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2 . 1 . 1 ヤ ク シ ャ の 乗 る 蓮 華

蓮 の う て な は バ ー ル フ ト 欄 楯 浮 彫 の 円 形 区 画 を 縁 取 る 装 飾 的 な 部 分 に み ら れ る 。 そ こ で 蓮 の 上 に 描 か れ る の は ヤ ク シ ャ た ち で あ る 。 ヤ ク シ ャ は ク ー マ ラ ス ワ ー ミ ー

[2001]に よ る と 、 豊 穣 や 多 産 と 言 っ た 生 命

力 を 主 る 精 霊 で あ り 、 そ の 王 で あ る ク ヴ ェ ー ラ (

Kuvera) の 宝 物 に 蓮

華 が 含 ま れ る こ と 、そ し て

Veda

文 献 か ら 水 と の 緊 密 な 関 わ り が 研 究 さ れ て い る 。 ま た 、 同 じ く ヤ ク シ ャ の 代 表 的 研 究 者 で あ る ミ ス ラ

[1981]

は 、 民 俗 的 存 在 で あ る ヤ ク シ ャ が 、 仏 教 内 に お い て 守 護 神 と し て の 役 割 を 持 っ て 受 容 さ れ 、 ヒ エ ラ ル キ ー に 取 り 込 ま れ て い っ た 過 程 を 明 示 す る 。

こ の よ う な 先 行 研 究 を 踏 ま え 、 最 近 で は 古 代 イ ン ド の 民 間 信 仰 を ヤ ク シ ャ の 図 像 か ら 研 究 す る 永 田

[1998]が 、 古 代 イ ン ド に お い て ヤ ク シ

ャ と 蓮 華 が 生 命 力 の シ ン ボ ル と さ れ 、 ヤ ク シ ャ の 臍 や 口 か ら 蓮 華 蔓 草 が 生 み 出 さ れ る モ チ ー フ か ら 、 両 者 の 結 び つ き が よ く 表 さ れ て い る と 指 摘 す る 。 氏 は 古 代 の 彫 刻 と し て

B.C. 2C

B.C. 1C

造 像 の ヤ ク シ ャ 、 ヤ ク シ ー の 丸 彫 り 像 を 七 例 挙 げ て い る 。し か し こ れ 等 を 概 観 し た 限 り 、 丸 彫 り 像 は 蓮 華 を 伴 っ て 表 現 さ れ て お ら ず 、 ヤ ク シ ャ と 蓮 華 の 両 者 が 造 形 表 現 と し て 華 や か な 展 開 を 見 せ た の は 、 仏 教 遺 跡 か ら で あ る と 確 認 で き る 。

雲 井

[1980]は 民 間 的 守 護 神 で あ っ た 夜 叉 が 教 化 さ れ 、 仏 教 教 団 に 取

り 込 ま れ る 過 程 を 論 じ て い る 。 こ れ は

Sn、 SN

と い っ た 初 期 経 典 に 現 れ る ヤ ク シ ャ の 固 有 名 が バ ー ル フ ト の 碑 文 を 伴 う 浮 彫 に 確 認 で き る 点

53 宮 治[2010]p. 4.

25

か ら も 補 強 さ れ る 。 こ の よ う な 例 で は 、

Sn

で 現 れ る 雪 山 夜 叉

Hemavata-yakkha)の 名 前 が カ ナ ガ ナ ハ ッ リ に 図 像 と 碑 文 を 伴 っ て 確

認 さ れ て い る54。と く に こ こ で 指 摘 さ れ て い る

Sn. Hemavatasutta

v. 179

) の 詩 偈 で 、 彼 の 夜 叉 の 特 徴 に 神 通 力 を 挙 げ て い る 点 は 注 意 す べ き で あ る55

2 . 1 . 2 蓮 華 上 の 仏 座 ・ 意 匠

無 仏 像 時 代 の 仏 陀 は 法 輪 、 聖 樹 、 仏 座 、 仏 足 と い っ た 象 徴 物 で 表 現 さ れ る 。 蓮 華 上 に こ の よ う な 意 匠 が 表 現 さ れ る 作 例 は 、 初 期 仏 教 美 術 で す で に 見 出 せ る 。 例 え ば 、 サ ー ン チ ー 第 二 塔 塔 門 浮 彫 に は 湧 出 す る 蓮 華 上 に 二 頭 の 獣 が 描 か れ 、 そ の 上 に 法 輪 を 頂 い た ア シ ョ ー カ 王 柱 を 描 い た 表 現 が み ら れ る 。 ま た 、 象 の 湧 出 す る 蓮 華 蔓 草 の 上 に 二 体 の ガ ナ ら し き 小 人 と 聖 樹 が 置 か れ た も の な ど も 確 認 で き る 。

