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資本主義・社会主義・民主主義

第5章 シュンペーターにおける資本主義の現代的意義

第4節 資本主義・社会主義・民主主義

われわれは1980年代末から90年代初めにかけて,旧ソ連の崩壊や東欧の変革,また中国 の市場経済化への移行といった方向転換を目の当たりにしたが,経済学の中でイデオロギ ーの対立からではなく,民主主義の問題から資本主義と社会主義を展開したのが,ほかな らぬシュンペーターである.

にもかかわらず,シュンペーターの民主主義論を研究の対象とした者はごくわずかしか おらず,従来のシュンペーターの取り上げ方については,必ずしもこの点を理解した上で のものではない.例えば,R.D.コウとC.K.ウィルバーが編著者となった『資本主義と民

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主主義』(1985年)は,シュンペーターを対象にした研究の中では大胆な試みだが,社会 主義と民主主義の視点が欠如しており,片手落ちである.また,A.ヒアチェ編『シュンペ ーターのビジョン』(1981年)に至っては,シュンペーターを直接知る欧米の11名の高名 な研究者による論文集でありながら,本格的にシュンペーターの民主主義論を展開した者 は誰一人としていない.さらに,J.C.ウッドによって編まれた『ジョゼフ・A.シュンペー ター批評』(1991年)は全4巻からなり,その中に180本のシュンペーターに関する論文が 収まっているが,民主主義のタイトルをもつ論文はW.C.ミッチェルの「シュンペーターと 公共選択,第2部,資本主義の崩壊と民主主義――シュンペーターにおいて書き漏らされた 章」の一編だけである.このような実態をつぶさにみれば,これは一体どうしたことだろ うかと首をひねらざるを得ない.

後に,ミルトン・フリードマンの実証主義哲学から影響を受け,「自由主義的かつ民主 主義的な市民秩序」(65)の崩壊を取り上げたのは,紛れもなくジェームズ・M.ブキャナンと 政治学者のリチャード・E.ワグナーである.とりわけ,米国南部出身のブキャナンが「公 共選択の理論」を展開した功績により1986年にノーベル経済学賞を受賞したのは,リバタ リアンとしての問題提起があったからだ.公共選択理論に対するブキャナンの功績は,政 治的意思決定プロセスを経済理論の体系の中で分析し,公共財も個人の効用関数の独立変 数とし,すなわち個人的利益に寄与するという観点から分析した点にある.すなわち,全 員一致を原則とするには政治の中に経済理論を適用していく必要性を明らかにした.例え ば,政治的意思決定が必ずしも合理的に行なわれないとしたなら,ケインズ的財政政策の 枠組み自体が有効であっても,財政政策が総需要管理を望ましい方向に導くことには必ず しもならないことを証明した点にある.このように本来その適用が対称的であるはずのケ インズ的財政政策が,投票者の要求に敏感な政治家によって非対称的にしか行なわれなけ れば,常にリスクが付きまとうことになる.

ブキャナンとワグナーのほかに,民主主義を代議制とか選挙とかいうふうに狭く考えず,

議論による政治,すなわち公共の論理――公の場で話し合いをすることによって物事を進 めていくという政治的スタイル――と考え,民主主義は決して西欧の独占物ではなく,そ の土台となる思想は世界のあらゆる地域にあったし,それがあったからこそ受け入れられ たのだ,と主張する経済学者にアマルティア・センがいる.しかし,これをもってすぐに 民主主義論と結びつくわけではないが,従来の個人的選択の動機を利潤極大化や効用極大 化のような限られた合理性から引き出すのではなく,習慣,評判,同情,共感などの社会 倫理的な側面などを含めたより広い意味での社会制度の中からアプローチする(66)

いま一人,スウェーデン学派のG.ミュルダール(1898-1987 年,1975 年ノーベル経済 学賞受賞)を挙げることができる.約 10 年の歳月を費やし,南アジアで貧困問題につい ての研究を行なったところ,南アジアの知的エリートたちが急激な発展を望んでいるにも かかわらず,実情は,人間の「態度」と社会の「制度」の両者によって発展が阻止されて

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彼は,そのような現実との間のコンフリクツが存在せざるを得ない背景にメスを入れ,

貧困の原因について診断を下す.結論から先に言えば,それは単に経済的要因ばかりでな く,より根本的には,それらと密接に絡み合っている政治的,社会的,文化的諸要因にも 着目し,南アジア諸国と西欧諸国の間の経済発展のための「初期条件」における主要な相 違を,南アジアにおける政策形成の過程に関連するところの比較によって明示する.要す るに,ミュルダールの貢献は,『アメリカのジレンマ』(1944年)で示された「循環的因 果律に基づく累積過程」の仮説,この仮説を『アジアのドラマ』(1968年)で実証するた め,これまでの伝統的な発展論における「時間的ずれ」(time lag)や「離陸」(take-off)と いう概念を使用した安易な発展段階論を批判し,「社会体系」(social systems)論から考察 する(67).このような視点は,シュンペーターの経済社会学の文脈に合い通じるものがある.

