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しかし︑このように理想の檀をそなえられた帝ではあっても︑周囲の状況は帝の思いをとげさせない方向に働く

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ここに皇位にまつわるただならぬ人聞のおもわくのからまりを予測させる︒いわば神聖にしておかすことのできぬはず

の皇位が︑実はそれ故により人聞の欲望の榊羽織となり得る場であり.より機厚に政治的︑社会的︑そして人間的悪が露呈

されるものとして︑作者は提えているといえる︒

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﹁血かたぴら﹂に多くみられる︑平緩帝の︑先皇や先親王への韻魂行

高は︑単に平城帝の柔軟さを強調するためでなく﹁白峯﹂の崇龍院の佃く.その皇桂継承にからんで︑いかに多くの想念

が凝りかたまって遍在しているかを︑逆に示したものといって良い︒今一つの重要なことは﹁自第﹂では祭徳院という聡

明な帝位にあった存在を﹁思念﹂という人聞の個におきかえ︑その内情をグロテスクなまでに現前化しようとしたのに対

L︑﹁血かたびら﹂では︑警柔の帝︑平域帝の淡々とした生きざまの中に︑人聞の純粋きを控え︑そこに人の極みに立つベ

き者の理想を認めつつもなおかっそれさえ併さぬ人間的状田町悪置性を描く︒とりわけで︑ここでは﹁華子﹂という

﹁ねじけ女﹂の私心にきわだった照明をあて︑その位置から﹁皇位の継承﹂をめぐる動揺を亜照射する方法をとっている︒

llこの手法は﹁自拳﹂の奨福門院の存在と対応させ︑しかも︑その部分が︑ある意味では作品の主軸を占める如く惰想さ

れている︒‑│即ち﹁血かたびら﹂の終章l│

菓子︑おのれが罪はくやまずして怨気ほむらなしつひに刃に伏して死ぬ此の血の帳かたぴらに飛ぴ走りそそぎて︑ぬれ

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ここには︑先に秋庄が﹃ぬば王町巻﹄において﹁女ゴコロ﹂

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H﹁アダ心﹂と示した女の悪の綾源が照ら

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﹃爾月物語﹄町﹁白峯﹂においては︑美福門院の﹁かだましき女﹂としての﹁私心﹂は︑祭壇院の強烈な

思念のすさまじきの前に鮮は一見稀簿ではあった︒しかし︑そもそも︑崇檀院の怒りと型企を招いた直畢の要

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﹁牝鶏町屋する代﹂そのものであった︒だから︑本来物語の展開からすれば﹁豊福門院﹂の﹁私

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そ批判きれねばならなかったわけである︒そこで﹁自家﹂執筆から三十余年のちの創作である

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峯﹂において極小化されていた﹁女心ノカダマシサ﹂そのものに照準があてられ︑そこから物簡が構想化され

ていったわけである︒しかも︑内在的には﹁自家﹂の崇徳院は﹁血かたびら﹂の平峻帝に対応し笑福門院は﹁薬子﹂と

対応させられている︒そして﹁西行﹂といえば︑﹁血かたぴら﹂では︑物語の展開を進める﹁記謀者﹂Xに対応され

てい

といえる︒このXは広末保氏のいわれる﹁史実を平城帝をかくための手段にすることはしない︒逆に平成帝の側から﹃史

実﹄を批評することもしな出ものとして世定されている︒このように﹁自峯﹂において︑最も重要な世置をしめた雲仙

院に対峠された︑西行の位置が桂過することによって︑悪の実体をはかる﹁モノサン﹂としての儒仏的人附思臓がとりの

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ぞかれたわけである︒そこに︑秋成の小説の方法(禽冒町方法が空宮化されていった}いわゆる﹃春雨物語﹄独自な小説 tさとか

の方法への試みが強く意図されていたといえる︒のみならず︑ζこに﹁物がたりさまのまねびはうひことなり﹂の意酷が

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映していたともよめるのである︒

①  注

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臥上︑秋成の物結盟織の機曹を眺めつつ︑創作町方法町宮様のあとを見て来たのであるがそこには﹃

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物語

﹁白

峯﹂の寓言性と﹃春雨物語

﹄ ﹁ 血かたびら﹂の空言性といった担え方が可能なそノガタリの存在微式の相違と連続性を示し ていたといえる︒それは﹁春雨物商﹄におけるそノガタリの毘織と︑﹃両月物密﹂に示されたそノガタリの曹誰において︑

内面的な藍様を来たしていたわけであるが︑種的意図する︑本質的な﹁積り﹂に琵する問題意臨そのものまで聖質したわ

けではなかった︒即ち︑秋成の﹁慣り﹂は倫理や道徳や理性などをはるかに超幼惜した︑人間存在的黒暗部への郎射として の﹁血﹂

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lンが強烈で︑それは﹁白峯﹂

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一すぢにおもひ定て︑指を破り

血をもて願文をうっし︑経と︑もに志戸の海に詑てし﹂といった描写において顕現化していたのである︒従って﹁血かた びら﹂の菓子の﹁ぬれぬれと乾か﹂ぬ血痕とそのまま連続し︑その﹁血﹂の喚起するさまざまな情企に一一言繋を与えるこ 訟 と す の

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