第 3 章 衝突回避減速度を用いた衝突リスクの 評価 *評価*
3.3 計算機シミュレーション
3.3.1 シミュレーション条件
映像記録型ドライブレコーダが記録した追突事故・ニアミスデータを分析すると,先行 車が加速した直後に急減速を行うような場面が多く含まれるという報告[15]がある.加速 している先行車に追従する車両のドライバは,先行車が加速し続けることを予測しつつ自 らも加速する.先行車が等速走行している場合に比べると,このような状況下で先行車が 急減速した場合には,自車両ドライバの反応遅れによる空走距離が長くなる.これが危険 な事象を招く一要因と考えられる.したがって,FCWSの警報提示に用いる指標は,この ような状況に対しても衝突リスクを適切に評価できることが望ましい.
そこで本章では,加速している先行車に対して自車両が加速しながら追従し,先行車が 急減速した後に自車両が急減速するという状況において,1) TTC, 2) MTC, 3) 先行研 究[9]で提案した従来型DCA(図ではODCA0, PDCA0と表記),4)本章で提案する改
良型DCA(図ではODCA1, PDCA1と表記),の四つの指標を比較する.
42 第3章 衝突回避減速度を用いた衝突リスクの評価
0 2 4 6 8 10
0 10 20 30 40 50 60
Time [s]
Velocoty [km/h], Relative distance [m]
vp
(case2) (case1)
(case2) (case1, case2)
-xr
vf
vf
-xr(case1)
図3.4: Motion of two vehicles
従来型DCAの計算では反応時間をT = 1.2[s]の一定値として計算し,改良型DCAに ついては3.2.3節の式(3.15)で計算する.また,先行研究 [9]と同様に,DCAの上限値を 約1[G]に相当する10[m/s2]とする.
先行車両と自車両の初期状態は次のとおりである:
xp(0) = 25[m], vp(0) = 30[km/h], ap(0) = 0.9[m/s2] xf(0) = 0[m], vf(0) = 20[km/h], af(0) = 1.6[m/s2]
走行開始後4秒の時点で,先行車両が0.9[m/s2]の加速状態から5.88[m/s2](=0.6[G])で急 減速を行い停止する.それに対して1.6[m/s2]で加速しながら先行車に追従していた自車両 が,先行車の減速した時刻から1.0秒後(case1)と1.5秒後(case2)に,4.9[m/s2](=0.5[G]) で減速を開始し衝突を回避する2通りの状況について計算する.図3.4に先行車速度vp, 自車両速度vf (case1, 2), 車間距離−xr (case1, 2) を示す.両者停止時の車間距離は,そ れぞれ11.11[m] (case1), 1.86[m] (case2)である.
なお,とくに断らない限り,本章を含む本論文の各研究では,DCAの算出に必要な先 行車・自車両の速度・加速度,および車間距離は時間遅れなく正確に計測可能であると仮 定する.
3.3.2 シミュレーション結果に対する考察
1) 加速する先行車に対して加速して追従する状況
図3.5(a)に示すように,3.97秒で自車両速度が先行車速度を上回るまではTTCは負の
値となっており衝突の危険性を表すことができない.自車両速度が先行車速度を超えてか
0 2 4 6 8 10 0
2 4 6 8 10
Time [s]
TTC [s]
case1 case2
(a) TTC
0 2 4 6 8 10
0 2 4 6 8 10
Time[s]
MTC
case1
case2
(b) MTC
0 2 4 6 8 10
0 2 4 6 8 10
Time [s]
DCA [m/s2 ]
ODCA0 (case2)
ODCA1 (case2) ODCA0
(case1)
ODCA1 (case1) ODCA0, ODCA1
(case1, case2) 2.53 3.55
9.48 6.76
2.90 4.47
(c) ODCA
0 2 4 6 8 10
0 2 4 6 8 10
DCA [m/s2 ]
Time [s]
PDCA0 (case2)
PDCA1 (case2) PDCA0
(case1)
PDCA1 (case1) PDCA0 (case1,case2)
PDCA1 (case1,case2)
(d) PDCA
図3.5: Time series of four types of collision evaluation indices
らはTTCが正の値となり,そこから減少することで衝突リスクが高まっていることを表 している.MTCは先行車速度よりも自車両速度が低く,車間距離が緩やかに広がってい く状況であっても,速度の増加を反映してMTCが小さくなることで衝突リスクが高まっ ていることを表している(図3.5(b)).
44 第3章 衝突回避減速度を用いた衝突リスクの評価
つぎに,ODCAについて考察する.0秒から2.77秒までは2車両ともに加速している が,反応時間内に自車両速度が先行車速度を上回ることがないので,反応時間以降に加速 しない限り衝突は生じない.したがってODCAはゼロとなる.2.77秒から4秒の間にお いては反応時間内に自車両速度が先行車速度を上回るので,ODCAは式(3.8)の−af1で 計算される.ただし,2車両の車間距離が十分に大きいために−af1は負の値となり,3.2.1 節で述べたようにDCAの下限値をゼロとするので,先行車が減速を開始する4秒までは ゼロとなっていることが図3.5(c)に示されている.
先行車が減速を開始した4秒時点から自車両が減速を開始するまでは,case1, case2とも
に,ODCA1の値がODCA0の値よりも大きくなっている.これは,この間で自車両が加
速し続けていることを反映したものであり,従来のODCA0よりも適切にリスク評価でき ていることがわかる.先行研究[10]で行ったFCWSの実験では,ODCAの値が4.0[m/s2] を超えるときに警報音を提示するように設定した2が,従来のODCA0では4.54秒で,今回 提案するODCA1では4.16秒でODCAの値が4.0[m/s2]を超えていることから,ODCA1 に基づく衝突警報を提示する場合には,より早く警報が提示されることになる.
