6 Cauchy の積分定理
6.2 三角形の周に沿う線積分の場合
三角形のような単純な図形の場合は、内部とは何か明らかで議論が簡単になる。次の補題 は、その証明とともに非常に有名である。
補題 6.1 (Goursat, Pringsheim) ΩはC の開集合、f: Ω→C 正則、∆はΩ 内の三角
形とするとき、 Z
∂∆
f(z)dz = 0.
ここで∂∆ は、三角形 ∆の周を正の向きに一周する閉曲線である。
(有名な定理であるが、その歴史については Gray [26] を見よ。Goursat (グルサー)の定理と 呼ぶ人が多いが、高木 [27]では Pringsheim という名前をあげている理由が良く分かる。簡潔 な証明であるが、ここに行き着くまでに紆余曲折があったことが分かる。)
証明に使われるのは、(a) 三角形の周に沿う積分は、分割して出来た小三角形の周に沿う積 分の和である、(b) 微分できるということは、局所的には1次関数でいくらでも精度良く近似 できるということである、(c) 1次関数の閉曲線に沿う積分は 0 (1次関数 az+b は原始関数
a
2z2+bz を持つから),という3つの事実と区間縮小法であるが、それらの組み合わ方が絶妙で ある。
証明 (注意: 対面授業で証明すると40分強の時間が必要になる。) M :=
Z
∂∆
f(z)dz
とおく。M = 0 を示したい。
∆0 := ∆ とする。∆0 の各辺の中点を結ぶと、4つの三角形に分割される。
∆0 = ∆01∪∆02∪∆03∪∆04.
∂∆0j は、∂∆0 に含まれる線分と、そうでない線分 (両端を除いて ∆0 の内部に含まれる線分) からなるが、後者は、j = 1,2,3,4すべてを考えると、2回現れ、それらは互いに逆向きになっ ているので (図が欲しい)、線積分を計算するとキャンセルして消えてしまうから、
Z
∂∆0
f(z)dz = Z
∂∆01
f(z)dz+ Z
∂∆02
f(z)dz+ Z
∂∆03
f(z)dz+ Z
∂∆04
f(z)dz.
ゆえに
M = Z
∂∆0
f(z)dz ≤
X4 j=1
Z
∂∆0j
f(z)dz . 右辺の4つの項
Z
∂∆0j
f(z)dz
のうち最大値を与える三角形が ∆0j∗ であったとして、それを
∆1 とおくと、
M ≤4 Z
∂∆1
f(z)dz .
ゆえに
Z
∂∆1
f(z)dz ≥ M
4 . 以下、同様にして三角形の分割を続ける:
∆ = ∆0 ⊃∆1 ⊃∆2 ⊃ · · · このとき任意の n∈N に対して
Z
∂∆n
f(z)dz ≥ M
4n.
区間縮小法の原理により
(∃c∈C) \
n∈N
∆n ={c}. c∈∆0 = ∆ ⊂Ωであることに注意する。
1次関数は必ず原始関数を持つので、1次関数の閉曲線に沿う線積分は0である。ゆえに Z
∂∆n
f(z)dz = Z
∂∆n
[f(z)−(f(c) +f′(c)(z−c))]dz.
右辺の被積分関数を g(z) とおくと、
Z
∂∆n
f(z)dz =
Z
∂∆n
g(z)dz
≤ max
z∈∂∆∗n|g(z)| Z
∂∆n
|dz|. Z
∂∆n
|dz| は ∂∆n の弧長である。それを Ln とおくと、∆n は ∆と相似であり、n が 1 増え るごとに、長さが 1/2倍になるから、Ln = L
2n が成り立つ。
微分の定義 lim
z→c
f(z)−f(c)
z−c =f′(c)によって、
limz→c
g(z)
z−c = lim
z→c
f(z)−(f(c) +f′(c)(z−c))
z−c = 0
であるから、任意の正の数 ε に対して、ある δ >0 が存在して、
|z−c|< δ ⇒ |g(z)| ≤ε|z−c|.
c∈∆n であるので、十分大きな任意の n に対して、∆n⊂D(c;δ) が成り立つ。そのようなn に対して
zmax∈∂∆∗n|g(z)| ≤ε max
z∈∂∆∗n|z−c|. 三角形の直径は周長以下であるから
zmax∈∂∆∗n|g(z)| ≤εLn. ゆえに
M 4n ≤
Z
∂∆n
f(z)dz
≤εLn·Ln= εL2 4n であるから
M ≤εL2. ε は任意の正の数であったので、M = 0.
