第5章 シュンペーターにおける資本主義の現代的意義
第3節 資本主義は生き延びることができるか
シュンペーターの「統一発展理論」
これまで長々と展開したシュンペーターの資本主義論に関する議論の内容を概括しなけ ればならない時に,われわれはそろそろきたようだ.
シュンペーターは自らの理論体系を構築するに当たって,まずワルラスの静態理論に対
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して動態理論を調和させ,またシュモラーの歴史研究を理論研究と対等に位置づけ,マル クスの経済進化に対して創造的破壊の過程でもって解き明かそうとした.そしてコンドラ チェフの長期波動に対して短・中期波動を組み入れた三循環合成図式でもって景気循環を 描き,経済発展にとって不可欠な要因だとした.そのため,シュンペーターの理論体系は ワルラス,シュモラー,マルクス,コンドラチェフの独創性に富んだ科学的観念の核心に 自らの理論を対比させ,その上で思考の枠組みを意識的に作り上げ,それが企業家による イノベーションの遂行と銀行家による信用創造とあいまって,豊かな資本主義社会を実現 するための真の要因になったと考える.
シュンペーターが目指したものはその限りでは「統一発展理論」であり,それは次のよ うな構造になっていることがわかる.すなわち,第3図をみればわかるとおり,シュンペ ーターは自らの発展理論を基軸に,その周りにワルラスの静態理論,シュモラーの歴史研 究,マルクスの経済進化,コンドラチェフの長期波動を配置し,その上で発展理論を統一 させる形で体系化している.そして,外部の構造に企業家によるイノベーションの遂行と 銀行家による信用創造をもってきて現実と対応させ,これが外界の資本主義と絡み合い,
その発展と変動を形成する.
その意味では,シュンペーターが理論を体系的に把握するこだわりはギリシャ以来,西
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欧の思想に脈々と受け継がれているキリスト教的な世界観である.このようなスケールの 大きな世界観を描くことで,シュンペーターの統一発展理論を駆使して進化経済モデルを 構築する試み,すなわち資本主義をある意味で一つのシステムとしてとらえ,その場合,
経済を市場において取引する進化的過程――これは同時に旧システムを破壊する過程――
として,知識や技術を創造的に獲得するダイナミック・モデルに基づいて設計される「進 化経済モデル」を構築する道が開かれたといっても過言ではい.
最後に,このワルラス,シュモラー,マルクス,コンドラチェフの4名のうち,われわ れはシュンペーターとマルクスを比較してみよう.なぜなら,シュンペーターが自己の理 論を展開する上で,最も尊敬し私淑したのはワルラス,シュモラー,コンドラチェフでは なく,マルクスであったからだ(46).ことにワルラスの一般均衡理論は静態理論であり,資 本主義体制の内生的発展のビジョンを有してないので,マルクスを相手に自分の理論を構 築した節がある.
その証拠にシュンペーターとマルクスにおける共通の課題をあげれば,何と言っても歴 史の経済的解釈を巡ってのものがある.これは基本的にマルクス理論でいう下部構造が上 部構造を規定するという立場を示すものだが,しかし,シュンペーターはこうした一方が 他方を規定するようなツリー型モデルの因果関係よりも,関数関係でもって歴史の経済的 解釈にあてようようとした.ただし,両者は必ずしも互いに排除し合うものではない.シ ュンペーターがマルクスから受け継いだものは階級闘争の理論ではなく,唯物史観のもつ 歴史観を超えたところのもの,すなわち社会的生産過程が内在的進化をもたらすという見 方である.われわれが,シュンペーターの方法論を問題とする場合に,最初に押さえてお かなければならないところである.
ここであえて議論のために唯物史観(materialistische Geschichtsauffassung)を取り 上げておこう.周知のとおり唯物史観の古典的定式化は,マルクスの『経済学批判』の序 文の中に与えられている.いま,それを要約して言えば次のようになる.
