6 Cauchy の積分定理
7.3 冪級数展開の収束半径
定理 7.9 (冪級数展開の収束半径) Ωは C の開集合、f: Ω→Cは正則、c∈Ω,R >0 で D(c;R)⊂Ω、円周|z−c|=R 上に f の特異点 z0 (ここでは lim
z→z0
f(z)が存在しない、と 言う意味)が存在するならば、f の cにおける冪級数展開の収束半径は R である。
もう一つ定理を紹介しておく。
定理 7.10 (冪級数展開の収束半径その2) Ωは C の開集合で、f: Ω→C は正則、c∈Ω とする。
A = (
R∈(0,+∞)
D(c;R)で正則な関数 F とε∈(0, R] が存在して、
D(c;ε) で f =F
)
とおくとき、f のcの周りの冪級数展開の収束半径ρはsupA に等しい。
例えばg(z) = Li2(z) (二重対数関数)は、通常 [1,+∞) を分岐截線として、C\[1,+∞)で 正則と定義される。0での冪級数展開は
g(z) = X∞ n=1
zn
n2 (z ∈D(0; 1)).
この冪級数の収束半径は 1 であるから、ある R >1 が存在して、g はD(0;R) で正則という ことはあり得ない(そのこと自身は二重対数関数を知らなくても分かる)。
一方、この冪級数はD(0; 1) で一様収束するので、g は D(0; 1)に制限すると、(1も含めて) 連続であることも分かる。f(z) = 1
z2+ 1 の収束半径が 1 であることを、定理7.9 に基づいて 示したが、同じ論法でこの冪級数の収束半径が 1であることは示せない。
Li2 について、Mathematicaで可視化してみると
Plot3D[Re[PolyLog[2, x + y I]], {x, -2, 2}, {y, -2, 2}]
Plot3D[Im[PolyLog[2, x + y I]], {x, -2, 2}, {y, -2, 2}]
図 13: 実部 図 14: 虚部
例 7.11 (有理関数の冪級数展開の収束半径) f(z) = Q(z)
P(z) (P(z), Q(z) ∈ C[z], P(z) とQ(z) は互いに素)とするとき、P(z)のすべての根α1,α2,. . .,αnを除いたΩ :=C\{α1, α2, . . . , αn} で f は定義されて正則である。
一方、各j ∈ {1,2,· · · , n} に対して、lim
z→αj
|f(z)|=∞ であるので、z =αj を含めて正則に 拡張することは出来ない(αj は後で定義する言葉を使うと、f の極である)。
ゆえに、∀c∈ Ω に対して、f のc の回りの 冪級数展開の収束半径は min
1≤j≤n|αj −c| である (最寄りの赤点までの距離に等しい)。
例 7.12 (教科書 p. 81) 実関数
f(x) := 1 1 +x2
は R 全体で実解析的である。すなわち、∀x0 ∈R に対して、f は x0 で冪級数展開できる: (∃r >0)(∃{an}n≥0)(∀x∈(x0−r, x0+r)) f(x) =
X∞ n=0
an(x−x0)n. しかし x= 0 での冪級数展開
f(x) = 1−x2 +x4−x6+· · ·= X∞ n=0
(−1)nx2n
は −1 < x < 1 でしか収束しない (理由は各自チェックせよ)。それは f(z) = 1
z2 + 1 = 1
(z+i)(z−i) のc= 0のまわりの冪級数展開の収束半径が、上の例からmin{|i−0|,|−i−0|}= 1 となるから、D(0; 1)では収束し、{z ∈C| |z|>1} では発散することから分かる。
問 71. f(z) = 1
z2+ 1 を c= 2のまわりで冪級数展開したときの収束半径を (実際に冪級数展 開せずに) 求めよ。
例 7.13 (Bernoulli 数の母関数の収束半径) f(z) = z
ez −1 とおく。
(孤立特異点の分類を知っていれば、0 は f の除去可能特異点、2nπi (n ∈Z\ {0}) は f の 1位の極であることがすぐ分かり、f は D(0; 2π) で正則であるから、0 の周りの冪級数展開 を…と見通しよく議論できる。)
まず分母と分子は整関数(C全体で正則) である。
分母 ez−1 = 0 ⇔ (∃n∈Z)z = 2nπi であるから、f は D0 :=C\ [
n∈Z
{2nπi} で正則な関数を定める。
任意のz ∈C に対して
ez−1 = X∞ n=0
zn
n! −1 = X∞ n=1
zn n!
