第 4 章 断り発話に至るまでの言語行動について([課題 1])
4.4 結果と考察
4.4.2 言語行動に見られる個別意味公式
この節では断り発話に至るまでに見られる言語行動について分析する。依頼発話か ら「1 回目の断り」に至るまでの言語行動について、どのような意味公式が見られるの か、JNS と SNS のそれぞれの特徴を分析する。意味公式カテゴリー{付随表現}に分類 される個別意味公式は様々であるが、最も使用率が高い個別意味公式を中心に考察を 行う。まず、結果を以下の図 4-2 と図 4-3 にまとめて示す。
72.7
54.5 52.4 57.1
27.3 33.3
9.1
28.6 9.1
0.0 0
20 40 60 80 100
JNS-F JNS-M
%
図4-2 JNSの断り発話に至るまでの言語行動 意味公式比較 ためらい 情報要求 繰り返し 情報確認 肯定的表現
62
図 4-2 が示すように、まず、全体的な個別意味公式の使用から見てみる。JNS では、
JNS-F は使用の多い順位からいうと【ためらい】(72.7%, 8 組)、【情報要求】(54.5%, 6 組)、【繰り返し】(27.3%, 3 組)、【情報確認】と【肯定的表現】(9.1%, 1 組)であ る。他方、JNS-M は【情報要求】(57.1%, 12 組)、【ためらい】(52.4%, 11 組)、【繰り 返し】(33.3%, 7 組)、【情報確認】(28.6%, 6 組)である。この結果から、JNS は基本 的に、JNS-F と JNS-M 間では大きな違いは見られなかった。つまり、これらの言語行 動は JNS にとって性差に関係なく使用されていることがわかった。ただし、有意差ま で見られなかったが、【ためらい】は JNS-F が JNS-M より 20.3 ポイント高く、【情報確 認】は JNS-M が JNS-F より 19.5 ポイント高い。したがって、使用する優先順位に違い が見られた。
それに対して、図 4-3 が示すように、SNS では SNS-F は使用頻度の高い順からいう と【情報要求】(75.0%,15 組)、【情報確認】(50.0%, 10 組)、【困惑】(25.0%,5 組)、【繰 り返し】(20.0%, 4 組)、【ためらい】(15.0%, 3 組)である。一方、SNS-M は【情報要 求】(80%, 16 組)、【情報確認】(50.0%, 10 組)、【困惑】(25.0%, 5 組)、【繰り返し】
(2 組, 10.0%)、【ためらい】(1 組, 5.0%)である。この結果から、基本的に使用され る意味公式は【情報要求】と【情報確認】であることがわかる。しかも、男女ともにほ ぼ同じパターンになっている。つまり、これらの言語行動は性差に関係なく、男女と もにほぼ同じ使用率で使用されている。
15.0
5.0
75.0 80.0
20.0
10.0
50.0 50.0
25.0 25.0
0 20 40 60 80 100
SNS-F SNS-M
%
図4-3 SNSの断り発話に至るまでの言語行動 意味公式比較 ためらい 情報要求 繰り返し 情報確認 困惑
63
JNS と SNS を比較すると、両母語話者ともに顕著な性差は見られず、男女ともほぼ 同様な意味公式の使用が見られた。しかしながら、JNS では【ためらい】が多く使用さ れ、SNS では【情報要求】と【情報確認】を基本に使用する傾向が見られた。また、【困 惑】は JNS にはまったく見られなかったが、SNS には出現している。これは SNS の特徴 として見ることができる。このように、それぞれ好まれる個別意味公式の優先順位が 異なっている。
両母語話者において、顕著に多く用いられたのは【ためらい】、【情報要求】、【情報 確認】、【困惑】の 4 つの意味公式である。したがって、この 4 種類を、以下に論じる こととする。
断り発話に至るまでの発話で両母語話者間で有意差のある言語行動を見てみると、
JNS-F は【ためらい】が、JNS-M は【情報要求】・【ためらい】が、SNS-F と SNS-M は【情 報要求】・【情報確認】が、それぞれの特徴として出現している。以下はこれらの意味 公式を見ていく。
4.2.2.1 【ためらい】について
【ためらい】は JNS の使用が多く、JNS-F と JNS-M はそれぞれ 72.7%と 52.4%である。
他方、SNS はそれぞれ 15.0%と 5%である。この結果から、SNS に比べ、JNS の【ためら い】の使用が多いことが分かる。