注意 6.2 (上の証明の工夫の鑑賞) 積分を評価するのに、良く使うのは
Z
∂∆n
f(z)dz
≤ max
z∈∂∆∗n|f(z)| Z
∂∆n
|dz| という不等式であるが、これでは
Z
∂∆∗n
f(z)dz
≤定数×Ln=定数× L 2n
という評価しか出ない。f(z) から1次近似式f(c) +f′(c)(z−c) を除いた g(z)を用いて Z
∂∆∗n
f(z)dz =
Z
∂∆∗n
g(z)dz
≤ max
z∈∂∆∗n|g(z)| Z
∂∆n
|dz|
とするのは気づきにくい工夫である(max|f| は小さくないが、max|g|は小さくなる)。 一方、もしもf が2回微分可能で、f′′ が連続であれば、Taylor の定理によって
max
z∈∂∆∗n|g(z)| ≤ 1 2 max
|z−c|≤δ|f′′(z)|L2n が得られて、
Z
∂∆∗n
f(z)dz ≤ 1
2 max
|z−c|≤δ|f′′(z)|L3n, さらに
M ≤定数× L3 2n
という評価が得られる。こうなれば簡単に M = 0 が得られてバンザイだけれど、今の時点で は66、f が2 回微分可能ということは証明出来ていないので、このやり方で証明するのは無理 である。1回微分可能という仮定から
(∀ε >0) M ≤εL2 という評価を導く上の議論は、実に繊細である。
後のCauchy の積分公式の証明に用いるため、仮定を少し弱くした命題も証明しておく。
系 6.3 (積分公式のための準備) 上の補題6.1の条件で、f が Ω で正則というところを、
f は Ωで連続、1点 a∈Ω を除いて正則 とゆるめても、
Z
∂∆
f(z)dz = 0 が成り立つ。
実際には、Ωで連続で、1 点を除いて正則という場合、実はその点でも微分可能で、Ω全体で 正則となってしまう(後述の除去可能な特異点というものにあたる)。つまり、これは純粋に証 明するための都合、ということになる。
証明 a6∈∆ ならば、上の証明のままで良い。a∈∆の場合は、
(i) a が ∆のある頂点に一致
(ii) a が ∆の頂点ではない辺上にある (iii) a が ∆の内部にある
のいずれかに分類される。
66たびたび言及しているように、正則関数は実は無限回微分可能であることが後で証明される— Cauchyの積 分定理を根拠として (これでは循環論法に落ちてしまう)。
図 7: a が三角形 ∆のどこにあるかで場合分け (頂点, 辺上,内部)
(i) の場合、∆ の辺の長さより小さい任意の正数 ε に対して、図のように ∆ を3つの三角 形に分割する。a を含まない三角形∆′ε, ∆′′ε では、周に沿う線積分の値は 0 であるから、
Z
∂∆
f(z)dz = Z
∂∆ε
f(z)dz+ Z
∂∆′ε
f(z)dz+ Z
∂∆′′ε
f(z)dz = Z
∂∆ε
f(z)dz.
ゆえに (∂∆ε の周の長さが4ε 以下であることに注意して) Z
∂∆
f(z)dz ≤
Z
∂∆ε
|f(z)| |dz| ≤max
z∈∆ |f(z)| Z
∂∆ε
|dz| ≤4εmax
z∈∆ |f(z)|. ε→+0 とすることで
Z
∂∆
f(z)dz = 0.
