第3章 資本主義における発展と変動の理論的展開
第2節 資本主義と企業家
次にわれわれは,新古典派の経済学者からあまり注目されなかった資本主義における企 業家の機能について論じてみよう.なぜなら,企業家の果たす機能を論ぜずしてシュンペ ーターの資本主義論を語ることはできないからだ.シュンペーターによれば,資本主義は 長期的に経済構造の変化を伴う発展現象そのものであり,このような資本主義経済の動態 的発展の過程は,企業家によるイノベーションの遂行と銀行家(あるいは銀行)による信 用創造によって引き起こされるものだ.これがシュンペーターの資本主義の発展と変動に 対するビジョンである.ここで問題になるのは当然,前者の企業家である.
この企業家の機能については,シュンペーター以前から若干の経済学者によって論じら れてきたところである.例えば,古くはカンティロンがおり,次いでJ.B.セー,J.S.ミ ル,ワルラス,C.メンガー,シュモラー,A.マーシャル,F.Y.エッジワースがおり,シ ュンペーターの同僚のA.H.コール,D.マックリーランド,そして,近年に至ってF.H. ナイト,I.M.カーズナー,W.J.ボーモル,H.ライベンシュタイン,P.F.ドラッカー,
A.D.チャンドラー・ジュニアなどが企業家の機能に注目した学者たちとして挙げること ができる(32).
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また別な面から経済主体として人間を取り上げたという意味では,マルクスが最大の功 労者であり,またウェーバーが禁欲的プロテスタンティズムの倫理がいかに資本主義形成 期の精神へ転化するかという点に着目したことも重要な意義を持つに違いない.あるいは ソースタイン・ヴェブレンが現代の大企業家を「産業の将帥」(Captain of Industry)と呼 んで,その機能を重視したのは,米国で進行する資本主義の確立過程を内在的に批判する ためであり,この「産業の将帥」という彼独特の用語でもって,ただ生産過程に直接投資 するだけでなく,生産過程の所有権にも投資するという経済的社会的関係を特徴づける二 分法が,暗黙の前提になっている.
このように資本主義における企業家の機能について考察した学者は決して多くはないが,
ここで問題にするのはもちろんシュンペーターである.
シュンペーターの企業家論の特徴
それでは,シュンペーターの企業家論の特徴は何かと言えば,次の二つに要約すること ができる.一つは企業家を特別な階級の人間でなく,多くの困難を乗り越え,事業を成功 へと導く強い意志と実行力をもった個性の強い「エリート的人間」として描いているとこ ろにある.しかも,単なるエリート主義ではなく,社会的な機能を有するか否かを問題に した点においては,後に述べるように,V.パレートやG.モスカ,R.ミヘルスなどの先駆 者から強い影響を受けていることがわかる.
いま一つ,シュンペーターの特徴は,企業家の活動に影響を与える資本主義の文化構造 要因に着目し,その文化構造要因に含まれる行為の目的や動機といったことについて,既 に初期の時代から批判的だが注目したところにある(33).仮にわれわれに求められるものが,
一定のイデオロギーに依存する資本主義観ではなく,あくまでも事実を発見しそれを解釈 するための道具主義(instrumentalism)の観点から,すなわち観察可能な資本主義現象 を組織化し,結果の予測をすることを目的としたものであるなら,そこで展開されるシュ ンペーターの企業論からくみ取るべきものが多い.
もちろんシュンペーター自身も認めるように,彼の企業家論でもって理想的な企業家像 を描いたり持続可能な資本主義のすべてを説明したりすることはできない.特に,企業家 の多様性を考えてみれば,シュンペーターの生きた時代と,今日のように,市場経済のグ ローバリゼーションに伴う金融自由化と,インターネットの進展に伴う情報の流動性や雇 用の流動性が高まった時代とでは,いささか趣を異にする.したがって,シュンペーター の企業家論をそのまま現代に当てはめて,単に批判するというわけにはいかない.
シュンペーターの企業家は単一の個人に限定しているわけではないが,企業家を特別な 才能の持主であると同時に,社会的な機能を有するか否かの側面から取り上げた点にその 特質がある.私はこの点についてもう少し考察を加えてみよう.
まず企業家は,資本家とは異なる存在である.この点を最初に抑えておきたい.シュン
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ペーターの概念では,あえて企業家は原則として事業の立ち上げや,運営のための資金を 所持しなくてもよい.もちろん資本家が企業家であっても一向に構わないが,この場合の 企業家は無条件にある社会階級に結びつけて考えてはならない.シュンペーターは企業家 たる条件を資金ではなく,むしろそれぞれの社会的に必要な機能を果たす上での個々人の
「適性(Eignung)の相違」に求めているからだ.この「適性の相違」については,次の
第3節「社会階級と帝国主義」で詳しく述べるつもりだが,資本主義の発展と変動に関す るシュンペーターの説明は,必要な資金を銀行の信用創造によって調達するところからス タートする.このようにシュンペーターの動態の純粋モデルでは,イノベーションは銀行 による信用創造がなければ,実現できないという前提が置かれている.
この場合の「信用」とは,本質的には「購買力」を創造するための力であって,企業家 に対して単に既存の「購買力」を譲渡することではない.この信用の供与による購買力の............
創造..
こそが,資本主義の発展と変動を原理的に特徴づける.
