第 9 章 断りに伴う視線行動のタイプの分析([課題 6])
9.4 結果と考察
9.4.2 断り発話末で見られる視線行動
対話に見られる視線の機能はいくつかあるが、その1つとして話者間の話者交替時 期を調整する機能が指摘されている(Kendon 1967、ヴァーガス 1987、ブロズナハン
1988、深澤 1999など)。 つまり、話し手の交替を合図するために聞き手を見るという
ことである。また、任(2002; 2004)は、視線を相手の目に止めるのは自分の話を終わ らせたい場合であり、 相手に発話権を渡したいという合図でもあると述べている。任 は「話す・聞くの交替時期を調整する」という視線の機能に着目し、断り発話を述べ る際、 断り発話末でも相手を見る視線 ON が守られているかどうかを考察した。その 分析結果によると、 視線を合わせないで終わる場合は、韓国人より日本人が多かった
(視線 OFF で終わるのは 65.7%であり、視線 ON で終わるのは 34.3%)。しかしながら、
今回の分析結果はそれと異なり、発話末で相手に視線を送る視線行動 OFF→ON につい て、両母語話者ともに多かった(3 割程度)。例えば、視線行動 OFF→ON が出現する会
178 話例を次に示す(会話例 9-2)。
会話例 9-2 JNS-F08 発話文
番号 話者 発話内容
1 A おはよう。
2 B おはよう。
3 A
あの、すごく申し訳ないんだけど(うん)、私、先生から頼まれて
(うん)学会のアルバイトをすることになってたんだけど(うん)
=。
4 A
=急用が入ってしまって(うん)明日行け、私が行けなくなったん だけど(うん)、代わりにちょっとバイトしてもらえませんか。←
依頼発話
5 B ちょっと明日は厳しいかも、無理だな。← 断り発話
会話例 9-2 が示すように、依頼に対する発話文 5B は断り発話であり、最初から間接 的な断りが表明されているが、その際、視線は OFF になっている。そして、断る側は 自分の話を終える際、相手に発話のターンを渡す時点では視線 ON に変更していること が分かる。つまり、断り発話を述べる際に視線 OFF で始まり、発話末で相手を見ると いう視線 ON に変えているということである。これは話し相手に発言権を渡したいとい う合図だと解釈できるであろう。また、断り発話を表明してから、相手を見ることに よって、相手は話者の断り意図を受諾するのか、またはしないのかという反応を確認 するためにもなると考えられる。OFF→ON タイプが見られた断り発話では、断り発話を 述べる際に、最初は視線を逸らす傾向があるにもかかわらず、話を終える際には視線 方向を変えて、話し相手を見るようになっている。このように、視線が会話の順番を 調整するということは既に先行研究において指摘されている。このように、視線を相 手に向けるか否かは、話し手・聞き手の役割交替に有効な情報となっていると考えら れる。任(2004)は、日本人は自分の話を終え、相手に発言権を渡す時に相手の目を見 ないが、韓国人の場合はほとんど視線 ON で終わると分析している。つまり、任による と、韓国人は断りを述べる際、「話す・聞くの交替時期を調整するという視線の機能が 十分に発揮されている」という(p. 125)。断り発話を表明する際は視線を逸らしたが、
断りを終える時には相手を見て、自分の話はもう終わりであるという合図を送ってい ると任は主張している。しかしながら、本調査では、任(2002; 2004)の結果と異なり、
JNS も SNS も視線行動の視線 OFF から、断り発話末には相手を見るという視線行動 ON
179
が守られているという結果が得られた。つまり、この結果は、対話時の視線の話者交 替という機能と関連づけることができるだろう。
9.4.2.2 視線行動 ON→ON タイプ
ヴァーガス(1987)とブロズナハン(1988)は、対話の話題が視線に影響を与えると 述べている。対話の話題で不愉快・気まずさや言いにくさを感じている場合は視線を 送るのを最小限にする(視線を合わせない)可能性が高いという。断り発話というの は、この理論に基づけば、言い難いことであるため、視線を合わせないと予測できる。
