第4章 企業家とイノベーションの理論
第4節 企業家とイノベーション理論の課題
シュンペーターの逆説
最後に,ここでシュンペーターおける「企業家とイノベーション理論」ついての課題を 取り上げ,本章を締め括ろう.まず,われわれはシュンペーターとの関連でこれまでマー シャルとワルラスの二人を取り上げ,それぞれの企業家論を吟味してきた.これに対して,
シュンペーター自身の企業家論は,均衡理論を批判した上で,企業家の役割を前面に打ち 出したところに諸問題の根源があったといえる.
シュンペーターがなぜそのような批判を受ければならないか,その原因を探って行けば 次のようなところに帰着する.すなわち,シュンペーターのように均衡論的枠組み批判か ら長期的に考えてしまっては,市場の創造を発揮できる余地は古い秩序を破壊し,新しい 秩序を創るところにしか見出せず,またイノベーションの理論に立つシュンペーターから は,長期的な視点のイノベーションの遂行については解明できても,短期的な視点の消費 者欲求あるいはその掘り起しには対応できない.こうした将来にかかわる現象を一般均衡
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モデルに取り込もうとしたD.ドブリューやその追随者たちの試みも皆,このような困難な 問題に直面し,いまだモデル・ビルディングに成功してない.これはシュンペーター理論 の不備ではなく,このことを避けてきた経済学者の怠慢を責めるべきだろう(65).
これとは別に,かつてシュンペーターから影響を受けたハーバード大学の企業家史研究 センターの出身で,アメリカの大企業における事業部制組織と階層的経営組織の成立を研 究したアルフレッド・D.チャンドラー・ジュニアは,現代の大企業体制では一人の企業家 よりも,むしろ社長,専務,常務といった経営組織の果たす役割のほうが重要だと指摘し ながら,特に企業家を取り上げる場合には,この経営組織までもこれに含めた垂直統合 (vertical integration)を考察すべきだと説く(66).そう言えば,O.E.ウィリアムソンも「シ ュンペーターは・・・産業の最適な組織という事柄をいくぶん不明瞭なままに残した」(67) と批判するのもそのためだと思われる.
また,記憶に残っている人もいると思うが,ハーバード大学においてシュンペーターの 同僚だったジョン・K.ガルブレイスが1967年,その著『新しい産業国家』の中で,専門技 術者集団の大企業体制を「テクノストラクチュア」(technostructure)という概念でもって,
巨大化した企業組織と経済部門の計画化体制という両側面から変貌する資本主義の現状を 分析し,将来を予測してみせた.しかし,20世紀末から大企業における官僚制組織化の閉 塞感が問題になり,再びシュンペーターが議論されるきっかけとなる.
先に論じたように,シュンペーターの企業家に対する問題指摘は,30年代の大不況をも って終わっており,現在の段階についての分析ではない.しかし,シュンペーターといえ ども,企業家がいかにしてもたらされるか,あるいは企業家が自らの機能をいかにしたら 果たせるかといった不確実性の問題が横たわっているものについては,不問に付す.
ドン・タプスコットとアンソニー・D.ウィリアムズは一つの例として,1991 年にフィ ンランドのヘルシンキに住む若いプログラマー,リーナス・トーバルスが創設した「リナ ックス」という名のオペレーティング・システムを挙げる(68).周知のように,このプログ ラムは,それを改変する者が他の人にも利用できるように開放しなければならないという 条件をつけて,無償で使えるようにした.「オープンソース」と呼ばれるこの原則は,明ら かに知的財産権に対する挑戦であった.しかし,IBMがこれを受け入れたのち,事態は 一変する.情報の開放がかえって企業に利潤をもたらすということが判明したからだ.
IBMがこのようにオープンソースの原則を受け入れたのは,別に立派な経営上の戦略 からではなく,そのままではマイクロソフトに勝つ見込みがないと考えたからだ.このよ うな成り行きをつぶさにみると,追い詰められたところで競合他社の独占を妨害するには,
企業がもっている知的財産権を自ら公開せざるを得ない場面にも直面することがある.こ の意味するところは,何も著作権などによって守られることがベストではなく,いわゆる
「シュンペーターの逆説」とでもいってよい現象である.
これまで述べたように,情報という概念が「希少性」や「所有権」という市場経済にと
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っての基本的概念の枠を揺るがしている.人類が使う全ての情報を集め発信するという壮 大な理念をもって設立したグーグルのCEO(最高経営責任者)エリック・シュミットが,
2006年8月9日の「検索エンジン戦略会議」(Search Engine Strategies Conference)で言 及した「クラウドコンピューティング」に対する問題提起はまさしくマイクロソフトへの 挑戦に当たる.すなわちマイクロソフトの考えでは,ハードウエアもソフトウエアも企業 や個人が自ら所有し情報を処理したり保存したりするものであり,「クラウド」現象のよう なところではインターネット経由で最適化されIT環境の下で,多くの人びとが集まり,
いつどこからでも共同で編集することを可能にするものだからである.その象徴的な出来 事がインターネット上のフリー百科事典「ウィキペディア」の出現である.多くの人びと がそれを無償で利用できるようになったため,従来の百科事典や用語辞典が廃刊を余儀な くされただけではなく,人びとは,これまでの体系性の煩わしさから脱し,しかも階層性 にとらわれず,伝統でさえ一つの情報に過ぎないとみなすようになる.ただ現状では著作 権が侵害されたり,名誉毀損が放置されたりするなどの責任体制のないウィキペディアで は様々な問題を抱えるが,まずは時代が確実に変化していることを認識しなければならな い.まさしくマス・コラボレーションに対する寛容さが認められなければ,ネット主役の 情報の流動性はもちろんのこと,資本主義の未来を正しく予測することはできない.