ま た 、 前 述 の シ ュ ン ガ 時 代

B.C. 1C

の 作 例 で あ る 【 資 料

10

】 は 、 特 に 注 目 す べ き で あ る 。 五 輪 の 蓮 華 上 に 短 い 脚 の つ い た 方 座 が あ り 、 そ れ を 背 後 か ら と ぐ ろ を 巻 い た ム チ リ ン ダ 龍 王56が 守 護 し て い る 。 更 に そ の 背 後 上 方 に は 房 飾 り の 下 が っ た 聖 樹 が 描 か れ て お り 、 無 仏 像 時 代 の 蓮 華 上 の 仏 座 表 現 が 確 認 で き る 。 こ こ で は ま だ 、 蓮 華 座 で は な く あ く ま で 蓮 華 上 の 仏 座 、 と い う 表 現 で あ る こ と に 留 意 し た い 。

こ の 作 例 の 出 土 し た パ ウ ニ は ナ ー グ プ ル (N

āgpur)

の 南 東

82km

、イ ン ド 大 陸 の ほ ぼ 中 央 に 位 置 し 、 サ ー ン チ ー と ア マ ラ ー ヴ ァ テ ィ ー を 直 線 で 結 ぶ 中 間 点 に あ た り 、ゴ ー ダ

―ヴ ァ リ ー 河 の 北 部 上 流 地 点 に あ る 。

こ の 町 に は

Jagannātha

寺 小 丘 が あ り 、 そ こ に は 仏 教 遺 跡 が 存 在 し て い た が 中 世 後 期 の 寺 の 建 立 や 農 耕 な ど の た め に 破 壊 さ れ て い る 。

1969~

1970

年 の 発 掘 調 査 に よ っ て 、 こ の 小 丘 が 巨 大 な 塔 ( 基 壇 直 径 約

42m、

傘 蓋 を 含 む 高 さ 約

24m) を 含 む 僧 院 施 設 を 形 成 し て い た こ と が 推 定 さ

54 中 西[2017c]p. 2.

55 ime dasasatā yakkhā, iddhimanto yasassino…

神 通 を 持 ち 、 名 声 を そ な え る こ れ ら 千 の ヤ ク シ ャ た ち は … 。

56 ム チ リ ン ダ 龍 王 の 名 は 同 じ く 初 期 仏 教 美 術 の 北 イ ン ド の バ ー ル フ ト と 、南 イ ン ド の カ ナ ガ ナ ハ ッ リ に 一 例 ず つ 確 認 で き 、 そ こ に は nāgarāja と 記 さ れ て い る 。Lüders[1963]B31a, Nakanishi & Hinüber[2014]III, 2. 11. こ の こ と か ら B.C. 1C の イ ン ド 大 陸 に 敷 衍 し た 仏 教 に お い て 、 こ の 龍 王 は か な り 広 域 に 亘 っ て よ く 知 ら れ て お り 、 仏 塔 周 辺 を 飾 る 図 像 と し て 好 ま れ て い た こ と が 解 る 。

26

れ て い る57。そ し て 同 地 に は も う 一 例 興 味 深 い 遺 物 が あ る 。Jagannātha 寺 小 丘 出 土 の 欄 楯 八 角 柱 銘 文 で「〔 こ の 柱 は 〕五 ニ カ ー ヤ( 五 部 経 典 ) に 精 通 し た

Nāga

の 〔 寄 進 で あ る 〕 」58と 記 さ れ て い る 。

ま た 、 『 大 唐 西 域 記 』 で は 「 昔 如 来 が こ の 地 に お い て 大 神 通 を 現 し て 外 道 を 調 伏 し た 。後 に 、龍 猛(

Nāgarjuna)菩 薩 が こ の 伽 藍 に 泊 ま り 、

時 の 王 娑 多 婆 訶(

Sātav āhana)は 龍 猛 を 珍 重 、敬 愛 し て 、門 戸 を 警 護 し

た 」59と あ り 、 こ の 地 の 仏 教 が サ ー タ ヴ ァ ー ハ ナ 朝 の 王 や ナ ー ガ ル ジ ュ ナ 、 そ し て ナ ー ガ に 縁 深 い こ と が 解 る 。

