8.2. ジャータカと「長者の施食」説話の比較
8.2.2. 説話の構成と展開
こ の 登 場 人 物 の 立 ち 位 置 の 置 換 を ふ ま え て 次 に 物 語 の 構 成 を み て み よ う 。
① 長 者 の 登 場
北 伝 で は 外 道 の 関 係 者 と し て 登 場 す る 。特 に そ の 立 場 を 明 確 に す る の は『 荘 厳 』344( 樹 提 伽 の 義 兄 )、『 申 日 』345( 旃 羅 日 の 義 弟 )で あ り 、長 者 の 妻 と 妻 の 兄 弟 の み が 仏 教 の 支 持 者 で あ る 事 が 描 か れ て い る 。ま た 、『 徳 護 』で は 外 道 た ち を よ く 食 事 で も て な し た と い っ
344 「 富 羅 那 弟 子 、 尸 利 鞠 多 者 、 是 樹 提 伽 姐 夫 。 時 樹 提 伽 、 父 先 是 尼 乾 陀 弟 子 、 一 切 衆 生 教 法 相 習 、 而 樹 提 伽 蒙 佛 恩 化 。 其 父 亦 信 爲 佛 弟 子 、 更 不 諮 禀 六 師 之 徒 。 時 樹 提 伽 、 爲 欲 化 彼 姐 夫 尸 利 鞠 多 故 。 數 數 到 邊 而 語 之 言 。 佛 婆 伽 婆 是 一 切 智 。 彼 姊 夫 言 。 富 羅 那 者 亦 是 一 切 智 」[T4. No. 201, 327c13-19]
345 「 爾 時 、 王 舍 城 中 有 大 豪 富 長 者 、 名 旃 羅 日 。 財 寶 無 量 、 敬 信 佛 法 。 供 養 衆 僧 、 精 進 難 及 。 長 者 有 弟 、 號 名 申 日 。 不 信 佛 法 、 奉 諸 邪 術 、 見 兄 奉 正 、 毎 懷 恚 嫉 。 所 可 侍 師 、 號 不 蘭 迦 葉 」[T14. No. 535, 817c25-818a3]
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た 説 明 も 付 加 さ れ て い る 。南 伝 で は た め ら う 事 な く 食 事 を 布 施 す る 好 人 物 の 長 者 と 紹 介 さ れ る 。
② 妨 害 者 の 登 場 ・ 目 的
北 伝 の 妨 害 者 た ち は 外 道 の 一 派 で あ る 、長 者 は 彼 ら の 不 満 を 受 け て 釈 尊 の 力 は 偽 り で あ る 事 を 証 明 す る た め 、主 に は 釈 尊 を 殺 害 す る た め に 行 動 を 起 こ す 事 と な る 。 特 に 『 申 日 』 で は 自 ら の 能 力 を 驕 り 、 仏 教 支 持 者 の 旃 羅 日 に よ っ て 泥 穴 に 落 と さ れ る 恥 ず か し め を 受 け た た め 長 者 が 報 復 を 決 意 し て い る 。南 伝 の 加 害 者 は 外 道 で は な く マ ー ラ で あ り 、そ の 動 機 は 布 施 の 妨 害 と そ れ に よ る 辟 支 仏 の 殺 害 で あ る 。
③ 覚 者 の 登 場
南 伝 で は 辟 支 仏 自 ら 乞 食 の た め 長 者 の 屋 敷 へ と 向 か い 、そ の 行 動 背 景 に は 特 に 理 由 付 け や 説 明 は な い 。対 し て 北 伝 で は 長 者 に よ る 釈 尊 の 食 事 へ の 招 待 と な っ て お り 、善 意 を 装 っ た 施 食 の 真 意 を 知 り な が ら も 屋 敷 に 赴 く 心 理 が 描 か れ る 。
④ 火 坑 の 設 置
