第4章 企業家とイノベーションの理論
第3節 イノベーションにおける企業家の役割
次にわれわれが検討しなければならないのは,イノベーションにおける企業家の役割で ある.例えば,シュンペーターの企業家論から導かれる結論は,企業家の役割が経済発展 の起動力になるばかりでなく,資本主義の文明までにも影響を及ぼすということだ.その 意味では,利己心や効用の世界だけを対象にするのではなく,理念や倫理の世界に合理的 な目的を見出そうとしたシュンペーターの企業家類型は,かつて交流のあったW.ゾンバル トの『近代資本主義』(1902年)やM.ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本 主義の〝精神〟」(1904-1905年),『一般社会経済要論』(1923年)から少なからず影 響を受けたともいえる(52).しかしそうは言っても,人間類型をあらゆる側面から分解し,
人間がその行動様式をどの程度備えているか,それを測定する方法をいまだわれわれは確 立していない.このような限界を踏まえつつも,私が最も注目したのは資本主義経済下に おける企業家の役割である.
さて,少数のエリートのみに付与される企業家という名は,イノベーションの遂行を自 らの機能とし,その遂行に当たって能動的要素となることによって経済主体たり得るわけ であり,そこで信用供与とあいまって企業家活動を活発にさせるのが,銀行による信用創 造である.この点ではかつての学友であるルドルフ・ヒルファディングの「資本信用」と 通じるところがある.しかし,シュンペーターにとって,信用は常に創造されるものとな るが,その効果に対する理論的究明がなされていない.私としては銀行だけが創り出す「純 粋信用理論」だけでは,十分ではないと考える.というのは,純粋信用理論とは考え得る かぎり最も不安定なものなのにもかかわらず――例えば,流通してない退蔵貨幣の形態も あるにもかかわらず――シュンペーターの議論では,信用を創造する上で銀行だけに無制 限の力を与えているからだ.したがって,シュンペーターの動態の純粋モデルでは,イノ ベーションは銀行による信用創造がなければ実現できないという前提を置いているため,
銀行自身もイノベーションの遂行の成否に関わることを事後的に知る以外に,事前に審査 をすることができないはずである.にもかかわらず,シュンペーターにおける銀行の信用
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創造は,経済発展における貨幣を銀行信用に絞り,その機能を強調しただけの純粋モデル なので,このような批判は少し酷かもしれないが,シュンペーターの信用概念の未整備が わざわいしていることは否めない.
しかも,こうした変遷の道を歩んできた資本主義経済は,何故に崩壊することになるの だろうか.シュンペーターの分析は,企業家機能が無用化するということに着目し,資本 主義の未来を展望する.
企業家機能の無用化に関する彼の理論は,企業家機能だけが前面に出るため,例えば,
大企業では一人の企業家よりも,むしろ社長,専務,常務といったライン組織や,それに スタッフが加わり補佐するライン・アンド・スタッフ組織の視点が重要であるにもかかわ らず,この点が欠如しているという批判もある.しかし,この批判は必ずしも正鵠を射て いない.なぜなら,大企業のライン組織やライン・アンド・スタッフ組織に直接言及して ないものの,シュンペーター自身,ハーバード大学企業家史研究センターの創立記念論文 集『変革と企業家』(1949年)の中で,「企業家の機能はある人物,特にある一人の人物 によって体現される必要はない.どの社会環境にも企業家の機能を満たすためのそれぞれ のやり方がある.・・・改めて述べるが,企業家の機能は協力して果たすことが可能であ るし,しばしばそのように実行されている.大企業の発展に伴い,このことは明らかに大 きな意義を持つようになってきた」(53)と断っているからだ.
結局,シュンペーターの見解には変化があるものの,企業家機能の無用化論は企業家機 能の生成,発展,衰退という過程を前提としながら,次なる基本的枠組みや条件を作って いくための内在的進化の理論だといえる.もちろん,彼自身も企業家機能の無用化,即資 本主義の崩壊というのでは,あまりにも芸がなさ過ぎるので,次の三点を付け加える.
