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社会階級と帝国主義

第3章 資本主義における発展と変動の理論的展開

第3節 社会階級と帝国主義

ところでシュンペーターは,当初から経済学が広範な領域をカバーするなんて微塵も考 えていなかったようである.例えば,1932年に居をドイツから米国へ移しながらも,苦心 して仕上げた浩瀚な著『景気循環論』を,もし数学を用いて説明したら,比較静学に対す る先駆的貢献が評価され,ノーベル経済学賞を受賞したかもしれない.もっともシュンペ

105 ーターの生前にはこの賞はなかったのだが――.

比較静学の問題に満足すべき解釈が与えられたのは,周知のように,シュンペーターの 教え子であるサミュエルソンの博士論文(1941年)が現れてからのことである.実はこの 学位審査のための口頭試問に当たって,真偽の程ははっきりしないが,一つのエピソード が残っている.シュンペーターがこの論文がとても優れていたので,審査後「やあ,われ われは彼から合格点をもらえただろうかと同僚の審査員であったレオンチィエフに尋ね たという逸話である.合否を決める立場にいるシュンペーターをしてレオンチィエフに愚 問を発するほどサミュエルソンは優秀だったという証である.サミュエルソンはその論文 の中で,仮定された条件(関数関係)の下で,指定されたさまざまな与件(パラメータ)

をもって,与えられた変数(未知数)の均衡値の決定を示すのが比較静学の課題だと喝破 する(48).サミュエルソンは1970年,静的,動的経済理論を開発し,経済科学における分 析の水準向上に貢献したとしてノーベル経済学賞を受賞する.

振り返ってみると,シュンペーターが描いた与件の学としての経済学は,それまでの新 古典学派やケインズ派の経済学者が意識的に排除し,積み残してきた領域である.これが 経済学のフロンティアを拡大するのに貢献することになる.われわれは,これをシュンペ ーターの「経済社会学」と呼ぶことにしよう.経済社会学とは経済分析がその対象外に置 き去りにしてきたところの制度的与件に着目し,社会学的な分析視点から取り扱うもので ある.言い換えれば,経済学者が意識的に排除し積み残してきたものを,つまり与件とし てきたものを,もう一度経済学の体系に取り入れる作業に他ならない.彼が単なる経済学 者以上の者だといわれるゆえんも,実はこの辺にある.

シュンペーターの社会階級理論

われわれがここで一歩踏み込んで考えるべき問題は,シュンペーターの「社会階級の理 論」である.彼の論文「社会階級論」(1927年,正式なタイトルは「人種的に同質である 環境内での社会諸階級」)は,その後の1942年に発表された『資本主義・社会主義・民主 主義』でも再び取り上げられるものの,最初にこの問題に手を染めてから完成に至るまで に,実に 16 年の歳月を要する.このような経緯からも明らかなとおり,彼が中世ドイツ の封建貴族と 19 世紀の産業ブルジョアジーについての階級変動をいかに注意深く考えて いたかをうかがうことができる.

それでは,彼は社会構造をいかにとらえていたのだろうか.しかし,その話を進める前 に,シュンペーターに先立って指導者(エリート)と階級形成の関係について展開した論 文には,すでにG.モスカの「政治階級の理論」やR.ミヘルスの「寡頭制の鉄則」,V.パレ ートの「エリートの周流理論」などが存在していた.また,シュンペーターの資本主義的 経済過程を取り上げるとき,われわれが企業家による資本主義制度の内在的進化の側面に のみ眼を奪われたとすれば,おそらく彼の業績を正当に評価したことにはならない.確か

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に,資本主義制度の内在的進化には社会組織や社会規範の変化を伴うが,しかし,こうし たことへの配慮というものは,新古典派経済学ではあまりにも希薄であったといえる.

シュンペーターの社会階級論は,マルクスの階級論を意識して書かれたというだけでな く(シュンペーター自身は意識していなかったそうだが),階級形成を単に資本主義だけ とかかわらせて論じることの限界を指摘し,さらに封建制度までさかのぼると共に,一族 や一家の階級の移動にも広く目を配り,階級現象の究極的な根源が個々人の指導力との関 係における「適性の相違」に基づくことを論証したものである.シュンペーターはもとも と,社会の実体を多様な社会階級の寄せ集めとして把握し,社会階級はそれぞれ独自の能 力を果たすために形成され,彼はその能力を適性と呼んで,社会的に必要なものとして社 会から要請されるものだと同時に,社会環境に規制されるものだと考えた.したがって,

これは資本主義がマルクスのような労資の対峙からなるというような前提を置く考え方を 否定し,企業家を中心としたイノベーションの遂行による経済発展の図式を説明するため の予備的考察に他ならない.

ところで,われわれは資本主義の本質を解明する上で,確認しておきたいことがある.

