第 6 章 2 回目およびそれ以降の断り発話に着目した分析 1―意味公式使用数・
6.1 研究背景
これまでの断りに関する多くの研究は、断り発話の言語形式やストラテジー、断り 談話の構造など、様々な観点からなされてきた(Beebe et al. 1990, 大倉 2002,藤原
2003, 伊藤 2004a; 2010,元 2000など)。しかしながら、いずれも 1 回の発話行為と
しての断りを対象にしており、断りを会話参与者間相互のやり取りとして位置づけ、
断りがなされ、それが受諾される過程を分析した研究の数はまだ限られている。
一般に、依頼場面において、相手に依頼して、それが断わられたとしても、依頼者 がその断りを直ちに受け入れるとは限らない。断りは、さまざまな発話行為の中でも 好んで発せられるものではなく、そのため断りが発話されるまでのやり取りが複雑に なりがちである。しかしながら、たとえ断りが発せられたとしても、実際の会話では1 回の返答でその断りが受諾されることは珍しく、通常何回ものターンを繰り返してよ うやく成立するものである(川手-ミヤジェイェフスカ 2001, p. 43)。滝浦(2008, p.
108)は、勧誘を受けて断る場合には、勧誘者のポジティブ・フェイスを補償するため
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に、一旦は受け入れるような応答を形式的にする(例えば、「あー行きたいな」)、ま たは、応えられない理由を述べる、代案を提示する、さらに非優先的な返答をしなけ ればならないことへの躊躇を表明すると指摘している。すなわち、断りという談話は、
一連のやり取りからなるプロセスであることがわかる。
以上の先行研究から、断りのやり取りにおいて、複数回の断り発話が出現すること がある。また、それに伴い、各断りの段階において断りの様相が変化していくことが 予測できる。なぜなら、依頼側も断る側もお互いそれぞれの発話の目的に従い、様々 なストラテジーを試みながら、会話をダイナミックに展開していくと考えられるから である。以下は、断り発話が複数回出現する場合、それに伴う変化についての先行研 究を取り上げて、残されている問題点を指摘する。
6.1.1 関連する先行研究の批判的検討
断りを単発ではなく、再依頼を含めて 2 度あるいはそれ以上にわたるやり取りとし て扱った先行研究には、森山(1990)、熊井(1992)、任(2003)、倉本・大浜(2008)、
吉田(2015)がある。本節では、これらの研究内容を簡単に紹介し、問題点を指摘す る。
森山(1990, p. 61)は、断りの方略を「嫌型」「嘘型」「延期型」「ごまかし型」と 4 つ に分類し、大学生を対象に記述式アンケートで調査を行った。その結果、1 度断った後 でもう 1 度断る場合、男子学生は「嫌型」が、女子学生は「嘘型」が増加したという。
この結果に基づき、1 回目と 2 回目の言語行動ストラテジーに差があると主張してい る。森山(1990)は、アンケート調査法を用いため、自然な会話のやり取りの中での断 り発話の分析とは言えない。
熊井(1992)は、ロールプレイ法を用いて日本人大学生と留学生63の依頼行動を比較 し、1 度断られた後で再依頼した場合、日本人学生は同じ理由を繰り返し、相手に事情 をわかってもらおうとする方略を選択する。それに対し、留学生の場合には、積極的 に様々な理由を提供して相手を説得しようとする64。しかしながら、複数の断りの理由 を表明するとき、1 つの理由に、さらに別の理由を積み重ねるが、その際、上手く繋げ
63 S大学の教養部在籍の留学生であり、日本語学習歴は1年半~3年である。
64 日本人学生の場合、前に挙げた理由を具体化するか、同じ内容でも表現を変えたり、強めた りして繰り返すが、自分から理由の内容を変えようとしない。他方、留学生の場合、理由を具 体化しているものもあるが、途中で別の理由に変えているもののほうが多い。
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られない場合には、断るための言い訳を並べ立てているように見え、不誠実な印象を 与えかねず、結果として説得力も弱くなると熊井(1992, p. 75)は指摘している。熊井
