第5章 注釈
5.3 中国語字幕における注釈
5.3.1 言語外的指示の説明
全体的に、言語外的指示の説明が最も多く、その説明の対象はほとんどがECRである。
この類の注釈は字幕の忠実度を大きく上昇させる。例えば、(5.10)の台詞は「科捜研は常 に順番待ち」に対する返答である。公式字幕もファンサブも沢口靖子を保留し、注釈で彼 女と科捜研の関係を説明している。沢口靖子も『科捜研の女』も中国では知られていない ので、このような注釈がないと、中国の視聴者には理解不能である。(5.11)の「香典」は ファンサブでは保留した上で注釈を付けているが、映画の公式字幕には注釈を使えないた め、「供え物」に置換している。
(5.10)
原文 公式字幕 ファンサブ
沢口靖子は忙しいの
(『アンナチュナル』 第 2 話 9:49)
泽口靖子总是很忙[曾主演 科搜研女郎]
(沢口靖子はいつも忙しい。
[『科捜研の女』に出演])
泽口靖子很忙的
(沢口靖子は忙しいの。)
系列电视剧《科搜研之女》
主角扮演者
(テレビドラマ『科捜研の 女』のヒロイン役)
(5.11)
原文 公式字幕 ファンサブ
その男 全国の葬儀場を荒 らし回ってる
香典泥棒なんですよ
(『続・深夜食堂』 18:44)
这个男人在全国各地流窜 作案
专偷葬礼上的祭品
(その男は全国各地で犯 罪を犯す。葬式のお供え物 を盗む。)
那个男人在全国各地的葬礼上 胡来
是个香典小偷
(あのおとこは全国各地の葬式 場を荒らし回ってる。彼は香典 泥棒だ。)
香典
日本葬礼上用来代替香火的钱 包
(香典
日本の葬式で線香の代わりと する金の包み)
間違いやすい語を注釈で説明することができる。例えば、(5.12)の「十七回忌」は公式 字幕のように誤って「17周年の忌日」と捉えられることが多いが、ファンサブは保留して、
注釈を付け、実際には16年目であることを示している。
(5.12)
原文 公式字幕 ファンサブ
うん 十七回忌だったの
(『続・深夜食堂』 27:51)
17周年忌日
(17周年の忌日。)
是的 今天是十七回忌
(はい、今日は十七回忌だった。)
十七回忌
在死者去世16年后办理的法事
(十七回忌
亡くなってから満 16 年目に行う 法要)
似てはいるが微妙な違いがある言葉を区別するのも注釈の使い方のひとつである。(5.13) の「裁判員」に対して、公式字幕は中国の「陪审员」に置換しているが、ファンサブはそ れを保留し、裁判員と陪審員の違いを述べている。
(5.13)
原文 公式字幕 ファンサブ
裁判員裁判で 優先される のは迅速さです
(『アンナチュナル』 第 2 話 4:33)
为 了 让 陪 审 员 可 以 迅 速 给 出结果的手续
(陪審員が迅速に結果をだ すための手続きです。)
裁判员法庭速度优先
(裁判員裁判で 優先される のは迅速さです。)
裁判员 与陪审员类似 但是 参与定罪和量刑
(裁判員 陪審員と類似する が、判決と量刑に参与する)
しかし、(5.14)のように、翻訳者が自分の知識量を誇示するためだけに付けたと思われ る余計な注釈もある。中国の視聴者は日本の本願寺を知らないが、この注釈がなくとも、
問題は生じない。注釈では「通常说的(一般的に言う)」という表現があるから、翻訳者は 視聴者が日本について一定程度の知識を持っていると想定していることが分かる。
(5.14)
原文 公式字幕 ファンサブ
本願寺ほ ん が ん じだよ 築地つ き じですか
(『続・深夜食堂』 5:13)
在本愿寺 筑地的那个
(本願寺だ。
築地ですか?)
是在本愿寺办的 是筑地那边那个吗
(本願寺でした。
築地のほうのですか?)