それは,誰が資本主義をコントロールしていたかということである.シュンペーターは,

この問題を『資本主義・社会主義・民主主義』(1942 年)の第 2 部「資本主義は生き延 びうるか」でも引き続き考察する.歴史的にみても,資本主義の支配者はブルジョアジー ではないのは事実である.確かに,近代資本主義の胎動と共に出現し,経済活動を盛んに 展開してきたのはブルジョアジーだが,有産階級は政治について無力であり,その国民を 指導し得ないばかりか,自分自身の階級利益を守ることさえおぼつかない存在であること を自覚していた.そのため,ブルジョアジーは主人を必要とした.では,誰が主人になっ たのか.それは,政治の先頭に立ち,国家を管理し,軍を統制してきた貴族である.彼ら がブルジョアジーを政治的に支え,ブルジョアジーが彼らを経済的に支えてきた.畢竟す るに貴族とブルジョアジー,この二つの社会階級による「積極的な共生」(active symbiosis) があったからこそ,上手にやってこられたのである.すなわち,貴族とブルジョアジーに よる二重統治が機能し,シュンペーターの意味する「共生の理論」が展開される.

だがここで,私が当面問題とすべきは,資本主義的経済過程における発展と変動の担い 手である企業家と階級の関係である.なぜなら,社会階級は個々人の能力と社会との関係 において,つまりその社会の要求する能力を有するか否かによって決定されるからだ.も ちろん人種の相違やその他の異質な点を捨象するとすれば,その社会の要求によりよく対 応し得る個々人が,より多くの富と権力を掌握することになる.

当然,時代あるいは経済制度によって個々人に要求される能力は異なるが,対象を資本 主義社会に限ってみても,そこで最も必要とされるものは,イノベーションの担い手であ る企業家の能力である.もし企業家がイノベーションを遂行し,信用メカニズムを動かし,

事業化に成功した結果,首尾よく多額の企業家利潤を得たとすれば,彼はたちまち「持て

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る者」として有産階級の一員に加えられる.だが,ここで注意すべきは,一度イノベーシ ョンの遂行に成功し,莫大な企業家利潤を得たからといって,その後においてブルジョア ジーとしての階級が永久に保障されるわけではない.

以上のことから,シュンペーターの社会階級の概念は,地主,労働者,資本家,経営者 といった経済関係上の概念ではなく,あくまでも資本主義社会において求められる企業家 の能力を具えているか否かにかかっている.したがって,例えば労働者から企業家が生ま れ得るし,地主や資本家も企業家になり得るのだが,企業家それ自体は階級構成とか階級 闘争とかに関連して考えられた社会現象での階級ではない.結論から先に言えば,シュン ペーターの企業家は現実の具体的な企業家を抽象化して得られたものではなく,彼の階級 理解の道具として企業の機能を人格化した概念である.

シュンペーターが社会階級の本質を,その社会が必要とする能力に対して,個々人がい かにそれに対応し得るかといった裏には,前述のように同一階級内における上昇と下降,

あるいは各時代の求めるもの自体の変化による階級を超えての移動という二様のものが含 まれている.その意味するところは単なる階級内あるいは階級を超えての移動だけではな く,階級を構成する主体として自己の自己に対する関係性を統治することそのものにかか わる.したがって,シュンペーターの階級論には自己への配慮が欠かせないといってよい.

ところが,このようなシュンペーターの階級論が,どこまで歴史的現実を写し取ってい るのかと問われれば,直ちにそれがあてはまるというわけではない.ことに経済制度がい かなるものであれ,企業家はその経済発展の原動力として存在し続けるから,シュンペー ターはあまりにも資本主義制度の内在的進化にとらわれすぎているともいえる.要するに,

シュンペーターにおける階級現象の究極の基礎は,「個々人の適性の相違」(individual differences in aptitude)(49)に置かれている.それは絶対的な意味におけるものではなく,

それぞれの時における社会的に必要な機能を果たす上でのものだと同時に,その機能を果 たす上での指導力との関係におけるものである.特に彼が強調してやまないのは,一族あ るいは一家の適性の相違だと説くが,必ずしも集団に断っておらず,個々人でもよい.し たがって,シュンペーターによれば,階級構造とは社会という有機体の器官でもなく,法 律的,文化的な実体でもなく,個々人がその社会的価値により,究極においてはその「適 性の相違」に応じ,序列づけられることによって出来上がるものだ.

このような問題意識の下で論じられた社会階級論は,長い年月をかけ熟慮しただけのこ とはあって,彼の思想体系の中でも中心的な地位を占めるものだといってよい.そもそも,

シュンペーターは社会の実体を多様な社会階級の寄せ集めとして把握し,社会階級はそれ ぞれ独自の機能を果たしており,その機能は社会から要請されたものだと理解する.すな わち,社会と個々人の関係においては,個人は自律的に選択しているつもりでも,社会環 境によって一定の枠に縛られ,「枠の中での選択」を行なっているに過ぎない.ことに企業 家との関連においてみれば,彼は資本家のもつ剰余価値がそのまま増加していくというマ