(1)人間社会は決して固定不同なものではなく,歴史的に成長,発展,衰退の過程を たどる.社会発展を推し進める決定的な力は,物質的財貨の生産様式であって,それは生 産力(生産における人間の自然に対する働きかけ)と生産関係(生産に際しての人間と人 間の一定の結びつきやつながり)という対応物の統一である.
(2)人間の意志が自らの存在を規定するのではなく,逆に人間の社会的な存在がその 意識を究極的に規定する.生産関係の総体としての「社会の経済的構造」が現実の土台で あって,法律制度や政治制度や宗教,哲学,芸術などのイデオロギー的関係を上部構造と してとらえられなければならない.
(3)生産関係は生産力の性格および水準に必ず対応するという経済法則は,人間の意 識や意志や意図から独立した客観的なものである.生産力は生産の最も動的な革命的な要 素であって,生産様式の発展は常に生産力の発展から,そして何よりもまず生産用具の発
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展からは始まる.一度結ばれると停滞する傾向のある生産関係に対して,生産力は流動的 である.生産力はそれが発展していくある段階で,古い生産関係と矛盾し衝突するように なる.その結果,遅かれ早かれ社会革命によって,古い生産関係は生産力の発展水準と性 格に照応した新しい生産関係にとって代わられ,上部構造も変化する.
(4)新しい生産力とそれに照応した新しい生産関係とは,古い制度の胎内で,人びと の意識的活動の結果としてではなく,人びとの意志から独立に発生する.現在の支配階級 は,現存の社会制度を維持するためにあらゆる権力とイデオロギーを利用するし,これに 対抗して,発展しつつある生産力の担い手である階級が革命的勢力として結集される.
(5)このようにして人類は,原始共同体,奴隷制,封建制,資本主義を通過して,再 び無階級の社会主義社会へと発展していく.階級闘争の法則は,敵対的な階級が存在して いる社会だけに固有であって,その最後の資本主義社会に至って生産力と生産関係の矛盾 は最も鮮明になる.労働者と資本家の階級闘争の結果,プロレタリアートの究極的な勝利 によってこの対峙は止揚され,階級社会としての人類の「前史」は終わる.
以上,唯物史観の定式化によれば,社会のそのときどきの経済的構造が現実の土台であ って,それぞれの歴史的時期の法律制度および政治制度,ならびに宗教的,哲学的その他 の考え方からなる上部構造の全体は,究極においてこの土台から説明されなければならな い.つまり社会関係は,物質的関係とイデオロギー的関係に分けられ,後者は前者の上部 構造に過ぎないものであり,前者は自分の生活の維持を目指す人間の活動の形態として,
人間の意志や意識とは別個に形成されるものである.しかし,シュンペーターによれば,
社会的事実は少なくても直接には人間行為の結果であり,したがって経済的事実といえど も経済行為の結果であり,経済的事実の領域はかくして経済行為の概念によって限定され るものだという.
それ故に,シュンペーターは,例えばマルクスの唱えた窮乏化論に対しては批判的であ ったが,経済過程の内在的進化に関する分析に対しては高く評価してやまなかった.その ことは,シュンペーターの次の文書を読めば理解できよう.「マルクスの思想の一般的図式 において経済発展は,当時のあらゆる他の経済学者の場合のように経済静学に対する一つ の付録ではなく,実に中心的なテーマをなすものであった.そしてマルクスは,経済過程 がいかに,それ自らの内在的論理の力によって自己を改変しながら,絶えず社会的枠組み
――事実において社会全体――を変革していくかを示す課題に,その分析力を集中したの である」(47)と.
なるほど,シュンペーターはマルクスと同じように古典派の否定から出発し,資本主義 に対する予測を試みた点では同じ土俵の上に立つが,シュンペーターが真に考えたのはこ れまでの競争的な資本主義像を修正することであった.そのため,資本主義経済発展の原 動力をマルクスのように資本家階級による資本のあくなき蓄積衝動に求めず,企業家によ る絶えざるイノベーションの遂行に求める.要するに,シュンペーターは資本主義を通じ