図3.5(d)に示すように,先行車が減速を開始する4秒までの間,ODCAとは異なって
PDCAはゼロより大きい正の値となる.すなわち,この状況において先行車が急減速し た場合には衝突を回避するために一定の減速度が必要であることを示しており,潜在的 なリスクを評価するPDCAの特徴が現れている.また,この間においてPDCA0よりも
PDCA1の方が大きくなっており,PDCAにおいても,現在時刻の自車両加速度を考慮す
ることで,より適切なリスク評価となっていることが示されている.
2) 急減速する先行車に対して減速する状況
つづいて,先行車の減速に反応して,自車両が減速を開始する5秒(case1),5.5秒(case2) 以降の各指標の推移について考察を行う.
TTCについては,自車両が減速し始めた後もTTCが減少し続けている.それに対して MTCは自車両が減速を開始すると同時に増加し,衝突リスクが減少したことを即座に反 映していることがわかる.
図3.5(c)に示すODCAでは,先行車の減速に対してDCAの計算に用いるドライバの
反応時間(1.2秒)よりも早く減速を開始したcase1の場合には,減速に伴ってODCA0,
2この値が妥当であるかは一概にはいえないが,通常の走行において0.4[G](=3.92[m/s2])を超えるよう な急減速は稀であること[16]や,逆に急減速の際には平均の減速度が0.4[G]を上回る可能性が高いこと[17]
を鑑みると,概ね妥当な値と考えらえる.ただし,凍結路面のように路面摩擦係数が極めて低い状況では,よ り低い値に設定することも考えられる.
0 2 4 6 8 10 0
2 4 6 8 10
Time [s]
DCA [m/s2 ]
ODCA1' (T=1.2, case1)
ODCA1 (T=0.2, case2) ODCA1'
(T=1.2, case2) ODCA1
(T=0.2, case1)
図3.6: Differences of reaction time setting
ODCA1ともに減少してゼロに収束する.ただし,減速を開始した時点の自車両減速度を
考慮するODCA1の方が,反応時間1.2秒の間は等速運動し続けると仮定して算出する
ODCA0よりも低い値となっている.これはドライバの減速行動を反映することで,衝突
リスクを適切に評価したDCAの値となっていることを示すものである.
反応時間よりも遅く減速を開始したcase2の場合には,従来のODCA0ではDCAの値 が上限値のままとなっているのに対して,今回提案するODCA1では減速と同時に値が減 少し,ゼロに収束する.なお,今回のシミュレーション条件(先行車が0.6[G]で減速)で は自車両が減速を開始した後のPDCAの振舞いはODCAと同一のため,考察は割愛する.
3) 減速時における反応時間設定の影響
本節では,ブレーキペダル踏み込みによる減速時に,DCAの計算に用いる反応時間T の値を変えることの影響について考察する.減速時のDCAの計算に用いる反応時間を加 速時と同じ値のT = 1.2[s]とした場合のODCA1をODCA1’として,ODCA1の推移と ともに図3.6に示す.
反応時間をT = 0.2[s]として計算したODCA1の方が,反応時間をT = 1.2[s]として計
算したODCA1’よりも大きな値となっているが,これは自車両の減速度0.5[G]が0.2秒
間続いた後に必要な減速度と1.2秒間続いた後に必要な減速度の違いを表している.ドラ イバに対して自車両の減速度0.5[G]よりもかなり小さな値であるODCA1’を提示した際 に,その値を見たドライバがODCA1’の算出に用いた反応時間1.2秒よりも早くブレーキ を緩めたとすると,その瞬間にODCA1’の値は逆に大きな値となってしまう.このよう
46 第3章 衝突回避減速度を用いた衝突リスクの評価
0 2 4 6 8 10
-2 0 2 4 6 8 10
Time [s]
ODCA, a f [m/s2 ]
Deceletaion start (6.7 [s]) -af
ODCA1 (T=0.2)
(a) FCWS based on ODCA1 (T=0.2 [s]) was presented
0 2 4 6 8 10
-2 0 2 4 6 8 10
Time [s]
ODCA, a f [m/s2 ]
-af ODCA1' (T=1.2)
Deceleration start (5.7 [s])
(b) FCWS based on ODCA1’ (T=1.2 [s]) was presented
図3.7: Differences of driving behaviors when two types of ODCAs were presented な現象を避ける意味においても,減速時にDCAを算出する反応時間の値はブレーキペダ ルの調節に要する程度の小さな値にした方がよいと考えられる.
図3.7は上述の問題について具体的な例を示したものである.これはcase1においてド ライバが5秒の時点で0.5[G]のブレーキを踏んだ後,ODCAの値が1[m/s2]まで下がっ た時点の0.2秒後から,ドライバはODCAの値を見ながらブレーキ踏み込み量を調節す るという仮定のもとで行ったシミュレーション結果である.図3.7(a)はT =0.2[s]で計算 したODCA1を,図3.7(b)はT =1.2[s]で計算したODCA1’をドライバに提示した場合 を示す.ドライバの反応時間は0.2秒で一定とし,「ドライバは自車両の減速度を0.2秒 前のODCAの値と一致させる」という運転操作を行うものとした.図3.7(a)に示すよう
に,ODCA1の計算に用いた反応時間とドライバの反応時間が一致する場合には,自車両
減速度とODCA1の値がすぐに同じ値に収束する.しかしながら,ODCA1’の計算に用
いた反応時間がドライバの反応時間と大きく異なる場合(図3.7(b))には自車両減速度と
ODCA1’の間に振動現象が生じている.すなわち,ODCAの計算に用いる反応時間は実
際の反応時間と大きく乖離しないように設定することが必要である.