なぜ熱力学第二法則が難しいのだろうか
.その原因は
, (i)科学者ごとに表現が 極めて多岐にわたる点
, (ii)数学的表現が独特である点
†585 ——に集約される
.熱 力学第一法則がエネルギーの「量」を記述するのに対し
,第二法則は「質
(方向
)」 に踏み込むものであって, 実は, 等式では表現されない
†586.本節では, いきなり第
†578高性能な分離機を使えば可能かもしれないが,完全に元に戻すことはできない.
†579人為的にエネルギーの供給でもない限り不可能である.
†580(i)はm¨x+kx= 0を, (ii)はm¨x+cx˙+kx= 0を思い返すとよい. ここに,xは変位,mは質 量,kはバネ定数,c は粘性減衰定数であり,ドットは時間微分を意味する.
†581[重要・まとめ]以上の意味で,一口に振動やアイスクリームといっても,可逆か不可逆かの一般
論を展開することは困難極まりない. 過程に依存するからである.
†582[重要(勘違い者多数)]準静的と可逆的は同値ではない. そもそも,準静的と可逆的が同値である
か否かの議論は,極めて難しいだけでなく,書物によってその定義が異なる側面がある. それゆ え,本講義では, これに深入りすることは避ける. 初学者にとってまず重要なことは,仮定の1 つ1つを網羅的に把握することであって,軽微な反例に意識を払うのはその次でよい.
[反例(counterexample)] 2種類の気体を無限にゆっくりと混合させる過程は,準静的でありな
がら,不可逆である. 混合気体を元に戻せるはずがないからである.
†583[方針]本資料では, おいている仮定の全てをその都度明示している. 以後, 過程は可逆的 (re-versible)かつ準静的(quasi-static)に進むと,少々しつこくとも,常に記す.
†584それよりも,現時点において重要なことは, 後述するエントロピーの定義式(6.12)が, 可逆過 程に限定される点にある. 不可逆過程の場合のエントロピーの正体に迫るのは,熱力学Iの講義 のクライマックスまで待っていただくこととなる.
†585実は,エントロピーこそが,第二法則の数学的表現のカギとなる.
†586このような特異性が何をもたらすのか. 第一法則が等式で表現されることに対して, 第二法則
は“不等式”で表現される.
二法則をトクトクと説明することは避ける
†587†588.エントロピーとは
,第二法則を象徴
,いや
,熱力学を象徴する存在といって過 言ではないだろう. その意味するところの理解は, 第一法則の理解よりもはるかに 困難である. しかしながら, 数式表現だけならば, 第一法則の延長線上であって, 他 の物理学に比べても容易といってもよいかもしれない
.その意味で
,やや天下りな がら
,まずはエントロピーの数式表現に慣れることに主眼をおく
†589.熱力学第二法則を出発点とするならば
,エントロピーに辿り着くまでの道のり は
,はるか遠く険しい
.事実
,類書に見られるそのような記述は
,熱力学の多数の初 学者を途中で脱落させてきた
.だからといって
,逆に
,エントロピーの定義だけを 天下りに示すことも, あまりに味気ないだろう.
そこで, 本資料では, その中間をとる. 以下の問題提起から出発しよう.
§ 6.3 不完全微分の削除 —— 完全微分から見出されるエントロピー
準静的過程に対する熱力学第一法則
d′Q|{z}
不満!!
= dU+pdV
|{z}
準静的
(6.1)
を改めて眺めると
,強い不満を感じる
.それは
,非状態量である熱が不完全微分を 用いて
d′Qと表現されていることにある
.右辺が完全微分で表現されているのに
,一体なぜ
,左辺にだけ不完全微分を含 むのだろうか
.この奇妙なダッシュを削除することは叶わないだろうか
.実は
,この要求は
,いとも簡単に満たされる
.そこで自然と現れる
,熱力学を 象徴する新たな状態量こそがエントロピーに他ならない.