2 . 1 . 3 サ ー ン チ ー 第 一 塔 塔 門 支 石 浮 彫 ― ガ ジ ャ ・ ラ ク シ ュ ミ ー

バ ー ル フ ト の 円 形 区 画 や サ ー ン チ ー 第 二 塔 欄 楯 柱 で は 、 賢 瓶 か ら 延 び た 蓮 の 花 托 に ガ ジ ャ ・ ラ ク シ ュ ミ ー が 立 つ 浮 彫 が 数 点 確 認 で き る 。 こ の 表 現 は 仏 教 に 限 ら れ た も の で は な く 、 ジ ャ イ ナ 教 美 術 に も み ら れ る60

杉 本

[1973]は 、 ヤ ク シ ー が 元 来 地 母 神 、 大 女 神 の 一 形 態 で あ る 「 樹

木 の 精 (

V ṛkṣakā, V ṛddhikā

) 」 の 具 象 化 さ れ た も の で あ り 、 樹 木 の 持 つ 生 命 の 聖 な る 力 、 無 尽 蔵 な 創 造 性 、 死 か ら 生 き 返 る 再 生 力 と 言 っ た も の の 神 格 化 、 擬 人 化 で あ る と 明 言 す る 。 と く に 、 バ ー ル フ ト や サ ー ン チ ー に み ら れ る ヤ ク シ ー の 彫 像 に は 「 女 神 の 世 界 」 が 描 か れ て い る の に 対 し て 、ブ ー テ ー サ ル(

Bhūtesar

)な ど ク シ ャ ー ナ 時 代 の マ ト ゥ ラ ー(

Mathurā)で の 造 形 表 現 に お い て は 質 的 変 化 が 見 ら れ 、化 粧 を す る

仕 草 な ど 愛 欲 的 な 一 面 を 持 つ「 女 性 の 世 界 」へ の 展 開 が な さ れ て い る 。 つ ま り 、初 期 仏 教 美 術 に お い て は 、自 然 宗 教 的 領 域 内 で の 表 現 と し て 、 女 神 と 蓮 華 が 描 か れ て い た こ と が 把 握 で き る 。

蓮 華 の 座 所 が 初 期 仏 教 美 術 に お い て 、 明 確 に 示 さ れ る の は サ ー ン チ ー 第 一 塔 塔 門 横 梁 区 画 浮 彫 の ガ ジ ャ ・ ラ ク シ ュ ミ ー で あ る 。 バ ー ル フ

57 Deo&Jochi[1972], 塚 本[1996]pp. 514515.Vidarbhaが ア シ ョ ー カ 王 の Murya と 密 接 な 関 係 に あ っ た こ と が Deoṭekの 石 刻 銘 文 が 示 し て お り 、同 地 が 王 の 法 勅 伝 達 の 重 要 な 土 地 で あ っ た こ と は 確 か で あ る 。

58 Nāgasa pacanekāyikasa [//*] Deo&Jochi[1972]PL. XXXV-8, 塚 本[1996]p. 517. Pauni8

59「 昔 者 、 如 來 曾 於 此 處 、 現 大 神 通 、 摧 伏 外 道 。 後 龍 猛 菩 薩 、 止 此 伽 藍 。 時 此 國 王 號 娑 多 婆 訶 。 唐 言 引 正 。 珍 敬 龍 猛 、 周 衞 門 廬 。 」[T51. No. 2087, 929a16c22]

60 Khandagiri. Cave3. テ ィ ン パ ヌ ム 浮 彫 Ghosh [1974 ] PL. 28.

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ト で も こ の 女 神 は 見 ら れ る が 立 勢 で あ る 。 比 較 的 保 存 状 態 の 良 い サ ー ン チ ー で は 多 く 、 以 下 の

8

例 見 ら れ る 。 こ こ で は 次 節 で 述 べ る 仏 足 と 法 輪 を 伴 う 蓮 華 と 同 時 代 、 同 地 の 遺 跡 で あ る こ と か ら 、 そ の 蓮 華 座 表 現 を 確 認 す る 。

S1

第 一 塔 東 門 正 面 第 一 横 梁 及 び 第 二 横 梁 支 石 北 ( 二 象 灌 水 ・ 坐 勢 )

S2

第 一 塔 東 門 正 面 第 二 横 梁 及 び 第 三 横 梁 支 石 南 ( 二 象 灌 水 ・ 坐 勢 )

S3

第 一 塔 南 門 正 面 第 二 横 梁 及 び 第 三 横 梁 支 石 東 ( 坐 勢 )

S4

第 一 塔 西 門 正 面 第 二 横 梁 及 び 第 三 横 梁 支 石 北 ( 二 象 灌 水 ・ 立 勢 )

S5

第 一 塔 北 門 正 面 第 一 横 梁 及 び 第 二 横 梁 支 石 東 ( 二 象 灌 水 ・ 立 勢 )

