第2章 シュンペーター理論体系の基礎
第 3 節 シュンペーターの科学観
科学とイデオロギー
ちょっと面倒な議論の様相を呈してきたようだが,シュンペーターは1948年12月,米
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国経済学会の年次大会において自ら会長としての講演を行ない,それが翌年,「科学とイデ オロギー」と題し,American Economic Review 誌の誌面を飾る.その中で経済学がど のような意味で「科学的モデル」を構成してきたかを説き,その際にビジョンに裏付けら れたイデオロギーが科学の進歩に対して持つ積極的な役割について言及する.この重視し た中身をもう少し掘り下げみると,それはビジョンと分析道具の不可分の緊張関係を問題 にしていることがうかがえる(40).この場合のビジョンとは一定の時点における経済社会の 営みを理解するために,何が望ましくて何が望ましくないかということについての理論家 の構想力であり,このビジョンを概念化し,それを具体的な命題まで高めさせるための装 置が分析道具である.
このことに関連して言えば,かつて「人間は見たいと思う現実しか見ていない」という カエザルの名言を思い出しながら,岩井克人が語った「人間の知識を,外界の単なる模写 と考える素朴な経験主義ほど真実から遠いものはない」という言葉が脳裏を掠める.その 意味するところを私なりに解釈すればこうである(41).人間が己の外界を知るためにはまず,
意識するしないにかかわらず,その外界に対するビジョンが自分の内部に備わっていなけ ればならない.したがって,この外界に対する主観的なビジョンを知識の先験的体系と言 い換えてもかまわないのだが,主体内部の無意識下に半ば埋もれているこのビジョンは,
一応外部の世界とは別の存在であり,独立の主観的世界である.言い換えれば,内部世界 の現実に対する適応過程であり,それは人間がいかに外部の世界を知り得るかを提示する ものに他ならなない.故に人間とは元来,主観が客観を支配するため,既成の枠組みを通 してしか現実を見ることのできない存在だということができる.これは人間の本性に根差 した現象だから,人間が錯覚そのものを認め,自分の主観的なビジョンに基づいた予想が 現実に裏切られる限り,謙虚に現実から新しく学ぼうとする.
もし,この意識構造を自覚しその体系を築いた者を挙げよといわれれば,私はワルラス でもケインズでもなく,ただマルクスのみを挙げることができる.そのためにシュンペー ターが意図したのは,マルクスを超えること,すなわちイデオロギーの概念からマルクス 的な意味合いを排除し,自分の考えを打ち立てること,これに専念したのである.
シュンペーターがこのような立場を取らざるを得なかった理由を,次のように言い表す ことができる.マルクスの歴史認識は,初めドイツ観念論たるヘーゲル哲学の批判的研究 から出発して,フランス社会主義思想などの影響の下に,独自の唯物弁証法に基づく階級 闘争史観を発展せしめたものだ.それ故に,マルクスがプロレタリアの中に階級一般を止 揚する歴史的使命を宿してしまったので,それをシュンペーターは「満期における革命」
(revolution in the fullness of time)(42)と呼び,科学的社会主義とも違った進化的社会主 義のビジョンを描こうとした.しかし,マルクスが階級闘争の歴史をもって全体社会の構 造変化のメカニズムに据えたことは,たとえその分析が彼の社会階級に関するイデオロギ ー的な形態によって歪められたにしても,一つの「分析装置」を提供したものとして,シ
63 ュンペーターの高く評価するところとなった.
シュンムペーターとマルクスにおける共通の課題は,なんといっても歴史の経済的解釈 を巡ってのものである.これは基本的にマルクス理論でいう下部構造が上部構造を規定す るという立場を示すものだが,しかし,シュンペーターはこうした一方が他方を規定する ようなツリー型モデルの因果関係よりも,関数関係でもって歴史の経済的解釈にあてよう ようとした.われわれが,シュンペーターの方法論を問題とする場合,最初に押さえてお かなければならないところである.したがって,シュンペーターがマルクスから受け継い だものは,労働価値説でも社会階級論でもなく,唯物史観のもつ歴史観を超えたところの もの,すなわち社会的生産過程が内在的進化をもたらすという見方である.
とはいっても,われわれは次のようなマルキストによるシュンペーター批判もあること を忘れてはならない.シュンペーターの著『資本主義・社会主義・民主主義』の第1部は
「マルクス学説」と題し,マルクス理論に対する批判にあてられているが,これに対して,
一般的にみて理論的批判の名に値しないばかりか,不当な反論や的外れと考えられる叙述 が少なくない,という小谷義次のような批判がある.すなわち,「たとえばマルクスの価値 論を『リカードウの価値論』で『不十分であることは周知のところである』と述べ,労働 価値論は分析の用具として『きわめて拙劣にしか働かない』と批判しているが,前者につ いては『労働の二重性』について,後者については『社会的必要労動』にかんする概念的 理解の欠如を示している以外にない.彼はまたマルクスの窮乏化理論について『分析にお いてもヴィジョンにおいても救いようもない』ものと反論しているが,これは資本主義に おける貧困のもつ意義を識らない非現実的な楽観論にすぎない」(43)と.
