけでも、
考えをまとめる手段やcritical thinkingの一助になるようにと教えられてきたわけでも ない。
そうした指導へのアンチテーゼとしてextensive writingをとらえると、あらかじめ想 定されている英文を正しい答えとして解答するのではなく、「書くこと」によって外国 語で考えを述べる楽しさを知り、新しい自己表現の手段を持ち、やがてはコミュニケ ーション力の育成につなげることを目的に行う活動と言えるのではないか。extensive
writingとは、書く量に加えて、書く機会やテーマの広がりを増やすことを意図して行
うことが重要になる活動としても定義できると考える。
1.3 本研究におけるextensive writing
本論文で取り上げるextensive writingは、教室での指導・活動が継続的にでき、教師・
生徒ともに心理的負担が大きくないものとして考えた。書く活動を通して、自分の考 えを英語という手段によって表現しようとすること、表現できると知ることが目的で あり、英語で書くことをコミュニケーションの手段として用い、文法などの技能より、
書かれたメッセージや内容に注目した。
教室内の活動としてextensive writingの可能性を探った結果、10-minute writingが活 動の中心となった。この経緯と具体的な手順については後述するが、(1) 週に 1 度、
10 分間だけの活動であること、(2) 辞書や教科書を見ながらできること、(3) 内容を 伝えることが目的であること、という事前指導によって、生徒側には間違えることを 必要以上に怖がらない環境を整えた。また、教師の側にとっても、(1) 週に1度の10 分間活動は、授業計画に大きく影響を与えない長さであり、(2) 読み取りや語彙指導 から独立した活動であるため、4 技能統合を念頭においた教材研究を新たに付け加え る必要がなく、(3) 添削により正しい文法の定着を図ることを目的とするのではない ため、フィードバックに欠ける時間が少ないために、それまでの自分のティーチング
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スタイルを変える必要がないという取り組みやすさがあった。つまり、生徒の側でも 教師の側でも全く新しい取り組みをするのではなく、日ごろの授業に付け足す形で取 り組めるものとした。
更に、教室外の活動として、宿題として用いたライティング活動を個別に分析し、
ライティングの発達を分析した。Casanave(1993)のjournal writingが教室外の活動で あったのと同様、エッセイなどを書かせる活動は宿題となることが多い(小見山, 2018)。
宿題とすることで、授業時間を活用するより、多くの英文を短期間に書かせることが 可能になるため、量と質の関係に注目したケース・スタディを行った。
以上、本論文でのextensive writingは、教師側にも、生徒側にも、特別な準備や時間 的な無理をしないで実践できることを条件とし、現場で不足しがちな書く活動を増や すためのものとして設定した。