第 3 章 調査方
3.1 調査方法
発話行為に関する研究・第 2 言語習得研究において、調査方法として、一般的に 自然発話調査、談話完成テスト、およびロールプレイ法という 3 つの方法がよく用い られる(伊藤 2004b,武田 2007)。しかしながら、どの調査方法でも万能な方法はな く、それぞれ長所と短所が必ず存在する。そこで、それらの方法の中で調査の目的に 最も相応しい方法を選定する必要がある。
以下では、自然談話調査、談話完成テスト、そしてロールプレイという談話分析に 用いられる調査方法のそれぞれの長所および短所を取り上げ、本研究の目的に適合す る方法を決定する。
まず、清水 (2009, p. 36)は自然談話調査の方法において、実際の会話場面を観察 することによって、「本物の言語行為の正確でありのままの記録に研究者がアクセスで きる」と述べている。伊藤 (2004b, p. 5) は、実際の言葉が分析の対象として使用され る、自然会話のデータは、信頼性が高いと主張をしている(伊藤 2004b)。ただし、自 然会話では十分なデータを収集するためには「膨大な自然データが必要」であり、「様々 な状況変数をコントロールする」ことが難しいという短所も指摘されている(清水 2009, p. 36)。
一方で、談話完成テストは、「一度に大量のデータを収集できること、変数のコント ロールが効果的」であることから(伊藤 2004b, p. 6)、既述の自然会話法の問題を解決 できるというメリットがある。しかしながら、「研究対象となる発話行為を引き出すこ とを目的として作成されているので、回答者は何らかの発話を記述しなければならな
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い」という特性があり(清水 2009. p. 43)不自然な会話が産出される可能性がある。
また、書きことば的な表現になりやすいこともこの調査方法の短所である(伊藤2004b, p. 6)。
他方、ロールプレイは、話者間である程度それぞれの役を担いながら話をさせるた め、実質的に自然会話ではない。ロールプレイの指示内容に話者の役割、場面の説明、
そして会話する際に話者がすることが書かれおり、最低限のことは指示し、実行させ るが、実際に会話をする時は話者の自由である。
ロールプレイは談話完成テストに比べると以下の 2 つの利点がある。
1. ロールプレイ調査では、質問用紙と違い、録音や録画が行われるため、
会話時の調子やイントネーションによる差異、非言語行動なども分析可 能になる。
2. DCT のように決められた会話文にあてはまるような発話を考えるのではな く、会話相手(ロールプレイの相手)に応じて瞬時に応答するという、
即興性が加わり、この点でも質問用紙より実際の会話により近い。
武田(2007, p. 17)
以上、様々な調査方法における所長および短所を取り上げた。本研究は、会話のや り取りにおける断りの流れと、それに伴う断りの変化という過程を対象とするため、
実際の会話に近いデータ収集法としてのロールプレイ調査が適切であると考えた。ロ ールプレイの方法で言語行動・非言語行動データを同時に取得できるからである。実 際の会話の中で見られる断りのプロセスや各プロセスにおける特徴、さらに非言語的 な視線行動を捉えるため、本研究の調査方法として、ロールプレイを採用する。
3.1.2 予備調査
本調査を行う前に、調査方法に関する問題点などを調べるため、予備調査を実施し た。予備調査におけるオープンロールプレイ法では、被験者として日本語母語話者 (JNS)とスンダ語母語話者(SNS)の 20 代の大学生 16 名(8 組)から協力を得た。この予 備調査により、会話の場面設定・調査手順などにおいて問題点が浮かび上がってきた。
その問題点は、以下のようにまとめられ、それを本調査に向けて改善した。
37 1.人間関係について:
実際の友人であり、「親」の関係にある被験者どうしに「疎」の関係として会話を させた場合、今、目の前にいる友人ではなく、だれか別の人、すなわち、親しくな い友人を想定しなければならないが、そのような設定は難しく、不自然であると被 験者は述べている。したがって、得られたデータは不自然で、現実から離れる可能 性がある。そこで、本調査では同等関係、親しい友人の同性どうしのデータのみを 収集することにした。
また、性別に関しては、女性の方が男性に比べてより丁寧な言語行動を取り(Aziz
1996,八木橋 2018など)、断り行動は性別によって異なる可能性がある(森山 1990)。
よって、異性どうしの会話では、男女それぞれの言語行動に影響を与える可能性が 否定できないため、同性どうしを対象とすることにした。