(ii), (iii)の場合も、図のように三角形を分割すると、各三角形で (i) が適用できて、線積分
の値が 0 であることが導かれる。
余談 6.4 Cauchy の積分公式を導くために、正則性の条件を緩めた積分定理をおくテキスト
が良くあるが、上の形のものはどうやら高橋 [19]が最初らしい(杉浦 [28] で [19]があげられ ている)。
補題6.1 とその証明を理解すると、例えば、関数 f が多角形 ☆ を含む開集合で正則なら ば、☆ の周に沿った積分
Z
∂☆
f(z)dz = 0 であることが容易に理解できる(なぜならば、多角 形は三角形 ∆j の和に分割でき、各三角形 ∆j に対して
Z
∂∆j
f(z) dz = 0 が成り立つことか ら、
Z
∂☆
f(z)dz = 0 が導かれる)。
そして実は、閉曲線C の像が多角形の周になっていなくても、C が囲む範囲とC上でf が 定義されて正則ならば、
Z
C
f(z)dz = 0 となることが証明できる。これがいわゆる Cauchyの 積分定理なのであるが、きちんと定式化して証明するのは意外と難しい。一歩一歩進んで行く ことにする。
余談 6.5 これは私の昔話。大学2年生の秋学期、数学科に進学を決めたのだけれど、自分が 果たしてこのまま数学の勉強を続けられるかどうか、おっかなびっくり過ごしていた。1つ上 の学年は (定員が45名というクラスで)、何と6人が転学科した (数学が難しいことに気がつ いて、1年棒に振ることを受け入れ、数学科から逃げた) という話を聞いていて、自分もそう なる羽目になるのでは、とおそれていたのだ。そうならないように、必死に予習をして授業 にのぞんだのだけど、最初の1コマで3ヶ月分の貯金がなくなる講義があったり、心の中はパ ニック状態。秋が深まり、疲れが出て来た時のこと。
複素関数論の講義を受講していたのだが、教官が授業で上の定理の証明をしていた。内容は 有名な「解析概論」[27] で予習済みであったので、自分にとっては復習だったが、「ああ、こ の定理の証明はやはり美しい、もっと数学を続けたい」と感じた。
そのとき、証明を終えた教官が「この証明を見て何も感じない奴は、数学を続けることを考 え直した方が良い」という意味の発言をした。今だったらハラスメントとか非難されたりしそ うだが(時代を感じてしまいます)、そのときの自分は何か救われたような気がした (まあ、教 官の主張が真だとしても、何かを感じた奴が数学を続けることを考え直さなくて良い、という ことには、論理的にはならないけれど)。
その後、数学者の中で、この定理の証明が素敵だと思う人と、別にそれほどのことは感じな い人、両方いるらしいことは分かったので、あの教官の発言は正しいと言う気はないけれど、
まあ、同じように感じる人もいる、ということですね。
余談 6.6 (Greenの定理を用いる別証明) 実は有名な別証明がある。それにはベクトル解析
で有名な次の Greenの定理を用いる。
Greenの定理
D は R2 の縦線領域であり、Ωは D を含む開集合、f = P Q
!
: Ω→R2 は C1 級とする とき Z
∂D
f ·dr
= Z
∂D
P dx+Q dy
= ZZ
D
∂Q
∂x − ∂P
∂y
dx dy.
ただし∂D は、D の境界を正の向きにたどる閉曲線である。
三角形の内部は縦線領域であるので、この定理が適用出来て Z
∂∆
f(z)dz = Z
∂∆
(u+iv)(dx+i dy) = Z
∂∆
(u dx−v dy) +i Z
∂∆
(v dx+u dy)
= ZZ
∆
(−vx−uy)dx dy+i ZZ
∆
(ux−vy)dx dy.
f は正則であるから、Cauchy-Riemann の方程式 ux =vy,uy =−vx が成り立つ。ゆえに Z
∂∆
f(z)dz = ZZ
∆
0dx dy+i ZZ
∆
0dx dy= 0.
この論法が成立するには、f′ の連続性を仮定する必要がある。強い仮定が必要という意味で は、定理としては弱くなるが、Green の定理に十分慣れていれば、三角形以外の多くの領域
に対して Cauchy の積分定理がすぐに拡張できる。これは魅力的に感じられるかもしれない。
実は教科書 (神保[1]) はこの証明を採用しているが、残念ながら Green の定理の説明はあま り詳しくない。この方針のもとに書かれている本のうちで、私のお勧めは、堀川 [29] である
(Greenの定理のていねいな説明が載っている)。
Greenの定理については、例えば杉浦 [28] の VIII§3 が詳しい。そこには縦線領域でない、
より一般の領域に対する Green の定理も載っている。