南 伝 、北 伝 と も に 長 者 邸 の 門 の 横 、も し く は 屋 敷 側 で あ る 門 裏 に 深 い 穴 を 掘 り 、( 炭 )火 を 焚 い て い る 点 と 、敵 対 者 が 高 い 位 置 か ら 対 象 者 を 見 下 ろ す 情 景 が 共 通 し て い る 。南 伝 で は 地 獄 を 聞 き 手 に 想 像 さ せ る 描 写 と な っ て お り 、マ ー ラ は こ の 罠 を 明 ら か に し た 上 で 、空 中 高 く へ と 舞 い 上 が り 、長 者 の 布 施 を 諦 め る よ う に 脅 迫・誘 惑 す る 。 北 伝 で は 毒 入 り の 食 事 を 設 け 、門 の 裏 手 に 大 深 穴 を 掘 り( 炭 )火 を 焚 き し め 、そ の 上 を 土 な ど で 隠 し 、外 道 た ち は 釈 尊 が 地 面 に 偽 装 し た 罠 に 陥 る 様 を み る た め に 歓 喜 し 、 高 楼 へ と 集 ま っ て く る 。
⑤ 妨 害 の 抑 止 者 の 登 場
南 伝 で は 一 切 現 れ な い 登 場 人 物 で あ り 、悪 意 あ る 長 者 の 説 得 を 行 う 。
『 荘 厳 』で は 長 者 の 妻 で あ り 、ま た 、罠 に 向 か う 釈 尊 を 引 き 止 め る も の は 林 神 、 宅 神 で あ る 。 『 増 一 』 で は 長 者 側 に 抑 止 者 は 現 れ ず 、 市 民 や 天 人 が 釈 尊 の 一 行 を 引 き 止 め よ う と す る の み で あ る が 、耆 婆 伽 (
Jīvaka-komārabh ṛtya) 王 子 が 抑 止 者 の 役 割 を 担 う
346。 乙 型 は 先 述 の 通 り『 申 日 』の 長 者 子 、旃 羅 法 を 全 て 引 き 継 い で お り 、彼 が 英 雄 的 行 動 で 長 者 を 止 め よ う と す る 。346 「 爾 時 、 耆 婆 伽 王 子 白 阿 闍 世 王 。 大 王 、 勿 懷 愁 憂 亦 莫 興 惡 想 。 所 以 然 者 。 如 來 終 不 爲 他 所 害 。 今 日 尸 利 掘 長 者 、 當 爲 如 來 弟 子 。 唯 願 大 王 、 當 往 觀 變 化 。 時 阿 闍 世 爲 耆 婆 伽 所 誨 喩 」
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⑥ 火 中 の 蓮 華
南 伝 に お い て 、長 者 は 火 坑 を 前 に マ ー ラ に よ る 妨 害 に 屈 し て 布 施 を や め る な ら ば 地 獄 に も 堕 ち よ う と 偈 中 で 宣 言 し 、踏 み 出 す 。蓮 華 は 火 中 か ら 自 然 と 現 れ て お り 場 面 以 前 に は そ れ を 予 期 さ せ る 文 言 は 一 切 な い 唐 突 さ が あ る が 、こ の 蓮 華 に よ っ て 長 者 は 食 事 の 布 施 を 完 遂 す る こ と が で き る 。こ れ に 対 し て 北 伝 は 釈 尊 が 火 坑 に 足 を 踏 み 入 れ た と た ん に 穴 に は 蓮 池 が 生 じ 、 釈 尊 は そ の 蓮 華 を 踏 ん で 渡 る347。
『 荘 厳 』で は 蓮 池 が 生 じ た 奇 跡 ま で が 描 写 さ れ 、長 者 は そ の 威 神 力 を み て 外 道 が 一 切 智 と 主 張 す る 点 に 不 信 感 を 抱 き 、 改 心 す る 。
⑦ 終 幕
北 伝 で は す べ て 、改 心 し た 長 者 が 食 事 に 毒 が 入 っ て い る こ と を 告 白 し 、釈 尊 は 覚 者 に は い か な る 毒 で も 効 か な い と 述 べ る 、釈 尊 が 毒 を 取 り 除 い た の ち 比 丘 ら が 飲 食 を し 、長 者 は 戒 、ま た は 授 記 を 受 け て 皆 が 讃 嘆 し 終 幕 す る た め ⑥ 以 降 も 物 語 は 劇 的 に 展 開 を す る 。 一 方 、 南 伝 で は 施 食 の 成 功 後 、登 場 人 物 は 次 々 と 退 去 し て お り 、物 語 の 最 高 潮 が ⑥ に 収 め ら れ て い る と わ か る 。
