第2章 幼児の文の作成と
第1節 課題と目的
前章で,日本語のさまざまな構文をもつ:文について,就学前の幼児がどの程度,それらの文をつ くり出すことができるのか,また,一定の構文の中で,類似した動詞をどの程度使い分けができて いるかを明らかにしてきた。
このことが,明らかになるにつれ,次に問題になってくるのは,就学前の幼児が,同じ意味内容,
思想を,形式(構造)が異なる,つまり異なった構文をとる同じ意味の文でどの程度,いい直すこ とができるのか,また,一定の構造をもった文を,意味の同じ別の構造の文に,どの程度概きかえ ることができるのかという問題である。
もとより,構文の変換というかなりの高度な一定の知的操作を必要とする操作,能力が,言語に ついて何ら組織的な教育が与えられていない,また抽象的思考が未発達の就学前の幼児に発達して いると,アプリオリに仮定することはできない。しかし,就学前の子どもの言語的発話を分析した いくつかの資料は,5〜6歳の時期に,児童は受動文,使役文,やり・もらい構文を含めた国本語 の基本的構:文の多くをつくり出すことを示している。例えば,当研究断旧第二研究都(現在,改組 されて言語教育部)の大久保愛らが作成した3歳〜6歳の発話データ(「幼児のことぽカード集」)
によれぽ*,補助動詞「やる(あげる)」「もらう」を使った文や受動文の形式は,すでに年少児の 段階に,さらに使役文は,年長児に現れている。また,英語を話す米国の幼児で,能動文から受動 文への文の変換をあつかった研究**は,言語水準で文を変換する課題は,就学前の幼児にとって,
たしかに困難な課題だが,しかし,そのデータは岡時にこの期に,幼児の文の変換機能に一定の発 達があることを示している。
*これらの資料にもとづいた幼児の構文,動詞,形容詞の形態の発達についての研究は,最近次の報告書と して公刊された。
大久保 愛 「幼児の文構造の発達一3歳〜6歳の場合」國立国語研究所報告50,圏立國語研究所,1973 高橋 太郎 「幼児語の形態論的な分析一動詞・形容詞・述語名詞一」国立國語研究噺報告55,瞬立飼語 研究弼予, 1975
** !) E. A. Turner and R. Rommetveit, The acquisition of sentenee voiee and reversibiiiey. Child Develop ment, 1967. 38, 649−66Q.
2) H, Hayhurst. Some errors of young children in producing passive sentenees. 」. e£ verbal Learning and verba] Behavior, 1967. 6, 634−639.
第1節 課題と貝的 165
また,第1章で示したように,図版等を使用し,子ども自身に文をつくりやすい条件をつくった 場合,5歳児クラスの約70%は,やり・もらい文の作成の課題において,同じ意味内容を,相互に 異なる文の形式で表すことができた。これらのデータは,一定の条件が与えられた時,就学前の幼 児といえども一つの同じ意味内容を,二つの異なった形式で表現できる可能性をもっていることを 示唆している。しかし,このことは,まだ,一部のデータから推測されることで,事実,就学前の 幼児が,どの程度,この種の言語機能をもっているのかは,まだ具体的には明らかにされていない。
また,同時に,もし,仮に,この期の幼児が,ある程度,一つの同じ意味内容を,二つの異なっ た形式で表現できるとするならば,この場合,この幼児は,異なった文の形式を,どう相互に関連 づけているのかということが問題となってこよう。この場合,とりもなおさず,問題となるのは,
意味の岡じ異なった文の形式を,意味内容を変えることなく相互に言いかえるという行為・機能で ある。今,この行為・機能をここで,文の変換行為,変換機能と名付けておくことにしよう。少 なくとも,子どもが一つの文を,意味の同じ異なった文に変換することができるとすれぽ,その子 は,二つの構造の異なった文を,異なったものとして,区別・使用しているのではなく,多少の意 味上の=ユアンスの違いがあるにせよ,意味的に等価のものとして,利用していることは明白であ
ろう。
しかし,構文の変換という行為には,発達的な観点からみた時,いろいろな水準が存在しうる。
その点をあらかじめ,整理しておくことが必要であろう。
①その文で表される対象等の物的な支えが存在し,その支えのTで,意味が同じ,異なった形式 (構文)の:文をつくり出すことができるが,一つの形式の文を他の文の形式に置きかえることは できない水準。
② ①と同じ条件の下で物的な支えを手がかりにして,一つの文の形式を他の:文の形式に置きかえ ることができる水準。
③熟知している表現の範囲内で,物的な支えなしに,つまり,言語の水準で,一つの形式の文を 他の形式の文に置きかえることができる水準。
④変換の操作・ルールが行為の中で習熟,一般化され,熟知していない文についても文の一つの 形式を他の形式に置きかえることができる水準。
⑤ 変換の操作・ルールが,言語についての知識を媒介にして,自覚,意識化され,任意の文を,
1つの形式から他の形式に置きかえることができる水準。
これらの諸水準のうち,最後の⑤の水準は,就学して以降,学校で,言語,文法について体系的 な知識が与えられ,それを媒介にして獲得されるもので,それらの教育が,まったく与えられない 就学前で,幼児が,この⑤の水準に到達するとは考えられない。しかし,日常の言語生活の中で,
幼児は,自分,あるいは他人の利用することぽについて,経験的な一般化を行う中で,文の構文の 変換について,④の水準にまで到達することは,理論的にも,実際的にも可能であろう。だが幼児
166 第2章 幼児の文の作成と文の変換機能の発達
のこれらの文の変換機能の発達については,臼本語について,まったく研究が行われていない未知 の領域で,具体的に,今Hの幼児が,就学前期に,どの程度,どの水準まで,この機能を獲得する のかは,わかっていないのである。
わが国における幼児の文の変換機能の発達についての研究の最初の試みとして,次のことを行う のが,本研究の自的である。
(1)態(ボイス)に関する文について,文の語構成を示す図版を用いる条件の下で,文の作成と 変換について,一定の練習とテストを行い,就学前期における幼児の文の変換機能の発達を,以 丁の二つの面から分析し,明らかにする。
1)態に関する文の作成,変換について一定の練習を与えた時,幼児は,その練習をどの程度,
受容するのか
ii)一定の練習後,自力で行う課題を与えた時の幼児の成績と反応
(2)幼児が受動文をどの程度,理解できるのかを明らかにするとともに,受動文の理解の発達と 文の変換機能の発達の関連を明らかにする。
(3) それらの文の作成,変換行為の中にみられる幼児の誤りの分析から,この期の幼児の言語能 力の特徴を明らかにする。
第1節 舞渠題と詩的 167