当然,シュンペーターの後から生まれた学者たち――ブキャナン,ワグナー,セン,ミ ュルダールなど――と単純に比べるのはできないが,シュンペーターは資本主義における 経済制度の仕組みだけでなく,民主主義の問題を取り上げた経済学者の初期の一人だとい うことができる.

反省すべきは,これまでの経済学のように,あまりにも一般均衡理論に偏りすぎ,もは や狭隘な仮説を作り出すことにのみ自己の目的をみいだすことに窮してはならない.残念 ながら,われわれは,現実の人間行動を説明するのに最もふさわしいとする仮説にも何ら 反証することができず,またそれが最適な経済状況をもたらすに必要な条件にも何ら証拠 を伴わないことを知っている.にもかかわらず,経済学者は合理性というものに対して一 つの願望があり,完全な体系を作らなければならないという強迫観念にさらされている.

しかし,完全な体系を作った瞬間に現実から遊離してしまい,何の力も発揮しなくなる.

シュンペーターではないが,経済理論群という「おもちゃの鉄砲」で現実の経済に立ち向 かうような愚かさが常に付きまとうといったら言い過ぎだろうか.翻って,「現実経済の ある関係のみを取り入れ,他の諸関係を捨象し構築されるのが純粋理論なのだから,それ が非現実的なのはあたりまえだ」と開き直ることもできるが,純粋理論には,常に愚かな 合理主義者がはまってしまう陥穽があるので,われわれは純粋理論を知り,実証研究を理 解しその限界を謙虚に認めることで,いたずらに合理主義の海に溺れることを避けられる なら,それに越したことはない.次に,この節の根本的な課題であるシュンペーターの民 主主義論についても議論しておこう.

シュンペーターの民主主義論

振り返ってみれば,シュンペーターが『資本主義・社会主義・民主主義』の執筆に取り 掛かった時は,ちょうど第2次大戦が開始され,当時の知識人は共産主義の台頭に相当神経 質になっていた時期である.彼が書き上げた内容は,「資本主義から社会主義への体制移

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行」や「社会主義と民主主義の両立可能性」だけではなく,「管理資本主義の当否」でも あったため,世界中から注目され,そのことで同書がヨーロッパ諸国はもとより,世界15 カ国の言語に翻訳されるに至る.

彼はどちらかと言えば,当時のフランクリン・D.ルーズベルト大統領のニューディール 政策に対して批判的立場を取ったが,資本主義が次第に社会化を強めていく場合でも採ら れる政治的手法は,あくまでも民主主義的なものだと考えていた.事実,シュンペーター 自身が経済社会の発展について論じる必要性を訴えた時,社会主義が不可避的なものとし てプログラムされていたと見ることができる.この点では,社会主義を官僚の独裁とみな し,批判し続けたウェーバーとは対照的である.

かくして,シュンペーターにとって,民主主義を前提とした社会主義が成立可能である か否かは,どうしても解かれなければならない課題であった.

シュンペーターは民主主義を論じるに際して,それは人びとがいかなる政治制度を採用 するとしても,そこに導入しうる手法の一つに過ぎない,とはじめから断っている点に注 目しなければならない.「民主主義とは何か」といったん問えば,「民主主義は政治的―

―立法的,行政的――決定に到達するためのある種の制度的装置にほかならないのであっ て,一定の歴史的条件の下でそれがいかなる決定をもたらすかということを離れては,そ れ自体で一つの目的足り得ないものである.そしてこの点こそ,およそ民主主義を定義せ んとする一切の試みの出発点でなければならない」(68)と.

われわれが通常,民主主義という場合,それのもつ実質的な意味は千差万別であり,そ の中で政治的手法としての民主主義の場合は,古代ギリシャまでさかのぼることができる.

民主主義(democracy)の本来の意味は,ギリシャ語の dēmos(民衆,人民)と kratia(支 配,権力)に由来する.すなわち,君主や貴族の支配に対して,国民主権のように政治制 度や思想を「民衆が支配」することを意味するが,それは一つの理想でしかなかったとい うことを十分に承知しておかなければならない.C.ペイトマンによると,このような観点 から,民主主義の多様性を参加の中でとらえることに疑問がもたれたり,古典的な定式化 に疑念がもたれたりするようになる(69)

シュンペーターの果たした役割は,後者の民主主義論の「古典的理論」と呼ばれるモデ ルを批判し,新しいモデルを提示した点にあるといえよう.具体的に言えば,シュンペー ターは民主主義を考察するに当たって二つの民主主義,すなわち「古典的民主主義」と「い ま一つの民主主義」を取り上げ,次のように展開する.まず,古典的民主主義について,

シュンペーターが解釈し批判するところはこうだ.彼が規定する古典的民主主義とは,「政 治的決定に到達するための一つの制度的装置であって,人民の意志を具現するために集め られるべき代表者を選出することによって人民自らが問題の決定をなし,それによって公 益を実現せんとするもの」(70)である.つまりそこでは「代表制」と「公益」を前提とする.

しかしながら,何が「公益」であるかについては不特定かつ多数の判断を離れて「公益」