5.1.1 おはなし
いよいよ線積分を学ぶ。この後の授業では、毎回線積分が現れる。例えば、
• この講義科目において最も重要な定理は、Cauchyの積分定理であると考えられるが、こ れは線積分に関する定理である。
• 既に述べたように、この講義では、「正則関数は冪級数展開可能である」という定理を示 すことが重要な目標の一つである。この定理のどこにも「積分」という語は出てこない が、その証明は普通「線積分」を使ってなされる60。
• 複素対数関数の多価性も、線積分 logz= Z z
1
dζ
ζ を通して理解できる。
59講義では、「今日はいよいよこの講義の核心部分に触れるので、真剣に聴きましょう。」とか、そういう意味 のことを話す。
60「線積分」を使わない証明もあるらしいが、ずっと後になって発見されたもので、一般にはあまり知られて いないそうである(私は不勉強で読むのをさぼってます(笑))。Ahlfors [24]に書いてあった話?
(余談: 高木貞治の「函数論縁起」([6]に収録)にある61、1頁ちょっとのガウスからベッセル への手紙の引用を読んでみよう。この講義の WWWサイト(https://m-katsurada.sakura.
ne.jp/complex/) に載せてある。高木先生はお亡くなりになってから、50年以上経っている ので、著作権フリーです。)
(これは蛇足?)C はR2 に近いので、重積分というものもあるが、複素関数論でそれが必要 になることは稀で、必要なのは線積分の方である (線積分がある意味で微分の逆演算となる)。
これからしばらくの話は
1. まず線積分を定義、例を見せる 2. 反省モード
3. 線積分の基本的な性質を粛々と調べる
と進める。Cauchyの積分定理の準備をすることになる。
5.1.2 線積分の定義
それでは、線積分を定義しよう。2種類あるが、良く使うのは次のものである。
(次は図を描くこと。ちょろっと、始点、終点という言葉を書き込み、ちょろっと「始点と 終点が同じでも道はたくさんある」と言う。)
定義 5.1 (曲線に沿う線積分) ΩはCの開集合、f: Ω→Cは連続、C :z =φ(t) (t∈[α, β]) は Ω 内の区分的にC1 級の曲線とする。このとき、曲線 C に沿った f の線積分 (line integral)を次式で定める。
(39)
Z
C
f(z)dz :=
Z β α
f(φ(t))φ′(t)dt.
C のことを
せ き ぶ ん ろ
積分路と呼ぶ。
次の形の線積分も必要になる。
定義 5.2 Ω は Cの開集合、f: Ω→C は連続、C :z =φ(t) (t∈[α, β]) は Ω内の区分的 にC1 級の曲線とする。このとき、
(40)
Z
C
f(z) |dz|= Z
C
f ds:=
Z β α
f(φ(t))|φ′(t)| dt.
(特にf ≡1 のとき、つまり Z
C
ds は C の弧長となる。)
曲線、区分的にC1 級などの言葉については、知っている人も多いと想像するが、すぐ後で 説明する。
F(t) := f(φ(t))φ′(t) は複素数値関数である。微積分では実数値関数の積分しか出て来な かったかもしれない。U(t) := ReF(t),V(t) := ImF(t) とおいて、
Z β α
F(t)dt = Z β
α
(U(t) +iV(t))dt:=
Z β α
U(t)dt+i Z β
α
V(t)dt
61「縁起」というのは、物事の起源・由来、またはその言い伝え、という意味です。
で積分を定義すると考えれば良い。(これは実際には既に他の授業で普通に使ってあるはず。
例えば「信号処理とフーリエ変換」の Fourier 係数の計算など。) 問 63. F: [α, β]→C は連続とするとき、
Z β α
F(t)dt ≤
Z β α
|F(t)|dt を示せ。
注意 5.3 (細かい注意 — 授業では寝た子を起こさないかも) 任意の t に対してφ′(t) が定義 されるわけではない(「区分的…」なので)。(39) は大丈夫なのだろうか?φ: [α, β]→Ωが区 分的に C1 級の曲線とは、φ: [α, β]→Ω は連続で、∃{tj}nj=0 s.t. α=t0 < t1 <· · ·< tn =β, φ を Ij := [tj−1, tj] に制限した φj := φ|Ij は Ij で C1 級、と定義される。ゆえに
Z tj
tj−1
f(φj(t))φ′j(t)dt
は問題なく定義される (被積分関数は [tj−1, tj] で連続なので、積分可能であり、値が確定す る62)。(39) は
Z
C
f(z)dz :=
Xn j=1
Z tj
tj−1
f(φj(t))φ′j(t)dt.
