第 6 章 衝突回避減速度を用いた安全運転評価 指標の提案指標の提案
6.3 安全運転評価指標の提案
6.3.1 前後方向の衝突危険性に基づく安全運転評価
安全運転評価システムに関する既存研究として,GPS・加速度センサ・ドライブレコー ダ等を用いて危険場面におけるドライバの確認動作の適切さを評価するもの [9],加減速 操作やステアリング操作の滑らかさを評価するもの[10–13],規制速度の遵守度を評価す
るもの [14, 15]などがある.また,教習所指導員のノウハウを基に安全運転評価指標を検
12.3.3 2)項を参照のこと.
討する試み[16]も見られる.
これらは他車両との関係によらない自車両単体の安全運転を評価するシステムである.
しかし,追突や出会い頭での衝突が交通事故全体の約6割を占めている [17]ことから,自 車両単体での評価のみならず他車両との衝突危険性に基づく安全運転評価を合わせて行う ことが望ましいといえる.他車両を考慮した運転評価の事例として,先行車との車間距離 が十分な場合にポイントが加算されるシステム[14]や,先行車の速度が瞬間的に0になっ たと仮定した場合の衝突確率(POC: Probability Of Collision) によって安全走行得点を 求めて,この点数に応じたインジケータ表示を行うシステムがある[18].
上記のシステムはいずれも,ドライバがリスクの発生を予期した予防的な運転行動を 行っている否かについて評価するものであり,顕在化したリスクに対する対応行動が適切 であったかを評価するものではない.北島ら[19]は,減速行動の適切さを評価する指標と してRaを提案している.これは,先行車との衝突回避に必要な減速度に対して実際の減 速が十分であるかを表す.また,鈴木ら[20]はミクロ交通流としての3台の追従車につい て車群の安定性を定量化する手法を提案している.2.2節で述べたように,自車両と先行 車との相対関係に基づいて運転行動の適切さを評価する指標は数多く提案されているが,
鈴木らの手法のようにミクロ交通流での安全性を考慮した研究は少ない.自車両が不適切 な急減速を行えば後続車に追突されるリスクは高くなると考えられ,先行車のみならず後 続車との衝突リスクも考慮した安全運転評価が望ましい.
以上のことを踏まえて,本研究では自車両の前後方向における衝突危険性という観点か ら運転行動の適切さを評価し,それを安全運転の指標とする.
6.3.2 衝突回避減速度を用いた四つの評価指標
SDESにおいて,安全運転に関するフィードバックが有効であるためには,その評価が 客観的に見て適切でなければならないことはいうまでもない.本論文では,ドライバに とって意味が直感的で受容性が高い指標として衝突回避減速度 (DCA) に着目してきた.
DCAにはODCAとPDCAの2種類があるが2,顕在的な衝突リスクを表すODCAと自 車両の実減速度を比較することで,前節で述べたRaのように減速操作の適切さを評価で きる.また,前章までは自車両と先行車の相対関係のみを対象としてきたが,これを自車 両と後続車の相対関係に拡張することで後方の衝突リスクを評価できる.
以上より,ODCAを用いて「加速度(減速度)」という観点から前後方向の顕在的な衝 突リスクを評価し,そのリスクに対する運転操作の適切さを評価する.
2ODCAとPDCAの違いについては第3章を参照のこと.
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(a) Indices to evaluate safe driving behavior for overt risk
(b) Indices to evaluate safe driving behavior for potential risk Index IV: ID
Safe inter-vehicular distance
Preceding vehicle Safe distance
Index III: IA
Stable acceleration/deceleration
Following vehicle Following vehicle
Index II: IB
Deceleration with consideration for backward vehicle
Backward vehicle
Braking
!
Index I: IF Proper deceleration
Braking
Following vehicle Preceding vehicle
!