S6

第 一 塔 北 門 正 面 第 二 横 梁 及 び 第 三 横 梁 支 石 東 ( 二 象 灌 水 ・ 半 跏 )

S7

第 一 塔 北 門 背 面 第 二 横 梁 及 び 第 三 横 梁 支 石 西 ( 二 象 灌 水 ・ 半 跏 )

S8

第 一 塔 南 門 正 面 第 一 横 梁 中 央 区 画 ( 二 象 灌 水 ・ 立 勢 )

こ こ で 、S6【 資 料

12

】、S7【 資 料

13

】半 跏 の 坐 勢 の 作 例 に 注 目 し て み る と 、 茎 を 共 通 に す る 自 然 す る 巨 大 な 三 輪 の 蓮 華 が 描 か れ 、 左 右 に 灌 水 す る 象 が 一 頭 ず つ 、 中 央 に ガ ジ ャ ・ ラ ク シ ュ ミ ー が 坐 し て い る 。

S6

は ガ ジ ャ・ラ ク シ ュ ミ ー の 下 げ た 右 足 が 、蓮 華 座 と 同 じ 蔓 か ら 生 じ た 蓮 葉 に 乗 せ ら れ て い る 。S7 は 小 ぶ り な 開 花 蓮 華 に 左 足 を 乗 せ て い る 。 両 作 例 と も 乗 せ る も の の 大 き さ に 合 わ せ た 花 葉 の 大 き さ を 意 識 し て い る こ と か ら 、 植 物 と し て の 蓮 華 の 写 実 的 表 現 の み で は な く 、 デ ザ イ ン 的 な 指 向 性 が 看 取 さ れ る 。 ま た 、 仏 教 美 術 に お い て 踏 割 蓮 華 と 類 さ れ る も の は 、 既 に こ の 時 代 か ら 創 作 さ れ て い た こ と が 解 る 。

2 . 1 . 4 サ ー ン チ ー 第 一 塔 北 門 門 柱 浮 彫 ― 仏 足 と 法 輪 を 伴 う 蓮 華

一 方 で 、

S6

S7

を 有 す る 第 一 塔 北 門 に は 興 味 深 い 作 例 が 確 認 で き る 。 蓮 華 と 仏 陀 の 意 匠 の 混 合 し た 作 例 で あ る 。 こ の イ メ ー ジ が 図 像 化 さ れ た と 思 わ れ る も の が 、 無 仏 像 期 の 初 期 仏 教 美 術 に 確 認 で き る 。

蓮 は 泥 地 か ら 発 芽 し 、 そ の 花 葉 は 表 面 の 繊 毛 が 水 を 玉 の よ う に 撥 水 す る 特 徴 を 持 つ 。 こ の よ う に 蓮 が 泥 水 に 濡 れ な い 様 を 、 俗 世 間 に お い て も 穢 れ 無 く あ る 聖 者 の 姿 に 見 立 て て 讃 嘆 さ れ る 。 す で に 述 べ た よ う に 、初 期 経 典 で は 特 に

Sn

に こ の 蓮 華 = バ ラ モ ン の 比 喩 が 見 出 せ 、イ ン ド の 風 土 で 広 く 認 知 さ れ た イ メ ー ジ で あ っ た 事 が 解 る61

61 41参 照 。

28

第 一 塔 北 門 支 柱 東 面 の 浮 彫 【 資 料

14】

62は 、 や や 開 い た 仏 足 の 間 か ら 、 蓮 華 と パ ル メ ッ ト が 九 層 を な し て 立 ち 上 が り 、 そ の 上 に 花 萼 を 伸 ば し た 反 花 の 蓮 華 を 中 央 に 据 え 、上 に 三 宝 標(

triratna)を 頂 い て い る 。

さ ら に 最 上 部 に は 傘 蓋 が 描 か れ て お り 、 こ の 柱 状 の 蓮 が 仏 陀 を 表 し て い る こ と が 解 る 。 サ ー ン チ ー で は 他 に も 方 座 ・ 仏 足 ・ 傘 蓋 ・ 聖 樹 を 用 い た 象 徴 的 仏 陀 ・ 釈 尊 の 表 現 が 多 数 あ る が 、 ま だ 蓮 華 座 の 仏 陀 は 表 現 さ れ て い な い 。 こ の 段 階 で は 、 女 神 の 持 つ 豊 穣 や 誕 生 と い っ た 民 俗 的 な 蓮 華 の イ メ ー ジ と 並 行 し て 、 初 期 経 典 に み ら れ る よ う な 真 の 聖 者 を 蓮 華 に 例 え る イ メ ー ジ が 仏 教 内 で 踏 襲 さ れ て い た と 思 わ れ る 。