第一は,資本主義の擁護壁の後退,すなわち,その意味するところは,これを支えてい た旧貴族階級から新興ブルジョアジーへの移行である.
第二は,資本主義を支える制度的枠組みの弱体化,これは,主に私的所有制度と契約の 自由における脆弱化である.
第三は,資本主義に対する敵対的雰囲気の醸成,言い換えれば,人びとの平等化志向と 知識人の体制批判の盛り上がりである.
これらの指摘は資本主義にとって明らかに無視しえない出来事だが,あまりにも急進的 すぎないだろうか.マルクスは,周知のとおり資本主義はいつまでも生きながらえないと 結論し,その『資本論』のうちにこの結論にとって共通の判断基準を示したが,いつ,い かなる過程で崩壊が起こるかという問題については何も示さなかった.シュンペーターの 資本主義崩壊論も,それが説明しようとする諸現象に関して多くの異なった解釈あるいは しばしば逆説的な解釈を打ち出し,結論としてマルクスと同じ見解を打ち出したが,崩壊 における内容と方法を規定し,理論的展開にとって普遍の基礎を提供するような概念を必 ずしも見出すことができなかった.資本主義の将来については,第5章「シュンペーター
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における資本主義論の現代的意義」で改めて述べるつもりである.
マーシャルの企業家論
われわれは本節を閉じるに当たり,企業家論の観点からマーシャルとワルラスを取り上 げ,検討しておこう.
まず,経済発展がいかなる状況にある場合に,企業家活動の「場」が与えられるかとい う問題である.周知のように,人間の研究としての経済学を展開し,ケンブリッジ学派の 経済学者たちに多大な影響を与えたマーシャルは,社会が発展する原動力を企業家の経済 的騎士道(economic chivalry)に求めたことでも知られている.その彼が著した『経済学 原理』第8版の「序文」で,経済的進化の基本コンセプトを次のように掲げる.「経済的進 化は漸進的なものだ.その進歩はときに,政治上のカタストロフィーによって停止したり,
あるいは逆転したりすることもあるが,その前進的動きは決して突発的なものではない」(54) と.これを端的に示すために,彼はかの有名な “Natura non facit saltum”(自然は飛躍を せず)というラテン語の諺を用い,「連続性の原理」を明示する.
このような経済的進化の基本コンセプトの下では,企業家(マーシャルの言葉では
undertaker )の役割を遂行する能力は生まれついてのものであり,誰もが持っているわけ
ではないことを,マーシャルは鋭く見抜いていたことになる.それは,彼の次の文章を読 めば理解できよう.「つまり努力しても得られるわけではないし,将来の利益を見越した 犠牲を払っても生み出されるものではない天与の並外れた才能,それらの才能によって,
企業家は普通の人びとがその教育と人生の出発とのために同じような投資を行ない,同じ ような努力をして獲得しうると期待される所得を上回る余剰所得を得ることができる」(55).
マーシャルはこのような認識の下で企業家機能に着目し,それに必要とされる能力を次 のように規定する.
第一に,企業家は商人としてまた生産の組織者として,自らの業種が取り扱う事物につ いて徹底した知識を持ち,危険を引き受けなければならない.そのためには,生産と消費 の動向を予測し,消費者ニーズに合った新商品を開発し,生産技術を改善する機会をとら える能力が必要である.
第二に,企業家は雇主としての役割において人間の天性の指導者でなければならない.
すなわち企業家は,自らの中にある企業心と創造力を引き出す力を持たなければならない と同時に,全般的な統率力を発揮し,企業の中心的な計画において,秩序と統一を維持し なければならない.
1919年,マーシャルはその著『産業と商業』の第2編第10章「企業組織,課題と必要とさ れる能力」でも,企業家に要求される能力についてより鮮明に企業家の果たすべき機能と 連動させながら言及する.
マーシャルの企業家論は,前述したようにその論点を整理して行けば,不確実性を確率