Following vehicle
図6.1: Four safe driving indices
1) リスクが顕在的な場面での評価
自車両から見て先行車に対して顕在的なリスクがある状態とは「先行車との衝突を回避 するために自車両が一定以上の減速をしなければならない状態」と定義する.一方,後続 車に対して顕在的なリスクがある状態とは「自車両との衝突を回避するために後続車が一 定以上の減速をしなければならない状態」と定義する.
このとき,前後方向の顕在的なリスクに対して自車両のドライバが適切な運転操作(減 速行動)を行っているかを評価することで,「顕在的なリスクに対する対応の適切さ」とい う視点から安全運転の度合いを客観的に評価できる.ここで,自車両と先行車との関係に おいて運転行動の適切さを評価する指標を「適切な減速 (IF)」,後続車との関係における 指標を「後続車に配慮した減速 (IB)」とする(図6.1 (a)).
指標I: 適切な減速 (IF)
自車両 (FV: Following Vehicle) の前方で先行車 (PV: Preceding Vehicle) の急減速な どの顕在的なリスクが発生した場合には,ドライバは衝突回避に必要な減速度以上での減 速を速やかに行わなければならない.反応が大きく遅れたり反応初期の減速度が不足する と,後で大きな減速度が必要となる.そこで本研究では,減速行動の適切さを,衝突回避 に必要な減速度 (ODCA)以上で速やかに減速しているかを評価することで定量化する.
時刻tにおいて評価の対象とすべき顕在的なリスクが発生しているか否かを下記関数
fe(t)により表す.
fe(t) =
⎧⎪
⎨
⎪⎩
1 (αo,f > θo,f, t > tf +Tr,f(tf))
0 else
(6.1)
ここで,αo,f(≥0)[m/s2]はPVに対するFVのODCA,θo,f(>0)[m/s2]は定数(閾値),
tf はαo,f がθo,f を上回った瞬間の時刻,Tr,f(tf)[s]は時刻tf におけるFVのドライバの 想定反応時間である.
式(6.1)より,αo,fが閾値θo,fを上回ってから一定時間経過した後もなおαo,f > θo,fと なっている状況を「顕在的なリスクが発生している状態」と定義し,fe(t) = 1とする.
時刻tにおける減速行動の適切さf(t)を次式で表す.
f(t) =fe(t)×
⎧⎪
⎪⎪
⎪⎪
⎨
⎪⎪
⎪⎪
⎪⎩
1 (df > αo,f, αo,f ≤df,max)
df
αo,f (αo,f ≥df ≥0, αo,f ≤df,max)
0 else
(6.2)
ここで,df[m/s2]はFVに生じている実減速度,df,maxはFVが出せる最大の減速度で ある.
式(6.2)より,顕在的なリスクが発生している状況(fe(t) = 1)において,f(t)はODCA に対するFVの実減速度の割合を表しており,f(t)の値が1に近いほど時刻tにおける減 速行動が適切であることを,0に近いほど適切でないことを意味する.ただし,顕在的なリ スクが発生していない場合(fe(t) = 0),FVが減速を行っていない場合(df ≤0),ODCA がdf,maxを超えている場合 (αo,f > df,max) にもf(t) = 0となる点には注意されたい.
fe(τ)の時刻0 ∼ tにおける時間積分は,同時間範囲での評価対象時間の総和を表し,
Tf(t)とおく.時刻τにおける減速行動の適切さf(τ)を同時間範囲0∼tで積分したもの をTf(t)で除すことにより,
IF(t) = t
0f(τ)dτ t
0fe(τ)dτ = t
0f(τ)dτ
Tf(t) (6.3)
が得られる.なお,Tf(t) = 0の場合にはIF(t) = 0とする.
IF(t)は0∼1の値をとる無次元量であり,時刻0∼tの範囲における減速行動の適切さ の平均値を表す.つまり,Tf(t)>0の場合,IF(t)が1に近いほどFVの前方で発生した 顕在的なリスクに対してドライバが適切な減速行動をとっていた割合が高く,安全度が高 いことを意味する.
