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研究背景

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第 9 章 断りに伴う視線行動のタイプの分析([課題 6])

9.1 研究背景

日常的なコミュニケーションでは非言語行動も重要な情報伝達手段である。高木

(2005, p. 25)は「対面対話においては、音声言語を用いた情報伝達だけでなく、表情 や視線、姿勢、身体動作といった様々な情報を合わせて用いることにより、より良い コミュニケーションを行っている」と述べている。会話に伴う非言語行動には「一定 の構造が存在し」、それは「発話権取得の意図や話題に対する興味、理解度と関係があ る」と田中ほか(2009,p. 1)は指摘している。非言語行動の重要性の認識の高まりか ら、近年の談話研究では、非言語行動を含むマルチモーダルな観点から言語行動を分 析する試みが注目されてきている(杉浦 2011、中村 2011、榎本・伝 2011など)。

非言語行動の中でも、視線行動は、単に偶然に現れるものではなく、意識的にせよ 無意識的にせよ、発話に際して何らかの合図やメッセージを相手に伝えているはずで ある。日本では「目は口ほどに物を言う」(ヴァ―ガス1987, p. 78, 任 2017, p. 5 )と いう諺があり、インドネシアでは“Mata adalah jendela hati”(〖目は心の窓〗)という似 たような表現がある。こういった表現が存在すること自体、視線がコミュニケーショ ンにおいて重要な役割を果たしていることを示唆している。ヴァーガス(1987)は、

視線行動と話題との関係について、話題の内容は話者間の視線行動に影響を与えると 指摘している。また、「視る」という行動は、「心理的積極行為で、対象を判読しよう とする意志を持っている」とも述べている(ヴァ―ガス 1987, p. 79)。ブロズナハン

(1988,p.216)は、「持続した視線や凝視は他人に対する特別な関心、大胆さ、挑戦、

無礼を示すのに対して、視線をはずすことは無関心、興味なし、恐怖なし、嫌悪、内

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気、尊敬を示す」と述べている。さらに、ブロズナハンによると、日本人、特に女性は 下方へ視線を落とすと、断りという意味が強くなると論じている。視線とその役割に ついては、話者交替の際、話し手は発話権を相手に渡したい時に相手に視線を向ける と指摘されている(Kendon 1967、ブロズナハン 1988、深澤 1999、任 2002)。こうい った指摘は、 コミュニケーションの中で視線が重要な役割を果たしていることを示し ている。

これらの研究は一般的な視線行動について述べているが、断り場面ではどうであろ うか。とりわけ断りという心理的な葛藤が予測される場面では、何らかの特徴的な視 線行動のパターンが見られる可能性がある。このような視線行動は、会話参与者間の 人間関係や対人意識と関わりがあると考えられる。それを調べるためには、視線行動 に見られるタイプを分類し、断り発話がなされる場面と関連付ける必要があるだろう。

本研究に最も関連する研究、つまり断りと視線を扱った研究の1つとして、任(2004)

の断りと視線に関する研究を挙げることができる。任(2002)はテレビドラマを資料80 とし、日本人と韓国人が勧誘・依頼を断る際、それぞれどのような視線行動を行うの かを調べた。任(2002; 2004)は断り発話においてターンごとに見られる視線行動を「視 線 ON」と「視線 OFF」に分類している。視線 ON は相手の目・顔を見ている状態である。

それに対して、視線 OFF は相手の目・顔を見ていない状態である。以下の表 9-1 が示 すように、視線行動を 8 タイプに分類し、それを用いて断りと視線との関係を分析し た。分析の結果、日本人は断る際、視線を逸らすように配慮するが、韓国人は相手に 視線を向けて意見を表明する頻度が高いことが明らかにされた。また、発話末では発 話権を相手に渡す際、 相手に視線を向けるという視線行動の役割の観点から、 断り 発話の末に相手を見るという視線行動 ON が守られているかどうかを分析した。一般的 には、相手に発話権を渡したい時、相手に視線を合わせるはずであるが、日本人は韓 国人に比べ、発話交代が起こる可能性のある断りの発話末で、相手を見ていないと指 摘している。しかしながら、任(2002; 2004)の研究については、その調査方法に関し ていくつかの問題点が指摘できる。まず、収集したデータは、自然な会話ではなく、