(1992)は、被験者に、指示が書かれた役割カードに従って、3 人の異なる相手に対し て652 つの異なるタスクをさせた。役割カードには、2~3 回断られるという状況に対処 しなければならないという指示がなされている。そのため、2 回目の断り発話が生じた としても、それは最初から再依頼するように指示がなされているので、自然な 2 回目 の断り発話にはなっていない可能性がある。
任(2003)は、日本語と韓国語の勧誘と勧めに対する断りを分析し、その結果、日本 語では 1 回目よりも 2 回目の断り発話のほうが{理由}の意味公式の使用頻度が高く なり、{不可}の使用が減少するが、韓国語はその反対であったという。人間関係維持 のためになされる発話として、両母語話者はともに、2 回目の断り発話に{代案提示}、
{関係修復}、{詫び}という意味公式を多く用いたという分析結果であった(p. 75)。
任(2003)の研究では、ロールプレイ法でデータを収集しているが、ロールカードに 1 度断られても、再度勧誘・勧めを行うようにあらかじめ指示がなされている。そのた め、2 回目の断り発話が生じたとしても、それは最初から再依頼するように指示がなさ れた結果なので、自然な 2 回目の断り発話とは言えないだろう。
倉本・大浜(2008)は、ロールプレイ法を用いて、日本人大学生の友人どうし 2 人 1 組による勧誘と断りを分析対象とした。この研究は、日本人の言語行動の特徴として 従来指摘されてきた、相手への配慮から直接に働きかけることを避ける傾向が、2 次会 への勧誘という場面でも見られるかどうかの検証を試みている。分析の結果、勧誘と 断りが 7 回繰り返され、その間に、「情報要求」と「情報提供」のやり取りが 2 回挿入 され、「条件提示」とその受諾のやり取りが約半数の会話で見られた。勧誘行為と断り 行為が 7 回も繰り返されることはしつこいように見えるが、実際相手をグループメン バーとして認めるという配慮行動の1つとして説明することができると倉本・大浜
(2008, pp. 58-59)は主張している。この研究の分析データでは、複数回断り行為が出 現しているが、その発話の内容の変化というプロセスには注目していない。
吉田(2015, p. 123)は、ロールプレイを用いた日本語母語話者(JNS)とマナド語の 母語話者(MNS)の断りの研究である。分析の結果、JNS では断り発話が 1 回のみの会
65 話し手ははぞれぞれ60代と30代の教師と同級生で、依頼と断りという2つのタスクをさ せた。
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話が多い(91%)のに対して、MNS では断り発話が最多で 5 回まで繰り返され、しかも その発話には様々なバリエーションが見られたという。吉田(2015)は、後述する本 研究の場面設定とは異なり、映画への勧誘に対する断りという場面設定であり、負担 度は本研究で扱う依頼よりも軽い場面であると言える。
以上、断りが 1 回目の発話で受諾されなかった場合、断りが繰り返され、複数の断 り発話の出現を可能にする研究を概観してきた。これらの研究に基本的に共通してみ られる問題点は、複数の断り発話が出現するように指示しているため、自然な断り発 話の分析ではないということにある。本研究では、上記の先行研究の調査方法と分析 の観点が異なり、実際の会話のやり取りに近いオープンロールプレイ方法を採用した。
それは、やり取りにおいて自然に再依頼が起こり、複数回の断り発話も自然に生じる ような条件下でのデータ収集が可能にするためである。具体的には、データ収集の際、
依頼側と断わる側の人間関係を「親しい同性の友人どうし」という設定にし、実際の 友人どうしを被験者にしてロールプレイを実施させた。ロールプレイの内容は、自分 の代わりに学会の手伝いのアルバイトを依頼するが、それに対して断りを行うという ものである。このように、本研究の依頼場面は、依頼内容が急を要し、相手が実際に 親しい友人なので、1 度断られたとしても、何とか食い下がって依頼を受け入れさせよ うと、再依頼するのは極めて自然なことであろう。したがって、本調査のデータで、
断り発話が複数回生じるのは当然のことと言える。
本章では、複数の断り発話における断り発話の様相、特に意味公式使用数と断り発 話の冒頭部に出現する意味公式を用いて分析し、2 回目以降の断り発話を中心に、断り 発話が繰り返されるにつれて、それらの様相がどのように変化していくのか、そのプ ロセスを明らかにする。