[ところで]諸君は,不等式で表現される物理法則に出会っただろうか. 摩擦係数という反論があ
るかもしれないが,そのような「法則」とは縁遠い重箱の隅は対象としない.
†587しかし,第二法則のおかげで,「熱の移動する方向やエネルギーの有効利用」を論ずることがで きるという大枠は抑えてほしい.
†588[先取り(熱力学第二法則)]多数の言い回しが存在する. その一例を挙げておこう——「低温の
系から高温の系に熱を移動させるときに, 系および外界に何の影響も起こさない過程は実現不 可能である」.
†589[もちろん]エントロピーの数学“だけ”に満足することは, 決して, 物理学の一分野である熱力
学の目的ではないし, 熱力学を利用する立場にあるわれわれの目的でもないことを強調してお きたい.
§ 6.3.1
割り算と変数分離形への着目
あくまで簡単のため
,理想気体を考える
.内部エネルギー
dUは一般市民の関 知するところではないので
,老若男女誰でもわかるように
,dU =mcVdT (6.2)
と温度
dTを用いて書き換えてあげよう
.続いて
,理想気体の状態方程式
(3.7)より
p= mRTV (6.3)
である
. (6.2)(6.3)を
(6.1)に代入すると
,次式をうる
: d′Q=mcVdT +mRTdVV (6.4)
どこかしら
,右辺が変数分離形の微分方程式に似ている気配を感じないだろう か
.そのとおりである
.両辺を
Tで割ればよい
——これに気付くためには
,さほ どの時間はかからない
.しかしながら
,少しの工夫と注意が必要である
†590.絶対温 度は
T ̸= 0ゆえに, 躊躇なく, (6.4) の両辺を
Tで割ることが可能であって
†591,d′Q
T =mcV dT
T +mRdV
V (6.7)
をうる
.右辺の定積分は容易い
.熱平衡状態
1から
2までで定積分しよう
: mcV lnT2T1 +mRV2
V1 (6.8)
†590[重要注意] (6.4)右辺第2項が積分可能だと思ったら,大間違いである. 積分可能なわけがない.
∫ T
VdV (6.5)
をいかにして積分するというのか. T が V にどのように依存するのかがわからないではない か. はたまた, dV とdT の2重積分でもなく,積分可能なはずがないではないか. 理想気体の 場合を考えているので,仮に,理想気体の状態方程式T=pV /(mR)を代入したとしても,
∫ T VdV =
∫ pV mR
dV V = 1
mR
∫
pdV =? (6.6)
と元に戻ってしまった. ここで,p=mRT /V を代入しても,やはり元に戻り,堂々巡りとなる. [注意]以上の計算は軽視してはならない. 打つ手なしの状況ではあるが,式変形に誤りはないの で,この式変形のフォローを強くすすめる. このドツボに陥りがちだからである.
†591[絶対温度の恩恵——T >0] T ̸= 0の恩恵の一つがここにあることを強調しておきたい. しか
しながら,最大の恩恵は,のちに現れる不可逆過程を記述する不等式の議論で現れる.
§ 6.3.2
可逆過程のエントロピー
ここで
, (6.7)の左辺はわけがわからないと感じることが重要である
.なぜか
.(6.7)
の右辺が定積分できたのだから
,右辺と等号で結ばれている左辺も
,奇妙
なことに
,定積分可能とみなさざるを得ない
.いいかえれば
,左辺は何らかの状態 量の微分とみなさざるを得ない
.すなわち
, d′を含んでいながら
,完全微分
dで表 現されねばならないのである. ゆえに
d′Q
T (6.9)
は
,ある状態量の微分でかけねばならない
†592.そのような状態量を
,ひとまず
Sと書こう
.すなわち
, (6.9)は
dSと等しい
. Sの意味するところは未だ不明ではあるものの, 次元が
[J/K]であることを知る ことは容易い. 実は, この
Sこそが, エントロピーに他ならない. そして, エント ロピーの定義は
,熱力学第二法則の数式表現の一つでもある
†593†594:可逆過程のエントロピー
Sの定義
dS≡ d′Q
T (6.12)
この定義は理想気体に限らない
.理想気体を議論の出発点としたが
,一般に
, d′Q/Tを
dSとおくことには何の問題もないからである
†595.したがって
,以下の
†592奇妙と感じることは百も承知だが,熱力学第一法則がそう物語っているのだから,仕方がない.