であるから、z 6= 0 に対して
ez−1
z =
X∞ n=1
zn−1 n! =
X∞ n=0
zn (n+ 1)!. 右辺の冪級数の収束半径は ∞ であるので、
g(z) :=
X∞ n=0
zn
(n+ 1)! (z ∈C) とおくと、整関数 g が定まる。g(0) = 16= 0 に注意すると、
g(z) = 0 ⇔ z 6= 0∧ez−1 = 0 ⇔ (∃n∈Z\ {0}) z = 2nπi.
そこで
D :=C\ {2nπi|n∈Z, n6= 0}=D0∪ {0}, fe(z) := 1
g(z) (z ∈D)
とおくと、fe: D→C は正則になり、f の拡張になる(0 でも定義できた)。 特に|z|<2π で正則であるから、∃{Bn} s.t.
(51) fe(z) =
X∞ n=0
Bn
n!zn (|z|<2π).
なお、 lim
z→±2πi
ef(z)= ∞ であるから、z =±2πi での値を (z = 0 のときと同様に) 適当に定 義することによって、より大きい半径の円盤で正則になるようには出来ない。ゆえに (51)の 収束半径は2π である。
以上が、定理7.9 の適用例の話で、この後は余談である。
Bn は Bernoulliベ ル ヌ ー イ 数と呼ばれ、多くの重要な応用がある (冪乗和 Xn
k=1
kr の公式73, tanと cot の冪級数展開、
X∞ n=1
1
n2k の和, Euler-Maclaurin の公式, etc.)。 最初の数項を書いておく。
B0 = 1, B1 =−1
2, B2 = 1
6, B3 = 0, B4 =− 1
30, B5 = 0, B6 = 1
42, · · · Bn の一般項を表す簡単な式は知られていない(そのため、この冪級数の収束半径を、Cauchy-
Hadamard の定理を使って求めることは難しい)。Bernoulli 数の定義の仕方はいくつかある
が、上の議論はそのうちの一つである。
手短な定義 (まとめ)
f(z) := z
ez−1 とおくとき、Bn:= f(n)(0) をBernoulli 数という(0 は f の除去可能特異 点である)。
Mathmematica で試す
f(z) を 0 のまわりに 10次の項まで Taylor 展開してみる。
Series[z/(Exp[z]-1),{z,0,10}]
これから Bn が分かる。
もっとも、そもそも Mathematica には、Bernoulli 数, Bernoulli 多項式を計算する関 数 BernoulliB[n],BernoulliB[n, x]が用意されているので、実際に値が必要な場合に
Taylor 展開する必要はない。
Table[BernoulliB[n],{n,0,10}]
f(z) +z
2 は偶関数なので、B1 を除き、奇数次の項の係数B2n−1 (n≥2)は 0 であることが
分かる(正則な偶関数は z2 の冪級数に展開できることに注意)。
73
Xn k=1
k= n(n+ 1)
2 ,
Xn k=1
k2 = n(n+ 1)(2n+ 1)
6 ,
Xn k=1
k3 =
n(n+ 1) 2
2
などの公式を高校で学ぶが、それを 一般化した公式がBernoulli数を用いて得られる。
実はBernoulli 数の定義には色々な流儀がある。一応、上で定義したものがメジャーだと考 えているが74、それ以外で比較的多いのは、f(z)の代わりに f(z) +z を用いた場合に得られ るもので、そうすると、B1 だけが上の定義と異なり、B1 = 1
2 となる。オリジナルの Jacob Bernoulli (1655–1705) や関
たかかず
孝和 (1642–1708) はこちらを用いたそうである(Bernoulli も関も 冪乗和を考える過程で導いたのであるが、その場合は B1 = 1/2 の方が都合が良い)。
その他にも、偶数番目しか考えないとか(それでB2n を Bn と書いてみたり)、符号を変え たり、細かな流儀の違いがある。たとえば教科書 (神保[1]) は、偶数番目の項 B2n のみ
(52) z
ez −1+ z
2 = 1 + X∞ n=1
(−1)n−1 B2n (2n)!z2n
によって定義している。(−1)n−1 という因数をつけたため、B2n>0が成り立つ。
問 72. 0の近傍で正則な偶関数は z2 の冪級数に展開されることを示せ。
余談 7.14 (Bernoulli数の応用) Bernoulli 数は色々な基本的な問題の解を表すために使われ る。いくつか紹介しよう。
cot, tan, coth などの冪級数展開: cotz =
X∞ k=0
(−1)k22kB2k (2k)! z2k−1, zcothz=
X∞ n=0
B2n
(2n)!22nz2n, tanz =
X∞ n=1
(−1)n−122n(22n−1)B2n (2n)! z2n−1. (教科書の流儀で Bernoulli 数を定義すると、tanz =
X∞ n=1
22n(22n−1)B2n
(2n)! z2n−1 となる。) 冪乗和の公式(関・Bernoulli の公式): この公式では B1 = 1/2 とする。
Xn i=1
ik = Xk
j=0
k j
Bj nk+1−j
k+ 1−j (n, k ∈N).