と定義するのが厳密であると言えるかもしれない。しかし積分は関数が定義されていなかった り、不連続であるような例外点の存在を許して考えるのが普通 (慣習)なので、上のように書 いておいた。積分可能であることを確かめるには、ここに書いたような議論が必要になる。
参考 5.1 (積分の定義の反省) 実関数の積分は Riemann 和の極限として定義されるのが普通
である: Z b
a
f(x)dx= lim
|∆|→0
Xn j=1
f(ξj)∆xj,
∆xj :=xj −xj−1, ξj ∈[xj−1, xj], |∆|:= max
1≤j≤n(xj −xj−1). 複素関数の曲線に沿う線積分も同様に定義可能である。
Z
C
f(z)dz = lim
|∆|→0
Xn j=1
f(ζj)∆zj.
∆zj :=zj−zj−1, ζj ∈
zj−1zj, |∆|:= max
1≤j≤n|zj−zj−1|. (ここで
zj−1zj は、2点 zj−1, zj を端点とする弧を表す。実はこの辺は突っ込みどころなのだ けど、頬かむりする。)
zj, ζj をどう取るか。パラメーターの区間の分割
α=t0 < t1 <· · ·< tn=β と各小区間から任意の選んだ点
ξj ∈[tj−1, tj] (j = 1, . . . , n) を用いて
zj =φ(tj), ζj :=φ(ξj)
62一方、φはt=tj で微分可能でないことがありうる(φ′j(tj)6=φ′j+1(tj)であるとき、φは tj で微分可能で はない)。その場合、f(φ(t))φ′(t)はt=tj で定義されていない。
とするのが自然であろう。すると
f(ζj) = f(φ(ξj)),
∆zj =φ(tj)−φ(tj−1)'φ′(ξj)∆tj,
∆tj :=tj −tj−1 であるから、
Xn j=1
f(ζj)∆zj ' Xn j=1
f(φ(ξj))φ′(ξj)∆tj.
この右辺は、実変数の関数t 7→f(φ(t))φ′(t)のRiemann和になっているので、|∆|:= max
1≤j≤n(tj− tj−1) を 0に近付けた時の右辺の極限は
Z β
α
f(φ(t))φ′(t)dt になることが証明できる。複素関 数の曲線に沿う線積分の妥当性が分かる。
もう一つの方の線積分は Z
C
f(z)|dz|= Z
C
f ds= lim
|∆|→0
Xn j=1
f(ζj)|∆zj|. (f ≡1の場合は、Riemann 和は折れ線の長さになっていることに注意。)
5.1.3 線積分の実例
例 5.4 f(z) = z2 (z ∈C), C は φ(θ) =eiθ (θ ∈[0, π])とするとき Z
C
f(z)dz = Z π
0
f(φ(θ))φ′(θ)dθ= Z π
0
eiθ2
·ieiθ dθ =i Z π
0
e3iθ dθ
=i e3iθ
3i π
0
= e3πi−e0
3 = −1−1 3 =−2
3.
(実はこの積分は、原始関数を利用して計算することができる。後述する。) 例 5.5 f(z) = 1
z (z ∈C\ {0}), C は φ(θ) =eiθ (θ ∈[0,2π])とするとき Z
C
f(z)dz = Z 2π
0
f(φ(θ))φ′(θ)dθ = Z 2π
0
1
eiθ ·ieiθ dθ=i Z 2π
0
dθ= 2πi.