南 伝 の 「 カ デ ィ ラ 」 と 共 通 し て 北 伝 「 長 者 の 施 食 」 説 話 で は 「 煙 や 炎 が 見 え ぬ よ う カ デ ィ ラ の 木 の 炭 を 中 に 満 ち る ほ ど 盛 り 」 と 記 さ れ て い る 。こ の カ デ ィ ラ の 木 の 炭 を 燃 や す と い う 表 現 は『 荘 厳 』と『 徳 護 』
348の み に 確 認 で き 、 両 系 統 の 説 話 の 関 わ り を 示 し て い る 。 北 伝 で 炎 の 表 現 が 「 カ デ ィ ラ 」 と 異 な る の は 、 前 項 で 述 べ た よ う に 釈 尊 を 欺 く 罠 を 意 図 し て の 事 で あ る が 、 宅 神 が 「 滿 中 盛 熾 火 」349と 釈 尊 に 告 げ る 事 か ら 、 覆 火 で あ り な が ら も 描 写 に 齟 齬 が 生 じ て し ま っ て い る 。
こ の カ デ ィ ラ の 木 (
Acasia catechu) と は シ ッ キ ム ヒ マ ラ ヤ 、 パ ン ジ
347 『 荘 厳 』 、 『 増 一 』 、 『 月 光 』 で は 蓮 華 の 満 ち た 蓮 池 に よ っ て 、 炭 火 の 力 が 失 わ れ た と い う 情 景 描 写 で あ る が 、『 申 日 』、『 申 日 兒 』、『 菩 薩 本 生 鬘 論 』で は「 千 葉 の 大 蓮 華 」 が 生 じ た こ と で 長 者 が 畏 怖 す る 心 理 描 写 と な っ て い る 。 ま た 蓮 池 が 火 を 滅 す 表 現 は 帰 依 直 後 の シ ュ リ ー グ プ タ の 心 理 描 写 と し て 再 度 登 場 し 『 菩 薩 』 で は 「 長 者 聞 已 心 淨 信 解 得 證 初 果 」[T3. No.160, 337b4-5]、 『 荘 厳 』 は 「 反 獲 涼 冷 池 嗚 呼 佛 大 人 嗚 呼 法 清 淨 不 能 具 廣 説 」 「 却 っ て 涼 冷 な 池 を 獲 た り 」 「 法 は 清 浄 で あ る 」[T4. No. 201, 332c27-28]と 述 べ て い る 。
348 「 滿 中 安 置 佉 他 羅 炭 無 煙 之 火 。 以 銅 爲 梁 草 土 覆 上 」[T14. No. 545, 841a26-28]
349 [T4. 330b10]
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ャ ブ の
4000
~5000 ft
に 生 え る 堅 木 で あ る350。炭 は 強 い 火 熱 を 放 つ と さ れ 、 こ の 炭 が 入 手 可 能 な イ ン ド 東 部 か ら 北 部 文 化 圏 の 在 家 者 が 受 け 入 れ や す か っ た た め に 採 用 さ れ た 要 素 で は な い だ ろ う か 。 ま た 『 徳 護 』 で は 長 者 邸 の 門 が 「 彼 於 七 重 門 下 各 作 火 坑 」351と さ れ て お り 、 「 カ デ ィ ラ 」 に お け る 女 神 の 住 処 で あ る 、 長 者 邸 の 七 層 楼 門352と 同 一 の イ メ ー ジ が 保 有 さ れ て い る 。さ ら に 、 北 伝 「 長 者 の 施 食 」 説 話 は 、 悪 意 あ る 人 物 の 悪 行 が 達 成 さ れ る 直 前 、 改 心 に よ っ て 止 ま る こ と が 、 最 も 讃 嘆 さ れ る べ き 行 動 で あ る 。 こ れ は 「 カ デ ィ ラ 」 の 現 在 世 に お い て 、 女 神 が 改 心 す る 要 因 と な っ た