ゼータ関数 ζ の正の偶数における関数値75: ζ(2k) =
X∞ n=1
1
n2k = (−1)k+122k−1π2k
(2k)! B2k (k∈N).
Euler-Maclaurin の公式: f が [0, n]で Ck 級とするとき Xn
i=1
f(i) = Z n
0
f(x)dx+1
2(f(n)−f(0)) + Xk
j=2
Bj
j! f(j−1)(n)−f(j−1)(0) +(−1)k−1
k!
Z n 0
Bek(x)f(k)(x)dx.
74だから上でそのように紹介した。Mathematicaを使う場合にも便利であろう。
75桂田「応用複素関数講義ノート」[33]の8節「無限和と無限積」に解説を書いた。
ただし Bek(x) は、Bernoulli 多項式 (おっと、紹介し忘れた) Bk(x) を周期1で拡張したもの である。和を積分で評価したり、定積分を台形公式で近似するときの誤差評価をしたり(周期 関数の1周期積分を台形公式で近似すると高精度である、と云う話がどこかであったけれど、
それはなぜだろう…)色々な使い道のある公式である。
Bernoulli数については、荒川・伊吹山・金子 [34]が詳しい。
命題 7.15 (cot, tan の 0 のまわりの Taylor 展開) (51) で Bernoulli数 {Bn} を定める とき、
cotz = 1 z +
X∞ k=1
(−1)k22k B2k
(2k)!z2k−1 (0<|z|<2π), (53)
tanz = X∞ k=1
(−1)k−122k(22k−1)B2k
(2k)! z2k−1 (|z|<2π).
(54)
証明
g(z) := z
2 +f(z) = z
2 + z ez−1
とおくと、gは偶関数である。(実際、通分して、分母・分子をez/2 で割るとg(z) = z
2·ez/2+e−z/2 ez/2−e−z/2 が得られる。) ゆえにg の冪級数展開の奇数次の項の係数は0であり、特に
B1 =−1
2, B2k+1 = 0 (k = 1,2,· · ·).
これから
g(z) = 1 + X∞ k=1
B2k (2k)!z2k. zcotz =z·ieiz+e−iz
eiz−e−iz =ize2iz + 1 e2iz −1 =iz
1 + 2 e2iz−1
=iz+ 2iz e2iz −1
=g(2iz) = 1 + X∞
k=1
B2k
(2k)!(2iz)2k = 1 + X∞ k=1
(−1)k22k B2k (2k)!z2k. tanz = cotz−2 cot 2z であるから、
tanz= 1 z +
X∞ k=1
(−1)k22k B2k
(2k)!z2k−1−2 1 2z +
X∞ k=1
(−1)k22k B2k
(2k)!(2z)2k−1
!
= X∞ k=1
(−1)k22k B2k
(2k)!(1−22k)z2k−1 = X∞ k=1
(−1)k−122k(22k−1)B2k (2k)! z2k−1. 問 73. zcothz の z = 0 のまわりの Taylor 展開を求めよ。
例 7.16 2つの関数
f(z) := 1
z−1, g(z) := 1 (z−1)(z−2)
はそれぞれC\ {1},C\ {1,2}で正則である。f もg も|z|<1で正則であるから、h:=f+g も |z|<1 で正則であるが、実は h は |z|<2 まで正則に拡張可能である。これは g(z) の部 分分数分解
g(z) =− 1
z−1+ 1 z−2 を見れば (h(z) = 1
z−2 が分かるので) 明らかである。