本愿寺
通常说的本愿寺地处京都 这里指东京中央区筑地本愿寺
(本願寺
一般的に言う本願寺は京都にある。
この場合は東京中央区築地の本願 寺を指す。)
他にも、ECRではなくとも、中国の視聴者が理解しにくい語にも注釈を付けることがあ る。(5.15)にある「熱硬直」のような専門用語がその類である。ファンサブでは「熱硬直」
を直訳し、その概念を詳しく解釈している。公式字幕はただ文字通りに翻訳している。
(5.15)
原文 公式字幕 ファンサブ
焼死体の特徴 筋肉 の熱硬直
(『アンナチュナル』
第8話 4:25)
这是被烧死尸体的特 征 由于肌肉的热燃造 成硬直
(これは焼死体の特 徴、筋肉の燃焼による 硬直)
热僵直是火灾遗体的特征
(熱硬直は火災にある遺体の特徴であ る。)
热僵直 指由于高温而导致的蛋白质凝固 会使得遗体四肢蜷曲 呈现拳击姿势
(熱硬直とは高温により蛋白質が固ま り、遺体の四肢が曲がり、ボクシングの 姿勢になる。)
次は『真田丸』に見られる言語外的指示の説明を見る。『真田丸』にある注釈の大多数 もECRに関するものであるが、その注釈が他のと比べ非常に長い。例えば(5.16)の「地 侍」は字幕で保留されているが、その注釈は非常に長く、映像を止めて読む必要がある。
(5.16)
原文 ファンサブ
向こうは 地侍
しょせんは 百姓にすぎぬ。
(『真田丸』 第4話 17:16)
而对方虽是地侍 说到底不过一介农民
(向こうは地侍だが、所詮一介の農民だ。)
地侍:又以地士、或国侍表之,即日本中世 时期的土豪武士
他们并非是任职于幕府的武士,而是在乡土 著并在当地拥有势力的武士
(地侍:地士、あるいは国侍とも言い、日 本中世頃の土豪
彼らは幕府に仕える武士ではなく、地方に 勢力を持つ武士である。)
(5.17)や(5.18)のような背景知識を紹介する注釈も多い。(5.17)の注釈は中国の視 聴者に真田昌幸が武藤喜兵衛と呼ばれる理由を説明している。(5.18)の注釈は具体例を挙 げて、真田家の長男が早く死ぬ事が多いことを示している。
(5.17)
原文 ファンサブ
-武藤喜兵衛!
-おっ! よう覚えとるな。
(『真田丸』 第4話 3:46)
-武藤喜兵卫(-武藤喜兵衛!)
-哟 你记得真牢啊(-おっ! よう覚えとるな。)
真田昌幸年少时曾过继到武藤家做养子,名为武藤喜兵卫
(真田昌幸は少年時代に武藤家の養子となり、武藤喜兵 衛と名乗った)
(5.18)
原文 ファンサブ
真田家は
長男が早く死ぬ事が多くて
それで験を担いで 最初の男の子を 源三郎にしたって 父上が そう…。
(『真田丸』 第1話 14:16)
真田家的长子总是早亡
后来就有了忌讳 才给长子起名为源三郎 父亲是 这么说
(真田家の長男は早く死ぬことが多く、それで験 を担いで、長男を源三郎にしたと父がそういった。)
真田昌幸为真田幸隆三子,其两位兄长皆战死于长 篠合战
长兄•信纲享年三十九岁,次兄•昌辉享年三十三岁
(真田昌幸は真田隆三の三男、二人の兄は長篠の 戦いで命を落とした。
長兄・信綱享年三十九歳、次兄・昌輝享年三十三 歳。)
さらに、物語が史実に合わないと指摘する注釈すらある。(5.19)の注釈は天正十年(1582 年)には諏訪の高島城がまだ存在しないことから、高遠城の間違いではないかと論じてい る。さらに高遠城を鎮守する仁科盛信にも触れている。
(5.19)
原文 ファンサブ
ついに 諏訪の高島城が 落ちましてございます。
(『真田丸』 第1話 46:51)
诹访的高岛城已被攻下(諏訪の高島城が落とされた。)
据考证当时没有高岛城,所以疑为高远城。高远城为信玄 五子·仁科盛信镇守
并使织田军遭遇了甲州征伐最顽强的抵抗,最后自杀身亡
(考証によればその頃、高島城はなく、高遠城ではない かと思われる。高遠城は信玄の五男・仁科盛信が鎮守す る。甲州征伐の際に織田軍に最も頑固な抵抗を遭わせた。
最後は自殺した。)
画面に出現するものや人の動作などを説明する注釈もある。(5.20)の注には「伝説によ れば、徳川家康は考え事をするとき爪を噛む習慣がある」と書かれている。
(5.20)
図5.3 『真田丸』 第1話 46:51