92 第6章 衝突回避減速度を用いた安全運転評価指標の提案
指標II: 後続車に配慮した減速 (IB)
後続車 (BV: Backward Vehicle) が存在する状況でFVが急減速を行った場合に,BV のドライバはFVとの衝突を回避するために必要な減速度以上で減速しなければならず,
FVの減速によってBVとの衝突危険性という顕在的なリスクが発生したといえる.この
とき,FV-BV間の車間距離が不十分だったり,BVのドライバの不注意により回避行動が
大きく遅れるとFVとの衝突リスクは高まる.つまり,FVがBVに配慮した減速をしな ければ,BVはFVに対して適切な減速行動を行うことはできない.本研究では,「BVが FVに対して適切な減速行動を行ったか」を評価することで,等価的に「FVがBVに配 慮した適切な減速行動を行ったか」を評価できるとみなす.
先ほどの「適切な減速(IF)」において,PVをFV,FVをBVに置き換えれば「BVが FVに対して適切な減速行動を行ったか」を評価することができ,時刻0∼tの時間範囲 におけるBVの減速行動の適切さIB(t)は次式で表される.
IB(t) = t
0b(τ)dτ t
0be(τ)dτ = t
0b(τ)dτ
Tb(t) (6.4)
上式において,be(t),b(t)はそれぞれ
be(t) =
⎧⎪
⎨
⎪⎩
1 (αo,b> θo,b, t > tb+Tr,b(tb))
0 else
(6.5)
b(t) =be(t)×
⎧⎪
⎪⎪
⎪⎪
⎨
⎪⎪
⎪⎪
⎪⎩
1 (db > αo,b, αo,b≤db,max)
db
αo,b (αo,b≥db ≥0, αo,b ≤db,max)
0 else
(6.6)
である.αo,b(≥0)はFVに対するBVのODCA, tb はαo,bが閾値θo,bを上回った瞬間の 時刻,Tr,b(tb)は時刻tbにおけるBVのドライバの想定反応時間,dbはBVに生じている 実減速度,db,maxはBVが出せる最大減速度を表す.
2) リスクが潜在的な場面での評価
前方に障害物が存在しない,あるいは等速走行する先行車に追従する場面など,FVの 前後方向に顕在的なリスクが発生していない状態を「リスクが潜在的である」と定義する.
前項で述べた二つの指標IF, IBはFVの前後方向において顕在化したリスクに対する運 転行動の適切さを評価するが,顕在的なリスクへの対応が適切なものとなるには,リスク が潜在的な段階から予防的に安全な運転行動をとることが望ましい.
6.3.1節で述べたように,予防的な運転行動を評価する方法は様々あるが,本研究では FVの加速度に基づく「無理のない加減速(IA)」,PDCAに基づく「安全な車間距離(ID)」 という二つの評価指標を提案する(図6.1 (b)).
指標III: 無理のない加減速 (IA)
顕在的なリスクが発生した際に適切な回避行動を行うためには,FVの安定性が確保さ れていることが前提となる.たとえば,雪道など摩擦係数が低い路面において急な加減速 操作を行えば横滑りが発生するなどして車両の挙動が不安定になり,顕在的なリスクへの 対応が困難となる.加減速操作に基づいて運転を評価するシステムが実用化されているこ
とを6.3.1節で述べたが,無理のない加減速操作が行われているか否かを予防的な運転行
動の評価として用いることは妥当であるといえよう.
タイヤに作用する力に基づいて車両の安定性を考える場合,前後力だけでなく横力も考 慮しなければならないが,本研究では前後加速度のみを考慮して簡単化したうえで,「加速 度の指令値に対する実加速度の割合」により加減速操作の適切さを評価する.このとき,
ドライバが入力した加速度指令値に対して,FVの実加速度の割合が低い場合には,路面 状況に対して無理な加減速操作を行っていることがわかる.ただし,アクセル(ブレーキ)
ペダルは,車両に対して加速度指令値を入力するインタフェースに相当するとみなす3. このような考え方に基づき,6.3.2 1)項に倣うと,時刻0∼tの時間範囲におけるFVの 加減速操作の適切さIA(t)は次式で表される.