例えば,今日のようにグローバルネットワークの発達を通じ情報の流動性と雇用の流動 性が高まっている市場では,企業が自前の経営資源だけで研究開発(R&D)や販売・マ ーケティンをする企業組織型の垂直統合モデルよりも,自社の目的にかなうように外部の 研究開発力を取り込んだり,知的財産権を他社に開放したりするカリスマ的企業家型の水 平分業モデルのほうが比較優位を持つと考えられる.
ヘンリー・チェスブロウの市場観に従えば,イノベーションを内部化したクローズド・
イノベーションの企業では,販売・マーケティング面で深刻な競争劣位に直面することに なる.なぜなら,企業組織型の垂直統合モデルが有効に機能するのは,市場が比較的秩序 を保っている場合であり,これに対してカリスマ的企業家型の水平分業モデルが効果的に 働くのは,市場に逆風が吹き荒れカオス的状況の場合,すなわち企業にとって新市場開拓 と頻繁な新製品の投入に追われ,自社ですべてを賄うことの比較優位を持たなくなった場 合であるからだ.この後者のように市場が混沌としているときには,企業組織型では組織 間の成員の合意が成立するには時間がかかりすぎるので,カリスマ的な企業家のトップダ ウンでスピーディな意思決定や知的財産戦略の転換が迫られる.
いずれにしても,シュンペーターのイノベーションをモデル化するには,新古典派経済 学のような利潤の最大化や均衡に関する前提を保持するより,イノベーションは非日常的 でめったに起こり得ないものではなく,日常の業務として組み込まれるという「イノベー ションのルーティン化」と結びつけたほうが現実との適合性を有するように思われる(69). 一見シュンペーターの逆説のような事実の中にこそ,資本主義の前例なき経済成長の秘密
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が隠されている.既に第3章第2節でも述べたように,競争相手をもち活発にイノベーショ ンを行なう寡占企業からなる現代の産業では,モノづくりを「モノ」と「つくり」に分離 し,「モノ」の企画開発やデザインは自前のクローズド・イノベーションで行ない,技術 の共通,標準化した「つくり」は外部を活用するオープン・イノベーションに切り替え,
カリスマ的な企業家のほうが成功している.このことから,オープン・イノベーションと クローズド・イノベーションの利点を最適に組み合わせたモデルを構築しなければ,企業 は存続できる保証がないといわれる所以である.
マイケル・ポランニーの「暗黙知」
このようにイノベーションに関する方法論の多様性は何を意味するのだろうか.これに 対するアプローチはいろいろ考えられるが,今日のイノベーションの中心課題はあくまで も発見に用いられる言葉と意味の明示的な関係を超えた「知」,すなわちマイケル・ポラ ンニーの説く「暗黙知」(tacit knowing) をいかにイノベーションにも応用できるかどうか にかかっている.
まず問題にしたいのは,そもそもイノベーションのプロセスについての仮説を一様な記 述で表わすことができるかどうかだ.イノベーションとは現行の知識や技術が示唆する可 能性を探求することによってもたらされることが多いからである(70).われわれは,これを 解くためにイノベーションは精神の暗黙の能力によって達せられるに違いないとイメージ し,イノベーションのメカニズムにおいて,問題は制御ではなく,「知ること」(知識)
と「存すること」(存在)の間に何かがつながっているということに気付く必要がある(71). いまだ推測の域をでないが,それこそがM.ポランニーの言う「ダイナモ‐オブジェクテ ィブ・カップリング」(dynamo-objective coupling) 現象に他ならないと考える.要するに,
これは一種の「知ること」と「存すること」が関わる現場で,「ひらめき」や人びとの「自 由な参加」,異なる人間との「結びつき」などが原動力になって,イノベーションを生み 出す構造の深化が起こるときである.いずれにしても,イノベーションのメカニズムは予 想のつかないもの,検証のしにくいものであり,ましてやそれを他者に意識(あるいは理 解)させるには大変な努力を要するものである.したがって,自分の意識はより多くの「暗 黙知」に支えられているため,他者との「共有知」を求める中で記述したり,表出したり するのは極めて困難な作業であることがわかる.
それはわれわれの意のままにならないものだが,カリスマ的企業家がイノベーションを ビジネス・モデルまで落とし込んでうまく活用できるのは,このような困難な作業を乗り 越える組織を持ち,イノベーションとコストパフォーマンスの課題に対応するプラットフ ォームを形成し,競争市場での地位を確立する努力を惜しまなかったからだ.確かに,結 果からみればそうだが,変革は効率性になじまない面がある。イノベーションというのは,
その言葉に意味があるのではなく,何かをプランしている間に起きる事象なのである.一