2.会話の場面設定について:
スンダ語母語話者(以下 SNS と略称)については、金銭貸借場面は友達の関係で はよくあることだが、日本語母語話者(以下 JNS と略称)においてはめったにない と被験者は指摘している。また、依頼内容に関しては、アンケート調査票に記入す るという負担が軽い場面設定では、実際は「断らない」、「断りにくい」、「受諾する」
というように、依頼を断らずに、直ぐに受けてしまうのではないかとの指摘があっ た。そのため、最初から「断りやすい」・「断っても当然」のような場面、依頼負担 がある程度重いような場面設定でなければならない。つまり、依頼の内容をある程 度負担が重い場面で設定すれば、断っても自然な場面になると考えた。
3.調査の手順について:
依頼側と断る側が最初から同じ場所にいると、何から会話を始めれば良いか戸惑 うため、被験者間で話し合いをしてから会話が始まり、会話の始まりと終わりの部 分が明確ではなくなる場合があることが分かった。そのため、1 つの会話に、開始 の発話から終了の発話までが明確に現れるように、予め依頼側と断る側を別の場所 に待機させ、依頼側が断る側のいる場所へ行くように指示し、会話が終わったら、
その場から退出させるようにした。
38 3.1.3 被験者
JNS と SNS を対照する際、比較可能性という観点から同じ属性の母語話者どうしの 会話を収集することが必要である。本調査では性別を考慮し、年齢や条件を統制する ため、調査の被験者は大学生の親しい友人で同性どうしに設定した。また、予備調査 の段階の問題点として指摘したように、親疎関係・上下関係を設定したデータを収集 したが、そのデータは現実から離れる可能性がある。例えば、実際は親しい友人関係 にあるのに、親しくないつもりで話すよう指示を出し話をさせても、そこには無理が あり、不自然になることが予想される。その結果、ただの演技となる恐れがある。ま た、同じ組で様々な場面が与えられると、会話に慣れ、似たような会話のただの繰り 返しも生じた。そのため、今回の本調査では親しい友人の同等な関係のデータのみを 収集することにした。
被験者は JNS の女性(以下 JNS-F と略称)と男性(以下 JNS-M と略称)、SNS の女性
(以下 SNS-F と略称)と男性(以下 SNS-M と略称)それぞれ 30 組のペア(総計 240 名)
で、大学 1 年生から 4 年生の学生である。JNS の被験者の場合、スンダ語・インドネシ ア語を学んだ経験がない大学生を選定した。SNS の被験者の場合も、日本語の学習者で はない。したがって、それぞれの言語や文化の影響はないと考えられる35。
3.1.4 データ収集地と期間
データ収集は、JNS の場合は 2016 年 12 月から 2017 年 6 月にかけて、日本の北陸地 域にある K 大学と S 大学で実施した。一方、SNS の場合は 2016 年 8 月から 9 月にかけ て、インドネシアの西ジャワ州にある U 大学で実施した。
3.1.5 統計処理について
統計処理に関しては、カイ 2 乗検定を用いて有意差の検定を行った。検定には、
StatView Ver5.0を用いた。
3.1.6 データ収集方法の手順
本調査でのデータ収集法棒の手順は以下のようである。
1.データ収集の際、ボイス・レコーダーおよびビデオ・カメラを設置した。そして会
35 被験者のそれぞれの詳細データは付録②を参照のこと。
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話参与者両名を的確に捉えるために、ビデオカメラ 3 台を三脚で固定して設置した。
会話参与者 2 名は机に斜め横に座り、それぞれの正面にビデオカメラ 1 台ずつ(ビ デオカメラ A と B)、そして両者を同時にとらえるように 1 台(ビデオカメラ AB)を 設置した。したがって、それぞれの角度から会話参加者の行動を明確に捉えること ができる。会話参与者・座席の位置は以下の図 3-1 と図 3-2 に示した.
2.調査の際、被験者は断る側と依頼側であらかじめ指定した異なる調査場所で待機し てもらった。
3.被験者それぞれに調査の説明をし、内容を理解した上で、同意書に署名36をしても らった。その後、依頼側が断る側のいる場所に出向き、そこで会話が行われた。被 験者がなるべく自然な会話をするよう、普段どおりの親しい友人どうしで話す時と 同じ話し方をするように指示した。また、会話が終わった場合、すみやかに依頼側 が部屋を出るように指示をした。これで、会話の最初から最後までの流れが明確に なると考えた。
36 調査の説明を理解した上で、被験者の同意を得た(同意書は付録参照③)。
図 3-1 会話参与者を示す位置 IC REC