IA(t) = t
0a(τ)dτ t
0ae(τ)dτ = t
0a(τ)dτ
Ta(t) (6.7)
ただし,ae(t), a(t)はそれぞれ
ae(t) =
⎧⎪
⎨
⎪⎩
1 (vf >0, |ai|> θa)
0 else
(6.8)
a(t) =ae(t)×
⎧⎪
⎪⎪
⎪⎪
⎨
⎪⎪
⎪⎪
⎪⎩ 1
1< aafi
af
ai
0≤ aafi ≤1 0
af
ai <0
(6.9)
である.vf[m/s],af[m/s2]はFVの速度ならびに加速度,θa(>0)[m/s2]は定数(閾値),
ai[m/s2]はアクセル(ブレーキ)ペダルによる加速度指令値を表す.
3たとえば,全速度域においてアクセル(ブレーキ)ペダル入力角と加速度(減速度)指令値が線形に対 応する加速度制御系などを前提とする.
94 第6章 衝突回避減速度を用いた安全運転評価指標の提案
本指標はDCAを用いたものではないが,「加速度に基づく指標の無次元化」により運転 行動の適切さを評価するという点で先に述べた二つの指標IF,IBとの類似性を有する.
指標IV: 安全な車間距離 (ID)
ドライバには一定の反応遅れがあることから,車間距離が小さい状況でPVが急減速を 行えばFVはさらに強い減速を行う必要がある.最悪の場合は衝突不可避となるだけでな く,FVの後方にBVが存在する場合にBVに配慮した減速を行うことも困難となる.逆 に,車間距離が十分であれば,前方で発生した顕在的なリスクに対して前後方向ともに適 切に対応できる可能性が高まる.
PDCAはPVが0.6[G]で急減速を行うと仮定した場合に,衝突回避に必要なFVの減速
度であり,FVとPVそれぞれの速度や加速度が同じ状況でも,車間距離が開くほどPDCA の値が小さくなるという特徴を有している.そこで本研究では,PDCAを用いて車間距離 の適切さを評価する.PDCAを用いることで上述の3指標IF, IB, IAと同様に加速度を 基にした無次元化量となる.
これまでと同様に,時刻0∼tの時間範囲における車間距離の適切さID(t)を次式で定 義する.
ID(t) = t
0d(τ)dτ t
0de(τ)dτ = t
0d(τ)dτ
Td(t) (6.10)
ここで,de(t)は de(t) =
⎧⎪
⎨
⎪⎩
1 (αp,f > θp,f, αo,f ≤θo,f, vp >0)
0 else
(6.11) であり,vpはPVの速度,αp,f(≥0)[m/s2]はPVに対するFVのPDCA,θp,f(>0)[m/s2]は 定数(閾値)である.PVに追従している状況をαp,f > θp,fによって定義するが,αo,f > θo,f
はリスクが顕在化している状況を表す(式(6.1)参照)ので,この場合は評価対象としない.
PDCAの関数d(t)の一例に次式が考えられる.
d(t) =de(t)×
⎧⎪
⎪⎪
⎪⎪
⎪⎨
⎪⎪
⎪⎪
⎪⎪
⎩
1 (αp,f < θp,f− )
θ+p,f−αp,f
θ+p,f−θp,f− (θ−p,f ≤αp,f ≤θ+p,f) 0 (θ+p,f < αp,f)
(6.12)
上式でθ+p,f > θp,f− (> θp,f)[m/s2]は定数である.すなわち,PDCAがθ−p,f 以下であれば d(t) = 1,θ+p,f以上であればd(t) = 0とし,θp,f− ≤αp,f ≤θp,f+ の範囲においては線形に変 化する.この式より,PDCAの値αp,f が小さいほど,すなわち車間距離が長くなるほど,
ID(t)は1に近くなり評価が高くなることがわかる.ただし上記はあくまでも一例であり,
d(t)の適切な設定については今後の検討課題である.