日本人がよく使用する【ためらい】について、任(2002, p. 45)は「ある発話の前置 きとして使われる場合は何らかの意味を持つ」と述べている。また、断る発話の前に 現れる「あー」「うーーん」といったものを「ディスコース・マーカー」として扱って いるが、日本人がよく使用し、間作りに最適なものとし、話の展開をゆったりさせる と任(2002)は述べている。また、「ためらい」は断り発話を「予告」することによっ て、「断りのインパクトを和らげる緩らげるようになり、断る側の相手に対する配慮」
であると邱(2002, p. 26)は指摘している。断り発話の前に表れる【ためらい】は、相 手の勧誘に応じられないことを暗に示して、また相手に直接に働きかけるのではなく、
どちらかと言えば相手に自分の気持ちを察してもらいたいことを伝えるものだと吉田
(2015, p. 62)は述べている。したがって、断り発話に至るまでに JNS は【ためらい】
を使用することによって、相手の依頼を受諾できないという消極的な態度を示してい ると言える。【ためらい】は以下の会話例 4-5 と 4-6 に見られる。
64 会話例 4-5 JNS-F29
発話文
番号 話者 発話内容
1 A
あのさ(うん)私、明日(うん)学会のアルバイトが入っとたん よ(うん)入っとるんやけど(うん)でもどうしても急用入って
(うん)急用入って行けんからちょっと頼みたいなと思っとるん やけど。← 依頼発話
2 B
うーーん、明日は(明日うん)車校(うん)アンド月曜日からテ ストがあって(うん)その勉強をしないといけなくて。← {付 随表現}【ためらい】
会話例 4-6 JNS-M20 発話文
番号 話者 発話内容
5-2 A うん、バイトしろって言われて,, 7 B バイト?、おうおうおう。
5-3 A 全然やりたくないんだけど,,
8 B あー。
5-4 A 先生に好かれんなんから,, 9 B あー、さすがに?
5-5 A
〈普通に〉入れてんけど、で、一回「○○」に頼んでんて(お うおう)、‟やってくれんけ?”つって、あいつ‟絶対嫌”っ て、‟あの######だから”って,,
10 B あ、まじ?
5-6 A だから、ここはもう○○にお願いしよかなって 。 11 B やー、えー、バイト?← 【付随表現】【ためらい】
会話例 4-5 は、JNS によく見られる、冒頭部で用いられる意味公式の【ためらい】の 使用例である。依頼を受けて、断る側は発話文 2B で「うーーん、明日は(明日うん)
車校アンド月曜日からテストがあって(うん)その勉強をしないといけなくて」と【た めらい】を最初に自分の断りの予告として使用し、その後、事情の説明として【理由】
を用いて相手の意に添えないことを表明している。他方、会話例 4-6 では、断る側は 依頼に対して断る側は発話文 11B で「やー、えー、バイト?」と【ためらい】を表明 してから情報を確認している。【ためらい】を使用することによって、これから表明 する断りの衝撃を緩和させようとしていると考えられる。
4.2.2.2【情報要求】について
【情報要求】は、発話の意味機能としては相手が依頼した用件に関して、断る側が より詳しい情報を要求することである。熊井(1992, pp. 74-75)は、依頼を受けた際、
65
日本人に比べ、留学生は断り表現に至るまでの言語行動では相手に対して積極的に 色々な情報を聞く行動が多かったと述べている。また、相手の依頼に対して熱意や関 心を示す態度が表れる。これにより、留学生が積極的に会話をリードしている姿勢が 見られたという。ブラウン&レヴィンソン(2011) によると、【情報要求】は相手に対 する関心を誇張しようとするポジティブ・ポライトネス・ストラテジーに属する行為 だという。すなわち、その依頼内容への関心を示すことにより、相手のフェイスを脅 かすことに対する事前の補償行為として位置づけることができると述べている。さら に、藤原(2003)は、断る場面に見られる【情報要求】について、直ぐに断りを伝える のではなく、情報要求を間に挿入して、相手に対する興味関心を表明することで雰囲 気を緩和させると述べている。これらの先行研究の結果を踏まえると、本調査におけ る話者間では断り発話に至るまでに、JNS-F を除いて、依頼を受けた際に関心を示し、
必要とする様々な情報を依頼側に尋ね、積極的な反応を示す行動を行っていると考え られる。直ぐに断りを表明せず、【情報要求】をすることによって、断りに対する心理 的負担を軽減させるための相手への配慮であると考えられる。【情報要求】の使用例は 以下の会話例 4-7 と 4-8 に見られる。会話例 4-7 の依頼発話に対し、断る側は発話文 2B で 「え、なに、それはなんの学会?」、他方、会話例 4-8 の断る側は発話文 11B で
“Kela seminarna ieu tanggal sabaraha yeuh, poe naon?”(〖待って、この学会何日何曜日?