しかしながら、本研究のデータでは断り発話を述べる際、相手の目・顔を見る例が多 く見られた(JNS-F:29.2%、JNS-M:25.5%;SNS-F:23.0%、SNS-M:38.7%)断り発話と 視線行動 ON との関係は、場面を考慮すると、同性どうしという理由だけでなく、親し い友人関係での依頼に対する断り場面であるため、視線を逸らさずに、誠意の気持ち を表現している可能性がある。福原(1977)および飯塚(2005)は、対面している 2 者 間における対人感情と視線行動は、親和、好意などと密接に関係していると述べてい る。また、Coutts & Schneider (1976)は、親しい友人どうし(close))のほうが見知らぬ者 どうし(far)に比べ視線を向ける頻度が有意に多い(p<.05.)と述べている(p. 68)。これら の研究は、断りを表明する際にも適用できよう。本研究の調査の場面は、親しい友人 関係で、頻繁に会ったり話をしたり、一緒に行動をしたりしている友達どうしの設定 であり、被験者は実際に友人どうしでもある。したがって、相手のフェイスを脅かす 恐れがある断り場面であっても、親しい友人どうしの関係であれば、相手を見て断り を表明する傾向が高いのは特段問題がないことが示唆された。断り場面で視線行動 ON
→ON で相手に対して断り意図を説得する際に相手を見て断るのは親しい友人関係だか らこそできることであろう。逆に、親しくない関係ならば、視線行動 ON→ON で断りを 説得しながら自分の断り意図を相手が受け入れられるようにするのは難しいであろう。
また、 断りを表明しながら、相手に視線を向けるのは、心の中を見せる意味があり、
信頼性と関係があると任(2004, p. 120)も述べている。したがって、 そのような密接 な関係では、 断りを表明する際に、 相手を見るということは、むしろ自然な行動で ある可能性が高いといえるだろう。
断り発話と視線行動 ON→ON タイプについて、被験者が断り発話を述べる際、相手を 見る傾向にある原因は、対人距離に関係があると考えられる。任(2002; 2004)の研究
180
では日本人は断る時視線を気にするが、韓国人はあまり気にせず、相手を見て意見を 表明する態度が頻繁に見られると述べている。しかしながら、任(2002; 2004)はフィ クションであるテレビドラマの会話例を資料として用いているため、 一般に想定され ている典型的な演出がなされている可能性が極めて高い。つまり、ドラマというのは 演出が入っている。ある発話場面で演技者が視線をどこに向けるのかについて、台本 の指示よって指定されているか、あるいは演出家の指導により撮影現場で具体的かつ 綿密に決められるはずである。演技者の視線行動は演出によりいわば作為的にコント ロールされ、自然に現れる視線行動とは言えないだろう。また、任(2002; 2004)の断 りの場面の分析では、話者間の関係が記されていない点にも疑問の余地がある。ただ し、コントロールされているから、ステレオタイプと母語話者が思っている行動が顕 著に現れているのかもしれない。
視線行動と性差の関係についての先行研究で頻繁に指摘されてきたのは、女性は男 性よりも頻繁に相手に視線を向けているということである(福原 1977)。また、飯塚ら
(2011)は、実際に直視する時間的な量を分析した結果、友人どうしは見知らぬ者ど うしより、 直視する時間が長かったと指摘している。
ところで、今回の調査データは、任(2002; 2004)のそれと明らかに異なった結果に なっている。全ての話者で ON→ON タイプの出現率が高いが、とりわけ SNS-M が顕著に 高かった。スンダ語母語話者として筆者は、以前から親しい友人関係において、一般 的に対話のコミュニケーション場面では相手を見ながら話をすることが 1 つのポライ トネスを表しているという印象を持っていた。このようなアサンプションが、今回の 調査で裏付けられたと言えよう。相手が年上、または社会的地位が高い相手であれば、
連続して相手を見て話すのは失礼な印象を与える恐れがあるが、親しい友人関係では 相手を見ないで話をすると、話者の話を本当は聞いていないとか、話者の話を聞く気 がないとか、相手を無視しているなどの失礼な行動であると思われたり、不愉快な印 象を与えたりする可能性がある。よって、 断りの場面であっても、 話者どうしが親 しい関係にあれば、視線を逸らさず、相手を見て断る可能性が高いと考えられる。し たがって、断りの際、たとえ言いにくいことであっても、SNS の方が相手を見る傾向が JNS より高いのは当然の帰結と言えよう。
以上、JNS および SNS 両母語話者間において共通する視線行動 OFF→ON タイプおよ び ON→ON タイプという上位 2 つのタイプは、最も好まれる視線行動のタイプとして見