フィクションであるテレビドラマの会話を基にしている点である。そのようなドラマ

80 分析の対象としたテレビドラマは、日本が『東京ラブ・ストーリー』『オヤジィ』『恋がし たい』であり、韓国が『嫉妬』『グッキ』『ジュリエットの男』である。任(2002)によると、

似かよったストーリー・テーマの作品を選定しているという(p. 182)。

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は、演出がなされている点で、現実の視線行動を反映しているとは限らない。また、

ドラマから集めたデータであるため、設定された人間関係はかなり詳細に分かるはず であるが、会話の参与者について、その親疎関係、年齢、性別などの情報が文献内で 規定されていないため、人間関係が不明確である。

任(2002; 2004)によるテレビドラマの会話データに基づいた分析の結果は、ドラマ と違って演出がなされていない実際の会話においてもあてはまるのだろうか。すなわ ち、実際の断り会話においても、任の結果と同じタイプの視線行動が出現し、断り発 話末で視線を合わせないのだろうか。

実際の会話に近いデータを用いた研究としては、ハヤティ(2016)がロールプレイ による断り談話を資料に JNS と SNS の視線行動を分析している。それによると、断り 発言を行うとき、両母語話者はともに、相手から視線を外す場合(OFF)と相手に視線 を向ける場合(ON)という 2 つのタイプの視線行動を行っていることが確認された。

両言語間の違いとして、JNS は SNS に比べ、OFF で終わる傾向があるが、SNS は JNS に 比べ、ON で終わる傾向が見られた。しかしながら、ハヤティ(2016)の研究は、断り 談話における視線の役割に関して問題点を明確にするために実施した予備調査である。

そのため、 被験者のサンプル数が十分ではなく、 結果を適切に評価することはでき ていない。

以上のような研究背景から、断りと視線行動の関係に関する研究は、任(2002; 2004)

以外ほぼ皆無であると言っていい。この研究で明らかにされた成果は貴重な知見であ り、今後の断りと視線の研究にも適用可能な重要な貢献である。そのため、本調査で は、任(2002; 2004)の視点行動のタイプ分けを参考にしながら、上で指摘した問題点 を解決するための調査を実施する。その際、本研究と任の成果を比較することにより、

どの点がどのように異なるのかを論じていく。

視線の変化は様々な観点から捉えることができるが、視線行動については、任(2002;

2004)の研究で提案されたタイプ分けを利用する。視線行動は会話の順番を管理する 発話末に起こりやすいため(Kendon 1967,深澤 1999)、本研究では断る時の発話末に 着目し、そこで見られる視線行動を分析する。すなわち、先行研究で指摘されたよう に、発話権を相手に渡すために断り発話末に相手を見るという視線行動 ON が実際に守 られているかどうかを検証する。また、先行研究の問題点として指摘したように、人 間関係が特定されていないことについては、 本調査では親しい友人関係という条件の

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中での同性どうし、というように場面をより明確に設定した上で調査を実施する。断 り行為は、ブラウン&レヴィンソン(2011)のポライトネス理論の観点からすれば、相 手のフェイスを脅かす行為である。話し手と聞き手の社会的距離(Social Distance)、話 し手が聞き手に対して持つ力(Power)、負担の度合(Ranking of Imposition)という要因が 関係してくる。このことから、断り場面では、対人関係の設定を明確にしておく必要 がある。また、視線には性差があり、男性に比べ女性の方が視線を向ける傾向がある と言われている(ヴァ―ガス 1989)。そこで、断り場面でも性別が関与的であるかど うかを確認するために、性差も調査項目に含めることにする。さらに、断りの意図を 示す発話内容が視線行動と関係がある可能性もあるので、発話内容との関係も調査す る。

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