このような批判が出てくる背景にはシュンペーター自身,マルクスの経済学説上の貢献 がどこにあるかを厳密に示唆していないばかりか,自分とマルクスの違いすら述べていな いことが原因だと考えられる.ことにマルクスの著『資本論』や,この『資本論』第4巻 ともいわれるカール・カウツキーによって編纂された『剰余価値学説史』の原文について 納得のいく説明を与えていないという事実によってもたらされるため,大いに論争的だと 言われてもしかたがない.したがって,シュンペーターにおけるマルクスの存在は,提供 される議論によって明示的に設定されながら,暗黙のうちに損なわれているといえる.シ ュンペーターとマルクスの関係については,第3部第5章第1節でも改めて取り上げるの で,この辺にしておく.
シュンペーターの科学観
次に,私はこのような批判の前に,シュンペーターの中心命題のもつインプリケーショ ンについていま一度吟味しておこう.まず取り上げなければならないのは前述したように マルクスを巡る解釈だが,シュンペーターの科学観は決してマルクスだけではなく,世紀 末のフランスの哲学からも影響を大いに受けている.この点について若干私の見解を述べ
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ておく.シュンペーターの著作を注意深く読めばわかることだが,彼がアンリ・ベルクソ ン,アンリ・ポアンカレ,フリードリヒ・W.ニーチェ,ジョルジュ・ソレルを読み漁り,
経済学方法論のイメージを広げて行ったのは確かなようだ.しかし,ベルクソンを取り上 げるに当たって,彼の「創造的進化」や「直観」という概念が独創的なものだというには 多少無理があろう.このベルクソンに先立って,ガブリエル・タルド(1843‐1904 年)
が,主著『模倣の法則』(1890年),『社会論理』(1893年),『普遍的対立』(1897年),そ して『社会の法則』(1898年)の社会学四部作の中で,既にそのような概念を発表してい たからだ.
タルドという人物ははじめ,父の職業を継いで予審判事となり,その後,司法省犯罪統 計局長の傍ら,社会学,哲学,犯罪学の研究をし,1900年コレージュ・ド・フランスの近 代哲学の教授になる.実は,ジル・ドゥルーズがその著『差異と反復』(1968年)で,再 び評価したことが契機となり,近年フランスで注目されるようになったのだが,シュンペ ーターはそれ以前から,タルドを高く評価している.
タルドによれば,社会の生活基盤は,「社会の安定性を保障する模倣」と「進歩を保障す る創造」に基づいている.したがって,タルドの貢献は社会をとらえる概念を構成員間の 模倣(反復),闘争(対立),創造(適応)に求め,コントの実証主義の流れを汲むエミー ル・デュルケムと模倣説の当否を巡って論争し,また,『群集心理』(1895年)の著者ギュ スターヴ・ル・ボンを批判し,群衆に対する「公衆」の概念を提唱したところにある(44).
タルドについては,例えばA.C.タイマンズが既に「タルドとシュンペーター――同様 なビジョン」を Quarterly Journal of Economics (1950年11月)誌上で発表し,タル ドの論文「社会進化の原動力――発明」(Revue de Internationale Sociologie 誌,1902 年)があたかもシュンペーターに影響を与えたがごとく述べている.そのためか,金指基 のようにシュンペーターの体系の重要部分である経済発展の基本的構図を,オルテガより もタルドの中に見出す論者もいる.しかし,その論証の妥当性を巡ってシュンペーター研 究者の間で争われている(45).
ここでフランスの哲学者だけをあまり強調しすぎると,シュンペーターを解釈する上で 公平さを欠くおそれがあるので,イタリアの歴史哲学家ジャンバティスタ・ヴィーコ
(1668-1744年,代表作『学問の方法』1709年)を取り上げておく.その理由は,ヴィーコ
が苦学をしながら近代ヨーロッパ諸学の方法を刷新したデカルトの合理主義を本格的に批 判した最初の人物だからである.シュンペーターの言葉を借りれば,彼こそが徹底的に反 理知的な側面から「精神と社会の進化的科学」(an evolutionary science of mind and
society)(46)に貢献をした第一人者に他ならず,そのためか,シュンペーターはヴィーコを,
マルクスやフランシス・ゴルトン(1822-1911年,優生学の創始者)と並ぶ三大社会学者 の一人に数えている(47).
この点について私は,今のところ付け加えることは何もない.ただありがたいことに,