曲線を“z =パラメーターの式”の形で与えることも多い。
例 5.6 f(z) = |z|(z ∈C), C は z = (1 + 2i)t (t∈[0,1]) とする。
Z
C
f(z)dz = Z 1
0
f(z(t))dz dt dt =
Z 1 0
|(1 + 2i)t| ·(1 + 2i)dt
= (1 + 2i)√ 5
Z 1 0
|t| dt = (1 + 2i)√ 5
Z 1 0
t dt= (1 + 2i)√ 5
2 .
実関数の積分でよくやるように、dz = (1 + 2i)dt と書いて、それを代入するように覚えるの も良いだろう。
5.1.4 原始関数の存在する場合
定理 5.7 (微積分の基本定理 (のようなもの)) Ω が C の開集合、F: Ω → C は正則、C は Ω内の区分的に C1 級の曲線で、始点が a,終点が b とするとき、
Z
C
F′(z)dz = [F(z)]z=bz=a=F(b)−F(a).
証明 C が z =φ(t) (t∈[α, β]) とする。φ が C1 級の場合は、
Z
C
F′(z)dz = Z β
α
F′(φ(t))φ′(t)dt = Z β
α
d
dtF(φ(t))dt= [F(φ(t))]t=βt=α
=F(φ(β))−F(φ(α)) =F(b)−F(a).
φ が連続かつ区分的に C1 級の場合は、C1 級であるような小区間に分割して、各区間で上と 同じことをして
Z
C
F′(z)dz = Xn
j=1
Z tj
tj−1
F′(φ(t))φ′(t)dt= Xn
j=1
(F (φ(tj))−F (φ(tj−1)))
=F (φ(tn))−F (φ(t0)) =F(b)−F(a).
この定理を見て、次のように考えるかもしれない。
何だ、実関数のときと同じじゃないか?
確かに原始関数が分かっていればこれまでと同じだ。しかし、すぐ後の例5.10で見るように
複素関数では、原始関数が存在するとは限らない。
ゆえに原始関数が存在することは、仮定として与える必要がある。
この原始関数の存在問題については、時間をかけて説明することになる。
Cf. [a, b]を R の区間とするとき、f: [a, b]→Rが連続ならば、f は必ず原始関数を持つ。す なわち ∃F s.t. F′ =f. 実際、
微積分の基本定理
f: [a, b]→R が連続ならば d dx
Z x a
f(t)dt =f(x) (x∈[a, b]).
が成り立つから、F(x) :=
Z x a
f(t)dt とおけば、F は f の原始関数である。
なお、
Z b
a
f(x)dx= [F(x)]ba =F(b)−F(a)
すなわち Z b
a
F′(x)dx =F(b)−F(a)
も微積分の基本定理と呼ばれる。これらは要するに、
( 実関数では、つねに ) 微分と積分は互いに逆演算である
ということを言っている。
複素関数で曲線に沿う線積分が重要である理由は、(「つねに」ではないけれど)微分の逆演 算となりうるからである。
注意 5.8 (ベクトル解析との比較) このあたりの事情は、ベクトル解析でも同じである。任意
のベクトル場 f に対して、f のポテンシャル(∇F =f を満たす F のこと) が存在するとは 限らない。もし存在すれば、
Z
C
f ·dr =F(b)−F(a).
例 5.9 (原始関数を利用した線積分の計算) 例5.4 を原始関数を用いて計算してみよう。すな
わち f(z) = z2, C は z = eiθ (θ ∈ [0, π]) とする。F(z) := z33 は f の原始関数である (実際 F′(z) = f(z) を満たす)。また C の始点、終点はそれぞれ 1, −1 (θ = 0 のとき z = 1, θ =π のとき z =−1) であるから
Z
C
f(z)dz = [F(z)]z=z=1−1 = z3
3 z=−1
z=1
= (−1)3−13
3 =− 2
3 . 例 5.10 (原始関数が存在しない例) f(z) = 1
z (z ∈Ω := C\ {0}) とする。この f の原始関 数は存在しない。実際、もしも原始関数 F が存在するならば、C: z =eiθ (θ ∈ [0,2π]) は Ω 内のC1 級閉曲線 (始点も終点もz = 1) であるから
Z
C
f(z)dz = [F(z)]z=1z=1 =F(1)−F(1) = 0.