†593[正確には] この定義式(6.12)は「可逆過程」という過程に限定される. その意味で「“可逆過
程”におけるエントロピー」なる呼び方が正しい.
[復習] (i)可逆過程とは,一言でいえば,逆行可能な(元通りに戻すことができる)過程である. 準
静的過程と類似する部分があるが,同値ではないので同一視してはならない. (ii)可逆過程の対
義語の“不”可逆過程においては,エントロピーS は,等式ではなく,“不”等式で表現される:
dS > d′Q
T (6.10)
†594[注意]以下のような致命的な誤記が見受けられる:
dS =d′Q
dT (6.11)
なぜ誤りか. 左辺は微小量(微分)で,右辺は有限量(微分“係数”)である. 微小量と有限量が等 号で結ばれることはありえない. [ついでながら]右辺は(厳密な意味での)微分係数ですらない.
†595S が状態量であること,すなわち,完全微分記号dを用いて表現できることは,「理想気体の仮 定のもとで判明したではないか」という反論があるかもしれない. しかしながら, 本資料では,
「エントロピーが状態量であることは理想気体に限定されない」と天下りに認めて,当面の議論 を進める.
議論も
,理想気体に制限されるものではない
.要点をまとめておこう
: (i)不完全微分
d′とは
,積分できないことを意味する
.(ii)
第一法則は
d′を含むので, 何かの工夫なしには積分できない.
(iii)
第一法則を絶対温度
Tで割る——この魔法のような操作から, 第一法則が
積分可能となり
,同時に
,エントロピーが自然と定義される
.(iv)
微積分できない熱そのままよりも
,微積分可能なエントロピーに変換した方 が
,少なくとも数学的には扱いやすい
†596.§ 6.3.3
エントロピーの
“変化
”∆S有限量では
,エントロピーの表現はどうなるだろうか
.定義式
(6.12)を定積分 すれば
∫ 2
1
d′Q
T =
∫ 2
1
dS = [S]21 =S2−S1 =∆S (6.13)
をうる
. ∆Sを
,エントロピーの変化という
†597.エントロピーを論ずる際には
, S1や
S2といった各状態における量そのもの よりも
, “変化
”量を求めることが多い
.§ 6.3.4 “
比
”エントロピー
(specific entropy)エントロピーの次元
[J/K]を見れば
,エントロピーが示量変数であることに 気づく
.すると
,単位質量あたりのエントロピー
,すなわち比エントロピー
sを定 義することができる
†598:s ≡ S
m [J/(kg·K)] (6.14)
†596あくまで“数学的には”である. 物理学としては,工学としてはどうだろうか. 工業現場ともな れば,熱の方がわかってもらえやすいのではなかろうか. 日常会話「熱がある」のように, “熱” は幼稚園児でも知っているが,一般市民は“エントロピー”の存在など知るはずもないからであ る. このような答えのない問を考えることは非常に重要である.
†597[重要(基礎)]エントロピー変化∆Sは,一目瞭然の有限量(finite value)である. なぜならば,被 積分関数の“微小”量 d′Q/T を“有限”の区間で積分しているからである.
[例]微小量dxを,有限の区間1≤x≤3で定積分した結果は,
∫ 3 1
dx= 2という有限量となる.
†598エントロピーの次元は熱容量と同じで,比エントロピーの次元は比熱や気体定数と同じである ことに注目しよう.