この点をシュンペーター自身の言葉でもって語らせしめよう.なぜなら,新結合に必要 な生産手段の購入に用いられる資金は,かりにその企業家が所持しないとすれば,どこか ら調達されるかという問題が残されるからだ.シュンペーターによれば,「常に問題となる のは,既に従来から誰かの手元に存在していた購買力を移転することではなく,無から新....
しいもの....
を創造し,これが従来からある流通に参入することである.新しい購買力を創造 するための信用契約が,それ自身流通手段ではない何らかの実体的担保に基づく場合にも,
同じように無から創造されるといわなければならない.そしてまさにこれこそ....
が新結合の 遂行のための典型的な金融の源泉だ」(34)と説明する.
その上で,「銀行家は単に『購買力』という商品の仲介商人....
であるのではなく,またこれ を第一義とするのではなく,何よりも商品の生産者...
である.しかも現在では全ての積立金 や貯蓄はことごとく銀行家の下に流れ込み,既存の購買力であれ新規に創造される購買力 であれ,自由な購買力の全供給はことごとく銀行家の下に集中するのが常だから,彼はい わば私的資本家に取って代わり,その権利を剥奪するのであって,いまや彼自身が唯一の...
資本家となるのだ.彼は新結合を遂行しようとする者と生産手段の所有者との間に立つ」
(35)と.シュンペーターが銀行家を「交換経済の監督者」と呼んでいるのもそのためである.
シュンペーターの銀行家による信用創造の重視は,正統派の経済学者のように貯蓄の増 加を通じて資本蓄積が進行すると考えず,企業家のイノベーションの遂行による将来の生 産物を担保として,あるいは将来の収益を見込んで実現される信用契約,すなわち,この 場合の信用とは企業家に譲渡する目的でなされる購買力の創造としてとらえたため,最近 の経済発展論の展開に画期的な一石を投じることになる.
この点については,塩野谷の次の文章を読めば,おおよそその違いが理解できよう.「革 新的投資は貯蓄によってではなく,信用創造によって賄われる.利子は貯蓄と投資を媒介 する実物経済概念ではない.経済発展の世界では,貨幣はこのように信用創造という形を
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通じて実物経済に介入するから,貨幣数量説に固有の貨幣ヴェール観は否定されなければ ならない.貨幣の増加は,財の相対価格を不変にしたまま,一般物価の上昇をもたらすの ではなく,革新の導入を通じて生産構造を揺り動かし,景気循環を生み出す」(36)と.この ように経済発展における貨幣の役割について,シュンペーターの考え方は,正統派の経済 学者と異なり経済をすぐれて貨幣経済として認識している.
これまでの議論からもわかるとおり,シュンペーターにとって,独立変数は企業家のイ ノベーションである.この場合,彼にとって企業家とは,経済学の前提となる単に合理的 な経済人(ホモ・エコノミクス)を意味するのではなく,あくまでもイノベーションを遂 行する経済主体としての企業家,すなわち超人的とも呼びうる非日常的性格を有し,その 意味では非凡な卓越性を有し,創造的に古い秩序を破壊する者である.それ故に,定常的 循環における既存のルーティン・ワークをこなす管理者もしくは経営者(シュンペーター の言葉ではドイツ語のWirt)とも異なるし,ましてや単なるアイデアや科学的原理を生み 出す発明家(37)と同じではないが,所有と経営を分離したところの専門経営者であっても,
経済を従来の軌道から新しい軌道へ乗せていく限り企業家である.ここで企業家が新しい 市場を切り開いていくというのは,畢竟するにイノベーションの遂行はもとより,組織に おける資源分配のパターンを変え,新しいビジネス・モデルを導入し,人材を育成しなが ら利益を上げる見通しを立てて,それを実践するといった先見性と決断力による.
現代版シュンペーターの「新結合」
次に,シュンペーターがその著『経済発展の理論』の第2章「経済発展の根本現象」で 取り上げた “Durchsetzung neuer Kombinationen” (新結合の遂行)の定義を需要と供 給から論ずるのではなく,市場を創造するためにはどうしたらよいか,経営学やマーケテ ィング理論から再構築してみれば,経済学者の視点とは別のものが見えてくる.新古典派 はどちらかと言えば,均衡状態のプロセスよりも,均衡状態そのものに注目するあまり,
企業家が持つ特徴的な貢献から関心がそれてしまい,イノベーションや企業の本質を非常 に狭い科学技術の知の領域に関する問題だといって無視してきたからだ.この新結合の遂 行の概念には五つパターンが含まれているので,さっそく検討を加えてみよう.
第一に「新しい製品の開発」(development of a new product)――これは単なる新製品を 開発すること(プロダクト・イノベーション)だけでなく,従来の製品に対する改良や代 替品の開発も含まれる.したがって,これに伴い製品間の競争は激しくなり,製品の機能 を高めることもさることながら,消費者の価値観の多様性に応えるものが要求される.そ の際,自社ですべてを手がけるのではなく,オープン・イノベーションのように外部活用 をするものまで,さまざまな形態のものが今日では出現し,また,ただ作ればよいという のではなく,商品のコモディティ化を避けるためには価値次元の転換が問われている.
第二に「新しい生産方法の導入」(introduction of a new method of production)――つ