ところがすでに見たように Z
C
f(z)dz = 2πi であるから、矛盾が生じる。ゆえにf の原始関
数は存在しない。
この線積分については、定理5.7 を適用できないことになるが、以下のように “間接的に” 適用することができる。
Ω′ :=C\[0,+∞) における対数関数の分枝logzを、z =reiθ (r >0, θ∈(0,2π)) に対して logz := logr+iθ
と定める。このときF(z) := logz (z ∈Ω′) はΩ′ で正則であり、F′(z) = 1
z (z ∈Ω′). つまり F は f の Ω′ への制限 f|Ω′ の原始関数である。0< ε < π を満たす任意の ε に対して、
Cε: z =eiθ (θ ∈[ε,2π−ε]) とおく。この Cε は Ω′ 内のC1 曲線で
Z
Cε
f(z)dz = [F(z)]z=ez=ei(2πiε −ε) = logei(2π−ε)−logeiε
= (2π−ε)i−iε= 2(π−ε)i.
この値の、ε→ +0 のときの極限 2πiが、
Z
C
f(z)dz = 2πi に一致するのはもっともらしい。
ここでは
この辺の事情は、前節の複素対数関数の話に通じる。やや判りづらいと思われるが、説明 する。
F(z) := logz は多価関数で、関数とは認められないが、ある意味でF′(z) =f(z)を満たす。
関数 f の定義域を少し小さいものに置き換えると、原始関数は存在することがある。例 えば、複素平面から実軸の正の部分を除いた領域Ω′ :=C\ {z∈C|z ≥0} では
F(z) = logz = logr+iθ (z =reiθ, 偏角θを (0,2π)の間に取る)
が f の原始関数になる。そこで0< ε <1 に対して、Cε: z =φ(θ) =eiθ (θ ∈[ε,2π−ε]) とすると、Cε の像は Ω′ に含まれるので
Z
Cε
f(z)dz =F(φ(2π−ε))−F(φ(ε)) = (log 1 +i(2π−ε))−(log 1 +iε) = (2π−2ε)i.
ここで ε→+0 とすると 2πiに収束する。これが Z
C
f(z)dz に等しいのはうなずけるだ
ろうか(そうしてもらえることを期待している)。
例 5.11 (zn の積分) n ∈Z,f(z) = zn とする。n=−1の場合が上の例であるが、n 6=−1で あれば、F(z) := zn+1
n+ 1 とおくと、F′(z) =f(z) であるから、
Z
C
f(z)dz =F(b)−F(a) = bn+1−an+1 n+ 1 . 関数が原始関数を持つかどうか、簡単に分かることを述べておく。
• 多項式関数は (n ≥0しか出て来ないので)必ず原始関数を持つ。
• 冪級数は収束円の内部では必ず原始関数を持つ。
• 有理関数で(実関数ならば) logが出て来るケース ( 1
z−a とか、 z
z2+ 1 —もっともこち らは 1
2 1
z+i + 1 z−i
に等しいので、 1
z−a に帰着されると言って良いかもしれない) や、√ などは注意を要する。
• 実は「原始関数を持つならば正則である」ことが後で分かる。従って正則関数でない x= Rez, y= Imz, |z|, Argz などは原始関数を持たない。
余談 5.12 (授業楽屋裏) 線積分の練習問題を出す立場の楽屋裏を説明すると、原始関数が分
かる場合は、定理5.7 によって、線積分は簡単に計算できてしまい、線積分の定義に基づいて 計算することの練習にならないので、原始関数が存在しない問題を出すことが多い。その中に (x, |z|のような)正則関数でない関数を含めることがあるが、関数論で実際にそういう関数の 積分が出て来ることはあまり多くないので、「問題のための問題」になりがちである (少し複 雑な気持ちになる)。