〗)というように、依頼側の用件に情報をより詳しく求めている。
会話例 4-7 JNS-M18 発話文
番号 話者 発話内容
1 A
やー、ね、あのね、教授に、なんかバイトで、学会の手伝い(うん うん)…まあ‟手伝いをして”って言われたんだけど(うん)、な んかちょっと、急用が入っちゃって、行けんくなって、それで、そ れを、あの「○○」に‟代わりをやってくれないか”って言ったん だけど(うん)、ちょ、彼も忙しくて‟急には無理だって”(あー、
はいはい)って言われて、で、あの○○に頼みに来たわけなんです けど。← 依頼発話
2 B え、なに、それはなんの学会?←{付随表現}【情報要求】
66 会話例 4-8 SNS-M03
発話文
番号 話者 発話内容
9-1 A
Tah ari pek teh ngadon di imah aing teh, ceuk teh ○○ “kumaha ieu di bumi, teu acan dibantosan”, euh rek aya sukuran jadi urang teu bisa kukumaha,,〖で、
うちでね、「○○うちどうする、まだ手伝ってくれないよ」と、
出来事があって、どうしようもないんだ。〗
10 B Eeeh.〖へええ。〗
9-2 A
Urang menta ka batur hese, keur arembungeun kitu, cik sugan ka maneh
bisa teu?52〖俺他の人にお願いするのは難しくて、皆いやだって、
おそらくお前だったら、できない?〗← 依頼発話
11 B Kela seminarna ieu tanggal sabaraha yeuh, poe naon?〖待って、この 学会何日何曜日?〗← {付随表現}【情報要求】
4.2.2.3【情報確認】について
【情報確認】の使用について JNS では JNS-F と JNS-M はそれぞれ 9.1%と 28.6%で、
SNS では SNS-F と SNS-M は同じ 50.0%である。よって、JNS に比べ、SNS の【情報要求】
がより多かったことが分かる。
吉田(2015, p. 62)は、【情報確認】は「聞き返しの役割を果たすことから、こちら は時間稼ぎの役割が大きく、勧誘に答えられないことを、相手に察してもらいたいと いう気持ち」であると述べている。張(2013, p. 53)は「相手の発話を確認」というの は被依頼者ストラテジーでは「中立型」に分類し、「依頼に対して中立的な態度を示 す発話」である。すなわち、肯定的でもなく、否定的でもなく、どちらにも含まれない 発話だと述べている。邱(2002)は【情報確認】のような発話は最終の断りにつなが り、断りの準備としての機能を持っていると述べている。よって、話者が断りの前に 表明する【情報確認】は、相手から情報の確認を求めるというよりも、断り発話への 進行を遅らせることによって相手に対する断りのインパクトを緩和しようとしている と考えられる。以下の会話例 4-9 のように、依頼側の発話に対して、断る側は発話文 3B で一部の発話を上昇のイントネーションで「明日?」と情報を確認するために依頼 側に聞き返している。
52 イタリックで表記された箇所は男性どうしで用いられる普通体の表現である(比較のため に、女性どうしで用いられる丁寧語は脚注44を参照のこと)。